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◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第三十二話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武  ――改めて見ると、この女は本当にフィリスに似ていた。
白衣を着た、小柄な銀髪の女性。優しくて柔和な笑顔がよく似合う、多くの患者に慕われるお医者様。
フィリスの特徴をよく引き継がれており、少なくとも一目見た感じでは違いには気づけない美しい容姿だった。

ただ一年間付き合っていた俺からすれば、それとなく違いは見いだせる。双子の姉妹というイメージが的確だろうか。

「昨日はごめんなさい、良介さん。あの後用事を思い出して」
「予想外の事故に焦って逃げるというのはひき逃げ犯の特徴らしいぞ」
「ひ、酷いです、良介さん! せっかく謝りに来たのに……」

 言い訳を並べようとしていたクローン女に言ってやると、焦った様子で言葉を並べてきた。うーむ、悪事を感じなかったというディアーチェ達の弁は本当らしいな。
クローン人間だから本人そのものという事実はない。この女は悪人ではないらしいが、だからといってフィリスのような善人ぶりを期待するのは酷だろう。
少なくともHGS患者としての特性、超能力の強さはこの女の方が上だ。俺を付け狙っているという点についても、チャイニーズマフィアとの関係を考えれば警戒しなければならない。

朝焼けに滲んだ景色の中で、俺達は対峙する。

「それで結局、お前は誰なんだ」
「フィリスですよ。貴方のよく知る、フィリス・矢沢です。忘れちゃったのですか、良介さん」
「本当のことを話す気がないのなら、こっちにも考えがあるぞ」
「へえ、何をするつもりですか。この間合いなら貴方の剣より、私の力のほうが速いですよ」

「フィリスが無限欠勤している理由は、男との逢引だと噂してやる」
「根も葉もなさすぎません!?」

 クックックと嫌らしく言ってやると、実に嫌そうな顔をしてクローン女は絶句する。
こいつはあくまでフィリスを名乗る女なだけなので、本人にはノーダメージのはずだが、自称している以上無関係ではない。
他人を騙るデメリットはこの点にある。本人の評判を奪い取れるが、悪評まで吸収してしまうのだ。

本人なら責任を幾らでも負えるが、自称しているとなると無駄なダメージを被ってしまう。

「もう……フフフ」
「何だよ、気持ち悪い」
「女性に向かって気持ち悪いなんて言ってはいけませんよ、良介さん。でも、フフフ……何だかとても心地良いです。
やはり貴方に会いに来て正解でした。これからも仲良くしていきましょうね、良介さん」

 本人じゃないくせに何を言ってやがるんだ、こいつ。俺との他愛ないやり取りが本当に嬉しそうで、面食らってしまった。
既視感が芽生えて一瞬首をひねったが、すぐに気がついた。こいつ、外見がフィリスだが、内面はむしろあいつに似ている。

――ローゼ。ジェイル・スカリエッティが製造した最新型の自動人形、のほほんといきているアホ女のあいつに。

世界会議の時、あいつはジェイルの研究所を脱走して何故か俺に会いに来た。当時俺はこいつの事を知らなかったので、適当に相手してやったら何故か懐いた。
紆余曲折あって世界会議でテロ事件が起きた際は、あいつが味方してくれて危機を乗り越えることが出来た。その後も俺についてきて、今ではエルトリアという惑星開拓に頑張っている。

当時のあいつと今のこいつが重なって、我ながらどうかと思うが一瞬警戒を解いてしまった。

「お前がフィリスじゃないのは分かっている」
「何を言っているんですか、この一年間の貴方と私の思い出が――」

「俺は、お前という女と話がしたい」
「……」

 フィリスという俺の友人を話がしたいのではない、目の前にいるフィリスを名乗る女と話がしたいのだと告げる。
何故フィリスを名乗っているのか知らないが、こいつがフィリスという存在にアイデンティティを持っているのだろう。
言い換えると他人を語らないといけないほどに、こいつは自分がないのではないだろうか。

あの時、名前もなかった自動人形のように。


「……どうしてそんな事を言うんですか。この一年間、親しくしていたじゃないですか」
「単純に俺を騙すつもりならともかく、お前は俺と関係を持ちたいんじゃないのか」
「……」

「お前はフィリスのクローンであって、フィリスじゃない。遺伝子こそ継いでいても、赤の他人じゃないか。
一応言っておくけど、フィリス本人とだってお前が思うほど円満な関係じゃなかったぞ。この一年、医者と患者という関係から色々ぶつかりあったんだ。

実は結構面倒くさい関係で、少なくともお前が騙るほど上等じゃないんだ。お前はお前で、俺と一から関係を作ればいいじゃないか」

 フィリスじゃないから敵だという考え方は、正直今の今まであった。その考え方を一旦忘れられたのは、深くにもあのアホのローゼのおかげだった。
俺も迂闊だった。ディアーチェや妹さん達が言ってくれていたじゃないか。少なくとも、こいつからは悪意は感じられなかったと。
マフィアの刺客であることは多分間違いないだろうが、少なくともこいつは俺に危害を加えようとはしていない。

ま、まあ、超能力で色々されたけど……今になって考えると、発想は子供のイタズラに近しい。力が強大だから厄介に思えただけだ。

「じゃあ、改めて――お前は知っているようだが、俺は宮本良介だ。フィリスじゃない、お前自身の名前を教えてくれ」
「……ない」
「えっ……?」


「名前なんて、"アタシ"にはないです。組織からはコードで呼ばれていたけど、言いたくないです」

 口調が若干砕けて、一人称も変化した。初対面で俺に勘ぐられて、フィリスの口調を必死で練習でもしたのだろう。
所在なげにフィリスのクローンは自嘲気味に呟いた。マフィアの間ではコードネームどころか、番号で呼ばれていたようだ。
チャイニーズマフィアからすれば、HGS患者はあくまで人型兵器に過ぎないのだろう。戦力を求めているのであって、個人なんて必要とはされない。

嫌悪も忌避感も沸かなかった、マフィアなんぞに良心なんぞ期待しない。こいつに同情も憐憫も沸かなかった、初対面の女に優しさなんぞ感じない。


「仕方ない、じゃあ適当に呼ぶか。えーと、ローゼは確か0(ゼロ)の逆さ読みでつけたから」
「えっ――」
「銀髪の名も無い零の人間だから――"シルバーレイ"でいいか」
「! シルバーレイ……アタシの、名前……」

「色々脱線してしまったけど、俺からもお前に話がある。二人で話せる場所へ行こう、シルバーレイ」
「は、はい……」

 適当につけただけなので怒るかと思ったが、シルバーレイは大人しくついてきた。
嬉しそうな、困惑したような、右往左往している様子。名前に大した意味もないのだが、まあ距離感を詰められるのであればそれでいい。

何としてもこいつにフィリスのもとまで案内させなければならない、俺の囮作戦はここからだった。


 まさかと思っていたら本当にデートよろしく話し掛けてきて、俺は顎が外れそうだった。




















<続く>


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2023/06/17(Sat) 20:02:55 [ No.1034 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第三十一話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武 御剣いづみとの交流が結べたところで、朝の運動を済ませた俺達はマンションへ戻った。
朝食に誘ったのだが、私生活に関わるつもりはないと断られた。馴れ合いが嫌だという私的な理由ではなく、護衛が生活に混ざるのは問題らしい。
距離感を間違えてはいけないと、朝食に誘われた好意にお礼を言って彼女は任務へ戻った。大人であるのと同時に、プロなのだろう。大いに好感が持てる。

マンションへ戻るとディアーチェが朝食を作り、ディード達も全員起きて各自の準備を行っていた。

「父よ。予め伝えておくが、フィアッセさんは朝食を取らないそうだ。昨日誘ったのだが断られてしまった」
「……フィリスとシェリーの件か。気にするな、という方が無理だな」
「父のおかげで塞ぎ込んではいないようだが、気が気でないらしい。アリサ殿の手伝いをしている」
「アリサの……? あいつ、何かやっているのか」
「情報収集だ。パーソナルコンピューターなるものを使って、各方面に渡りをつけて情報を収集するらしい。
英国にも人脈があるとのことで、有力な手がかりを掴むべく行動するそうだ。フィアッセさんのご両親にも連絡を取ると聞いている」

「なるほど、アリサが暴走しそうなフィアッセの手綱を取っているのか。塞ぎ込んでいるより、よほど健全かつ安全な行動だな」

 アフターケアを怠らないアリサの手腕に、感心する。俺もフィアッセの精神状態は気になっていたが、本人に寄り添うくらいしか思いつかなかった。
その点アリサは考え込む余地を与えない方がいいのだと、どれほど無駄であっても情報収集活動をする事で気を紛らわせようと試みているようだ。
チャイニーズマフィアが動いている以上、アリサであろうとも尻尾を掴むのは難しそうだが、この場合フィリスとシェリーの行方を捜索しているという過程が重要だった。

誰かに頼り切りにするのではなく、自分の大切な人を探す手伝いをするほうが建設的だ。パソコンや通信機器を使うことで、安全に部屋へ籠城する理由になる。

「なのはという少女も手伝い、同居人が生活の面倒を見てくれるとの事だ。その……父とも挨拶をしていたがっていた」
「それは全然かまわないが、何でそんな言い淀んでいるんだ」
「うーむ、我が父の娘だと伝えると妙に絡まれた……フィアッセさんと父との関係もウキウキした様子で追求されてな」
「挨拶は後にするわ」

 ロード・ディアーチェは責任感が強い娘で、どれほど辛い任務であろうとも本腰入れて取り込む。そんな我が子が疲弊した顔で肩を落とすのを見て、即座に優先順位を下げた。
人間関係を今更否定する気はないのだが、それはそれとして有人の知り合いの女という微妙な立ち位置の奴相手に色々ツッコまれたくない。
同居人であるアイリーンとかいう女は確か、世界的にも有名な歌手であるらしい。そんな有名人と隣室であるということに名誉よりも、ウンザリ感を感じる。

有名人との邂逅は、一般人にとってはエネルギーが必要なのだ。フィリスとシェリーが行方不明な今の状況で会いたい相手ではない。

「お父様、おはようございます。本日はいかがされますか」
「うむ、昨晩夜の一族と話し合って方針を決めた。朝食を取りながら話そう」

 本日の朝食は、ふかふかのパンを筆頭にした洋食だった。隣室におすそ分けするべく、ディアーチェ達がフィアッセやアイリーン達に気を使ったらしい。
洋食を一から作れるディアーチェの家事スキルに感心しつつ、俺達は舌鼓を打ってありがたく食べた。一人旅している間は、朝ご飯なんて贅沢なものを食べるなんて以ての外だったな。
美味しいご飯を食べながら、妹さんや我が娘たちに昨晩話し合った内容を聞かせる。フィリスやシェリーの件、世界の動向やマフィア達の暗躍――

そして今日から実行する、俺の華麗な潜入作戦について。

「一体誰なのだ。そんな馬鹿な作戦を我が父に強行する愚か者は」
「……い、一応俺なんだけど」
「な、なるほど、一考する余地はありそうだな!」

 俺の作戦を聞いて憤慨していたディアーチェだったが、作戦立案車の名前を聞いた瞬間に勢いをなくした。お前もか、お前も俺の作戦が馬鹿なことだと言うのか!
妹さんは無言。ディードやオットーは感心した様子で頷いているが、後出し感がエグすぎる。ディアーチェが先にクレームを付けなければ、こいつらも馬鹿な作戦だと言っていたのではないだろうか。
そんなに悪い作戦なのだろうか。俺は結構前向きに考えているし、大真面目にフィリスやシェリーを救うつもりなんだぞ。

他人の生死をここまで真剣に考えられるようになった俺を、誰か褒めてくれないかな。

「作戦の是非はともかくとして、手がかりとなりそうなのは確かにそのクローン人間だろうね」
「あの、お父様が危険を犯すくらいならば、私が代わりに――」
「自分の大事な娘を差し出せるか、馬鹿」
「お、お父様、そこまで私のことを考えてくださって……!」

 当たり前のことを言っただけなのに、ディードが感動した様子で頬を染めて喜んでいる。大人びた容姿の娘なのだが、精神的にはまだまだ子供だな。
実際ディードが人質の交換を要求しても、マフィア側が受け入れるとは到底思えない。俺の子供だと分かれば連れ去るかも知れないが、十代の俺の子供なんて説得力がなさすぎる。
チャイニーズマフィアが誰よりも殺したがっている俺だからこそ、成功の余地がある作戦だと自負している。夜の一族に守られている俺を、何とかして引きずり出したいに違いない。

そういう意味でも、あのフィリスのクローンを差し向けているのかも知れないからな。

「あの女は間違いなく俺に再度接近してくるはずだ。夜の一族に頼んで、護衛チームも今日は距離を取ってくれる手筈になっている」
「父に隙を作っておいて、敢えて接近させるつもりか。しかしあからさまになってしまい、敵が不自然に思うのではないか」
「その点も心配ない。罠を疑うだろうが、それでも俺が単独行動を取っている機会を見過ごせない。事実昨日たまたまではあったが、単独行動に出た瞬間を狙われた。
同じ行動に出れば訝しむかもしれないが、好機ではあるから仕掛けてくる。その際接触を図って、人質交換を申し出る。後はその後の行動次第だ。

上手くいけば連中のアジトまで案内させられるだろうから、その後は――」

「我々の出番ということだな! 必ず父を助け出し、攫われた人達を救ってみせようぞ」
「私に任せてください、お父様。お父様が命をかけて打って出た作戦、必ず成功に導いてみせます!」

 世界でも有数の魔導師と将来有望な剣士の少女達が、気概に満ちた様子で拳を握りしめる。やる気があるのは大いに結構だが、俺の作戦を馬鹿にしていたことは忘れないぞ。
妹さんも俺の作戦の意図を汲んでくれたのか、単独行動を取ることにも反対しなかった。距離があっても俺の"声"が聞こえるのであれば、見逃す真似はしない。

作戦を聞いていたオットーは少し考えた後で、名乗り出た。

「この作戦、ボクの武装と能力が活かせそうだね。力になるよ、お父さん」
「オットーの武装というと確か――」

 ディードとは双子である戦闘機人、散切りの茶髪に中性的な外見をしている女の子。
攻防共に優れた後方支援型で、指揮もこなす才女。ディードとは同じ遺伝子、つまり俺という素材を元にした子供である。

ディードとは違ってあまり表に感情を見せない子だが、今日は少しおどけた様子を見せている。

「うん、ボクの固有武装『ステルスジャケット』ならいけると思う」








 ――マンションを一人、外へ出る。

敢えて不審げな態度で周りを見渡し、誰もいないことを確認して飛び出す。自分勝手な行動に出たという素振りを見せ、マンションから脱兎のごとく飛び出して走る。
町中へは行かずに、拠点となるマンションから必死で距離をおいた様子で走った。明らかに不自然なのだが、それでいい。それほど切羽詰まった様子を見せられればいいのだ。
チャイニーズマフィアが俺の行動を探っているのは、分かっている。とにかく、単独行動をしていることを見せられればいい。

そして――


『では早速進言させていただきますわね、王子様。まず作戦の最初の段階、かのクローン体との接触について。
王子様は単独行動をする素振りを見せて隙を誘うと宣っていますが、時間がかかりすぎるのでお止めください』
『そこからもう駄目なのか!?』
『当たり前だ、馬鹿者。時間がかかればかかるほど人質の身が危うくなるし、我が下僕である貴様を護衛もなくいつまでも野放しに出来るか』

『簡単な話ですわ、貴方様。彼女を誘い出したいのであれば、行動で示せばいいのです。つまり――』

 ――俺はそのまま一目散に駆けた。
裏道を駆け抜けて、人目を憚り、それでいて最短距離を走って無駄を省く。

そして辿り着いたのは、交差点――あいつと邂逅した、場所。


「――ふふ、そんなに私に会いたかったのですか、良介さん」


 夜の一族の女が提案した計画。宿命の場所に男が一人でおもむけば、必ず女が出てくる。
半信半疑だったが、実際に出向いてみて少し待っただけで、白衣を着た女が前触れもなく話し掛けてきた。

一応言っておくと、五分も待っていない。

「……お前、結構チョロい女だな」
「何の話ですか!?」

 まさかと思っていたら本当にデートよろしく話し掛けてきて、俺は顎が外れそうだった。




















<続く>


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2023/06/09(Fri) 22:57:55 [ No.1033 ]

◆ ◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第三十話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武 御剣 いづみに案内されたのは、自然公園だった。
自然豊かな海鳴は人口比率に対して土地が広く、自然に恵まれた広い公園がある。入場料などもなく、近隣の住民も散歩コースとして親しまれている。
平日の朝とあって大人は勿論だが、子供達の姿も見かけない。派手に暴れるつもりはないが、ここで稽古を行っても騒ぎになることはないだろう。

冬明けの季節とあって、植物もまだ芽吹いたばかりの時期。さほど邪魔にもならず、戦えそうだった。

「竹刀の取り扱いには慣れていると伺いまして、準備いたしました。お使いください」
「気を使ってくれて悪いが、そちらは徒手空拳か」
「いえ、あらゆる物を使わせてもらいますよ」

 動きやすいラフな服装だが、護衛チームの隊長を務める女性。有事に対処できるように、あらゆる手段を用いてくるのだろう。彼女は快活に笑っているが、油断はない。
渡された竹刀を確認したが、問題はなにもない。むしろ過去に使っていた桜の枝や、高町の家から借りていた竹刀よりも上等に見える。道具に不満はなかった。
ルールは、一本勝負。一本の定義はの試合と同じく、相手の不覚をつくことになる。ざっくばらんに見えるが、曖昧である分真剣に近しくなる。

自分より少し年上の女性、家族でいうなら姉と弟のような距離感。ただ武における強さに、年齢の差は残念ながら参考にならない。

「油断しないのは大いに結構ですが、緊張が見えますね。貴方の経歴を確認いたしましたが、非日常的な修羅場を経験したご様子。
気構えは十分と言えますが、気負いが見えるのは頂けません」
「勝負であるのならば、油断はしないことが前提じゃないか」
「護衛対象にも貴方の緊張が伝わりますよ」

 ……もっともだった。フィアッセは表面上には出していなかったが、ひょっとして俺に対しても気遣ってくれていたのだろうか。
俺は十分すぎるほどあいつには気を使っていたつもりだったが、気配りされるのも一種の緊張としてあいつの肌に伝わっていたのかも知れない。
人の命を守るということに重きをおいていたが、人の心を守るという点においてはデリケートになっていたかな。

その辺のさじ加減は難しいが、彼女の忠告は胸に留めておくことにした。

「では、蔡雅御剣流――御剣いづみ、参る」

 蔡雅御剣流、聞き覚えのない流派である。とはいえ俺も武に親しんでいるとは到底言い難いので、言及は出来ない。
彼女は地を蹴るが、一切の音はしなかった。風のように進み、俺の眼前へ迫ってくる。俺は目を見開いた。
足が速いのではない、行動が早い。一つ一つのプロセスに無駄がなく、俊敏ではなく機敏だった。

神速にさえ慣れている俺にとって、機敏さは致命的な遅延をもたらした。

「鉄槌打ち」
「――うおっ」

 鉄槌とは、空手や拳法などで使われる打ち技の一種。正拳と同じ握りで手の小指側の面、すなわち鉄槌にて相手を打つ。
反射的に首を反らすが、首筋を打ち込まれて驚愕の声を上げる。左右や前方だけではなく、この技は下方など広い範囲を攻撃することができる。
師匠より聞いていた知識を思いっきり利用されて、俺は意識がぶれそうになりながらも反撃。竹刀ではなく拳を持って、打ち据えようとする――

「正直な動きですね、ひねり蹴り」
「ぬわっ!?」

 拳を持って攻撃するということは、その分前進してしまうことを意味する。即座に御剣に回避されて、俺は彼女の背後に回される。
その瞬間真後ろに回った相手に対して蹴りを入れられて、転ぶ。この技は柔軟さが必要とされる筈だが、彼女は安々と使った。
俺は竹刀を跳ね上げるが、かかとで蹴られて太刀筋がぶれ、直後に指の根元から踵にかけての足の外側部分で豪快に蹴られた。

地煙が上がって地面に寝転がってしまうと、真上から彼女の笑顔がおりてくる。

「一本です」
「に、忍術か、これ!?」
「はい、忍術です」

 納得できずに大声を上げると、御剣 いづみは断言してニンニンと言っている。くそっ、意外とお茶目なやつだな。
実力差が圧倒的というのではない。正確にいうと、実力を発揮できずに完敗してしまった。御神美沙都や高町恭也とは違う強さを感じられた。
ユーリのような太陽の如き強大さではなく、ごく身近に感じられる強さ。敵を倒すことが目的ではなく、目的を達成するための強さであった。

汚れた身体を払って立ち上がると、御剣いづみは語りかけてくる。

「私の勝ちですが続けますか」
「勿論だ、次は勝つ」
「いいですね。真剣勝負に次はない等と嘯けば、叱るところでした」

 何気なく言ってくるが、重い言葉であった。真剣勝負に対する心構えであるというのに、彼女は否定している。
この勝負は稽古であって、真剣勝負ではないと否定しているのではない。どのような勝負であろうとも、次はないという未来の否定を彼女は疎んだ。
剣士の心構えとしては間違っているのかも知れないし、旅をしていた頃の俺なら怒っていただろう。次はないのだと覚悟を決めて戦うことが、大切なのだとバカバカしく主張していた。

しかし俺の脳裏に浮かんだのは、フィアッセ・クリステラだった。護衛が一度きりの勝負に甘んじてしまえば、彼女を守る余地は減ってしまう。

「御神流、斬」

 御神流の基本動作の中では初歩の技に該当する。だが決して、相手を軽んじる小技ではない。
そもそも御神流は普通の剣術とは違う。普通に斬るのではなく、剣を利用して引き斬るのである。立ち回りは広くなるが、その分の威力は大きい。
音もなく接近する御剣に繰り出す剣技は、長い髪を残して回避される。この行動は読んでいた、この技はあくまで仕掛け技であった。

相手が動く前に自分が仕掛けることで隙を作る、これが目的だった。

「空蝉の術」
「えっ!?」

 隙を作った相手の銅を切払ったら――相手の姿が消えていた。
俺が斬ったのは衣服のみ、手応えは虚無に等しい。むしろ斬った剣に衣服がまとわりついて、次の挙動が遅れてしまう。
自分に化けさせた丸太などで身代わりを攻撃させる術、だがこれは変わり身の術ではない。

攻撃などを受けた瞬間に衣服を使って、別の場所と入れ替わっている!?

「掌底打ち」
「がはっ、み――御神流、虎乱!」

 正拳突きやパンチ攻撃などと比べて、打撃対象の内部に浸透する重いダメージを与える技。
背後から猛烈な打撃を食らって意識が飛びそうになるが、唾を吐きながら剣を繰り出した。
本来は二刀から放つ連撃、それを一連の動作を潰してあくまで一刀で放つ事で技の精度こそ落ちるが、不自然な体勢でも反撃できる。

瞬間的に切払って御剣 いづみの髪が舞い、髪を束ねた糸が切れる――

「肘打ち」
「――っ!?」

 格闘技において肘(猿臂)の部分を使って相手を攻撃する技、いわゆるエルボーである。
人間の肘の骨は非常に硬く尖っている部位、女性においても全く例外ではない。
負傷することも少ないので使いやすい部位であり、それは防御にも活かされる。俺の剣は封じられ、俺の防御が崩された。

衝撃と痛みに蹲りながら見上げると、彼女は手を出して制する。

「ここまでとしましょう。お互い戦えますが、私が雇い主に怒られるのでご勘弁を」
「わ、かった……」

 エルボーが物凄くて呼吸困難に陥っているが、休戦を申し込まれて頷く。勝負を止める理由がよく分かる。
俺が我を張ればまだ戦えるが、一本勝負では収まらなくなる。勝負はやがて死闘になり、死力を尽くして戦う羽目になるだろう。
相手が強いからこそ戦うという喜びは、趣味で楽しめばいい。俺達は商売でやっているのだから、立場はわきまえないといけない。

彼女は手を差し伸べながら、訪ねてくる」

「これが忍者です。いかがでしたか」
「奇襲撹乱を得意としているというのは分かった」

 虚を突くという一点に向けて、術が練られている。武術というよりも、忍術なのだろう。
格闘技を学んでいるのも相手を倒すのではなく、相手の隙をつく技として鍛錬している。
虚を突くという行動も相手の全力に対してではなく、本気を決して出させないようにして仕留めることを極意としている。

今まで常に相手の全力に挑んできた俺にとっては、文字通り虚をつかれた勝負だった。

「よろしい。では改めて今後ともよろしくお願いいたします」
「ああ、これからもよろしく」

 彼女の忍術は、この仕事においてとても重要なスキルである。
護衛という立場ではあるが、関係性を深めて色々と学んでいこう。

実質負けに等しかったというのに、得られた感覚は勝利に等しい――こういう気持ちも初めてだった。






















<続く>


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2023/06/03(Sat) 17:04:03 [ No.1032 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十九話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武 ――次の日の朝。
夜の一族との話し合いを終えて、就寝。フィリスとシェリーの二人が行方不明となり、心配ではあったがそれでも疲れていたのかすぐに眠れた。
孤児院を出てから野宿生活が続いていた名残なのか、俺は基本的に朝早く目覚める。寝坊なんて贅沢は、布団で高いびきかける人間のみ許されることだと思う。

早朝、マンションの部屋を出てまず周囲の安全を確認。問題がないことを確認し、玄関フロアから外へ出る。

「おはようございます、婿殿。今日は晴天に恵まれましたね」
「……昨日の今日でもう段取りが取れたのか」
「雇い主の要望であれば是非もありません。わたし一人との対話を望まれていると伺いましたが、こちらとしても望むところです。
せっかくの好天、ランニングに出られるのであればお付き合いしますよ」

 ――ジャージ姿で出迎えてくれた、ボーイッシュな凛々しい外見の女性。動きやすいラフな服装で、語りかけてくる。
溌剌とした雰囲気があるが、佇まいに隙がない。女性らしさを保ちつつ、姿勢に無駄を全く感じさせない。バランスの整った肢体を持っていた。
御神美沙都師匠は抜き身の刃のような女性だが、この人の場合はカモシカのような瑞々しさのある女の人だった。躍動感に満ちている。

ランニングに誘われて俺は同意し、マンションから一緒に走り出す。今もまだ眠っているであろうフィアッセは、ディアーチェ達が守ってくれている。

「ご挨拶する機会は何度かありましたが、こうしてきちんと向かい合ってお話させていただくのは初めてですね」
「いつもありがとう、何度も手助けしてもらっている」
「それが任務ですので気になさらずに。立場上護衛対象に過度な接触は禁物なのですが、今回は極めて特殊なので名乗らせて頂きます。
既に聞き及んでいるかと存じますが、私は"御剣 いづみ"と言います。見ての通り日本人で、護衛チームの隊長を務めております」
「こちらこそ既に承知の上だろうが、俺は北野良介。目上の人間に失礼だが、へりくだるなとあんたの雇い主にキツく言われている」
「かまいません。こちらこそ非礼があればお許しください」

 考えてみれば一年前、俺は礼儀作法なんぞ知らぬ存ぜぬな人間だった。とにかく自分を偉く見せたくて、斜に構えた生き方をしていた。
一年経過して自分が偉くなったとは思っていないが、心境の変化は確実に起きている。少なくとも虚勢を張っても強くなったわけではないと、分かった程度には。
御剣 いづみという女性も、そうした考え方が分かる大人なのだろう。十代の若造に肩を並べて接触されても屈辱には思わない、立場をわきまえた人間。

職務を遂行する上で必要なものを理解している、プロであった。

「婿殿が日本に帰還されてから、情報の更新は行えております。
とはいえこうして対面することができたのであれば、今後ぜひ情報の交換は行っておきたいものです」
「あんた達護衛チームから見れば俺は突如日本から雲隠れする、極めて厄介な護衛対象だからな」

 一応雇い主であるカレンには事前に話を通している為、異世界や異星に行く際の報連相は行えている。
とはいえ隣町や他県、海外といった距離ではない。何しろ世界線を超えて全く未知なる世界へ居なくなっているのだ。雲隠れというより、神隠しに近しい。
守る側からすればたまったものではないだろう。マフィアに狙われているのだから、大人しくしておけという話だ。

もしフィアッセが突然何の説明もなく雲隠れなんぞされたら、俺だったら怒り狂うだろう。御剣は苦笑している分、大人と言える。

「此度の件で任務の重要性は増しており、雇い主からの情報の更新が行われました。婿殿が進言してくださったとのことで感謝しております」
「どの程度聞かされたのか分からないが、礼を言われるほどでは――というか、まず」
「はい、何でしょう」
「その"婿殿"というのは何なんだ」

「? 雇い主より将来的に婿入りされる御身分であるとお聞きしていますが」
「そんな約束は一切していない!?」

 何いってんだ、あいつ。自分は愛人候補なんぞと嘯いておきながら、ちゃっかり画策してやがったな。
御剣 いづみの雇い主はアメリカの夜の一族、カレン・ウィリアムズである。ドイツで起きた爆破テロ事件に巻き込まれた彼女をたまたま救出して、縁はできてしまった。
その後の世界会議では立場上敵対したのだが、紆余曲折あって夜の一族の長はカーミラに決定。あらゆる画策を行っていた彼女は敗北し、引き下がった。

それ以来なんか気に入られてあれこれ尽くしてくれているが、ちゃっかりこういう画策をする野心ある女なのである。

「情報の更新に伴い、私は雇い主と新しい契約を交わしました」
「契約……?」

「夜の一族の"契約"といえばご理解頂けるでしょうか」

 ――夜の一族は歴史の影を歩む者達であり、人の血を好む人外の一族。故に断じて、一族の秘密を知られてはならない。
とはいえ表舞台を生きていくためには、人間達との共生は必須。一族だけで繁栄を築き上げることは断じて不可能、外からの血を取り入れなければならない。
そこで秘密を知った者達と、取り決めをする。秘密を守るべく契約するか、秘密を忘れさせて離別するか。カレンは夜の一族の秘密を護衛チーム隊長の御剣 いづみに打ち明けて、契約を結んだ。

ちなみに俺は契約に縛られるのは嫌なので、秘密を忘れることを選んだ。思いっきり記憶を消されたが、何とか自力で思い出して対等の関係となった。

「夜の一族の秘密を知り、それでも仕事を続けることを選んでくれたのか」
「日本での仕事、しかもこの海鳴を拠点としているのであれば私が正に適任でしょう」
「その口ぶりからすると、あんたは――」

「故郷は北海道ですが、この地で過ごした事がございます。懐かしき思い出の地であり、海鳴の空気はよく馴染んでおります。
聞けば婿殿も北の地より旅をされて、この街へ流れ着いたとの事。

この地に深く関わりを持っていれば、夜の一族の秘密を受け入れられた私の心境もご理解頂けるのではないかと」
「……なるほど、納得」

 一年前にこの海鳴へ流れ着いてからというもの、俺の常識は粉々になるまで打ち砕かれた。
道場破りをした俺なんて可愛いもの、幽霊が出たり、魔法少女が誕生したり、血を吸う女がいたり、クローン人間が作られたりと、色々やりたい放題だった。
俺自身も友達どころか仲間や家族、婚約者たちに加えて、自分の子供達や養子まで出来る始末だった。自分がまさかこんな人生を送る羽目になるとは夢にも思わなかった。

この御剣 いづみという女性もこの地で不思議な経験をしたというのであれば、大いに納得できる。夜の一族の秘密くらい、屁でもないのだろう。

「ここまで話してくれたのであれば、少し立ち入ったことを聞いてもいいだろうか」
「私も雇い主の許可があったとはいえ、貴方の秘密を知ってしまいました。職務上必要だったとはいえ、一方的なのは望みません。
話せる範囲であれば、お答えしましょう」
「あんたは総合諜報・戦技資格の保有者と聞いているが、どういったスキルなんだ」

「日本でいうところの忍者ですね」
「そんなあっさりと!?」

 黒装束に必殺の武器を携え、煙の中に姿を隠す――典型的な忍者のイメージが頭に浮かんだ。
忍者と聞いて知らない人間は、この世に居ないだろう。だが忍者とは何かと聞かれて、詳しく説明できる人間は少ないだろう。
吸血鬼だの魔法少女だのいるのだから、現代に忍者がいたって変だとは思わない。むしろディアーチェ達に比べれば、まだ常識の範囲内と言えるかも知れない。

そういう俺の常識ももしや正しいと言えるかどうかは自信がないが、日本人であれば馴染みがあるとは思う。

「ふふ、主君のために情報活動や破壊工作類を行う技能といえば格好がつきそうですね。ですが実際は地味です。
身体訓練から精神的な技術、そして現代に合わせての化学物質や気象を利用した知識、座学では心理学の学習にまで及んで学ぶ。

忍術はもともと戦争の為の技能であり、奇襲のための技術とも言えますね」

 日本人が想像する忍者で言えば、壁を上ったり高所から飛び降りしたりする訓練もあるのだという。
忍者といえば爆破というイメージもあるが、あれも実際に爆発物や煙を作るための化学薬品の調合を学んだりするらしい。
この点については不思議な話ではない。各国の諜報員や工作員等でも、そういった訓練を実際に行っていたりするのだろう。

興味深く聞いていると、御剣いづみも少し得意げに語ってくれる。

「例えば意識を統一するのに、蝋燭を見つめるという訓練もありますよ」
「おおお、忍者らしい……!」
「蝋燭の芯を見て、中に入り込んでいるという感覚が得る訓練です。音を聞くのに針を落としたりと、感覚を研ぎ澄ます鍛錬も多いですね」

 子供の頃にテレビで見ていた忍者番組の内容をなんと、現代の忍者が語ってくれている。
くっ、こうして聞いていると何ともカッコよく思えてくる。ホラ話だと一蹴出来ない説得力が彼女の話にはなった。
感覚論なんて昔の俺であれば馬鹿にしていただろうが、御神流を学んだ後では価値観がまるで異なっていた。

神速という絶技も感覚ありきであり、神咲那美と月村忍の協力がなければ自由自在に使うことは出来ない。

「――貴方の素性を知り、勝手ながら共感を覚えています」
「共感……?」


「いかがでしょう。このままジャギングがてら心身を養うべく――私と一勝負、しませんか」


 突然の勝負を挑まれたというのに、彼女から感じられるのは誠意と優しさだった。
これまで多くの敵と戦ってきたが、敵意や殺意とは無縁な戦いは数少ない。鍛錬以外では極めて稀だろう。

忍者には興味がある。もしかすると彼女から感覚を学ぶことが出来れば、御神流を進化させることが出来るかも知れない。

俺は首肯した。


















<続く>


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2023/05/28(Sun) 01:01:16 [ No.1031 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十八話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武  ――フィリスが誘拐されたことがほぼ確定となった。プライベートな理由で消息を絶っているという儚い望みは消え失せた。
俺の医療情報とフィリスのクローン体を半ば人質に取られて、本人は引き下がれなくなったらしい。
あいつが無条件降伏したところで状況が悪化するだけだと思うのだが、フィリスなりに考えがあってテロ組織に従ったのだろうか。

話し合いで解決するような相手ではないんだが、超絶お人好しなフィリスの場合ありえそうだから怖い。

「シェリー、セルフィ・アルバレットについては手がかりはないか」
『正直申し上げてあちらはノーマークとまではいわないにしろ、優先度の低い対象でした。
HSG患者や王子様の関係者各位には目を光らせていたのですが、彼女はニューヨーク市消防局に所属する職員。狙うにはそれなりにリスクの高い対象でしたので』
『実際、貴様もまさかあの女が先に狙われるとは思わなかったでだろう』
「た、確かに国際ニュースを聞いた時は衝撃で飛び上がったからな……」

 カレンやカーミラが嘆息して釈明するのを聞いて、俺も大いに納得した。裏をかかれたというより、誘拐した意味が分からない。
HGS患者だから手当たり次第に攫っていいというわけではない。セルフィ・アルバレットはアメリカのニューヨーク市消防局に所属する職員である。
災害現場で行方不明になんぞなったら当然騒ぎになるし、こうして国際ニュースにまで発展する。アメリカという大国だって放置したりはしない。

日本の片田舎にある病院の女医者一人狙うのとは訳が違うのだ。どうしてわざわざ優先的に攫ったのか、分からない。リスクが高まるだけだ。

『私から働きかけて各方面を探ってみたのですが、セルフィ・アルバレットに関する情報は探れませんでした。
少なくとも裏社会に動きが出ていない以上、チャイニーズマフィア単独で処理されたと見るべきでしょう』
『うさぎの女友達、結構有名人だから、誘拐ニュース一つでいいネタになるの。
そういうのが出回っていない以上、マフィアがコソコソしているという良い証拠になるの』
『……危害を加えられたりしている可能性は低いと?』

『彼女のような有名人の死体が出ればそれだけで情報が出回るのですよ、貴方様』

 ロシアンマフィアである姉妹が、見解を述べてくれる。よくある映画やドラマと違って、人間を内々に始末するのは意外と骨が折れるらしい。
山の中に埋める、海の底に沈めるといった創作めいたやり方は、今の情報社会ではすぐに発覚するのだという。
ディアーナやクリスチーナが裏社会を大々的に粛清したのもあって、痕跡を残さず死体にするといったやり方はほぼ不可能になっているようだ。

俺を安心させたくていってくれているのだと思うが、ロシアンマフィアとしての見解なのでそれはそれでゾッとする。

『セルフィ・アルバレットについてはわたくしにお任せください、王子様』
「おっ、どうしたんだ。この件には消極的だったじゃないか、お前」
『よりにもよってわたくしの縄張りであるアメリカの中で誘拐なぞ起こされたのです。
面子だなんだと暑苦しいことを言うつもりはございませんが、不愉快であることに変わりはありません。

特にニューヨークであればわたくしの目が届かない場所などございませんもの、必ず尻尾を掴んでやりますわ』
「な、なるほど、これ以上ないほど納得できる理由だ……」

 俺も地元ではないにしろ、海鳴という街の中でフィリスが攫われたことにはそれなりに憤慨している。リスティに至ってはそれ以上だろう。
ニューヨークという世界的大都市を掌握しているという発言には恐ろしさを感じるが、同時に味方であることに頼もしさを感じるのは事実だ。
強権を発動して徹底的に洗い出してくれれば、シェリーの足取りを追うことも決して不可能ではないだろう。

私的理由とは言えカレンが大いにやる気を見せてくれているのだから、口出しするのは野暮というものだろう。任せることにした。

「じゃあシェリーはカレンに任せるとして、まずはフィリスを何とか救出しないといけないな。
何とか攻勢に出たいが、足取りを追えないだろうか。海鳴にはもう居ないらしいしな」
『ほう、その口ぶりからして夜の王女が痕跡を探ったのか。であれば間違いはないだろうな。
攻勢に出るのは大いに構わぬが何か手立てがあるのか、下僕』

 相談に応じてくれたというのに、夜の一族の長は敢えて俺に今後の方針を問い質してくる。
夜の一族は世界会議をを経て世界中の家系が一致団結し、かつてないほどの隆盛振りを見せている。
新しい長としてドイツの夜の一族であるカーミラが選ばれ、カレン達も協力して支配領域を広げている。黄金世代と呼ばれるほどに、卓越した者達が円卓に集っている。

当然日本の一剣士よりも、出来る幅が圧倒的に広い。そのうえで彼女達は俺の意思を尊重してくれている、ありがたい事だ。

「フィリスを救う鍵は、あの女にあると思う」
『フィリス先生のクローン体、だよねリョウスケ』
「ああ、フィリスがマフィア相手に大人しく従ったのも自分のクローンを放置できなかったはずだ。あの女ならフィリスの居所を知っている筈だ」
『それは分かるけど、その人は敵側なんだよね。リョウスケを町中で襲ったと聞いているよ』

 確かに超能力を使って色々な嫌がらせを仕掛けてきたが、敵意や害意はなかったと思う。少なくとも俺を殺すつもりはなかった。
だったら何がしたかったのかと聞かれると首を振るしかないのだが、もしもあいつがマフィアの手先ならまず間違いなく攻撃している筈だ。
ま、まあ救急車で追い回してくる時点で思いっきり危ないのだが、超能力を持った人間である。

強大な力を有している人間のイタズラとなると、スケールも大きくなってくる。

「うむ、そこで考えた――潜入作戦だ」
『せ、潜入って……?』

「今度あいつが襲ってきたら無条件降伏するんだ。病院から俺の診断カルテを奪ったのであれば、俺の身体や遺伝子に興味が出ているはずだ。
そこで降伏したふりをしてあいつにとっ捕まり、誘拐されるフリをして連中のアジトへ案内させるのだ!」

『映画の見過ぎ』
「貴様、一刀両断しやがったな!?」

 フェンシングの名手であるカミーユが、実に呆れた表情で俺のナイスな提案を一刀両断する。
こいつ、普段ナヨナヨしているくせに!

俺の婚約者であるはずのヴァイオラまで、困惑した眼差しで反論してくる。

『突然無条件降伏したら怪しまれるのではありませんか』
「フィリスが攫われているんだから、条件交換するんだ。俺が捕まるから、あいつを返してくれと」
『フィリス先生のいるアジトへ移送される保証は何処にもないのでは?』
「ひ、一目無事を確認させてくれと要求するんだ。無事であることを確認できれば、大人しく捕まると」
『写真や映像で安全確認されたらどうするのですか』

「ちょ、直接会わせなければ信用出来ないと突っぱねる。
あいつらだって千載一遇の好機だ、俺の申し出を拒否できないはずだ。ハァハァ……」

『大丈夫ですか、ずいぶんと苦しそうですが』
『こういうのを苦し紛れというのだ、妖精よ』

 俺は必死で頭をフル回転させながら説明する姿をヴァイオラが心配そうに見つめ、カーミラが嘆かわしいとばかりに耳打ちしている。やかましいわ。
だが苦し紛れにしても、これはなかなかいいアイデアではないだろうか。敵側は俺とフィリスの関係を把握しているはずだ。
あのクローンも俺とフィリスの関係をどういう情報網を持っているのか知らないが、個人的なやり取りまで完璧に調べ上げていた。

フィリスの変換を求めて、俺が我が身を差し出しても決しておかしな事にはならないはずだ。

『フィリス先生の無事を確認できたとして、そこからどうするつもりなの?』
「アジトが分かればこっちのものだ。後は俺達を救出に来てくれ」
『フフフ、肝心なところは我々任せなのですね、王子様』

 カミーユはもう投げやりになっているし、カレンにいたっては面白がってしまっている。コイツラ、俺が必死になって考えているのに!
正確に言うと、救出作戦はディアーチェ達に任せてもいい。妹さんは何処にいようとも俺の居所を掴めるのだから、発信機さえ持つ必要はない。
敵側も流石に馬鹿ではない。俺はフィリスの変換を求めて大人しく降伏しても、当然怪しんで武装解除させられるだろう。身体検査は確実にさせられる。

だが、最悪それこそ素っ裸にされても問題はない。俺は抵抗せず捕まるだけでいいんだし、アジトさえ分かれば救出されるのを待てばいい。

『うーむ、実に下僕らしいアホな作戦だが、敵の出方次第で一考する余地はあるか』
『待って下さい、長。リョウスケ様にそのような危ない真似はさせられません』
『そうだよ、突然殺さないにしても怪我でもさせられたらどうするのさ!』

『だから出方次第だと言っているだろう。もしも下僕の言う通りの展開になれば儲け物程度に考えればいいのだ。
本当に都合よくアジトまで護送されたのであれば、こちらの手間も省けるというものだ』

 ――結局俺の渾身の作戦は反対派と賛成派に分かれてしまい、前向きに検討されることとなった。
つまり俺の唱えた作戦が万が一想定通りに動けば流れに従う、何処か少しでも躓いた時点で破棄するという事である。
うまく行けば儲け物程度にしか考慮してもらえないのが不満だったが、確かにフィリスのクローン体がどう出るかわからない以上は未知数なのは頷ける。

こうして今夜の話し合いは一旦まとまった。

『王子様。作戦の細部はこちらで検討して形にいたしますので、王子様は現地のチームと連携して動いてもらえますか』
「チーム……?」
『貴方の警護チームです。私生活の邪魔にならないように隠密で行動させておりましたが、この状況です。
王子様も人手不足でしょうし、合流させますので事に当たってくださいな。

総合諜報・戦技資格の保有者――蔡雅御剣流の"忍者"が貴方の警護を務めております』


















<続く>


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2023/05/20(Sat) 17:38:02 [ No.1030 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十七話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武  話し合いを終えたフィアッセはひとまず平静を取り戻したが、やはりフィリスやシェリーが心配でならないらしい。
一人で抱え込んでいると絶対眠れないので、隣室に俺の子供達を派遣しておいた。アイリーンという同居人の相手をしていたディアーチェは疲れた顔を見せている。癖の強い女のようだ。
話し合いの中で俺の子供達のことは話していたので、ディード達を正式に紹介されてフィアッセは目を輝かせていた。俺の子供というのが彼女の嗜好にあったらしい、謎すぎる。

アリサは引き続き情報収集に務めるとの事だったので、俺は早速夜の一族の連中とコンタクトを取った。

『う、うさぎ……怒ってる? 怒ってるかな!?』
「相変わらずこっちの状況は思いっきりダイレクトに伝わっているようだな』

 開幕一番、ロシアンマフィアのクリスチーナが大画面で映し出された。半泣きで俺の顔色を窺っている。
夜の一族の姫君達は裏表問わず名の知れた著名人達ばかりなのだが、俺の突然のコンタクトにも関わらず全員集まっている。
クリスチーナほど露骨ではないにしろ、女性達は不安や緊張を見せていた。俺から何を言われるのか、気が気でないらしい。

本来彼女達は政財界の大物相手にも堂々たる態度で交渉を行える女傑達なので、年相応の表情を見れた事が何だか妙に可笑しかった。

「そもそもお前達が俺の環境を正しく整えてくれているのは、夜の一族からの友誼と善意だからな。
好意に甘えている状態で不平不満を口にするつもりはない。まして今回は俺本人ではなく、お前たちにとっては赤の他人であるフィリス達だからな。

そこまで面倒を見ろというのは酷な話だ、責め立てる気は最初からないよ」

 フィリスを攫われた直後であれば頭に血が上って、感情任せにこいつらを責めていたかもしれない。たとえ八つ当たりだと、心の中では分かっていたとしても。
常人ではありえない人生を送っている自覚はあるが、それでもまだ一年だ。昨年海鳴に流れ着いてから、俺の人生は劇的に変化を遂げたと言っていい。
たった一年間で悟りなんて開いてしまったら、お釈迦様も立場が無くなるというものだ。アリサ達の協力や、家族同然であるフィアッセやリスティの苦悩を知るが故に冷静さを保てている。

俺の意思を聞いて、クリスチーナ達もようやく胸を撫で下ろした様子だった。いや、安心されても困るんだけど。

『ほら、御覧なさい。王子様は寛大な方、我々の叱責を感情的に咎めるような器の小さい人間ではありませんわ』
『彼からの通信が来るまで、気が気でない感じだったような……』
『貴方こそまるで恋する乙女のようでしたよ、貴公子様』
『ちょっと、その言い方はズルいんじゃないかな!?』

 珍しくからかい気味に指摘するフランスの夜の一族であるカミーユに対し、アメリカの大富豪であるカレンは容赦なく反撃する。相変わらず恐ろしい女である。
でもこれで自分のペースは取り戻したようである。反省や後悔はいつでも出来るが、対策は速やかに行わなければならない。
俺は自分を過信していない。相手がチャイニーズマフィアであるのならば、日本人一人では到底対抗できない。何としても彼女達の協力を得なければならないのだ。

彼女達は世界有数の権力者達、国家規模で勢力を広げている。ご機嫌伺いするのではなく、利害を持って一致させなければならない。

『フィアッセ個人に関わるべきではないというのが昨日までのお前達の考え方だったと思うが、この状況なら少しは憂慮してもらえるか』

『チャイニーズマフィアである龍がHGS患者を狙うというのは容易く読めましたが、まさかこうまで露骨にフィアッセ・クリステラを避けるとは少し意外でしたわね』
『こちらの動きを察したというよりも、貴方様の動向を元に行動に出ていますね』

 少し考え込む素振りを見せるカレンに、ロシアンマフィアの現長であるディアーナが見解を述べる。俺の動きから次の行動に出ているのか、あいつら!?
俺がエルトリアから帰還したのはまだ数日前なのだが、もう既にチャイニーズマフィアにはバレているとカレン達は告げる。
日本の片田舎に生息している男の動きを、チャイニーズマフィアが必死になって追っているというのがちょっと面白い。

それほどまでに俺を是が非でも殺したいのだろう、改めてひどい連中の逆恨みを買ったものだ。

『我々の見解では、貴様の異世界事情を警戒しているのだと判断している』
「異世界事情……?」

『考えてもみろ。チャイニーズマフィアの龍は勢力こそ激減しているが、それでも裏社会では恐れられているテロ組織だ。日本人一人殺すことなど容易い。
まして貴様は日本という国にれっきとした戸籍のある、孤児だ。異国であろうとも誘拐するなり、殺害するなり、何だって行える。
ところが貴様は、異世界へ行く手段を持っている。それもここ一年自由に行き来しており、地球上から完全に姿を消しているのだ。

我々が仕立てた"サムライ"という幻想も相まって、相当不気味に思っているだろうよ。神出鬼没なのだからな』

『日本では神隠しとも言うのですね、あなた』

 なるほど、数日前に突然日本に姿を見せれば当然履歴を洗う。渡航や航空履歴など、日本へのルートをあらゆる角度から探ったはずだ。
ところがどれほど調べ尽くしても、何も出てこない。夜の一族が関与しているのだと判断したとしても、何の痕跡も見出だせないのはありえない。
日本に潜伏していたとしても、過去の動向は追える。ところが、どれほど調べ尽くしても何も出てこない。

ある日突然、海鳴に姿を見せた。ドイツの夜の一族であるカーミラが面白げに説明し、イギリスの妖精であるヴァイオラが日本流に補足してくれている。

『それで標的のフィアッセではなく、他のHGS患者を襲ったというのか!? でもフィリスも行方不明になっているんだぞ!』
『そちらは既に調査済ですわ、王子様。彼らの狙いはHGS患者そのものよりも、王子様の情報です』
『情報……? まさか、フィリスから俺のことを聞き出そうってのか!?』

『何を仰っているのです。病院には王子様の診断情報があるでしょう』
「あっ、しまった!?」

 一年前に海鳴で起きた通り魔事件は余裕でニュース報道されている。俺個人の報道はされていないが、マフィアが調べれば詳細を把握するのは難しくない。
海鳴大学病院で入院していた記録は当然あるし、定期的に診察に訪れているので目撃情報は腐るほど残っているだろう。
しかも間の悪いことに異世界や異星への渡航をフィリスに弁解した際、別世界へ行くのだからと精密検査までさせられている。

俺の個人情報があの病院にはたんまり記録されているのだった。

『リスティの話では荒らされた後はなかったと言っていたんだが……』
『行方不明となったフィリス・矢沢を主軸に捜査を行っているのでしょう。
他の患者情報、つまり王子様の診断カルテまで調べていないのではありませんか。まあ、無理もありませんが』

 げっ、俺の診断カルテを盗みやがったのかあいつら。やばい、精密検査の結果で見られるのは非常にまずい。
俺の身体そのものは異常はない。ただ問題なのは。今の俺の肉体はエルトリアのナノマシンとユーリの生命操作能力によって劇的に改善されているのである。
一年前の診断結果と一年後の精密検査を比較したら、何処がどう変わったのか、簡単に分かる。

当然、地球上にはない医学的情報が見つかるだろう。HSG患者のような特異性の遺伝子を求めている連中には、お宝の山である。

「じゃ、じゃあ、フィリスを攫ったのは――」
『王子様の情報とセットという事です。加えて先日の動向を洗い出したところ、あろう事か王子様に蛮行を働いた女に同行していた様子。
貴方の情報が奪われ、自分のクローンが製造されたという事で、彼女は自ら行動に出たのでしょう。

優しさに付け込まれておりますわね』
「あいつ……!」

 自分自身のクローンが製造されたとあれば、誰だって正気ではいられない。
自分と同じ顔をした女が犯罪組織に加担していれば、凶行を止めるべく説得しようとするだろう。
しかも自分の患者の診断カルテが奪われたとあっては、俺自身が人質に取られているのと同じと考えるはずだ。

馬鹿野郎……無抵抗で降伏したのか、フィリス……溜息を吐いた。















<続く>


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2023/05/13(Sat) 19:30:58 [ No.1029 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十六話 - 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武 話し合いを終えたフィアッセはひとまず平静を取り戻したが、やはりフィリスやシェリーが心配でならないらしい。
一人で抱え込んでいると絶対眠れないので、隣室に俺の子供達を派遣しておいた。アイリーンという同居人の相手をしていたディアーチェは疲れた顔を見せている。癖の強い女のようだ。
話し合いの中で俺の子供達のことは話していたので、ディード達を正式に紹介されてフィアッセは目を輝かせていた。俺の子供というのが彼女の嗜好にあったらしい、謎すぎる。

アリサは引き続き情報収集に務めるとの事だったので、俺は早速夜の一族の連中とコンタクトを取った。

『う、うさぎ……怒ってる? 怒ってるかな!?』
「相変わらずこっちの状況は思いっきりダイレクトに伝わっているようだな』

 開幕一番、ロシアンマフィアのクリスチーナが大画面で映し出された。半泣きで俺の顔色を窺っている。
夜の一族の姫君達は裏表問わず名の知れた著名人達ばかりなのだが、俺の突然のコンタクトにも関わらず全員集まっている。
クリスチーナほど露骨ではないにしろ、女性達は不安や緊張を見せていた。俺から何を言われるのか、気が気でないらしい。

本来彼女達は政財界の大物相手にも堂々たる態度で交渉を行える女傑達なので、年相応の表情を見れた事が何だか妙に可笑しかった。

「そもそもお前達が俺の環境を正しく整えてくれているのは、夜の一族からの友誼と善意だからな。
好意に甘えている状態で不平不満を口にするつもりはない。まして今回は俺本人ではなく、お前たちにとっては赤の他人であるフィリス達だからな。

そこまで面倒を見ろというのは酷な話だ、責め立てる気は最初からないよ」

 フィリスを攫われた直後であれば頭に血が上って、感情任せにこいつらを責めていたかもしれない。たとえ八つ当たりだと、心の中では分かっていたとしても。
常人ではありえない人生を送っている自覚はあるが、それでもまだ一年だ。昨年海鳴に流れ着いてから、俺の人生は劇的に変化を遂げたと言っていい。
たった一年間で悟りなんて開いてしまったら、お釈迦様も立場が無くなるというものだ。アリサ達の協力や、家族同然であるフィアッセやリスティの苦悩を知るが故に冷静さを保てている。

俺の意思を聞いて、クリスチーナ達もようやく胸を撫で下ろした様子だった。いや、安心されても困るんだけど。

『ほら、御覧なさい。王子様は寛大な方、我々の叱責を感情的に咎めるような器の小さい人間ではありませんわ』
『彼からの通信が来るまで、気が気でない感じだったような……』
『貴方こそまるで恋する乙女のようでしたよ、貴公子様』
『ちょっと、その言い方はズルいんじゃないかな!?』

 珍しくからかい気味に指摘するフランスの夜の一族であるカミーユに対し、アメリカの大富豪であるカレンは容赦なく反撃する。相変わらず恐ろしい女である。
でもこれで自分のペースは取り戻したようである。反省や後悔はいつでも出来るが、対策は速やかに行わなければならない。
俺は自分を過信していない。相手がチャイニーズマフィアであるのならば、日本人一人では到底対抗できない。何としても彼女達の協力を得なければならないのだ。

彼女達は世界有数の権力者達、国家規模で勢力を広げている。ご機嫌伺いするのではなく、利害を持って一致させなければならない。

『フィアッセ個人に関わるべきではないというのが昨日までのお前達の考え方だったと思うが、この状況なら少しは憂慮してもらえるか』

『チャイニーズマフィアである龍がHGS患者を狙うというのは容易く読めましたが、まさかこうまで露骨にフィアッセ・クリステラを避けるとは少し意外でしたわね』
『こちらの動きを察したというよりも、貴方様の動向を元に行動に出ていますね』

 少し考え込む素振りを見せるカレンに、ロシアンマフィアの現長であるディアーナが見解を述べる。俺の動きから次の行動に出ているのか、あいつら!?
俺がエルトリアから帰還したのはまだ数日前なのだが、もう既にチャイニーズマフィアにはバレているとカレン達は告げる。
日本の片田舎に生息している男の動きを、チャイニーズマフィアが必死になって追っているというのがちょっと面白い。

それほどまでに俺を是が非でも殺したいのだろう、改めてひどい連中の逆恨みを買ったものだ。

『我々の見解では、貴様の異世界事情を警戒しているのだと判断している』
「異世界事情……?」

『考えてもみろ。チャイニーズマフィアの龍は勢力こそ激減しているが、それでも裏社会では恐れられているテロ組織だ。日本人一人殺すことなど容易い。
まして貴様は日本という国にれっきとした戸籍のある、孤児だ。異国であろうとも誘拐するなり、殺害するなり、何だって行える。
ところが貴様は、異世界へ行く手段を持っている。それもここ一年自由に行き来しており、地球上から完全に姿を消しているのだ。

我々が仕立てた"サムライ"という幻想も相まって、相当不気味に思っているだろうよ。神出鬼没なのだからな』

『日本では神隠しとも言うのですね、あなた』

 なるほど、数日前に突然日本に姿を見せれば当然履歴を洗う。渡航や航空履歴など、日本へのルートをあらゆる角度から探ったはずだ。
ところがどれほど調べ尽くしても、何も出てこない。夜の一族が関与しているのだと判断したとしても、何の痕跡も見出だせないのはありえない。
日本に潜伏していたとしても、過去の動向は追える。ところが、どれほど調べ尽くしても何も出てこない。

ある日突然、海鳴に姿を見せた。ドイツの夜の一族であるカーミラが面白げに説明し、イギリスの妖精であるヴァイオラが日本流に補足してくれている。

『それで標的のフィアッセではなく、他のHGS患者を襲ったというのか!? でもフィリスも行方不明になっているんだぞ!』
『そちらは既に調査済ですわ、王子様。彼らの狙いはHGS患者そのものよりも、王子様の情報です』
『情報……? まさか、フィリスから俺のことを聞き出そうってのか!?』

『何を仰っているのです。病院には王子様の診断情報があるでしょう』
「あっ、しまった!?」

 一年前に海鳴で起きた通り魔事件は余裕でニュース報道されている。俺個人の報道はされていないが、マフィアが調べれば詳細を把握するのは難しくない。
海鳴大学病院で入院していた記録は当然あるし、定期的に診察に訪れているので目撃情報は腐るほど残っているだろう。
しかも間の悪いことに異世界や異星への渡航をフィリスに弁解した際、別世界へ行くのだからと精密検査までさせられている。

俺の個人情報があの病院にはたんまり記録されているのだった。

『リスティの話では荒らされた後はなかったと言っていたんだが……』
『行方不明となったフィリス・矢沢を主軸に捜査を行っているのでしょう。
他の患者情報、つまり王子様の診断カルテまで調べていないのではありませんか。まあ、無理もありませんが』

 げっ、俺の診断カルテを盗みやがったのかあいつら。やばい、精密検査の結果で見られるのは非常にまずい。
俺の身体そのものは異常はない。ただ問題なのは。今の俺の肉体はエルトリアのナノマシンとユーリの生命操作能力によって劇的に改善されているのである。
一年前の診断結果と一年後の精密検査を比較したら、何処がどう変わったのか、簡単に分かる。

当然、地球上にはない医学的情報が見つかるだろう。HSG患者のような特異性の遺伝子を求めている連中には、お宝の山である。

「じゃ、じゃあ、フィリスを攫ったのは――」
『王子様の情報とセットという事です。加えて先日の動向を洗い出したところ、あろう事か王子様に蛮行を働いた女に同行していた様子。
貴方の情報が奪われ、自分のクローンが製造されたという事で、彼女は自ら行動に出たのでしょう。

優しさに付け込まれておりますわね』
「あいつ……!」

 自分自身のクローンが製造されたとあれば、誰だって正気ではいられない。
自分と同じ顔をした女が犯罪組織に加担していれば、凶行を止めるべく説得しようとするだろう。
しかも自分の患者の診断カルテが奪われたとあっては、俺自身が人質に取られているのと同じと考えるはずだ。

馬鹿野郎……無抵抗で降伏したのか、フィリス!










<続く>


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2023/05/07(Sun) 00:54:43 [ No.1028 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十五話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武  不幸中の幸いにも、フィアッセは無事だった。
ディアーチェ達が飛空魔法を使ってまで超特急で迎えに行った時、美味しく外食を食べて機嫌よく歩いていたらしい。
アホというか、あまりにも暢気で突っ伏してしまいそうになったが、何事もなかったのならそれに越したことはない。

むしろディアーチェ達が急に迎えに来て目を白黒させていたようだが――

『フィアッセさんの帰りが遅くて、父が心配していたので迎えに来た』
『えっ、リョウスケが!? 帰る、帰る!』

 ――と、いうことらしかった。こいつ、人生を気楽に生きていそうだな……
アイリーンというマンションの同居人も一緒だったそうで、俺に挨拶をしたいとの希望があったのだが、ディアーチェが待ったをかけてくれた。
大切な話があり、明日改めてご挨拶させていただきたい。我が子の丁寧な申し出を受けて、アイリーンという女はディアーチェの丁寧な姿勢に感心して快く了承してくれた。

よって今マンションの二室は俺とアリサにフィアッセ、同居人のアイリーンはディアーチェがとても気に入ったらしく隣室で楽しく過ごしている。

「お土産帰ってきたよ、良介。晩御飯はもう食べたと思うけど、よかったら食後に少しお茶でもどうかな」
「分かった。気持ちはありがたく受け取るから、とりあえず座ってくれ。大事な話がある」
「う、うん……一応聞いておくけど、ラブ的な話ではないよね」
「同席しているアリサに聞かせてどうするんだ、そんな話」

 何考えているんだこいつとか呆れたが、フィアッセも俺に限ってありえないと高を括っていたそうでむしろ笑っていた。
お前の身内二人ほど誘拐されたぞ、とこれから言わなければいけない男の身にもなってほしい。アリサはその場の空気に微笑みつつ、お土産のお菓子とお茶を並べてくれた。
和やかな雰囲気ではあるが、これからすぐに悲劇的展開になるのだと思うと気が重い。今すぐにでも電話がかかってきて、二人が発見されたと誰か言ってくれないだろうか。

そうして話さなければならないタイミングになってしまったので、渋々話すことにした。

「とりあえず俺の話を何も言わず、落ち着いて最後まで黙って聞いてくれ」
「……分かった。本当に大事な話なんだね、聞かせて」
「今日起きた出来事を順に説明する。まず朝マンションを出てから――」


 今日一日起きた出来事を俺が説明し、アリサが補足を行う。迂闊な発言がフィアッセの精神を蝕むと理解しているので、どうしたって解説が必要だった。
どう説明しても過去に起きた出来事はどうにも出来ないが、それでも話し掛けた次第で受け止め方だって変わる。
ジェルシード事件の最中では俺のちょっとした行動や言動で、多くの人達を傷つけてしまった。あの時は無神経の極みだったが、今でも全てが改善されたわけではない。

そういった意味でもアリサが俺の言葉や説明に注釈を入れてくれたのは、非常にありがたかった。

「う、嘘……フィリスやシェリーが行方不明に!? ニュース、テレビのニュースを見せて!」
「ニュースは客観的視点だけではなく、報道側の主観も多分に入っていておすすめできない。
今俺達が話したことは、以前海外へ行った際に築き上げた人脈を最大限活用して収集した情報だ」

「現場には争った痕跡はなく、今この瞬間もどこからも情報は出ていない。
行方不明になったのを心配する気持ちは本当によく分かるけれど、悪くばかりに考えてないでください。

もしも二人に万が一のことがあれば、何の情報も出ないなんてありえない。特にアルバレットさんはとても有名な人だもの」
「病院をリスティが徹底的に洗い出したが、痕跡はつかめなかった。フィリスも怪我はしていないと思う」

 行方不明で何の手掛かりもないというマイナス要素だって、今俺やアリサがこういう言い回しをすることで前向きな判断材料と思わせる。
フィアッセだって気休めでしかないことはわかっているが、それでも俺達が自信を持って言えばそうかもしれないという心の動きにもなるだろう。
こういう政治的な言い回しは、この一年間の権力闘争で上手くなってしまった。あまり褒められたことではないが、それでも経験は生かせている。

フィアッセは手を震わせながらも、必死で心を落ち着かせようとする。

「もしかして私の関係者だから二人が襲われたということはないのかな」
「それはない」
「どうしてそう言い切れるの!? 私に脅迫状が送られてきたんだよ!」
「何いってんだ、お前。脅迫の内容はあくまでチャリティーコンサートの中止だ。
お前の命はあくまでコンサートを中止しなかった場合であって、お前自身を脅かすためにあいつらが襲われた訳じゃない。

チャリティーコンサートを中止するためにお前を脅迫し、お前を脅かすためにフィリス達を誘拐するって遠回しすぎるだろう」
「あっ、そ、そうか……」

 もしも自分のせいで家族同然の二人が襲われたとすれば、間違いなくフィアッセの精神の根幹が脅かされる。
だからこそ俺が敢えて鼻で笑って、大げさにフィアッセの懸念を払拭する。俺の自信ある説明に、フィアッセは大きく息を吐いた。
正直なところ、可能性はなくはない。フィアッセを追い詰めるために、二人を浚うという戦法自体はありえるからだ。

しかし今可能性だけを論じて、自ら追い詰める必要はない。可能性を語るのであれば、むしろ少しでも安心させるべきだろう。

「今日一日の捜査で、HGS患者が狙われている線が有力とされている。この線なら二人は無事と考えられるわ」
「それはどうしてなの、アリサちゃん」
「殺す意味が全くないの。超能力が狙いなら、本人には元気に生きてもらわないと困るわ。
能力の質や力の多寡を判断する上で、健常であってもらわないといけない。お金とかじゃないんだから、拷問したって本人から能力を取り上げられないでしょう」

 アリサの話は至極ごもっともだと思ったのか、フィアッセの顔色が少し良くなった。実は俺も拷問の線は心配していたので、少し安心した。
その代わり洗脳という別の意味での危険があるのだが、その線を語る必要はない。フィアッセもそこまで思い至らないのか、言及はしない。
洗脳という技術は超能力なんてものに比べれば現実的ではあるが、それにしたって決して簡単ではない。

誰でも思い通りに操れる技術が確立されているのであれば、世界はもっと歪んでいる。とはいえ、無いと断言できないのも事実ではあるが。

「リスティはさざなみ寮の防衛を主に、警察関係者として全力でフィリスの捜索にあたっている。
シェリーなんて国際的有名人だから、海外メディアにまで取り上げられるほどに大々的な捜査が開始されている。

俺やアリサもこの一年、海外のおえらいさん達とコネが出来ているからな。あらゆるツテを使って探し出してみせるから心配するな」
「フィアッセさんが心配するのは大いに分かるけど、あたし達を信じて今は一緒に行動してほしい。

覚えておいていてね。リョウスケやあたし達は、フィアッセさんの力になるべく帰ってきたのよ」

「リョウスケ、アリサちゃん……本当にありがとう」

 俺やアリサが敢えて胸を張って告げると、フィアッセは涙を流して頭を深く下げた。少しは勇気づけられただろうか。
こういう事態になってしまったからには仕方がない。あまり頼りたくはないが、夜の一族に協力してもらうしかない。
ミッドチルダやエルトリアからも、場合によっては追加で派遣してもらうのも検討しよう。今回必要なのは戦力よりも人手なので、頼れそうな方面は多くいる。

とりあえず俺達が励まし合って少しは落ち着いたのか、フィアッセは考え込んだ顔をする。

「ねえ、リョウスケ。昼間にリョウスケを狙って接触してきた女の子、フィリスに似ていると言ってたよね」
「ああ、明らかに超能力を使っていた。まず間違いなくフィリス本人ではないはずだ」
「だとしたら、心当たりがある。もしかしてその子、フィリスと同じ素性を持った子かもしれない」
「素性……?」

「リョウスケになら話せる。元々ね、フィリスはリスティの遺伝子をもとに作成されたクローン体なの。
人体兵器として製造されたリスティからメンテナンスを不要にした量産版――その成功体なのかもしれない」

 俺とアリサは顔を見合わせる。驚くべき事実、ではなかった。
何しろ俺を護衛するべく常に行動している、月村すずかという前例がある。

以前フィリス本人からもHGS関連のことは聞かせれていたが……それでも、衝撃的だった。
2023/04/29(Sat) 16:29:33 [ No.1027 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十四話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武  セルフィ・アルバレット、愛称はシェリーと呼ばれる女の子。昨年5月、ジュエルシード事件で大怪我して入院した際、フィリスから紹介された。
もう少し正確に言うと入院していた時、病室にあるテレビで彼女が紹介されていたのである。確か海外のドキュメンタリー番組だったはずだ。
災害救助隊員が海外のテレビ番組に紹介されるなんてあまりないが、彼女は特別だった。災害現場で活躍する彼女の勇姿と美しさは評判だったのだ。

放映されていたのは『世界の危険危機一髪』、海外でも流れている人気番組――番組名のセンスはいまいちだったが。

確か番組の内容は災害の難を逃れる方法で視聴者の興味を引き、災害救助における感動的な物語で涙を誘う流れだった。
ようするに日本と世界の災害復興の現場を通じて、生命の尊さを強調することが趣旨である。
時と場所を選ばずに起きる災害では特定の時期だけではなく、定期的かつ継続的に防災に関する番組が放映されるのだ。

あの時ジュエルシードという次元世界災害で入院している俺には和むどころか、笑えない場面ばかりだった。

『今度はボランティア精神にでも目覚めたのか? お前は世界中の患者を救うつもりかよ』
『違います――い、いえ、そういった志は常に持っていますけど……』

 あの時チャンネルを変えようとリモコンを探していたら、フィリスがしっかりと手に掴んでいたのを覚えている。
あいつが何やら熱心に見ているのは、世界の災害現場や紛争地域で行われている救援活動のシーンだった。
世界の災害で苦しむ人々の為に、高度・先進的な取り組みが国際的に広がっている。

災害現場の第一線で活躍するNYのレスキューチームが、この番組で取材を受けていた。


『この子です!』


 フィリスが画面を指さしていたんのがセルフィ・アルバレット、ニューヨーク消防署『FDNY』のレスキュー部隊所属のエース。
番組では世界の災害や戦争被害に対し、自分なりの考えやレスキュー隊一員としての心構えをご立派に話している。
レスキューレンジャーと聞けば野暮ったいイメージがあるが、取材を受けているのは綺麗な女の子で驚いた印象があった。

――シルバーブロンドの髪に、吸い込まれそうなブルーアイを持った少女。


透き通るような白い肌に目鼻立ちの整った顔、フィリスやリスティに雰囲気が似ていた。今にして思えば、フィリスに似たあの女とも共通点が多くある。
災害対策の仕事となれば相当の激務だろうにこんな細い肢体でやっていけるのか、テレビを見ていた俺も心配になるほどだった。

緊張気味だが元気で溌剌と取材に応じており、泣いている子供を笑顔にする魅力を感じさせた。


『良介さん、手紙を書きましょう!』
『……は?』

 事前に用意されたシナリオでは、テレビ越しにここまで熱意は伝わらない――セルフィは紛れもなく本物だった。
やがて番組はエンディングを迎えて、番組に対する視聴者の御意見、御要望の募集で締め括られた。
被害者や先程のレスキュー部隊への声を求める住所や電話番号も当時テレビで公開されていた筈だ。

フィリスはあろうことか、彼女に手紙を書くよう俺に勧めたのである。

『この番組です。最後にお便りを募集するコーナーがあったじゃないですか!』
『何の手紙を出すんだよ!?』

 リモコンを固く握り締めて、フィリスはテレビ画面を見つめながら叫んでいる。優しさの暴走だろうか。
あの時レスキュー隊員へのインタビューも目を輝かせて見ていたからな、こいつ。人を救う仕事に喜びを見出しているようだ。

俺はあいつの言いたいことが当時全くわからず、首を傾げていた。


『番組に対しての感想ではありません。取材を受けていたレスキュー隊員の方に送るんです。
良介さんと同じくらいの年齢の女の子が、災害に苦しむ沢山の人達を救っているんですよ! 立派だと思いませんか?』
『ま、まあ、奇特な奴だとは思うけど……手紙に書くほどの事か?
番組を通じて相手に届いてたとしても、肝心の本人が読むとは限らないだろう』

 同じ日本の番組でもテレビの出演者に手紙を送っても、読んでくれるかどうかなんて未知数だ。
まして海外からファンレターなんて送っても、ありがた迷惑ではないだろうか。

日本人の気持ちなんぞ伝わらないだろう。

『読んでくれますよ、絶対に。心を籠めたメッセージは必ず相手に届きます』
『そんなに励ましの手紙を送りたいなら、自分で送ればいいだろう』
『私も勿論出しますが、良介さんが出すからこそ意味があるんです』

 海外の災害救助隊員に日本の剣士が何を伝えろというのか、この女は。
俺は当時仲間も家族も居なかったので、他人に対する思慮や気遣いなんてとても抱けなかった。
海外で人助けしている奴へのエールなんて、別段何も浮かばない。奇特な奴だというくらいしかない。

病院のベットの上で嫌そうな顔をする俺に、フィリスはにこやかに告げる。

『気持ちなんて届かないと諦める前に、まず歩み寄る事も大切ですよ。
ただ待っているだけでは、友達は作れません』
『友達ってお前……相手は日本人でさえないんですけど』

 やはりそういう魂胆だったのである。先程も言ったが仲間も家族も俺には居なかったので、フィリスは友達を作らせようと画策していた。
何故野郎ではなく、女ばっかり押し付けるのか。友達100人計画は本格的に海外進出へまで乗り出したのだ。

ナイス、インターナショナル。ナメんな、ドクター。

『相手は日本じゃなく、アメリカに居るんだぞ。海外番組で紹介されている、有名なレンジャー部隊のエース的存在だ。
性別どころか身分も国籍も違うわ』
『相手の気持ち次第です。勇気を持って!』
『勇気も何も俺は今テレビで知っただけで、相手は俺の存在も知らないんだぞ』

『遠く離れた相手に想いを伝える手段、それが御手紙です。
今では電話やメールが主流ですが、一昔前は手紙が盛んだったんですよ。

ペンフレンドをご存知ですか、良介さん?』

 これがセルフィ・アルバレットとの文通の始まりだった、信じられるか?
離れた場所への伝達の手段が少なかった時代には一般的な文化で、友人作りが主流だったのは俺のような無骨者でも知っている。
交換日記の拡大版で、遠く離れた知り合いや仲間と手紙を通じてコミュニケーションするのだ。

『日本語だと相手が困るだろう。書いている内容が分からない手紙なんて無価値だぞ』
『私でよければ協力しますし、良介さんには友人のフィアッセがいるじゃないですか。
最近音楽について楽しそうに話しているのを知っているんですよ、私は。

そうだ、英語も学んでみるのはいかがですか? きっと楽しいですよ』


 あの時は本当に嫌だったけど、この後訪れた夏の季節に世界会議が開催されたのである。
勉強させられた英語が死ぬほど役に立ち、今では日常会話レベルは普通に話せるようになっている。
勉強が出来たのではない、英語を覚えないととにかく何も出来なかったのだ。死ぬ気で覚えるしかなかった。

どうせ返事なんぞ来るわけないと高を括っていたら――フィリスの知り合いだったというオチだった。



 即座にニュース番組を片っ端から確認し、ディアーチェ達には情報収集させた。
確認しまくったが、結局大した続報はなかった。ニュースで放送されていた情報以上の話はない。
災害現場で突如行方不明になり、その後の足取りが追えなくなっている。痕跡も全く無く、目撃情報もない。

フィリスと同じく、行方不明になっていた。

「フィアッセに脅迫状を送っておいて、フィアッセ以外の関係者を狙っていやがる」
「我々の行動の裏を読んでいる――というよりも、多角的なやり方で組織的行動を行っているのだろう。
我らはあくまでフィアッセさんの護衛に専念しているが、奴らの目的はHGS患者そのものといっていい。

少なくともこれで偶然ではなくなったということだな、父よ」

 ロード・ディアーチェの王としての見解は見事だった。洞察力は無論だが、何よりも落ち着いている。
他人事だと捉えているのではない。騒いでも無駄なのだと、王座に腰を下ろして冷静に判断しているのだ。
俺は正直まだ気が動転しているが、我が子が冷静に意見を述べてくれているおかげで取り乱さずに済んでいる。

流石にこれ以上、後手に回る訳にはいかない。

「ニュースのタイミング的に発覚はしていないと思うが、フィアッセを迎えに行こう。
下手に外で知って騒がれても困るし、あいつが狙われているのはもう確定になったからな」
「うむ、フィアッセさんの無事を確認したのはつい先程だ。いくら何でもまだ襲われていないだろう。
この際だ、我が直接近くまで飛行してフィアッセさんと合流しよう。

なに、父が寂しがっているといえば帰ってくる」
「その理由、いるか!?」
「ふふ、穏便に帰ってもらうには最善であろう。それより父も今晩は出歩かない方がいい。
HSG患者が狙われているのは明らかだが、父本人も組織から目の敵にされているのだからな」

「ぐっ……確かにそうか」

 なるほど、自分自身のことになると見えなくなってしまうが、考えてみれば俺も狙われている。
むしろフィリスやシェリーよりも、俺を殺したいと思っているはずだ。八つ裂きにしても飽き足らないだろう。
なんか一年経過して環境が激変したせいか実感がないが、海外でも恐れられているチャイニーズマフィアに命を狙われているのである。

日本のヤクザやチンピラとは桁が違う。

「今晩は、アリサにも同席してもらおう。妹さんはマンションの防衛を頼む」
「お任せください、剣士さん」


 シェリーにフィリス、二人の女が行方不明になった。
せめてフィリスだけでも、なんて妥協しない。この一年間俺がやってきた事をムダにするつもりはない。

戦える力があるのだから、味方くらいは助けれるようになってみせる。







<続く>


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2023/04/22(Sat) 20:33:28 [ No.1026 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十三話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武  時空管理局の協力そのものは得られなかったが、クロノやレンが個人的にでも手伝ってくれるのは非常に助かる。
人探しは組織が大っぴらに動くより、個人で探し回ったほうが案外早く見つかるかもしれない。大事にはしたくないという意味でもありがたかった。
その後も少しレン達と話し合って時間を稼ぎ、ファミリーレストランを出て一旦別れる。周囲を伺ったが、フィリスに似たあの女は見当たらなかった。

安堵していいのかどうか、感情は複雑だった。多分フィリスの事を知っているだろうが、フィアッセが狙われているこの状況で付け狙われるのも嫌だった。

「父よ、何があった。街で騒ぎが生じていたようだな」
「剣士さん、無事ですか」

 別行動していたディアーチェ達が駆け寄ってくる。街中で起きた騒ぎを聞きつけて、捜索を中止して俺の所へ戻ってきたらしい。
案の定月村すずかこと妹さんは俺自身を信じていながらも、護衛である自分の不在中に事件が起きたのではないかと気掛かりであるようだ。
我が子達を労ってやりたいが、またファミレスへ戻るのも何なので、俺達は一旦マンションへ帰ることにした。色々な事が起こりすぎていて整理したい。

俺が襲われたことを素直に伝えると妹さん達が多大に責任を感じそうなので、ハプニングが起きたというニュアンスで説明した。

「――といった感じで、携帯電話を取り上げたり、救急車を空中へ持ち上げたりと、見事なパファーマンスを街中で見せてくれやがったよ」
「なるほど、父に危害を加えるつもりはなかったらしいな。もっとも害意の一つでも見せていれば容赦しなかったが」
「えっ、どういう事だ」

「お父様の危機を見過ごす私達ではありません。必ず駆けつけていましたよ」

 ……どういう根拠なんだと聞いてみたかったが、あろう事か誰一人全く疑わずに頷き合っている。
救急車に追いかけられたりと結構な危機だったんだけど、ディアーチェ達は殺意や敵意を感じなかったらしい。
実際救急車が制御を失って落ちてきた時あの女は慌てていたし、俺に危害を加えるつもりはなかったのは確かなようだ。

だったら何の目的であんな真似をしたのか全く理解できないが、本人に聞き出せなければどうしようもないか。

「フィリスをよく知っていたことからも、あの女が今回の事件に関わっているのは間違いない。単純な行方不明でもなさそうだ。
あいつの安否が気掛かりではあるが……お前達はどうだった」
「皆さんの協力を得て街中を探索いたしましたが、フィリスさんの"声"は聞こえませんでした」
「……海鳴にはいないのか」

 これでフィリスが自分の意志で行方をくらませた可能性はほぼ消えた。昨晩の夜勤で何か起きたことは間違いない。
病院を荒らされた形跡はないとリスティは言っていたので、チャイニーズマフィア達が危害を加えたということは無さそうだ。
しかしながら超能力者が敵側にいるのであれば、無力化されて誘拐された可能性はある。フィリスはHGS患者なので、狙われる理由はある。

いよいよ雲行きが怪しくなってきたな……この街のHGS患者は俺の知る限りリスティとさざなみ寮の住民、そしてフィアッセか。

「力になれなくてごめんね、お父さん。気休めかもしれないけど、僕達が調べた限りでは街中で事件が起きた痕跡はない。
フィリス先生の身に何かが起きたことは間違いないだろうけど、まだ無事である可能性は高いよ」
「謝ることはないよオットー、お前達はよくやってくれている。お前達のおかげで冷静さを取り戻せた。
チャイニーズマフィアがHGS患者を狙うのは、超能力という異能を持っているからだ。それを考慮すれば、HGS患者であるフィリスを殺す意味はまったくない。

俺への私怨もあるだろうが、だとすれば病院で襲っている筈だからな」

 ディードとオットー、双子の戦闘機人は俺の遺伝子を継いでいる。スカリエッティ達の教育で俺への父性が高く、心から慕ってくれている分落ち込みようも大きい。
そんな彼女達を慰める意味で理由を述べたが、自分で言っておいて少しだけ納得することが出来た。確かにマフィア達がフィリスを殺す意味はない。
勿論殺す意味がないとはいえ、無事である保証は何処にもない。相手はマフィアだ、HGS患者の超能力を狙って非人道的な真似をするかもしれない。

悪いようには幾らでも考えられるので、自分自身で追い詰めないようにしておいた。

「とにかくチャイニーズマフィアの狙いはHGS患者だ。リスティやフィアッセはまず間違いなく狙われるだろう。
リスティは自分で身を守れる力を持っているが、フィアッセは逆に力の発動が暴走を招く危険性がある」
「その点は私達も考えまして、彼女達の居所を確認いたしました。全員、無事です」
「フィアッセさんは見知らぬ女性と一緒に買い物へ行っていました。恐らく今の同居人ではないかと思われます、剣士さん」

 おお、流石は頼れる家族達。次なる狙いを看破して、先回りしてくれている。
妹さんがきちんと動向を探ってくれたらしく、フィアッセは能天気に同居人と買い物しているらしい。なんか馬鹿馬鹿しくなった。
人目が多いショッピングであれば心配は無いだろうが、妹さんは護衛チームに連絡を取ってフィアッセに人員を送る手配をしてくれたようだ。グッジョブすぎる。

心配なので顔を出しに行きたいが、買い物中に俺がのこのこ出向けばむしろ何かあったのかと勘ぐってくるだろう。

「仕方ない、マンションで帰ってくるのを待つか」
「フィリス先生のことはどうするつもりだ、父よ。いつまでも隠し通せないと思うのだが」
「……今晩、俺から話す。後でバレれば信頼を失うし、隠し通せないからな」

 正直気が乗らないが、意外と勘の良いやつなので俺の一挙一動で見透かされるかもしれない。
今あいつが能天気でいられるのは、どういう訳か俺への信頼が異常に高いからだ。言い換えると、HGSの暴走を抑えているのは信頼と言える。
この信頼を失ってしまうと、あいつがどうなってしまうのか予測が立たない。今まで嘘をついていていいことがあった試しがないからな。

ディアーチェ達は捜索の続行を申し出てくれたが、俺は首を振った。一旦全員、落ち着くべきだ。


「脅迫状が単なる愉快犯ではないのは確定したので、フィアッセを守る為に拠点の安全性を高める。
マンションへ戻って工作作業を行っておこう。セキュリティの高いマンションとはいえ、やれることはあるだろうからな」
「お父さん、僕のIS"レイストーム"には光渦の嵐という結界能力があるんだ。早速マンションと地域一帯に設置しておくよ」
「おお、頼もしいな。目立たない程度に頼む」
「うん、任せて」

 オットーは無口で感情を表に出さず、普段はぼんやりとした感じの女の子だが、俺が素直に褒めると嬉しそうに笑っていた。
もう少し詳しく尋ねると、光渦の嵐は対象の檻外への移動へ逃走を、物理と魔力両面で阻害して閉じ込める機能を持っているらしい。
本来は広域攻撃に用いるらしいが、防衛にも使える能力であるらしい。戦闘機人は汎用性が高く、各局面に適した能力を持っている。

敵に回ったら恐ろしい連中だが、あいにくとほぼ全員俺の味方である。ほぼといったのは、ウーノさんは俺を嫌っているからだ。

「よし、作業をしながらフィアッセを待つぞ」
『はい!』
 
 その後夜になるまで俺の仲間達が手を尽くしてくれたが、結局フィリスは見つからなかった。
レンやクロノ、他の連中も頑張ってくれたが、手掛かりもない。フィリスに似たあの女も姿を見せなかった。

――そして、夜を迎える。





 事が起きたその時、俺はディアーチェが作ってくれた夕ごはんを食べていた。

呑気に見えるが、実際呑気なのはフィアッセの馬鹿だ。あいつ、買い物に出たままなかなか帰ってきやがらない。
姿が見せないと不安になるので確認の連絡をしようとしたら、逆に連絡があって外食して帰るとのことだった。お土産も買ったので楽しみにしていてほしいとのアホ連絡だった。

馬鹿馬鹿しくなって美味しい夕食をぱくつきながら――テレビを、つけた。


『次のニュースです。

ニューヨーク市消防局で災害救助に従事していた"セルフィ・アルバレット"さんが、昨日未明から現場から行方不明になりました』


 ――えっ。


『救助隊員や警察関係者によって手掛かりが調べられましたが、彼女に関連したものは何も見つかっていません。
人命被害が出た現場で懸命な救助作業を行っていたセルフィ・アルバレットさんが、突如消息を絶ったことです。

公表はしばらく伏せられていましたが、事態を重く見た関係者は――』


 セルフィ・アルバレット。俺の文通相手で、フィリスやリスティの関係者。
素性はあえて訪ねなかったが、家族同然の付き合いだと聞いていた。


まさか、あいつもHGS患者だったのか――しまった!?








<続く>


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