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小説投稿掲示板
◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十三話
投稿者:
リョウ@管理人
引用する
時空管理局の協力そのものは得られなかったが、クロノやレンが個人的にでも手伝ってくれるのは非常に助かる。
人探しは組織が大っぴらに動くより、個人で探し回ったほうが案外早く見つかるかもしれない。大事にはしたくないという意味でもありがたかった。
その後も少しレン達と話し合って時間を稼ぎ、ファミリーレストランを出て一旦別れる。周囲を伺ったが、フィリスに似たあの女は見当たらなかった。
安堵していいのかどうか、感情は複雑だった。多分フィリスの事を知っているだろうが、フィアッセが狙われているこの状況で付け狙われるのも嫌だった。
「父よ、何があった。街で騒ぎが生じていたようだな」
「剣士さん、無事ですか」
別行動していたディアーチェ達が駆け寄ってくる。街中で起きた騒ぎを聞きつけて、捜索を中止して俺の所へ戻ってきたらしい。
案の定月村すずかこと妹さんは俺自身を信じていながらも、護衛である自分の不在中に事件が起きたのではないかと気掛かりであるようだ。
我が子達を労ってやりたいが、またファミレスへ戻るのも何なので、俺達は一旦マンションへ帰ることにした。色々な事が起こりすぎていて整理したい。
俺が襲われたことを素直に伝えると妹さん達が多大に責任を感じそうなので、ハプニングが起きたというニュアンスで説明した。
「――といった感じで、携帯電話を取り上げたり、救急車を空中へ持ち上げたりと、見事なパファーマンスを街中で見せてくれやがったよ」
「なるほど、父に危害を加えるつもりはなかったらしいな。もっとも害意の一つでも見せていれば容赦しなかったが」
「えっ、どういう事だ」
「お父様の危機を見過ごす私達ではありません。必ず駆けつけていましたよ」
……どういう根拠なんだと聞いてみたかったが、あろう事か誰一人全く疑わずに頷き合っている。
救急車に追いかけられたりと結構な危機だったんだけど、ディアーチェ達は殺意や敵意を感じなかったらしい。
実際救急車が制御を失って落ちてきた時あの女は慌てていたし、俺に危害を加えるつもりはなかったのは確かなようだ。
だったら何の目的であんな真似をしたのか全く理解できないが、本人に聞き出せなければどうしようもないか。
「フィリスをよく知っていたことからも、あの女が今回の事件に関わっているのは間違いない。単純な行方不明でもなさそうだ。
あいつの安否が気掛かりではあるが……お前達はどうだった」
「皆さんの協力を得て街中を探索いたしましたが、フィリスさんの"声"は聞こえませんでした」
「……海鳴にはいないのか」
これでフィリスが自分の意志で行方をくらませた可能性はほぼ消えた。昨晩の夜勤で何か起きたことは間違いない。
病院を荒らされた形跡はないとリスティは言っていたので、チャイニーズマフィア達が危害を加えたということは無さそうだ。
しかしながら超能力者が敵側にいるのであれば、無力化されて誘拐された可能性はある。フィリスはHGS患者なので、狙われる理由はある。
いよいよ雲行きが怪しくなってきたな……この街のHGS患者は俺の知る限りリスティとさざなみ寮の住民、そしてフィアッセか。
「力になれなくてごめんね、お父さん。気休めかもしれないけど、僕達が調べた限りでは街中で事件が起きた痕跡はない。
フィリス先生の身に何かが起きたことは間違いないだろうけど、まだ無事である可能性は高いよ」
「謝ることはないよオットー、お前達はよくやってくれている。お前達のおかげで冷静さを取り戻せた。
チャイニーズマフィアがHGS患者を狙うのは、超能力という異能を持っているからだ。それを考慮すれば、HGS患者であるフィリスを殺す意味はまったくない。
俺への私怨もあるだろうが、だとすれば病院で襲っている筈だからな」
ディードとオットー、双子の戦闘機人は俺の遺伝子を継いでいる。スカリエッティ達の教育で俺への父性が高く、心から慕ってくれている分落ち込みようも大きい。
そんな彼女達を慰める意味で理由を述べたが、自分で言っておいて少しだけ納得することが出来た。確かにマフィア達がフィリスを殺す意味はない。
勿論殺す意味がないとはいえ、無事である保証は何処にもない。相手はマフィアだ、HGS患者の超能力を狙って非人道的な真似をするかもしれない。
悪いようには幾らでも考えられるので、自分自身で追い詰めないようにしておいた。
「とにかくチャイニーズマフィアの狙いはHGS患者だ。リスティやフィアッセはまず間違いなく狙われるだろう。
リスティは自分で身を守れる力を持っているが、フィアッセは逆に力の発動が暴走を招く危険性がある」
「その点は私達も考えまして、彼女達の居所を確認いたしました。全員、無事です」
「フィアッセさんは見知らぬ女性と一緒に買い物へ行っていました。恐らく今の同居人ではないかと思われます、剣士さん」
おお、流石は頼れる家族達。次なる狙いを看破して、先回りしてくれている。
妹さんがきちんと動向を探ってくれたらしく、フィアッセは能天気に同居人と買い物しているらしい。なんか馬鹿馬鹿しくなった。
人目が多いショッピングであれば心配は無いだろうが、妹さんは護衛チームに連絡を取ってフィアッセに人員を送る手配をしてくれたようだ。グッジョブすぎる。
心配なので顔を出しに行きたいが、買い物中に俺がのこのこ出向けばむしろ何かあったのかと勘ぐってくるだろう。
「仕方ない、マンションで帰ってくるのを待つか」
「フィリス先生のことはどうするつもりだ、父よ。いつまでも隠し通せないと思うのだが」
「……今晩、俺から話す。後でバレれば信頼を失うし、隠し通せないからな」
正直気が乗らないが、意外と勘の良いやつなので俺の一挙一動で見透かされるかもしれない。
今あいつが能天気でいられるのは、どういう訳か俺への信頼が異常に高いからだ。言い換えると、HGSの暴走を抑えているのは信頼と言える。
この信頼を失ってしまうと、あいつがどうなってしまうのか予測が立たない。今まで嘘をついていていいことがあった試しがないからな。
ディアーチェ達は捜索の続行を申し出てくれたが、俺は首を振った。一旦全員、落ち着くべきだ。
「脅迫状が単なる愉快犯ではないのは確定したので、フィアッセを守る為に拠点の安全性を高める。
マンションへ戻って工作作業を行っておこう。セキュリティの高いマンションとはいえ、やれることはあるだろうからな」
「お父さん、僕のIS"レイストーム"には光渦の嵐という結界能力があるんだ。早速マンションと地域一帯に設置しておくよ」
「おお、頼もしいな。目立たない程度に頼む」
「うん、任せて」
オットーは無口で感情を表に出さず、普段はぼんやりとした感じの女の子だが、俺が素直に褒めると嬉しそうに笑っていた。
もう少し詳しく尋ねると、光渦の嵐は対象の檻外への移動へ逃走を、物理と魔力両面で阻害して閉じ込める機能を持っているらしい。
本来は広域攻撃に用いるらしいが、防衛にも使える能力であるらしい。戦闘機人は汎用性が高く、各局面に適した能力を持っている。
敵に回ったら恐ろしい連中だが、あいにくとほぼ全員俺の味方である。ほぼといったのは、ウーノさんは俺を嫌っているからだ。
「よし、作業をしながらフィアッセを待つぞ」
『はい!』
その後夜になるまで俺の仲間達が手を尽くしてくれたが、結局フィリスは見つからなかった。
レンやクロノ、他の連中も頑張ってくれたが、手掛かりもない。フィリスに似たあの女も姿を見せなかった。
――そして、夜を迎える。
事が起きたその時、俺はディアーチェが作ってくれた夕ごはんを食べていた。
呑気に見えるが、実際呑気なのはフィアッセの馬鹿だ。あいつ、買い物に出たままなかなか帰ってきやがらない。
姿が見せないと不安になるので確認の連絡をしようとしたら、逆に連絡があって外食して帰るとのことだった。お土産も買ったので楽しみにしていてほしいとのアホ連絡だった。
馬鹿馬鹿しくなって美味しい夕食をぱくつきながら――テレビを、つけた。
『次のニュースです。
ニューヨーク市消防局で災害救助に従事していた"セルフィ・アルバレット"さんが、昨日未明から現場から行方不明になりました』
――えっ。
『救助隊員や警察関係者によって手掛かりが調べられましたが、彼女に関連したものは何も見つかっていません。
人命被害が出た現場で懸命な救助作業を行っていたセルフィ・アルバレットさんが、突如消息を絶ったことです。
公表はしばらく伏せられていましたが、事態を重く見た関係者は――』
セルフィ・アルバレット。俺の文通相手で、フィリスやリスティの関係者。
素性はあえて訪ねなかったが、家族同然の付き合いだと聞いていた。
まさか、あいつもHGS患者だったのか――しまった!?
<続く>
小説のご意見や感想も受け付けていますので、
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2023/04/15(Sat) 13:51:08 [ No.1025 ]
◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十二話
投稿者:
リョウ@管理人
引用する
事件現場から即座に逃げようとしたのだが、クロノやレンから容赦なく止められた。
病院からの逃走劇と、交差点での攻防。肝心の犯人は逃亡してしまい、救急車がバラバラになって散らばっている状態。
超能力とHGSというキーワード無くして説明できない状況である、逃げ出したくなる俺の心情は理解されると思う。
だが責任感の強いレンと、時空管理局員のクロノが許してくれなかった。
「警察が来たとして、どう説明しろってんだこの状況」
「当事者の君が逃げ出せば、収集のつかない事態になって話題が広まってしまう。より一層混乱が収まらなくなるぞ」
クロノの言いたいことも分かる。病院から運転手のいない救急車が暴走して走り回っていたのは、世間様が大量に目撃している。
救急車が空を飛んだのは住宅街の人達が目撃しまくっているし、悲鳴が上がっているのも聞いている。
そして何よりもその救急車が追いかけていたのは俺であることは、多分多くの人達が見ているだろう。後でバレたら余計に騒ぎになってしまう。
クロノの言い分は理解できるのが、肝心要の俺が事態を理解していない。
「俺が説明できないのにどうやって納得させるんだよ、この現場を」
「君がいてくれればいい」
「いや、だから当事者でも説明ができないから――」
「ああ、もう相変わらずウダウダうるさい奴やね。ええからクロノさんに任せておけばええねん」
やがて新たな救急車とパトカーがサイレンを鳴らしてやってくる。そして、その後方から見慣れない高級車が堂々と停車する。
救急車からは白衣を着た人達が事態に巻き込まれた人達に声をかけ、パトカーから降りた警察官達は近隣住民に声をかけていく。
高級車から降りてきたのは身なりの良いお偉いさんと――金髪の白人女性。クロノは襟を正して、彼らの元へ歩み寄っていった。
警官や白衣の連中はともかくとして、高級車の連中は何なんだ。俺が呆然としていると、
「事情はご理解頂いているかと思いますが、彼が件の人物です」
「承知いたしました、この場は全てお任せください。
――次長。議会は引き受けますので、対外的な対応をお願い致します。けっしてリョウスケ様の存在を公表しないように」
「も、勿論です。庁内の調整もお引き受けいたします!」
えええ、何々なんなの!? ボクの名前を出した瞬間、この場で一番偉そうなお方がペコペコ頭を下げているんですけど。
金髪の美人女性がクロノより紹介を受けて、俺を遠目から一瞥して折り目正しく頭を上げる。初対面の欧米女性に頭を下げられる理由が全く分からない。
日本人の野次馬も騒ぎを聞きつけてやってきては携帯電話で撮影など使用していたが、そこへ白人の少女達がやってきて携帯を取り上げたり、野次馬相手に絡んだりして妨害している。
その中で学生服を来た少女がとことこ俺の元へ駆けつけ、一礼する。
「この場は我々が収めますので、どうぞお任せください」
「は、はあ、あのあんた達は……」
「名乗るほどのものではありません、先日ロシアより留学の名目で来日いたしました。貴方様をお守りするように仰せつかっております。
日本語を学びましたが、上手く伝わっていなければどうぞお許しください」
「い、いや、俺より達者に話しているけど――えっ、ロシア?」
「貴方の敵はすべて我々が排除いたします。どうぞ安心して、心安らかにお過ごしください。失礼いたします」
ロシアからの留学生達は日本人の俺より礼儀正しく、野次馬達を見事にあしらっている。
先程の欧米女性はどんな権限があるのか、警察官や役人達が低姿勢で指示に従っている。誰も何もこの摩訶不思議な状況に疑問を持たず、完璧に処理していた。
やがて事態は収束し、事件に巻き込まれた人達や野次馬達が撤収していった。救急車はサイレンを鳴らして去っていき、警察官達もパトカーに乗って離れていった。
取り残された俺はひたすらぽかんとしている――事件の主要人物であろう俺に、誰も何も聞かなかった。どういう事なの……
「この場は収めたのでとりあえず事情を聞かせてもらえるか、ミヤモト」
「まず最初に俺に聞くべきだよね!?」
何事もなかったかのように戻ってきたクロノに、俺は抗弁する。
俺がいない間に、海鳴という街は一体どうなってしまったのか。あの外国人達は何故日本人より上の立場で事態に関わっているのか。
想像は余裕でつくけど、現実を受け入れたくはなかった。
本来は今居を構えているマンションに戻るべきだが、フィリスを名乗るあの女が狙ってくる可能性がある。
先日妹さんにマンション周辺が安全であることは確認できているから、居所まで探られてはいないだろう。
後をつけられると激しく迷惑なので、ほとぼりが冷めるまで俺達は駅前のファミリーレストランに立ち寄った。喫茶翠屋でもいいのだが、まだ閉店中だろうからな。
少しは周囲の目があったほうがいいというのが、クロノの弁である。管理局員であるクロノの意見に従った。
「それで、今後はどんなトラブルに巻き込まれているんだ」
「もうそろそろ一年が経過するのに全然落ち着かん奴やな、あんた」
時空管理局員であるクロノはともかく、レンは地球生まれの人間だが、ジュエルシード事件に巻き込まれた経緯で異世界事情は察している。
クロノと一緒だった理由は定かではないが、彼らは当時捜査官と被害者の関係だった。俺が大怪我して入院していた際、たまたま病院が一緒だったレンにフェイトの母親プレシア・テスタロッサが目をつけて誘拐したのだ。
我が子アリシアを生き返らさせたい一心で、アリサを結晶化させて復活させた法術を使わせるべく、レンを人質にしたのである。法術は制御不能なので拒否したせいで、あの女とはずいぶんもつれてしまった。
レンは事件後時空管理局に保護されて、クロノやリンディ提督から異世界事情を聞かされている。管理外世界の人間が深く関わったせいで、丁重に扱われたのだ。
「そんな呆れた顔をするなよ、俺だって被害者なんだ。そもそも海鳴に戻ってきたのは――」
二人は事情通なので、俺も隠し事はせずに一連の事件について説明する。
思わぬ形ではあったが、レンとクロノに話を聞くことは案外有意義になるのではないかとも思える。
クロノは言うまでもなくプロの捜査官だし、レンはフィアッセとは家族同然だ。中国人のハーフだからといってチャイニーズマフィアには精通していないにせよ、俺の知らないフィアッセ本人の事情を知っているかもしれない。
話し終えた時、各自で頼んだ飲み物がテーブルに揃った。
「フィアッセさんが狙われていて、フィリス先生が行方不明……それでフィリス先生を名乗る女に、あんたが狙われてる!?
何でもっと早くウチに相談せえへんかったんや!」
「お前に話してそれが何だってんだ」
「うっさい、あんたが心臓手術の時からウチに気を使ってたんは知ってるんや!
でもあんたや晶、それにクロノさんのおかげでウチは元気になった。水臭いこと言わんと、ちゃんと相談して欲しい」
「くっ、こいつは……」
レンが怒っている理由が100%善意なので、全くもって反論できなかった。思いっきり感情論なのだが、心配に満たされた怒号に反論出来ない。
確かにレンに相談しようという気は全然なかった。頼りになるならないではなく、こいつは半年ほど前に非常に難しい心臓病の手術を受けていたからだ。
命の危険さえあった心臓手術にレンは心から怯えて、手術しなければ死ぬのだと分かっていても勇気が出せなかった。だからこそ俺達がハッパをかけて、彼女を送り出したのである。
心臓手術は奇跡的に成功しても、直ぐに回復とならない。リハビリなどもあるだろうし、長期入院するだろうから俺は気を使っていたのは確かだ。
「バタバタしていてそれどころじゃなかったけど、その様子を見る限り後遺症もないようだな」
「おかげさんでな。人生初めて元気いっぱいに生活できていられるよ、ありがとうな」
「俺は特に何もしなかったけどな」
「当時の事件で色々励ましてくれたやんか。クロノさんからあの子、フェイトちゃんのその後も聞いてるで。
クロノさんから伝えてもろたけど、あんたからもウチも何も気にしてへん事言うといてや。美味しいご飯作るから、また遊びに来て欲しいってな」
「お前も意外と大物だな」
プレシアが黒幕なら、フェイトはレンを攫った実行犯である。心臓病で入院していたレンを誘拐したのだ、下手をすれば命の危険もあった。
怒って当然だと思うのだが、本人はケロッとした顔でフェイトの心配をしている。まあフェイトを責める気持ちは俺もないのだが、こいつもこいつですごいと思う。
ちなみにフェイトは誘拐したことを激しく後悔しており、事件が終わった後は泣いて謝っている。裁判時は謝罪の手紙も送ったらしい、元々純真な子なのだ。
諍いもなくて、何よりである。フェイトはなのはの友達だからな。
「フィアッセさんに事情があって高町の家を一旦出ていったのは本人から聞いてたけど、えらい複雑な事情があるんやな。
ウチらももうちょっと知っていればなにか出来たかも知れへんけど――」
「いや、レンさん。君の優しい気持ちは分かるが、下手に深入りするのは危険だ。事実フィリスという女性が行方不明になり、ミヤモトが何者かに襲われている。
相手側がミヤモトのことを知っているのであれば、フィアッセという女性の家族構成も知られている危険性がある。
闇雲に周囲の人間を襲う様子はないにせよ、気持ち一つで飛び込むのは勧められない。本人も望まないだろう」
「それはそうですけど……ウチも心配なんです」
なんだこいつ、クロノの言うことは何一つ反論せずに従うのか。俺が同じことを言えば、それでも心配なのだと訴えるだろうに。
そういえばこいつら、何で街中で一緒に行動しているのだろうか。ジュエルシード事件後、手紙のやり取りをしていたのは確かなのだが。
フェイトが謝罪の手紙を送ったのと同様、レンが事件でお世話になったクロノに感謝の気持ちを送りたいと、手紙を書いていたのだ。
地球とミッドチルダでは世界線を超えないといけないので、俺が郵便局員になってやっていた。その後クロノ達は左遷されて、海鳴へと派遣されている。
「とにかく話はわかった。僕達も協力しよう」
「リンディ達管理局が動いてくれるのか」
「正確にいうと、管理外で起きている事件に空局が直接関与するのは認められない。次元世界の事件でなければ越権行為になるからね。
ただ、友人の主治医が行方不明となれば力を貸すことくらいはやぶさかではないよ」
「なるほど……脅迫状の事件ではなく、あくまで俺の知り合いを探すことに手を貸してくれるのか」
生真面目なクロノの、それでも誠意のある強力に、俺は苦笑しながらもありがたく感じた。
確かに地球のチャイニーズマフィアが起こす事件に、ミッドチルダの時空管理局が乗り込んでくるのは筋違いだろう。
そこまで捜査の範囲を勝手に広げてしまうと、時空管理局そのものが立ち行かなくなる。彼らは厳密にいえば、決して正義の組織ではない。
あくまで次元世界の管理を行うための、法規的組織である。
「ウチもあんたの友人として協力するわ。本当やったら犯人達を殴ってやりたいけど、そんな危ないことをしたらクロノさんに怒られてしまうからな。
フィリス先生は今朝から行方不明になっとるんやろう。攫われた可能性はあるにしても、まだ何ともいえんのは分かる。
とにかくまず心当たりをあたってみるわ。フィリス先生には入院時、お世話になったからね」
「助かるよ、人手は多いほうがいいからな」
「ウチはクロノさんと行動するから心配せんでええけど、あんたは狙われとるんやから誰かと行動しときや。
ここから電話して、迎え呼んだほうがええやろ。それまで相手したるから」
「たしかにそうだな」
護衛役の妹さんが激しく謝ってきそうだから、単独行動はもうやめておこう。
それにしてもあのフィリスを名乗る女は一体誰なんだ。HGS患者なのは間違いないし、普通に考えればマフィアの手先だろう。
ただあの女……俺に対して全くと行っていいほど敵意を向けなかったんだよな。
「後は君を襲った犯人だな。フィリスという女性の容姿をしていたとのことだが、他に特徴はなかったのか」
「特徴といえばそれこそHGS患者の特徴が目立っていて――あっ」
「どうした」
「特徴と言えるか分からんけど……宙を飛んでいた救急車が突然落ちてきた時、あの女が妙に慌てていたんだよ。
その時白衣を捲りあげて、利き腕につけていた妙な腕輪を弄っていたな」
「腕輪? どういったものだ」
「うーん……なんか気持ち悪い色していたから印象に残っているんだが」
超能力の制御が失われたあの時、あの女は慌てて腕輪を弄っていた。
その腕輪は――血の色をした液体に、満たされていた。
<続く>
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2023/04/09(Sun) 00:20:31 [ No.1024 ]
◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十一話
投稿者:
リョウ@管理人
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携帯電話から意識を外して、俺は目の前を見上げた。
脇道の左右を彩る住宅の数々、道行く先を規律正しく並んでいる電柱。そして――道の終わりには交差点と、信号機。
毒々しく赤のランプを光らせる信号機の上に、銀髪の女が立っている。
昆虫状の光の羽を光らせるHGSの顕現。携帯電話を優しく弄ぶその手先は、魔女のように繊細で。
変わらぬ優しげな相貌と、無邪気に微笑む口元は好意に満ちていて。
フィリス・矢沢そのものの容姿をした女が、俺を愛おしく見下ろしていた。
「あくまでフィリスだと言い張るつもりか」
「ひどいです、良介さん。アタシと良介さんの仲なのに」
「どういう仲だと思っているんだ、お前」
白衣に黒タイツという衣服まで似せた女が悩ましげに溜息を吐いているのを見て、俺は嘆息する。
一応言っておくと、断じて俺はフィリスと恋仲ではない。男女の関係にまで発展するほど気安い関係ではないのだ。
フィリスはそもそもクソ真面目な女なので、職務に忙しく職場恋愛なんぞする人間ではない。相手が患者であれば尚の事、医療を優先する奴だ。
親しい関係ではあるとは思うけど、そもそも初対面での俺の態度が悪かったのでマイナスからスタートしている分、良好に見えるだけである。
「良介さんのお体を気遣って大切に労っていたではありませんか」
「知ったふうな口を聞きやがって、この偽物め。お前が俺達の何を知っているのだ」
「通り魔事件で救急搬送された時、アタシが主治医となって良介さんの治療をいたしましたよね」
一瞬息を呑んだが、すぐに我に返る。調べれば分かる範囲である。
一年前に起きた通り魔事件は全国ニュースほどではないにしろ、田舎町で起きた暴力事件は地方新聞を飾った。
俺はあくまで事件の関係者に過ぎなかったので名前は出なかったが、関係者であった分当時の事件を調べれば簡単に出てくる。
怪我をして海鳴大学病院に運ばれた事も、事件を突っつけば背後関係も知れる。
「なかなかよく調べているじゃないか。ストーカーか何かかな」
「今でも、鎖骨の下が痛むのではありませんか。特に 右鎖骨の下あたりは」
「――っ」
鎖骨に、違和感がある。その事を知っているのは、整体をしてくれるフィリスだけである。
古傷が痛むという表現があるのだが、実を言うと俺にも傷痕がある。治療は成功しているのだが、鈍痛があるのだ。
ユーリの生命操作とアミティエ達のナノマシンで肉体は生まれ変わっており、「傷跡」はないのだが「傷痕」が残されている。
この女が何故知っているのか――いや、落ち着け。フィリスは診断カルテを残している。
「フィリスが昨日から行方不明なのは、お前が関係しているのか」
「本人がここにいるのに何を言っているのですか、良介さん」
「昨晩病院に出入りしていたのなら残念だったな、今リスティが監視カメラ類を確認しているぞ。お前が誰なのか、すぐに調べ上げられるぞ」
「良介さんは――アタシが夜、というか暗闇がすごく苦手なのはご存知ですよね」
――それは。
『日本を旅している間、宿泊などはどうされていたのですか』
『基本的には野宿かな』
『野宿という言葉でなんとなく想像は付きますけど、恐くはありませんか』
――フィリスと。
『怖いという感覚はなかったかな。山の中だと虫の類は嫌だったけど』
『虫という言葉を聞くだけで鳥肌が立ちますけど、それより闇夜の中で過ごすのでしょう』
『何だよ、幽霊とか気にしているのか』
――話した時に。
『私は夜、というか暗闇がすごく苦手でして、野宿なんてできませんね』
『お前は女なんだから、それ以前だろう』
――あいつと。
「アタシが怖がっていたら良介さんが助けに来てくださると、約束してくれましたよね?」
『私が怖がっていたら、良介さんが助けに来てくださいね』
助けに来てください、と。
あいつはあの時、確かにそう言っていた。
「お前が、その言葉を口にするな!」
生命の剣セフィロト、俺と共に生まれ変わった剣は命じれば手元に飛んでくる。
即座に脇道を駆け抜けて、女が載っている信号機の下を蹴り出す。本気で蹴ろうとも信号機は折れないが、振動は確実に揺るがす。
瞬間的に鉄骨が揺れ動いて、女は一瞬足元を揺るがせた。その瞬間に俺は剣を手にして――
女に剣先を向けて、一直線に投擲した。
「ちょっと、良介さんっ!?」
御神流には『徹』という基本技がある。
御神の剣士において第二段階にあたるこの技は、衝撃を表面ではなく内部に直接浸透させる特性を持っている。
蹴りであれど、剣と見立てて振るう技術。信号機に伝わる衝撃は内部に浸透して頭上にいる相手に衝撃を叩きつけた。
ふらついた女に鋭い切っ先が飛んでいって。
「危ないじゃないですか!」
女の眼前でUターンをかました。
物理的にありえない歪曲を描いて、兼は切っ先を俺に向けて跳ね返ってくる。
自分の県で口刺しになるなんて笑い話にもならない。俺はとっさに利き腕を翻して、飛んできた剣先を握りしめようとして――
俺の頭上を、影が覆った。
「しまった、能力の制御が解けた!?」
宙を飛んでいたはずの救急車が突如、俺の頭上から降ってくる。
飛んでくる剣と、落ちてくる救急車。映画なら喜劇に見えるショータイムに、俺は怒りを忘れて冷静さを取り戻した。
コント的な光景だったのが災いした。回避するしかないのに、剣を受け止めるべきか、一瞬判断を迷ってしまった。そして、何よりも。
この状況を招いたフィリスに似た女が、顔を真っ青にして狼狽えているのが見えて、本当にフィリスなのではないかと錯覚してしまう――
「ブレイクインパルス」
落ちてきた救急車が、四散した。
爆発したのではない。突如特定の振動数が送り込まれて救急車そのものが内部から破裂したのである。
最小の魔力で最大の効果を発揮できる、恐ろしい力。超能力というあやふやではない、明確な理論に基づいた力。
異世界ミッドチルダでは、魔法と呼ばれている。
「なんや街中で騒ぎが起きていると聞いて来てみれば、やはりあんたか」
「……レン?」
俺の目の前で指先一つで剣を摘んでいる、少女。
かつて心臓病に苦しんでいたとは思えないほど、活力に漲らせた肌艶を見せる思春期の女の子。
彼女には珍しく女の子らしくめかしこんでいるが、俺を見下ろすその表情が変わらず生意気なツラをしている。
鳳 蓮飛――中国人と関西人のハーフの少女。
「地球へ帰ってきていたのか、ミヤモト。エルトリアから帰ってきたのなら連絡くらいしてくれ」
「クロノまでどうしたんだ!?」
レンとクロノ、この二人が連携して剣と救急車の対応をしてくれたようだ。
二人の顔を見て言葉を失うが、ハッと気づいて立ち上がって信号機の上を見上げた。
いない。レン達が駆けつけたその隙に立ち去ったらしい。
「くそっ、何だったんだあの女」
思わず地団駄を踏んでしまう。フィリスと俺が過去に会話した内容まで知っているのは、明らかにおかしい。
情報として調べようがない日常の会話。フィリス本人でなければ知らないことを、あの女は知っていた。
本当に、フィリスなのか――
「……どうやらまた何か事件が起きているらしいな。すまないがレンさん、今日のところは」
「分かってます。こんなアホでも一応アタシの家族なんで、力になってあげましょう」
洗脳でもされているのか、それとも。
混乱する俺を目の当たりにして、クロノとレンは頷き合って手を差し伸べてくれた。
小説のご意見や感想も受け付けていますので、
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2023/04/02(Sun) 17:02:40 [ No.1023 ]
◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十話
投稿者:
リョウ@管理人
引用する
実をいうと、二輪自転車に乗った経験がない。
一般家庭ではなく孤児院で育った俺は、自転車なんて買ってもらえなかった。そして孤児達も、自転車は欲しがらなかった。
親も居ない孤児にとって手に入れたい物は多くあり、二輪自転車の優先順位は残念ながら低い。孤児院で育った俺やガリ達もわざわざ値段の高い自転車を欲しがらなかった。
そんな俺が自転車を漕ぐのは勇気がいったが、人間何でも死ぬ気になれば何とかなるらしい。
「何なんだ、この救急車。運転手いないのに、どういう原理で動いているんだよ!?」
海鳴大学病院から離れて、俺は遊歩道を自転車でかっ飛ばしている。自転車と救急車という性能の差はあれど、歩道を走る自転車相手では舗道を走る救急車では多少分が悪い。
歩道を歩く通行人がかっ飛びまくる自転車の俺を迷惑そうに見た後、無音で追ってくる救急車に目を見開いている。運転手が居ない救急車が自転車を猛追しているのだから当然だ。
老人は腰を抜かしているし、若者達は大騒ぎで携帯取り出してなんか撮影とかしている。誰か警察とか呼んでくれないだろうか、対処できるか分からないけど。
平和に暮らしている海鳴の人達に新しき騒動と話題性が巻き起こりつつある中、渦中の俺は必死だった。
「くそっ、こんな時に限って誰もいない。せめてアギトがいれば空を飛べるのに」
俺のデバイスであることを何故か公言してくれるあいつは残念ながらいない。妹さんやディアーチェ達は俺の友人であるフィリスを捜索するのに全力を尽くしてくれている。
俺の友人知人は一人残らず何処かで何かしているが、彼らだって元を正せば俺がやるべき事を手伝ってくれているのである。俺は感謝するべきであって、批判なんて出来ない。
救急車を見やる。運転手こそ居ないが、この救急車は明確な意思を持って俺を追っている。何が目的なのか分からないが、この超常じみた現象は間違いなく何者かの意思がある。
だが、馬鹿め。よりにもよって、今の俺の住処と言うべきこの街で喧嘩を仕掛けるのは間違いだったな。
「そんなごつい車じゃ、脇道は入れないだろう」
海鳴に住み始めて一年間、正直半分くらいは海外や異世界へ出向いていたが、海鳴の地理くらいは既に分かっている。
特に海鳴大学病院周辺は診察の為よく通っていたので、ルートは知り尽くしている。脇道は自転車は入れるが、自動車は入れない。
即座に走り込んで、狭い脇道をひた走る。狭い道で慣れない自転車を走らせるのは正直キツイけど、救急車を撒くためだ。仕方なかった。
とにかく救急車から距離を取って――
「きゃあああああああああああああああ!」
「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
脇道を走っていると、周囲から悲鳴が上がった。完成混じりの悲鳴、喜びの中に恐怖が交じる生々しい人間の大声だった。
自転車を走らせながらギョッとしていると、周囲の住宅の窓から身を乗り出した人々が空を指さしてなにか叫んでいる。
思わず人々が指差す方向を見やって――仰け反った。
「嘘だろう、原理の分からん事をするな!」
救急車が、空を走っている。
何を言っているんだと思うだろう、俺もそう思う。しかしながら、そ表現するしかないのだ。
脇道は入れないと、救急車は空中を走って俺を追っている。脇道をジグザグに走ると、救急車は器用に俺の進路を辿ってついて来ていた。
俺もパニックを起こしていたが、あり得ない現象を見てようやく気づいた。
「魔法――じゃないとすると、超能力か!」
基本的に俺は現実主義であり、ファンタジックな要素は否定している。だからこそ超常現象が起きると、ミッドチルダの魔法だと決めてかかる節がある。
自分が信じられる以外の要素は、全て異世界の常識に押し付ける。そうして折り合いをつけてきたが、今回の現象は何なのか説明が付きづらい。
救急車を飛ばすくらいは魔法でも出来そうな気もするし、エルトリアの技術では機会を操る技術がある。どちらでも起こせる現象なのだが、そのどちらの事件も既に解決している。
まだ未解決な悪意こそが、超能力であった。
"そうだな、少なくとも今のお前なら信頼して打ち明けられる。答えはイエスだ。
フィリスは転送能力――自分以外のものを転送する「トランスポート」が使える"
転送と聞くとミッドチルダの概念で当てはめれば転移になるが、超能力の場合はトランスポートの本領はあくまで転送である。
転送能力は物体を運ぶ力であり、力の程度にもよるが強力なトランスポートになると、自転車や救急車を運ぶくらい出来るのではないだろうか。
そう考えると、エンジンもかかっていないのに車が勝手に走るのも頷けなくはない。俺の手から携帯電話が飛んでいったのも、超能力で運んだのだと考えれば納得できる。
今も空を飛んでいるようにみえるが、実際は救急車を『空輸』しているのではないだろうか。
「トランスポート能力は、フィリスのHGS――そんなバカな!?」
あいつが俺を狙っているとでも言うのか。お人好しを体現したかのような女が、こんなフザケた真似をして俺を怖がらせているとでもいうのか。
絶対にありえないが、実際あいつは今行方不明である。そしてチャイニーズマフィアはHSG患者を狙って、今暗躍している。
洗脳か何かされて、フィリスが敵対してしまったと考えるこそが、まさにファンタジックだろう。俺の嫌う要素であり、絶対に受け入れられない。
超能力ではない可能性もあるが、いずれにしても俺を狙っているのは間違いない。
「くそっ、狭い脇道に逃げたのはむしろヤバい!?」
追走を防ぐ目的だったのに、逃走を妨げる要因になってしまっている。俺は歯ぎしりしながら、携帯電話を取り出した。
敵にとっては残念だが、俺は一年前の自分ではない。孤立無援になっているからと言って、孤独に戦うつもりなんぞないのだ。
超能力が原因なら、リスティに応援を頼めばよい。あいつの超能力の強さは、以前五階によるすれ違いで起きた戦いでよく分かっている。
運転しながらだと通話しづらいが、俺はリスティを呼び出そうとして――
携帯電話が、勝手にプッシュされた。
『もしもし、良介さん』
「! この声、フィリスか!?」
画面を見ると、登録されていない番号がプッシュされている。しかし、携帯電話から聞こえる声はフィリスだった。
不気味なほど落ち着いたその声に、俺は慌てて耳を近づける。行方不明になっていた女からかかってきたのだ、飛びつかない筈がない。
フィリスはささやくように告げてくる。
『ふふふ、良介さん。会いたかったです』
「何いってんだ、お前。今何処にいる、リスティが探していたぞ!」
『駄目ですよ、良介さん。アタシが話しているのに、他の女の名前を出すなんて』
「だから、何言って――」
――"アタシ"が話しているのに。
「……誰だ、お前。フィリスじゃないな」
『いいえ、良介さん――"アタシがフィリス"です。アタシこそがフィリス、貴方が出会うべき女ですよ、ふふふふふ』
「ふざけんな、今俺を襲っているのもお前か。何処にいる!」
『何処って』
「目の前に、いるじゃないですか」
携帯電話から意識を外して、俺は目の前を見上げた。
脇道の左右を彩る住宅の数々、道行く先を規律正しく並んでいる電柱。そして――道の終わりには交差点と、信号機。
毒々しく赤のランプを光らせる信号機の上に、銀髪の女が立っている。
昆虫状の光の羽を光らせるHGSの顕現。携帯電話を優しく弄ぶその手先は、魔女のように繊細で。
変わらぬ優しげな相貌と、無邪気に微笑む口元は好意に満ちていて。
フィリス・矢沢そのものの容姿をした女が、俺を愛おしく見下ろしていた。
2023/04/02(Sun) 16:57:54 [ No.1022 ]
◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十九話
投稿者:
リョウ@管理人
引用する
リスティとの話を終えて、今後の行動方針を考える。
忌々しいことに、フィリスが攫われるまでフィアッセの事ばかり考えていた。夜の一族との話し合いでも、彼女を救うことばかりに思考を働かせていた気がする。
今になって夜の一族との温度差を思い知る。あいつらがフィアッセに非協力的だとばかりに思いこんでいたが、カレン達は終始チャイニーズマフィアの殲滅とHGS患者への警戒を訴えていた。
視野が狭くなっていたのはむしろ俺の方だった。護衛任務だからフィアッセを第一に考えるのは当然のことだが、フィリスを蔑ろにしていい筈がない。
「病院から何か手掛かりが出ればいいんだが……待ちぼうけする時間が惜しいし、自分に出来ることをするか」
チャイニーズマフィアがHGS患者を狙っているのであればリスティも十分危ないのだが、あいつは自分の事は自分で守れると聞かなかった。
意固地になっているのではなく、自分が狙われていることで周囲を巻き込みたくないのだろう。専守防衛に徹しがてら犯人を追う、ある種矛盾した行動を取る方針を固めている。
さざなみ寮が狙われているのであれば、あいつの方針は正しい。警察関係者なので、必要であれば人員を派遣できるだろう。理由をつけて応援を呼ぶことだって出来る。
リスティは自分自身で守り、フィリスはディアーチェ達が賢明に捜索してくれている。となれば、俺の今やるべきことは一つだろう。
「せめてフィアッセは俺が守らなければならないな。問題はフィリスの事をなんていって話すべきか」
フィアッセは変異性遺伝子障害、病気は約20年前に世界中で多発的に発病した新病の患者。
先天的に遺伝子に特殊な情報が刻まれており、それによって死ぬことはないものの様々な障害を引き起こす難病と聞いている。
フィアッセの場合は特殊な高機能性遺伝子障害で、異性遺伝子障害Pケース・種別XXX。Pケースとされる人は、HGSの中でも強い力を持っているらしい。
暴走してしまうと、健常者を対等の人間とは思えないという選民思想に狂った超越者となってしまう。
「ただでさえ脅迫状とチャリティーコンサートの件があるってのに、フィリスが行方不明になったと聞かされたら不安にさせてしまう。
かといって黙っていると発覚した時点で信用を失うからな、悩ましいところだ」
昔の俺なら都合の悪いことは閉口していたが、過去の過ちで信頼を失ってしまったケースが多々あった。
俺には珍しく他人を思っての事だったのだが、都合の悪い事に口を閉ざすのは自分が傷付きたくない気持ちの表れでもあったのだろう。
他人を思い遣ることは大切だが、時には傷つくことになろうとも向き合わなければならない。人間関係が全て綺麗事で済むとは限らないのだ。
少々悩んだが、俺はフィアッセに打ち明けることにした――ただし今日の夜に。
「案外ディアーチェ達がすぐに見つけてくれるかもしれないからな。笑い話で済ませられればそれに越したことはない」
フィリスが行方不明と聞いて朝早くからマンションを飛び出してしまった。俺はひとまずフィアッセに電話をかけて、朝から留守にしていたことを詫びる。
電話越しに理由を聞かれたので海鳴大学病院へ言っていたことだけを伝えると、フィアッセは笑って許してくれた。フィリスが俺を気にかけて病院へ来るよう言っていたことは、フィアッセも知っている。
心配性なフィリスと診察をサボる俺の関係を、フィアッセは微笑ましく見守っていてくれる。少なくともこの時、俺は嘘はいっていない。病院へ行ったことは事実なのだから。
フィアッセに状況を聞いたが、今日は高町家へ行くそうだ。
『脅迫状の件でマンションへ一時的に引っ越したから、桃子達も心配しているの。リョウスケが守ってくれてるから安心だって伝えておくね』
「その言い方だと、お前に何かあったら即座に俺の責任になるんですけど」
『大丈夫だよ。リョウスケが一緒なら、脅迫されたって怖くないよ』
「……俺が帰ってきてから妙に強気になっているのが、すごく不安なんですけど。とりあえず一人で行動するな、俺もそっちへ――」
『あー、駄目だよ。どうせそんな理由をつけてまた診断をサボるつもりなんでしょう。ちゃんとフィリスの言うことを聞いてね。
私は大丈夫、アリサちゃんとなのはちゃんが一緒だから』
「どっちもガキンチョじゃねえか!? しかも何でアリサが一緒なんだ」
『なのはちゃんに誘われたんだ、友達を自分の家に招きたいって。すごく子供らしいよね』
「……まあ確かに」
俺に付き合わせてアリサは異世界だの異星だの、あちこち連れ回していたのだ。たまには子供らしく一緒に遊ぶくらいいいだろう。
それにアリサやなのはは、フィアッセの護衛のことも考えている。なのはは性格上自分から戦わないが、レイジングハートを持った魔導師である。
アリサが外見上は子供だが、元幽霊。フィアッセ一人くらい逃がす術は心得ている。頭もいいし、迂闊な行動は取らないだろう。
高町家は夜の一族の監視対象に入っているので、あの家なら安心だ――俺は電話を切った。
「よし、じゃあ俺も行動するか」
フィアッセはなのは達と行動、リスティはHGS事件の捜査とさざなみ寮の防衛、フィリスは行方不明、ディアーチェ達はフィリスの捜索。
それぞれがこの事件解決に向けて動き出す中で、俺も行動を開始する。今の俺に出来ることは、自分のコネを使うことだろう。
フィリスの捜索を行うことも考えたのだが、俺一人で動き回ってもたかが知れている。それでも足は使うけど、それよりも人員を増やした方がいい。
とりあえず海鳴にいる友人知人連中に片っ端から声をかけて、協力を仰ごう。あまり大事にはしたくないが仕方がない。
「まずは八神家に連絡を――おっとっ!」
俺は携帯電話を取り出して――手からスッポ抜けた。
自己弁護ではないが、ハッキリと断言させて欲しい。手汗で滑ったとか、うっかり手元が狂ったとかそういうレベルではない。
ポケットから携帯電話を取り出した瞬間、凄まじい風でも吹いたかのように携帯電話が吹っ飛んでいった。
スポーン、とマヌケな音でも立てたかのように、携帯電話が目の前から飛んでいっている。俺は慌てて走り出した。
「待て待て待て、何処行くんだ!」
病院から離れて慌てて走り出す。中空に飛び出した携帯電話がどういう理屈なのか、地面に落ちること無く飛んでいっている。
俺は必死で走り出して、手を伸ばす。俺もこの一年色んな修羅場を経験して、足力や体力はつけている。
肝心の技量は残念ながら向上していると断言できないが、少なくともアミティエ達やユーリにとって俺の身体は強化されているのだ。
必死で走り、宙を飛んでいる電話に手を伸ばした瞬間――俺は目の前の光景に愕然とする。
「な――なにいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
病院の駐輪所に止まっていた自転車が走っている――主を載せず、まっしぐらに俺に向かって。
自分の目を思いっきり疑った。誰も乗っていないのに、自転車は豪快に走り出している。二輪自転車なのに、完璧なバランスで真っ直ぐ漕ぎ出している。
まるで携帯電話に手を伸ばしている俺の隙をつくかのように、豪快な速さで突撃してくる。姿勢が危うく、回避することは全くもって不可能だった。
だが、甘い。俺はこういう超常現象に慣れているのだ。
「こなくそっ!」
突撃してきた自転車を、回し蹴りする。多少ふらついたが、足腰が強くないようであれば剣士なんて務まらない。
自転車は派手な音を立てて転がり、携帯電話は手元に収まった。突然起きた一連の出来事に、俺は目を白黒させる。
な、何なんだ、何だったんだ一体!?
「妹さん、今の見たか――って、いねえ!?」
しまった、月村すずかこと妹さんはさっきフィリスの捜索に行かせたんだった。
えっ、ということはもしかして俺は今一人なのか。人手不足だったので、全員行かせてしまっている。
別に俺一人でもいいんだけど、今起きた不可解な出来事は何だったんだ。携帯電話は1万歩譲って事故だったとしても、自転車が単独で走り出すとかありえない。
深夜バイクが走り出すゴーストライダーとか都市伝説であったけど、あれの自転車版だったのか。
「とりあえずこの自転車を片付けないと――っ!?」
自分で蹴飛ばした自転車を片付けようとしたその瞬間、救急車の回転灯がチラついた。
横目で見ると、病院から出てきた救急車が赤いランプを光らせている――無音で。
もう一度言おう、無音で回転灯が回っている。ピーポーと普段うるさいあの音を、一切鳴らさずに。
「何だか知らないけど、嫌な予感!」
俺は慌てて蹴飛ばした自転車を立てて、飛び乗る。
幸いというか、持ち主には不幸というか、蹴飛ばしたショックで自転車の鍵は容赦なく壊れていた。
俺が自転車にまたがって車輪を漕いだその瞬間、救急車が猛烈な勢いで走り出した。
「うおおおおおお、何が起きているんだ!?」
全然、意味がわからない。
全くもって理解不能な事態だが、一つだけはっきりしているのは俺が狙われているということだ。
救急車と自転車のデッドレースが始まった。
小説のご意見や感想も受け付けていますので、
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2023/04/02(Sun) 16:56:56 [ No.1021 ]
◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十八話
投稿者:
リョウ@管理人
引用する
病院内での捜査が行われている中、俺はリスティに昨晩聞き出した夜の一族からの情報を共有した。
ここ一年集団行動が続いていただけに、こういった情報共有や状況報告をする事が上手くなっている。我ながら要点を伝えるのが自然に出来ていた。
他人との関係を面倒がる性格がこの点についてはプラスに働いている。何度も聞き返されるのが嫌なので、相手に理解してもらえるように説明できるようになっていた。
俺から話をすべて聞いたリスティは苛立ちを露わに煙草を取り出したが、手元が震えているのを察して余計に舌打ちする。
「くそっ、甘く考えていたボクの責任だ。昨日お前と話した時点で連携を取るべきだった」
「まだこの件とフィリスの失踪が絡んでいるか分からない」
「話を聞く限りだと無関係には思えないだろう。狙うならボクを狙えばいいものを――痛っ!?」
苛々しながらタバコに火をつけようとするリスティの髪を、無造作に引っ張った。
本当なら頬でも引っ叩いてやりたかったが、身内を心配する女を殴るのは躊躇してしまう。
女性への優しさなどではない、単なるくだらない感傷だ。他人を傷つけることを望まないフィリスへの、せめてもの義理だった。
だが男のセンチメンタリズムなど、女には通じない。髪を押さえながら、リスティは俺の襟首を掴んだ。
「いきなり何するんだ、冗談が通じる心境じゃないぞ!」
「もしもお前が襲われていたら、たとえ返り討ちに出来たってフィリスは心配するだろう。
お前こそつまらないことを言うな」
「っ……悪かったよ。ちぇっ、なんか男らしくなりやがったな」
俺の指摘を受けてハッとした彼女はバツが悪そうに、火をつけていない煙草を投げ捨てた。おい、病院前で投げ煙草はやめろよ。
ちなみに俺は一年前まで浮浪者のチンピラだったが、喫煙の習慣はなかった。男であればガキの頃一度は興味を持つであろう煙草は、好きではなかったのだ。
孤児院時代母親気取りだったあの女の影響もあったが、金もかかる大人の嗜好品は手出しできなかった。孤児院を出た後も拾い煙草など出来なくはなかったが、何がいいのか分からなくて手を出さなかった。
自分でもはしたないと分かったのか、リスティは恥ずかしそうに煙草を拾って灰皿へ入れた。ちょっと可愛かった。
「ふう……お前の話が事実なら、HGS患者と超能力に関する知識が狙われているのは間違いない。
フィアッセに脅迫状が届いているが、だからといってあいつだけを狙うとは限らなかった。
そう考えると、フィアッセに送られた脅迫状自体は囮だった可能性もある」
「囮……?」
「ああ、フィアッセやクリステラのご両親を標的にしていると注目させておいて、他のHGS患者を狙う手だ。
チャイニーズマフィアの龍は追い詰められている分、実に慎重に行動している。少なくともボクが住んでいるこの街で、連中の影は見えていない。
病院を今調べさせているが、荒らされた形跡はなさそうだからな……だからこそフィリスへの事件性が見いだせなくて困っているんだが」
なるほど、その点は考慮できていなかった。
俺もフィアッセに脅迫状が届いていたから、あいつを中心に物事を考えて行動していた。フィアッセが狙われているのだから、彼女を第一に考えて行動するべきだと。
だがカレン達の話では、チャイニーズマフィアの狙いはHGSも含まれている。クリステラのチャリティー活動を目障りには思っているだろうが、第一目的かどうかは不明だった。
夜の一族はあくまでもチャイニーズマフィアの殲滅と俺の安全を目的としているから、誰が標的なのかどうでもいいのだろう。だから話の主軸をフィアッセとしていなかった。
「HGS患者を狙うのは超能力が目的か。戦力にするべく患者たちを攫っている?」
「教育が通じるのはあくまで製造時の状態ではあるが、洗脳工作であれば成人した患者でも通じる可能性はある。
気を悪くしないで聞いてもらいたいが、最悪フィリスがさらわれて洗脳された場合は――敵に取り込まれてしまうかもしれない」
「なんだと!?」
成人した女性を洗脳するなんて簡単なことではないと思うが、リスティの表情は優れなかった。心から心配しているのだろう。
拷問で言うことを聞かせるとか、催眠などの洗脳で操り人形とするのか。いずれにしても、クソッタレな想像でしか出来そうになかった。
フィリスめ、他人の心配ばかりしやがるくせに、心配なんぞかけるんじゃねえよ。くそっ、日頃は過干渉なあいつの優しさをこの時ばかりは求めてしまう。
まだあくまでも可能性ではある、攫われたのだと決まった訳ではない。だが少なくとも、今日から行動方針は改めなければならない。
「フィリスが攫われたのだと仮定しよう。
今まであいつの過去に関わるので聞けなかったが、HGS患者であるフィリスも超能力が使えるのか」
「……そうだな、少なくとも今のお前なら信頼して打ち明けられる。答えはイエスだ。
フィリスは転送能力――自分以外のものを転送する「トランスポート」が使える」
「転送能力……応用こそ出来るが戦闘に直接起因する超能力ではないのか」
「戦闘能力はボクが一番高い、適性もあったからな。
後は物体を引き寄せるアポートが可能なんだが、フィリスはごく微細なものしか扱えない。
その分あいつは知力がボク達の中で一番高くて、独立後に医者兼研究者になれたのもフィリスの特質ゆえだ」
超能力と聞けば剣士である俺はついつい戦闘能力に結びつけてしまうが、確かに超能力は多岐に渡る力を持っている。
まあ科学技術のように世の中に出回っている訳ではないので、ガセネタも含めるとどこまで本当なのか分からないが、テレキネシスやテレポートといった力は俺でも聞いたことがある。
フィリスは物体を操る能力を持っているが、際立ってはいない。戦闘には結び付けられず、それこそスプーン曲げのような日常を驚かされるくらいしか出来ないのだという。
だが、誘拐する価値はないと決めつけるのは暴論だろう。物体を動かせる力が弱くても、研究次第で化けるかもしれないからだ。
「お前が一番戦闘能力が高いのであれば、狙われる危険性は高い。
返り討ちにする意気込みは大いに結構だが、相手がチャイニーズマフィアなら個人で動くのは危険だ。
今後は俺達と協力して動こう」
「……連携するのはかまわないが、ボクが今住んでいるさざなみ寮を出る事はできない」
「おい、チャイニーズマフィアが律儀にお前だけを狙ってくれると思うのか。ドイツの地では爆破テロを起こしたんだぞ」
今でも思い出す。ガキが遊んでいたサッカーボールをクリスチーナの命令で奪おうとした時、ボールが街中で爆発したのである。
幸いにも死人こそ出なかったが、街中で撃ち合いになって俺は大怪我を負ってしまった。その時クリスチーナを守った事もあって、あの子に懐かれた経緯がある。
今にして思うとあそこで見捨てていればロシアンマフィアと縁が切れたかもしれないが、何故か律儀に守ったせいで今日まで続く関係となってしまった。
ロシアンマフィアを掌握したディアーナとクリスチーナの姉妹を思うとゲンナリするが、とりあえずマフィアは危険だと忠告する。
「分かってる。だが状況を理解した以上は、さざなみ寮を出る訳にはいかない。
お前を信じて打ち上げるが、ボク以外にも狙われそうな奴がいるんだ」
「HGS患者がお前以外にもさざなみ寮にはいるのか」
「悪いが、言えるのはここまでだ。これでもかなりギリギリの線で打ち明けている。
少なくともお前個人と深く繋がった関係の人間じゃない。ボクが知っている限りだけど、お前とあの子が接したことはなかったはずだ」
「まあ、さざなみ寮は那美の事以外ではいかなかったからな……」
そういえば、神咲那美と久遠は元気にしているだろうか。
あいつは確か春先に一度故郷へ帰る話をしていた。俺も機会があれば招きたいと言ってくれていたが、それどころではなくなりつつある。
那美はミッドチルダの聖地に出向いて休学していたので、今は勉強に励んでいる時期だ。進級が決まるまで余計な心配はかけられない。
全て落ち着いたら、改めて挨拶するとしよう。
「分かった。無理強いは出来ないが、気をつけろよ。少なくともさざなみ寮が襲われたら、真っ先に知らせろ。
俺も詳しくは言えないんだが、あのディアーチェ達はチャイニーズマフィア相手でも戦えるほど強い」
「へえ、頼もしいじゃないか。大いに頼らせてもらうが、いいのか」
「いいって、何がだ。遠慮しなくていいぞ」
「那美にバレるぞ。お前がよそで子供作ってるって」
「ニヤニヤしながら何いってんだ!?」
一瞬焦ったが、よく考えてみれば那美は白旗で活動していたのだからディアーチェ達を知っている。むしろ一瞬焦ってしまった自分が情けなかった。
とりあえず情報交換は終わり、状況の更新は行えた。フィアッセのみならず、HGS患者が狙われているのであれば、相当厄介な事態となる。
その後リスティは病院の捜査へ戻り、俺はフィアッセの安否確認と今後について話すべく、それぞれ連携して対処に取り掛かった。
だが、俺は甘かった。
――この日の夜、海外で国際ニュースが伝えられた。
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2023/04/02(Sun) 16:54:56 [ No.1020 ]
◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十七話
投稿者:
リョウ@管理人
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「フィリスが行方不明ってどういう事だ!?」
「とりあえず落ち着いて話を――おい、何だこの子達は」
「それよりフィリスのことを教えろ。電話で連絡を受けて急いで駆けつけてきたんだ」
――海鳴大学附属病院。早朝にリスティより電話を受けて、俺達はマンションから急行してきた。
病院前では白衣姿のリスティ・槇原が煙草を吸って俺達を待ち構えていた。その姿を目の当たりにした瞬間、俺は一瞬冷静さを取り戻した。
リスティはヘビースモーカーだったが、俺と諍いがあった後はタバコを吸わなくなっていた。そんな彼女が苛立ちを露わに、煙草を吸っている。
只事ではないのは電話を聞いて理解していたが、当事者が怒りを見せていると逆に冷静になれた。
「病院前でお前と言い争いをしたくない。現場はボクの権限で今鑑定させているから、休憩室にでも行こう。
で、ボクとしては真剣な話をするつもりなんだが、その子供達を同席させる気か」
取り乱す俺を心配して同行してきたディード達を一瞥して、リスティは指摘してくる。反論しようとして言葉を飲み込んだ。
ディード達は歴戦の戦士だと説明したところで説得力に欠けるし、子供達の戦歴がフィリス達への関与を許可される理由にはならない。
信頼というのは積み重ねるものではあり、一朝一夕ではないのだ。少なくともこの場では邪魔だと言われても仕方がなかった。
とはいえディード達を軽視されるのも納得いかないので、折衷案を出した。
「ディード、オットー、妹さんを連れて病院周辺を捜索してくれ。お前達の能力なら手掛かりを見つけられるかもしれない。
ディアーチェは俺の助手としてここに残り、話を聞いてくれ。あくまでリスティとは俺が話すが、気付いた点があれば指摘するように」
「承知した――リスティ殿、有事に乗り込んでしまい迷惑をかける。
私はロード・ディアーチェ、決して邪魔をしないと我が名にかけて誓おう」
「お父様、何かあればすぐ私に連絡してくださいね。必ず言いつけを守ってみせます」
「気を確かに持ってね、ボク達はいつでも力になるから」
「剣士さん、必ずフィリス先生の足取りをつかんでみせます」
言葉を悪くするとお前達は話し合いに参加できないので退席してくれと言われたに等しいのだが、状況を察したディード達は快く頷いた。
俺は勿論リスティも毒気を抜かれた顔をして、行動を開始するディード達を呆けた様子で見送った。この通り聞き分けのいい子達なんだよ。
少しばかり悪い気もしたが、重要な話は関係者のみという指摘はごもっともなので反論しないでおいた。言い争っても仕方がない。
リスティは気まずそうにタバコの火を消して、携帯灰皿に投げ込んだ。
「……あの子達、お前を父親だと言っていたがどういう事なんだ」
「……話をするとひたすらややこしいが、俺が今養っているとだけ言っておこう」
「普通に考えれば養子縁組なんだけど、あの黒髪の子とか短髪の子が、何となくお前に雰囲気が似ているんだけど」
「子は父を見て育つと言うだろう」
「意味合いが違うだろう、バカ。まさかと思うが、その子もお前の子供とか言わないよな」
「リスティ殿は警察関係者と聞くが、流石に見事な観察眼を持っておられる。なにをかくそう、我こそ父の正当な後継者なのだ!」
「……おい。こいつ、道場破りしていた頃のお前とそっくりだぞ」
「嘘だろう!?」
物凄く嬉しそうに俺の子であることを誇るディアーチェを、物凄く呆れた顔で睥睨するリスティ。
フィリス達には一応俺が不在していた頃の話を聞かせたことはあるのだが、聞くのと見るのとでは全く違うという良いお手本であった。
俺だって未だに何でこうなったのか、疑問に思う瞬間がある。たった一年で我が子を名乗るディーチェ達や、俺の遺伝子を継いだディード達が誕生するなんて思わない。
夢でも見ている気分だったが、現実というのはいつだって非情である。
「まあいい、何だか馬鹿馬鹿しくなって逆に冷静になったよ。電話で話した通り、昨晩から今朝にかけてフィリスが行方不明になった」
「まさかフィアッセの脅迫状関連で巻き込まれたのか」
「今行ったとおり昨晩から居なくなってるんで、事件性はまだ見いだせていない。何しろ時間帯的に見れば、まだ一晩しか経過していないからな」
リスティの話は重大に見えて、内容としてはシンプルだった。
フィリスは昨晩病院で夜勤の勤務であり、リスティはその夜私用で電話したらしい。当然フィリスは仕事中だったので、翌日折り返すことになった。
今朝になって再度電話をしたが、電話が通じない。夜勤明けで休んでいるのかと思い、家を訪ねてみたが帰っていなかった。
そして病院に出向いたところ、夜勤明けのフィリスの姿がなかったのである。
「病院に確認したところ夜勤に入っているが、退勤した形跡がない。つまり昨晩から今朝になって連絡が取れなくなっている」
「まさか昨晩病院が襲われたのか」
「それを今鑑定させているんだが、少なくともフィリスの診察室が荒らされた形跡がない。
夜勤をサボって出かけているのだと言われたら、まあ反論できないな。あの真面目なフィリスに限ってあり得ないが」
リスティが説明しながらも舌打ちしている。苛立ちを覚える気持ちはよく分かる。
多分俺やリスティもフィアッセの脅迫状の件さえなければ、フィリスの不在を疑問にこそ思っても今の時点で事件にはしないだろう。
何か理由があって病院を抜け出している可能性のほうがまだ高いからだ。警察側で事件として取り扱われるのは、現時点では不可能だと言っていい。
対処に悩んだフィリスは、脅迫状の事件を知る俺に連絡してきたのである。
「フィアッセにも確認を取りたいんだが、脅迫状の件があるからな……正直今の段階で騒いでしまうと、フィアッセを余計に不安にさせてしまう」
「脅迫の関与を絶対疑うだろうからな……ともあれ、状況はよく分かった。取り乱して悪かったな」
「いや、ボクもお前に八つ当たりしてしまった。ディアーチェと言ったか、お前にも厳しいことを言ってすまなかったな」
「状況は理解しているつもりだ、我々に気を使う必要はない。リスティ殿の心労をお察しする」
「何だ、お前と違って良い子じゃないか」
「俺と比較して評価を高めるなよ!?」
しかし、困ったことになったな。非常に心配ではあるんだけど、今のところ状況はどっちでも取れると言っていい。
誘拐されたのかもしれないし、フィリス本人に理由があって不在にしているのかもしれない。勿論探すけれど、警察を頼るのは今の時点では難しいと言っていい。
捜索願を出そうとしても、昨晩から今朝にかけてとあればまず取り合ってくれないだろう。
事件性を見いだせないのであれば、警察は動いてくれない。
「病院には監視カメラがあるんだろう、昨晩出入りしている人間に不審な点はないのか」
「警備室に取り次いてみたんだけど、まだ大して時間が経過してないからな……病院側は正直渋っている」
「ここの職員だろう、何で非協力的なんだ」
「フィリスから話を聞いているだろう。ここ海鳴大学附属病院には"G号棟"という気密性の高い研究施設がある。
職員の行方不明を大袈裟に騒ぎ立てるのを好ましく思わない。
それでも職員の命が関わっているのならまだしも、まだ一晩しか経過していないんだ」
「なるほど、誘拐だという確執が取れないと無理か……」
「誘拐だと判明した時点でアウトなんだが、こういうのがお前の嫌いなお役所体質っていう奴だね」
「一年前と違うんだ。お前達の仕事を馬鹿にしたりはもうしないよ」
「たしかに今の発言はお前の成長を貶めるものだな、悪かった」
リスティが困ったような微笑みを浮かべて肩を落とす。少なくとも一年前は決して見せなかった態度だ、少なくとも信頼はされているのだろう。
しかしながら、事態は予想外に落ち着いており、だからこそ困ったことになっている。言い方は悪いが、誘拐だとはっきりしてくれたほうが全力で動けた。
少なくとも今の状況では夜の一族を頼っても、動いてはくれるだろうが緊急性を問うのは無理だろう。警察も同様である。
今朝から姿を消した知人とあれば、関係者は個人で探すしかなかった。
"父よ。話が終わった後、我が空を飛んで捜索に取り掛かろう。父は関係者各位を当たってくれ"
"分かった。俺はこのままリスティと行動するよ"
くそっ、自分の子供達を悪く言う気はまったくないが、ディード達の能力は人探しに向いていない。
どの子達も戦闘能力に特化しており、クアットロ達の方がこういった活動に向いていた。
とにかく今は動き出すしかないのだが、どこから探せばいいのか。あいつは本当に無事なのだろうか――
フィリス・矢沢はその日、俺達の前から居なくなった。
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2023/04/02(Sun) 16:54:19 [ No.1019 ]
◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十六話
投稿者:
リョウ@管理人
引用する
ウーノに容赦なく通信を切られたが、それ以上の追求はやめておいた。スカリエッティ博士への取次は絶対認めないだろうし、フローリアン夫婦への治療に支障が出ると困る。
この先どうするべきか。フィアッセを今更見捨てるつもりはないのだが、解決の着地点がイマイチ見えてこなかった。身の安全を保証すればいいという問題でもなさそうだからな。
……いや、違うか。まずは身の安全を確保しなければならない。狙われているのは事実なのだ、そこからまず何とかしなければいけないだろう。
"父よ、朝餉の支度が出来た。子供達も帰ってきたので、通信が終わったら食卓へ来てくれ"
ディアーチェが念話で俺に知らせてくる。声をかけたら話し合いの邪魔になると気遣ってくれたのだろう、よく出来た娘である。
朝餉という表現が少し面白かった。ロード・ディアーチェは俺の子供であることを何故か誇っている。俺が日本人であることも、崇め奉っていてくれる。
だからこそ新しき日本での生活を重んじて、日本の表現を用いているのだろう。子供なりの見栄が微笑ましかった。
通信機器を片付けてキッチンへ戻ると、ディアーチェの言う通りディード達が帰っていた。
「おはようございます、お父様」
「博士やウーノと話していたんだね。忙しそうだった?」
「ああ、話は終わったので大丈夫だ。とりあえず食事にしよう」
詳しい作法は教えていないはずだが、ディアーチェ達は揃っていただきますの礼節を見せた。食事の作法も丁寧で、箸の使い方まで心得ている。俺の方が雑かもしれない。
脅迫状の事件で俺が苦労していると思ったのか、ディアーチェが作ってくれた朝食は実に元気が出るメニューだった。
じゃこ納豆に、野菜とベーコンの和風トマトスープ。子供に人気なほうれん草と卵とベーコンのふんわり炒めまで揃っている。見事な出来栄えで、子供達を実に満足させている。
素直に美味しいと告げると、ディアーチェは当然だと胸を張りながらも嬉しそうに頬を染めていた。
「それで昨晩から今朝にかけて、皆と話して何か得られたの?」
「そうだな、食事での会話としてお前達にも聞かせよう」
食卓にいるメンツは俺とディアーチェ、ディードにオットー、アリサに妹さんと、見事なまでに俺と子供達という顔ぶれであった。
脅迫状に関する事件など本来聞かせるべきではない大人の厄介事ではあるが、全員揃って修羅場を潜った強者達であるというのだから恐れ入る。
ちなみに俺の中では、アリサもその位置づけだった。経済でもヒトは殺せるのだ。
フィアッセ達関係者の証言、夜の一族の姫君達の暗躍、ウーノからの科学的見地――そして、何よりもHGSと超能力に関する内容。
説明していて、改めてフィアッセという女性に取り巻く事件の厄介さが見えてくる。
全てを話し合えた頃、ディアーチェが食後のお茶を出してくれた。
「脅迫状と聞いて愉快犯も想定していたが、思っていた以上にフィアッセという女を取り巻く事情が複雑だな。
父が窮地に陥った女性を見捨てる性分ではないことは理解しているが、遺伝子障害の件はどうするつもりなのだ」
「例えばユーリの生命操作能力で、遺伝子治療を望めないだろうか」
「なにをかくそうこの我がシステムU-Dという制御プログラムを用いて、かつてユーリの力の制御を行っていた実績がある。
その点から言わせてもらうと、力の暴走は抑えることは出来るかもしれないが、やはり対処療法になるのではないかと考えている。
本人の性質を変化させられるかもしれないが――事の本質に関わるため、変異してしまう危険性が孕んでいるであろうな」
「カレン達やウーノも遺伝子治療については否定的で、干渉すると本人の性質が変化してしまう事を指摘していた」
フィアッセ・クリステラの病気は高機能性遺伝子障害である限り、完治は決して出来ない。
本人が暴走してしまうとHGSの侵食が深まってしまい、選民思想に取り憑かれた超能力者が誕生してしまう結果となる。
力の暴走は抑えることは出来ても、侵食を止める事自体は難しいとディアーチェは話す。遺伝子の設計図でもない限り、元に戻すことは出来ない。
ユーリの力は強大ではあるが、遺伝子レベルの精密さを求めるのは酷であると告げる。まあ、そうだろうな。この点はあくまで希望的観測でしかなかった。
「変に難しく考えなくても、今の平和な日常を維持できれば超能力は使わずに済むし、フィアッセさんも安定するでしょう。
そもそもこの街には海鳴総合病院という専門機関があるんだし、素直にフィリス先生に任せればいいじゃない。
なんで医者でもないあんたが、治療について頭を悩ませているのよ」
「ぐっ、確かに」
海鳴総合病院は単なる病院ではなく、フィリスのような研究員が所属している専門機関であることをすっかり忘れていた。
治療方法については、それこそHGSのキャリアであるフィリスが積極的に研究しているだろう。その彼女がフィアッセについて警鐘を鳴らしていなかった。
すなわちその意味はアリサの言う通り、今の平和な生活が維持できればフィアッセの精神は安定するのだと意味している。
定期的に検査しているようだし、何かあればフィリスが診てくれるだろう。どうもフローリアン夫婦の事で、治療について自分が何かしなければと身構えてしまっていたかもしれない。
「アリサさんの言う通りだね。ボク達が対処しなければいけないのは目の前の事、フィアッセという女性が狙われている件だよ」
「テロリズムなど許しがたい蛮行、お父様の友人を狙うとは万死に値します。私達の手で粛清しましょう」
相手はチャイニーズマフィアという裏社会の強大な組織であるというのに、ディード達はむしろ気運を高めていた。この子達の教育を間違えてしまっただろうか。
重火器を容赦なく使用する連中ではあるが、この子達なら戦えそうなのが怖い。銃を恐れないのは危険とは思うが、覚悟そのものは固めている。
一人の親としては危険なことに子供達を巻き込むべきではないのは一般常識として理解しているが、彼女達は自分の身は守れる戦士でもある。
この点については悩みどころではあるのだが、一介の剣士としては意思を尊重したいところではあった。
「夜の一族は龍というチャイニーズマフィアの殲滅を図っており、壮大な計画を立てている。その一方で、フィアッセの存在は邪魔だと考えてもいる。
俺への配慮からフィアッセに対して危害を加えることはないだろうが、同時に護衛対象として見ていない。一応配慮してくれているだろうが、あくまで俺への配慮の中にしか含まれていない。
その証拠に、高町の家を出てこのマンションで生活している事も見過ごしている。高町の家は監視対象だと以前言っていたはずだから、多分フィアッセの行動を制限せず野放しにしているんだろう。
チャリティーコンサートが開催されてテロとの抗争が始まった場合、巻き込まれる危険性は大いにある。協力関係は維持するが、あくまで俺達は独自で動くぞ」
「了解だ。なに、そう不安そうにならずともよいぞ父よ。我々がいれば、あらゆる難事に対応できる」
カレン達を信用していない訳ではない。これまで俺に多くの支援をしてくれていたのは事実だし、テロ組織撲滅もサムライとして狙われる俺を守る為でもある。
ただ同時に目的のために手段を選ばないという非情な側面があり、将来的に考えて俺の不利益となると考えれば排除するのも辞さない。
ウーノ本人もフィアッセは見捨てるべきだと忠告していた。彼女は俺のことが嫌いだが、あの忠告は俺のことを考えての冷静な視点だ。その考え自体は間違ってはいないと思う。
俺も赤の他人ならさっさと見捨てていただろう。フィアッセだから見捨てられないというだけだ。
「事が大きく動き出すまで、フィアッセの身辺警護に徹するとしよう。コンサート前に誘拐でもされる危険性もあるからな」
「警護をするのであれば対象者のご家族も警戒したほうが良いのではありませんか、お父様」
「確かにディードの言う通りだな。あいつの家族は高町家と、ご両親だ。そっちを――」
――いや、待てよ。
あいつの家族といえば、他にも――
その時、電話が鳴った。
電話に表示されている発信履歴は、リスティ・槇原。
昨日、フィリスと一緒に居たはずの彼女からだった。
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2023/04/02(Sun) 16:53:50 [ No.1018 ]
◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十五話
投稿者:
リョウ@管理人
引用する
フィアッセ・クリステラの遺伝子治療はひとまず諦めた。
彼女自身の命運を放棄したのではなく、少なくとも今は彼女自身の危機でもないので、様子見するしかなかった。
明確に命の危機に立たされているのはフローリアン夫婦であり、ここで治療を止めると死ぬ危険性もある上に、アミティエやキリエから容赦なく責められることは間違いない。
彼女達は俺に対して度を超えた信頼を寄せてくるのでちょっと困っているが、さりとていちいち信頼を失う真似をするつもりはない。
「博士にはフローリアン夫婦の治療に専念してもらってかまわないので、せめて俺の話だけでも聞いてくれ」
『ハァ……分かりました。博士の邪魔をしないことを条件に私が聞きますよ、陛下』
物凄い疲労に満ちた溜息と呆れを滲ませた表情で、通信画面越しの彼女は渋々了承してくれた。戦闘機人達は比較的俺には良好に接してくれているが、こいつだけは徹底して俺には態度が悪い。
彼女の名前はウーノ。戦闘機人の女性で、特化した能力は主に情報処理であり、スカリエッティの秘書として研究や開発の補助、そして戦闘機人達の実務指揮を行っている。
紫のロングヘアーの美人さんで、戦闘機人の間では最古参となるらしい。性格は常に沈着冷静であり、スカリエッティを何より全てにおいて優先させている。
彼女はご覧の通り俺を露骨に嫌っており、その理由も誰が聞いても納得できるものであった。
『それで今度はどんなトラブルに関わっているのですか、陛下。出来れば事前に連絡して頂けると助かるのですが』
「ちなみに連絡すると、どういう対応をするのだ」
『力ずくでも博士を攫って、行方不明にさせていただきます』
「駆け落ちじゃねえか!?」
『なっ……せ、せめて音信不通といってください!』
俺が果敢に追求してやると、ウーノは赤面こそしなかったが実に焦った様子で発言の訂正を求めてきた。どういう切り返しだよ。
ジェイル・スカリエッティは元々時空管理局の最高評議会と関係のあった研究者で、聖王のゆりかごや戦闘機人という兵器を悪用して様々な分野で暗躍していた。
フェイトの母親プレシアが関与していたプロジェクトF計画にも関わっており、その縁でジュエルシード事件を通じて知った俺に興味を持って、わざわざ鞍替えしてきた奇特な人物である。
聖地での事件で正式に俺の陣営に参入し、最高評議会の運営資金を俺の命令で横流しさせた経緯があって、強引に一蓮托生とさせられた俺を盛大に嫌っている。ちなみに横流しの工作は俺がウーノにさせたので、それも恨んでいる。
『馬鹿な話は結構ですので本題に入ってください、陛下』
「本当にトンズラしそうだから怖いんだよ、お前。実は友人が脅迫を受けていて――」
普段友人知人の秘密をいちいち面白可笑しく吹聴する趣味はないのだが、今回は研究分野が関わっているので正直に打ち明けるしかない。
まあフィアッセやフィリス達と、スカリエッティやウーノが直接関わるなんてほぼ間違いなく無い。国境線どころか、世界まで違うのだから、秘密を吹聴されても届きようがなかった。
スカリエッティ達も他人の秘密を誰かに話すような真似はしないし、そもそもこいつらは他人事には関わらない性格なので、秘密を打ち明けても漏れる心配はなかった。
フィアッセへの脅迫状から始まり、夜の一族より聞き出した話まで全てウーノに説明した。
『プロジェクトFに戦闘機人、魔法に続いて宇宙への進出まで行った挙げ句、次は超能力ですか。
私が話を聞いて本当に助かりました。何故陛下はいちいち博士の好奇心を刺激しようとするのですか』
「俺だっていちいち関わりたくないわ!」
『そのフィアッセという女さえ見捨てれば、後は夜の一族が全て片付けてくれるでしょう。陛下が関わる必要性はありませんが」
「ぐっ、こいつ……」
夜の一族の女達が全員揃って言っていたのと同じ指摘を、ユーノが冷ややか目で反論してくる。冷静沈着な女性は、情に対してもドライなのだろうか。
チャイニーズマフィアを撲滅してくれるのだから全部任せればいいというのは、確かにその通りである。カレン達は人材と資金を注ぎ込んで、俺の平和を守ってくれている。
ただ彼女達の命の勘定に、フィアッセは入っていない。気にかけているのはあくまで俺の関係者であるからであって、無関係なら容赦なく切り捨てただろう。
俺も同じだ、無関係な人間を助ける義理はない。そして、フィアッセ・クリステラは残念ながら無関係ではない。
「最初から見捨てるつもりならエルトリアから戻ってきたりしないし、お前達に相談したりしない。HGSに関する見解を聞かせてくれ」
『遺伝子障害には大きく分けて2つの原因があります。一つ目は環境要因、もう一つは遺伝要因です。
環境要因は母親の卵子や父親の精子に異常があるのではなく、例えば妊娠中にウイルス感染を起こしてしまったなどというケースですね。
ウイルスが母体へ感染すると胎児には遺伝子障害が発症しやすくなります。
一方で遺伝要因は元々障害のある遺伝子を保有していた両親から遺伝する要因のことです。これはようするに発症要因に遺伝子が関係しているのです」
ユーノの説明によると、遺伝子障害は染色体や遺伝子の変異によって起こる病気とされている。
家族には全く変異がないにもかかわらず、突然変異によって、身体の細胞や精子、卵子の遺伝子や染色体に変異が生じて病気になる場合があるらしい。
遺伝子の変異とは遺伝子を形作るDNAの配列が狂い、遺伝子の情報から本来作られるはずの蛋白質が作られなかったり、正常とは異なったものが作られたりしてしまうようだ。
こうした異常によって、ヒトの身体において病気としての症状を示すのという。
『HGSの場合は陛下の話を総合する限りですと、その遺伝子の変異が脳内器官の異常発達を引き起こすのでしょう。
細胞に含まれる珪素等の要素から、特別な能力が引き出されてしまうといったケースですね』
「超能力とか言われているが、要するに本人が持つ才能ということなのか」
「才能の顕現とは少し異なりますね。あくまで遺伝子が変異しているので、今までの自分にはなかった新しい能力と言うべきでしょう。
戦闘機人の場合は技術によって能力の発言を促しますが、それでも各個人で必要な能力を選んで引き出すことは出来ません。
例えば陛下の遺伝子を使用してヴィヴィオ、ディード、オットーを誕生させましたが、あの子達が持つ能力や才能は我々が選んで与えたものではありません。
陛下の遺伝子でどのような子供が生まれるのか、戦闘機人の技術を持ってしても分からないのです。だからこそ博士は生命の神秘に夢中になっているのですが」
遺伝子とは、人間の体をつくる設計図に相当するものであるとウーノは述べる。
ヒトには約3万個の遺伝子があると考えられおり、人間の身体は細胞という基本単位からなっている。
この細胞の核と呼ばれる部分に染色体があり、この中のDNAこそが遺伝子として働いているメカニズムだ。
人間の身体は、この遺伝子の指令に基づいて維持されてるという。
『設計図は人間一人一人違うので、治療方法を確立させるのは非常に難しいのです。
ミッドチルダに限らず、陛下の住まう地球でも既に多くの遺伝子治療が行われている筈です。
ただフィアッセ・クリステラという遺伝子に見合った治療を行うのであれば、専門の医療機関で事細かく診断しないといけませんね』
「……治療は難しいということか」
『話を聞いた限りですと、超能力も既に発現しているのでしょう。確実に遺伝子は変異していますね。
元の遺伝子情報があったとしても、脳細胞にまで及んでいるのであれば、どのみち治療の過程で思考の変貌を起こす危険性がありますよ』
何もかもが既に遅いのだと、ユーノは残酷に告げる。フィアッセ・クリステラという存在が生まれた時点で、起こるべくして起きたことなのだと。
そもそもヒトは誰でも数個の遺伝子変異を持っているらしい。そういう意味では誰にでも平等に、何らかの「遺伝性疾患」が起こる可能性を持っているといえるようだ。
この点については夜の一族からも聞かされていたことなので、今更落ち込んでも仕方がない。スカリエッティならあるいはと思ったが、それほど都合の良い話はないようだ。
そもそもジェイル・スカリエッティは今、フローリアン両親の治療に専念している。これ以上無理強いはできない。
「治療が不可能なのはわかった。これから事件に関与するにあたって、HGSについての注意点はあるか」
『陛下に質問いたします。魔法を生み出す原動力は何だと思いますか』
「何だ、突然。魔法は確か魔力から発動するんだよな」
『その魔力はどこから出てきますか?』
「この質問の意味が分からんが、えーと……確かリンカーコアとかいうのが魔導師の体内にあって、そこから魔力が生成されるはずだ」
『つまり人体から力を生み出すのが源泉があるということです。では、超能力はどのような原動力で発動するのでしょうか』
「えっ、超能力って才能なんだからなんかこう念じれば出てくるんじゃないのか」
『何を馬鹿なことを言っているのですか、陛下。例えば陛下が剣を振るのだって、肉体が生み出す力によって運動が行えているのです。
人体がエネルギーを生み出すのは栄養が必要です。陛下が日々我々の脛を齧って貪っている食事によって、貴方は剣を振るえているのです』
「言い方に悪意があるぞ!? つまりお前は、HSG感染者が超能力を生み出すには何らかの力が働いているというのか」
ウーノの説明と意見を聞いて、俺は初めてその点に疑問を持った。
以前リスティが暴走して戦った時、超能力を平然と使用していたので、てっきり念じれば自由自在に扱えるのだと思いこんでいた。
俺にとって超能力とはスプーン曲げのイメージしかないので、何の負担もなく使いこなせるものだと考えていた。
あくまでも仮説であることを前提に、ウーノが自分の見解を打ち明ける。
『HGS患者は能力と個性により、持ち主によって形状の異なるフィンと呼ばれる光の翼を出すのが特徴なのでしょう。
恐らくその翼がエネルギーを発動させているのでしょうが、問題はフィンがどうやって力を生み出すのかという点です。
このフィンで例えば自然の光や風をエネルギーとして吸収しているのであれば、効率面としては特に問題はありません。
ですがフィアッセ・クリステラは極めて異常な遺伝子の変異が行われており、力も安定化していない』
「! まさかフィアッセのフィンは――」
『自分自身の栄養、もしくは――生命を使用する可能性があります。
しかも超能力という極めて出力の大きな力を用いるのであれば、相当な負担となるでしょう。
陛下はフィアッセ・クリステラという存在の変質を懸念されているようですが――
暴走など起こしてしまえば、彼女自身もタダでは済まない危険がありますよ』
――もしも。
フィアッセがこの先チャリティーコンサートで、命が脅かされてしまった場合。
思考が狂って、フィアッセ・クリステラという存在が消えるのか。
力が狂って、フィアッセ・クリステラという命が奪われるのか。
追い詰められた彼女が暴走してしまえば、どうなってしまうのか――
『私から陛下へ陳情出来るのはこの点です。
貴方はフィアッセ・クリステラの身を守ればそれでいいと考えているようですが、それは違う。
たとえ命が守られたとしても、彼女本人が精神的に追い詰められれば暴走し――彼女自身が失われる。
そんな護衛を、貴方は引き受けるのですか。私はやめるべきだと忠告します』
「……」
単純に守ればいいという話ではないのだと、ウーノは告げて通信を切った。
フィアッセ・クリステラは護衛対象ではない。
彼女は何が起こるかわからない、爆弾なのだ。
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2023/04/02(Sun) 16:52:28 [ No.1017 ]
◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十四話
投稿者:
リョウ@管理人
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――次の日。
夜遅くまで夜の一族の連中と話し込んでしまったが、久しぶりの日本の朝は残冬で濁った空で覆われていた。
正月も明けて月日が経過し、冬は終わりを迎えつつある。今年の冬は結局ほぼ異世界や異星で過ごしていたので、日本の季節感は懐かしく感じられた。
惑星エルトリアは荒野の広がる未開拓な世界だったので、季節だの何だのという以前の話だった。あちこち世界を飛び回って、俺もよく体調を崩さなかったものだ。
マンションの一室。昨日アリサが用意してくれた部屋で、日本の残りの冬をしばらく過ごす事になる。
「異世界ミッドチルダに、惑星エルトリア。国境も時差もまるで違う世界で過ごしてきたのに、生活習慣というのは変わらないものだな」
朝早くに目が覚めた。時間の概念こそ異なるものの、目の覚める時間帯は案外どこの世界でも変わらない。
毎日忙しい学生や社会人が目覚める前の時刻。今から尋ねても、フィアッセやなのははまだ眠っているだろう。
昨晩夜の一族より聞いた話を元に今後の事を話し合いたいところではあるが、同世代の女の家へ朝早くから押しかけるのは流石に迷惑だろう。
――当然のようにそう考えて、ふと笑いがこみ上げてくる。
「たしかちょうど一年前の今ぐらいに、人の迷惑を考えずに道場破りとかしてたんだよな……」
剣術道場の門を蹴破って、道場破りを仕掛けていた一年前の自分を振り返る。山の木の枝を拾って振り回していたんだ、よく警察に通報されなかったものだ。
しかしながら当時のことを顧みると、あの道場の師範が当時騒がせていた通り魔だったのだ。警察を呼ばれるとまずいのは、彼も同じだったはずだ。
通り魔に巻き込まれたことを考えると不幸中の幸いという表現は少し違うかもしれないが、お互いの事情が偶然一致した上での勝負だったということか。
結局道場破りでは完敗、その後の路上勝負では鎖骨こそ折られたが何とか制することは出来た。
「当時はニュースになったが、その後あの爺さんはどうなったんだろうな」
生きてはいるだろうが重犯罪者、刑務所送りになったのには違いない。一年が経過して、あの爺さんは更生しているのだろうか。
年齢を考えれば再起は難しいだろうが、俺のような人でなしでもこうして人生をやり直せているのだ。高齢であろうとも、生き直すことくらいは出来るはずだ。
平和な時代になって剣が廃れていくことを、あの爺さんは嘆いていた。そんな爺さんと関わった俺はこの一年、あらゆる敵と対立して剣を振り続けた。
ほんの少し自分の価値観から飛び出せば、剣で生きるやり方を見いだせたかもしれない。最も俺が飛び出した一歩は、海外とか異世界とかだったけど。
「おはよう、ディアーチェ。朝ご飯を作ってくれているのか」
「うむ。キッチンは我が昨晩の内に完璧に掌握しておいたぞ、父よ」
一年前の事を振り返りつつ部屋を出ると、エプロン姿のディアーチェがキッチンで奮闘していた。
我が家では意外に思われるかもしれないが、ロード・ディアーチェが家事全般を担当している。王を称する少女は女性らしい一面を持っている、というのは偏見かもしれないが。
実に女の子らしいユーリが家事が苦手で、料理とかも頑張ってくれているがディアーチェに怒られて目を回している。我が家ではそういった微笑ましいエピソードを朝から展開してくれる。
ちなみに言うまでもないが、レヴィとナハトバールは食う専門である。シュテルは頭脳担当とかぬかして、完全に人任せだった。
「アリサ殿が立派に部屋を用意してくれたが、やはり住まいというのは整えておかなければならない。
夜の時間帯になったが買い物へ出て、食器類や食材を揃えておいたのだ。日本の食卓はシュテルより学んで、日本人らしい佇まいを心がけている」
「すごい。何がすごいって、俺でもそこまで気にしたことのない日本の食卓を無駄に再現している!?」
今の日本人の食卓ってむしろ洋風だと思うのだが、マンションの一室でディアーチェが仕立てた食卓は日本を如実に感じさせた。
別にちゃぶ台とか囲炉裏とか用意している訳ではないが、異世界暮らしが長かった俺にとっては非常に懐かしく思える。
マンションにあるフォーマルなキッチンに、温かみを感じさせる気遣いがあった。家庭を意識したディアーチェの心遣いなのだろう。
だからこそ大袈裟に驚いてやると、ディアーチェは嬉しそうに笑った。こういうところは父を持つ子供だと思う。
「目覚めた父のために朝食を用意したいところではあるのだが、ディードとオットーが出ているのだ。申し訳ない」
「あの二人ももう起き出したのか」
「ディードは剣を持って朝稽古、オットーはマンション周辺を見回るべく探索目的の散歩に出ている」
「うちの子達は勤勉だな……」
血の繋がっていないディアーチェもそうだが、遺伝子的な繋がりがあるディード達も俺に似ず努力家だった。
日本へ到着した翌日だというのに休まず、早速自ら行動に出ている。日本という新しい国へ来て、気後れした様子もなさそうだった。
育児という面では苦労がなくて助かるのだが、いい子達ばかりだと将来的に別の意味で悩みそうな気がする。結婚とかして子供が出来たら、ギャップで苦しんでいそうだな。
ともあれ、朝早くからみんな行動に出ているようだ。
「分かった、朝食時に皆で少し話そう。昨晩の話し合いで今回の事件の背景が見えてきた」
「さすが父だ、昨日の今日でもう進展があったのか。素晴らしい」
「昨日の今日どころか、半年前からお膳立てがあったよ……ともあれ、ディアーチェが用意してくれている間に一仕事してくる」
「今朝は父上が好む和食を用意するつもりだ、楽しみにしておいてくれ」
……味噌汁とか料理しているんですけどこの子、俺よりも日本人していないか。
鼻歌交じりでキッチンに入る王様に呆れ混じりに感心しつつ、俺はアリサに声をかける。
アリサは元幽霊で、法術により結晶化されて実体化した女の子。厳密には睡眠は必要ないのだが、精神を休ませるべく休眠を取る。
故に起きていようと思えば起きられるようで、アリサは朝から作業に入っていた。
「異世界へ通信を行いたいなら、昨日準備した通信機器をそのまま使ってくれていいわよ。はいこれ、取扱説明書」
「……この説明書、絵本チックに書いているのは何故だ」
「専門用語一つでもあったら頭抱えるでしょ、あんた。
あたしが手間をかけて用意してやったわよ。チャンネル切り替えれば繋がるからよろしく」
「せめて小学校ドリルレベルにしろよ!?」
すごいぞ、この説明書。漢字を一文字も使っておらず、ひらがな混じりの絵で全部説明している。
多分高町なのはのようなガキンチョどころか、日本語を知らない外人でも余裕で理解できそうだった。俺、日本人なんですけど。
いやまあ使用方法に困らないのであればそれに越したことはないのだが、なんだか納得がいかない。
顔を引きつらせて説明書を読んでいると、ご英訳の妹さんが興味ありげに覗き込んできた。
「おはようございます、剣士さん。朝から熱心ですね」
「おはよう、妹さん。今から用事で通信するから、しばらく自由にしててくれ」
「はい、待機しております。何かあればお声がけください」
「うーむ、何か固いな……漫画とか読んでいてもいいぞ。しばらく日本から離れていたんだから、買ってきなさい」
「! ありがとうございます」
お小遣いを渡すと目を丸くしたが、珍しく素直に頷いて受け取ってくれた。本が好きだからな、妹さん。
基本的にお役目放棄はしない子だが、俺が家から出ないことは承知済みだろう。海鳴というホームであることも安心を高めている。
皆に声をかけて、俺は通信の準備に入った。異世界へのチャンネルがスムーズに行えるというのは便利なのか、それとも奇怪であるのか。
国際電話より遥かに遠いはずなのだが、この気軽さはどうにかしたいところではある。
『ウーノです。陛下、いかがされましたか』
「緊急で確認したいことがある。スカリエッティ博士を呼んでくれ」
『お断りします』
「平然と断った!? なんでだよ、急ぎだと言っているだろう!」
『フローリアン夫婦を治療することよりも急ぐ用があるとでも?』
「ぐはっ、そうだった!?」
自分で無茶振りをしておきながら、緊急で呼び出そうとしていた俺にウーノが冷徹に嫌だと言いのけた。当然である。
一応弁明しておくと、俺が悪いのではない。俺の周囲で治療不可能な患者が多すぎるだけだ。
フィアッセとフローリアン夫婦、どちらの治療を優先するべきか――天秤になんてかけられなかった。
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