第一話 「出逢い」 | ||
かつて――戦争が起きた。 世界全土を大いに揺るがせたその戦いは苛烈を極めた。 人間・竜族・魔族・神族・ドワーフ・エルフ…… あらゆる種族が、あらゆる全てを賭けて、戦い抜けた。 幾千幾万の武器・魔法・知恵――そして命。 犠牲になったモノは数知れず、積み上げられた屍は数え切れない。 戦争が終結した時には――世界は深手を負って死にかけていた。 何故戦争は起こったのか、何故戦争は終わったのか――歴史は何も語らない。 全ての種族は帰結し、世界を復興させるべく尽力する。 絶対的な価値観を有していた魔法だけでは足りずと、道具を手にする。 技術は進化し、知識は磨かれ、種族は独自の文化を形成する。 世界は分立され、国々を築き上げたのである―― 「――なーんて、ありきたりな昔話を読んでも僕の生活に変わりなし。 ふう……」 大きな溜息をついて、雑誌を放り捨てた。 無造作に見えるその仕草だが、雑誌は綺麗にテーブルの真ん中に置かれる。 そのまま立ち上がり、白いカウンターの前に立った。 「なあなあ、おーばーちゃーんー」 「うるさい子だね……ないものはないの」 受付けカウンターを隔てて、一組の男女が向かい合っている。 一人は青の制服を着た、パーマ頭の中年の女性。 風変わりな頭髪に貫禄のある顔と、年季の入った女性であった。 もう一人は少年。 漆黒の髪と未来の希望に満ちた輝きを放つ瞳。 背丈はやや小振りだが、十代ゆえの未熟さであろう。 その証拠に、成長期なりの先行きが楽しみな身体つきをしている。 黒のジャケットと紺のジーンズ。 腰元の短剣は護身用なのか、使い慣れている形跡は無い。 優しい顔立ちがよく似合う、明るい雰囲気の少年だった。 「別に選り好みをするつもりはないんだって。 ただちょっと、ちょこっと羽振りの良い仕事を紹介してくれたら! あ、出来れば将来性があって、女の子が多いとこ」 「あんた、世の中をなめてるね。おとといきな」 職業斡旋所と呼ばれる施設がある。 この世の中景気が良かろうが悪かろうが、無職者は存在する。 ここシェザールの皇都アクアスでも例外は無い。 芸術と文化の都と名高いこの都市。 種族を問わず沢山の人間が訪れる美しい都においても、このような施設が存在する。 少年―シフォン=ノーブルレスト―もまたお世話になっている身であった。 故郷を飛び出して早一ヶ月―― 手持ちの金も尽きて、いい感じで今彼は飢え死にしかけていた。 「何でもいいんすよ、何でも」 「何でもって言う割に文句が多いわね……あんた、今何歳? 」 「今年17」 「学歴は?」 「高等部中退……かな」 「かな? 」 「家出てから行ってないだけで――いやいや、何でもない何でもない」 「何か資格は? 」 「うーん……計算盤五級」 「力は?」 「待合室の丸テーブルくらいなら持ち上げ可能」 「魔法は?」 「全然」 「召還は?」 「友人も居ないっす」 「武器の経験は?」 「素質無いって剣術の先生のお墨付きもらいました」 「身元は?」 「こっちから勘当してやった」 「種族は?」 「見て分かるとおり、ヒューマン」 「精霊は?」 「居ない。っていうか、守護精霊持ってるなら仕官出来るじゃないっすか」 「天使・悪魔・エルフ・ドワーフ・ホビット・巨人・竜族に知り合いは? 」 「そんな種族とコネ持ちたいっす」 「死んだ方がいいよ、あんた」 「いきなり急所をエグらんで下さい!?」 互いに顔を見合わせて、溜息をつく。 シェザールの皇政は近隣諸国との友好関係を築き、国民の信頼も厚い。 皇主ザムザの時代に入ってからというもの、国力は高まり商業も活発化している。 だが、華やかな都の影でシフォンのような人間もまた居る。 頭を抱えるシフォンに、受付員の女性も困り果てた様子で書類をめくる。 「そうだね……力仕事ならあるよ。 住み込みありの三食つき」 「……ちなみに、場所は何処だったり?」 「エッフェルの鉱山」 「過労死した人がいるって噂ありますよ、あそこ!?」 「うーん、じゃあ研究所とか」 「……学歴無いのに大丈夫なんですか?」 「大丈夫、大丈夫。ちょっとあまーい薬飲んでくれたらいいから」 「人体実験は嫌だぁっ!」 こんな調子であるが、受付員も悪意があって言ってるのではない。 仕事を紹介するにしても、シフォンのように特別な才能も何も無い人間に紹介先がないのだ。 彼の売りは若さだけ―― 身元すら不明な人間に頼めるのは、身元を重視しないリスクのある仕事だけだった。 「他にパン屋の売り子とかもあるんだけど、あんたの場合身元保証人もいないからね。 紹介してやりたくても出来ないんだよ」 「うーん……やっぱり学歴か資格があれば必要っすよね」 「そうだね……例えば大学院の卒業者とかなら何でも紹介できるんだけど」 「大学院? 確かこの国のお姫さんが入学するって話だったよね」 ザムザの二人の娘・カリナとニンファ。 類い稀な美貌を持つ姫君で、近隣諸国からの縁談が殺到しているとの噂がある。 王は娘を溺愛し大切に育てられているが、生まれ持った人間性の為か正反対に育った二人。 その姉のカリナが今年より入学が決定されている大学院。 世界でも頂点に位置するエリート学校で、その分野は多岐に渡る。 諸国から才ある者のみが入学を許され、高レベルな教育が行われる学校。 ――どっちにしろ、庶民にして浮浪者真っ最中のシフォンには縁の無い話だった。 「やっぱり駄目っすか」 「あんた、まだ若いからね。 せめて保証人が居れば、雇われ口は沢山あるんだけど…… 真っ当な職を望んでいるんだろ? 未成年なんだし、せめて誰か保護者を連れておいで」 「……そうします。邪魔しました」 一応探しておくからまたおいで、と励ましを受けて外に出るシフォン。 余程不憫に思えたのか、何故かポケットチッシュを貰えた。 ……空しくなるだけだが。 「さーて、どうしようかな……」 今日の天気は快晴。 気持ちいい青空がいっぱいに広がっており、陽射しが柔らかい。 都の大通りには沢山の屋台が出ており、活気に溢れていた。 思わず陽気な雰囲気につられそうになるが、懐の寒さが現実を教えてくれる。 何しろ無一文。 宿に泊まる事も出来ず、頼れる身寄りもない。 そもそも一週間前、初めて都市に着いたのだ。 身内はおろか、知り合い一人だっている筈も無い。 「どうしようかな……親父に頼るのは真っ平だし。 妹に頼れば居場所を突き止められるし……」 妹宛てに送った手紙。 内容と今の現実の差が圧倒的で、我が身が悲しくなるばかり。 一人で生きるという現実を、シフォンは身に染みて味わっていた。 空腹を訴えるお腹をさすって、大通りの隅に設置された白いベンチに座り込む。 財布を取り出し、中を見る。 150エン。 ……買えて果物一個、ジュース一杯分。 そのまま恨めしげに並ぶ屋台を見つめて…… 「――餓死する前にいっそ食い逃げでもするか。 この三日間水しか飲んでないし、体力が尽きる前に……」 「お客さん、困るよ!お金を払ってもらわないと! 」 『あ、あの……その……』 「――ん? ぶっ!? な、何だあいつ!?」 揉めているのは目の前の屋台。 一人はエプロンをつけた屋台のおじさん。 そして――もう一人に、シフォンは度肝を抜かれた。 黒のサングラスに口元を覆うマスク。 全身をすっぽり包む赤のローブ―― 問答無用で役人に連行されそうな怪人が、シフォンの前で困り果てているようだった。 to be continues・・・・・・
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