第二話 「美姫」




 
 


 

 シェザール城。

重厚な城壁に守られた白亜の城は、芸術と文化の都に相応しい美麗さを誇っている。

王城内は平穏に満ちており、庭園には綺麗な花々が優しく咲いていた。

重臣や貴族、女官・小間使いが場内で職務に精を出している。

平和な国に似合う光景だった。



謁見の間を除いて――


 







 


 


「・・・・・・それは何時頃のことだ? 」

「はっ、そ、それが・・・・・・
朝の食事の御用意をお伝えに参りましたところ、既に――
誠に申し訳御座いません! 」


 上品な石畳に布かれた絨毯。

その奥の玉座に座るに鎮座していた者が、平伏するメイドを前に苦い溜め息を吐いた。

シェザール国で皇主を許された一人の男。

四十代に差し掛かった年代ではあるが、その威厳ある姿に衰えは見せない。

精力に満ちた光を放つ蒼い瞳、櫛の入った金髪は瑞々しさを主張している。

豪華な衣服に包まれた鍛えられた肉体。

玉座の男―ザムザ・シェザーリッヒ―は、慇懃なる態度でメイドを労う。


「そなたが謝る事ではない。
・・・・・・御苦労だった、下がってよい」

「は・・・・・・はい、失礼致します」


 ガチガチに震えて頭を下げて、メイドは固い足取りで謁見の間を後にする。

触れればそのまま倒れてしまいそうな程に、責任を重くメイドは感じているようだ。

無理も無かった。

己の失態に気付いたのは今朝方。

全ては手遅れで、自分では責任の取り様が無い。

どんな処罰が下さってもおかしくないと怯えていたところ、この国の王に直接呼び出されたのだ。

ザムザ・シェザーリッヒ。

長年の古き伝統に引き摺られていたこの国に、新しい時代をもたらした賢王。

意欲的な姿勢で前面に立って改革を実施し、現在では近隣に名立たる名国へと繁栄させた。

そんな名君に前にしたメイドの心情を考えると、重く受け止めて当たり前だった。

ザムザは彼女の出て行った扉を見つめ、改めて肩を落とした。

王は小さく声を上げる。


「――カリナ」

「はい、お父様」


 傍で控えていた女性が答える。

威厳と富貴、そして自信に充ち満ちた美声――

深紅の大輪が咲いたように麗しく、白銀の雫を纏ったように光り輝くその容姿。

瑞々しい蒼い髪と透けるような白い肌が印象的な美少女である。


シェザール国第一皇女カリナ・シェザーリッヒ。


豪華な意匠の鎧を身に着け、優れた皇女はその美貌と強さより"戦姫"と呼ばれている。

妹ニンファと並んで、国民に絶大な人気を誇っていた。

カリナは父の元へと、堂々たる態度で闊歩する。

互いに沈黙する事、数分。

不意に王の表情が歪んだと思うと――





「ど、どどどどどど、どうしようどうしよう!?
ニンファちゃんが!?ニンファちゃんがぁぁぁぁぁぁっーーーーーー!!! 」

「・・・落ち着いて、お父様」





 先程の威厳はどこへやら。

くしゃくしゃに顔を歪めて、他に誰もいないのをいい事に皇主はみっともなく泣き叫ぶ。

イメージの違いすぎる父の変貌に、カリナは呆れた顔を見せるが慣れた様子であった。

カリナは幼い頃から父に可愛がられ、立派に育てられた。

この十七年間、共に理解し理解され合ってきた。

だからこそ、知っている。

この偉大なる父が実はとんでもない親馬鹿である事に――

思わず普段の話し方で戻って、父に話し掛けてしまう。


「ニンファも後五日で十七歳。子供ではないのよ」

「何を言うんだ、カリナちゃん! ニンファちゃんはまだまだ子供だよ!
確かに最近はお風呂に一緒に入るのを嫌がるけど――」

「・・・・・・むしろ、まだ一緒に入ろうとするお父様に問題があると思うわ」

「でも! でもだよ! 」


 ――全然聞いていない。

十七年間の親娘生活で身についている常識だが、この父の度を過ぎた心配性はどうにかならないものか・・・・・・

麗しい横顔を力なく落とす。


「毎朝『パパ、おはよう』って言ってくれたニンファちゃんが今日突然居なくなったんだよ!
きっと攫われたんだよ! 誘拐だよ! 人攫いだよ! 」

「・・・・・・全部同じですわ、お父様」

「うう・・・・・・今頃、悪人共の餌食に・・・・・・
ニンファちゃんは可愛いから、女日照りなチンピラの劣情を煽って――
うおおおおおおおおおおおおおっ! 許さん! 許さんぞ!!
アウチッ!? 」

「自分の娘を想像で汚さないで下さい」



 白魚のような曇りの無い手の平が、無情に父の頬に命中する。

スナップのきいた平手打ちに、王様は玉座に仰け反った。

カリナは興奮する王を諌めるように、凛と張った声で事実のみを告げる。


「ニンファがいなくなったのは今朝。今は昼。
半日も経っていないではありませんか。
まだ城内にいる可能性もあります」

「それはない」

「――と、言いますと? 」

「大臣や文官、将軍やその部下達。
女官やメイド、小間使いや従者に至るまで総動員で捜索させた」

「・・・・・・頼みますから、騒ぎを大きくしないで下さい・・・・・・」

「私も私でニンファの自室のクローゼットやベットの下、調度品の隅々まで探したのだ。
無論、浴室や手洗い場も含めて。
――しかし、見つかったのはせいぜいニンファの下着だけだぁぁぁぁ! うえぇぇぇーん!! 
オウチっ!? 」

「変態ですか、あなたは」



 軽く平手をしつつ――カリナは思う。

城内の者達全員に騒ぎが広まったのは痛い。

父たる国王は、国民が厚い信頼を寄せている。

両頬を真っ赤に腫らして泣いている国王父親の真実がばれると、この国の行く末が不安になる。

いずれは第一皇女たる自分が国政に携わる。

未来の夫となる殿方はまだ決まっていないが、后となって王を支えるこの身。

しっかりしなければ、と文武両道に努めてきたのだ。

王を支えるのもまた自分の役割である。


「しかし、この堅牢なこの城内をそう易々と賊が侵入出来るとは思えません。
ニンファが自分で城から出たと考えるべきでは? 」

「ありえん! ニンファにはいつもきつく言い聞かせておる!
城の外は魑魅魍魎の世界ゆえ、出たら食い殺されるぞと――」

「・・・・・・またそのようなデマを・・・・・・お父様、よろしいですか? ニンファを心から可愛がるお気持ちは分かります。
ですが、お父様はいきすぎです。
ニンファはお父様の言い付けに従って、一度も外へ出た事が無いのですよ」


 ――嘘のようだが、本当である。

国王が溺愛する姫ニンファは城内で日々を過ごし、外の世界に一度も触れた事が無い。

聖誕祭や国民行事の際も、国民の前に出るのは姉のカリナ。

深窓の姫君として純粋無垢に育ったニンファが外に出るのは、中庭や庭園くらいである。

監禁や幽閉というよりは、庶民の世界に触れてニンファが変わるのを恐れているのだろう。

良くも悪くも、人間は世界に接して変わっていくのだから。


「でも、庶民の世界は誘惑が多いではないか・・・・・・
もしもニンファちゃんが悪い子になったら、私は・・・・・・私はぁぁぁぁ!! 」

「その結果――ニンファが家出したのかもしれませんね」

「そ、そんなぁぁぁぁぁ! ! ! カーリーナーちゃーーーーーん!! 
ボクの、ボクの教育が間違っていたというのかいぃぃぃ!!! 」

「泣きながら抱き付かないで下さい」


 細い腰元にぎゅっとしがみ付く王を、剣尻で思いっきり刺して黙らせた。

顎に食らって悶絶する父を尻目に、カリナは凛々しい表情を曇らせる。


(・・・・・・でも、あの娘が一人で町に出る勇気が本当にあるか・・・・・・?
私やお父様、城内の者達以外の人間と話した事も無いのに・・・・・・)


 戦姫と呼ばれるカリナでも、自分の妹は可愛い。

父親ほどではないにせよ、この世界の誰よりも愛する家族だ。

自分には持っていない女性らしい魅力を、沢山持っている。

学問や稽古事の話を聞かせる度に、柔らかい微笑みを浮かべて喜んでくれた。

大切に育てられ、まるで天使のように澄んだ心を持っている女の子。

可愛らしいサンゴ色の唇で「お姉様」と呼ぶ。

陽光にきらきらと輝く銀髪は、そのものがまるで銀糸のように繊細で美しかった。

美しく、気高く、そして優しさに満ちた眼差しをもった妹。

もしも外の世界に憧れて、一人城の外へ出たのなら――


「・・・・・・分かりました、お父様」

「カリナ――ちゃん? 」


 涙で濡らした目を向ける父に、カリナは言い放った。


「私がニンファを連れ戻します。
お父様はこの事実が外へ漏れないように、内々に処理して下さい」

「ほ、本当かい!? ありがとう、カリナちゃん!
母に似て、やっぱり本当にカリナちゃんも優しいな!!
うーん、このふくよかな胸の谷間の感触もそっくり――アガっ!? 」

「・・・・・・今度触ったら殺します」


 何はともあれ、一刻も早く捜索に取り掛かる必要はある。

庶民の世界について何一つ知らないニンファに、物事のきちんとした対処を出来るとは思えない。

そしてもしニンファに悪い虫がついていたら――


(・・・・・・この剣の錆にすればいい)


 固い決意を胸に抱いて、麗しき皇女は妹探しに入った。
 














 




to be continues・・・・・・







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