第三話 「宝石」 | ||
季節は初夏。 春の終わりの陽射しが眩しい正午。 見ているだけで暑くなりそうな赤いローブを羽織った人物がいた。 ご丁寧にサングラスにマスク、頭はフードで覆っていて人物像がまるでハッキリしない。 丸みを帯びた小柄な体格なのは分かるが、ただそれだけである。 今日び、指名手配犯でもあんな怪しい変装はしないだろう。 (……何なんだ、あれ) 公園のベンチから様子を見守るシフォンは、ただ呆然とするしかない。 田舎の領地より出て来たばかりなのでよくは知らないが、最近の都の流行なのだろうか? 実は人を呪い殺した事がありますと告白されても絶対に疑わない。 しかも―― 「お客さん、たのんますよ。こっちも商売なんすから」 『…………』 ―――何故タイヤキ? 屋台の親父が激しい剣幕で言い寄っているのを尻目に、シフォンは混乱しきっていた。 魔法道具屋や呪術専門店に出入りする方が何の違和感もない。 少なくとも、道端で美味しくタイヤキを食べようという発想が恐ろしく似合っていなかった。 何をそんなに揉めているのか分からないが…… (―――関わらない方がいいな、うん) 明日の生活はおろか、今日の夕ご飯も満足に食べられない身。 宿代もない以上、何処かで野宿しなければいけない。 余計な詮索をして、貴重なカロリーを減らしたくない。 シフォンは屋台から目を背けて立ち上がる。 じっとしていても腹が減るだけである。 先ずは都中を回ってみて、寝床になりそうな場所を探す。 その後、従業員を募集している所がないかをチェックしていこう。 空しい決意を固めて、シフォンはそのまま公園を出て―― 『……あ、あの……これでは足りませんでしたでしょうか? 』 「だーかーら! お金を払ってって言ってるでやんすよ、あっしは。 こんな宝石、渡されてもね・・・・・・』 ――宝石? 大よそ屋台から程遠い単語を聞きつけて、シフォンは遠目から屋台を覗く。 「なっ!? 」 困りきった顔の親父が手に持っているのを見て、驚愕に歪む。 紅の輝きを放つ宝石・ルビー。 陽光に反射して、親父の無骨な指の中で心を魅了する光を放っている。 純度、大きさ、光沢――すべてにおいて一級品。 都中の宝石屋さんを回っても、あれほどの宝石は売っていない。 金額ははっきりしないが、少なくともタイヤキ一個を買うどころの話ではない。 恐らく、屋台ごと買い占められるだろう。 宝石を受け取らない親父は無欲というより、価値にピンと来ていないに違いない。 それはそうだ。 タイヤキを買うのに、宝石を突然渡されても困る。 思いかけない報酬に喜ぶより、そんな物を差し出すお客さんを怪しんでしまう。 特に差し出している相手があんな格好なのだ。 対応に困る親父さんの心境が、シフォンには痛いほどよく分かった。 (……何でタイヤキ買うのに宝石……? ) 庶民が持てるルビーではない。 身なりは怪しいの一言だが、自分とは違って金を持っているのは間違いない。 そんなに食べたいのなら、換金して買えばいいだけの話だ。 それができないという事は――― (……ま、まさかあいつ……本当に泥棒? もしくは盗掘? どっかからあの宝石をかっぱらうなりして手に入れて、売るに売れなくて――って待て。 それでタイヤキ買うのはおかしいだろ。それにあんな格好で……) 心の中で質疑応答を繰り返すシフォン。 考えれば考えるほど、頭がごちゃごちゃしてくる。 平和な光景の中で繰り広げられる非日常的な場面が、アンバランスすぎてさっぱり分からなかった。 (……うーん……どうしよう・・・・・・) もう一度全財産を確認する。 150エン。 何回見返しても150エン。 屋台に立てかけられた値段を確認する。 150エン。 何回見返しても150エン。 (何かの陰謀かよ、これっ!? ) 何かもう何もかも忘れて走り去りたい気分になる。 もしタイヤキを買えばめでたく無一文。 無職で無一文。 見事に誰もが認める社会のゴミになってしまう。 どうする……? 『……あ、あの……これを……』 そう言ってローブの人は懐からダイヤモンドを取り出して―― 「まてまてまてっ!? ありえないから! ありえないから!! 」 理性より衝動が勝って、ついつい大声を出してしまう。 慌てて口を押さえるが、完全に手遅れだった。 揉めていた二人がピッタリ止まって、公園のシフォンへ思いっきり視線を向ける。 見つめ合う三者―― 「……」 「……」 『……』 「――そこで黙って立ち去らないで下さいよ、お客さーん」 くるりと背を向けて去ろうとするシフォンを、屋台の親父が引き止める。 恐る恐るシフォンが振り返ると、額に血管が浮き出ている親父の顔。 何も言われていないが、シフォンは親父の訴える眼差しで何を求められているかを瞬時に理解した。 逃げたら絶対追いかけてくる―― 嫌な確信を持ったシフォンは泣く泣く屋台へと歩いていく。 「・・・・・・な、何すか一体? 僕、今ちょっと忙しいんですけど」 「このお客さん、アンタの連れでしょ」 「何でそんな確定っぽい言い方するんすか!? 知りませんよ! 」 必死で首を振るシフォン。 関わり合いになるのは真剣に御免だった。 が―――それは屋台の親父も同じ。 「またまた、そんな・・・・・・お願いしますよー」 「何をお願いするんだ、あんた!? 」 「お金払ってくださいよ。お客さんのトモダチでしょ」 「違うって言ってるでしょ!? しかも、ランク上がってるぞあんた!? 」 「たのんますよー」 「断る! お金に困ってるのはこっちも同じ! 」 「そこを何とか」 「何ともならない! 」 「お客さーん、あっしは別にいいんですぜ? お金払ってくれないって、役人様にちょいと願い出ればいいだけですし」 「脅迫する気か!? 客商売のくせに、客を脅さないで下さいよ! 」 「それが嫌なら、ね? 」 「うわーん」 身元不明者に怪しいスタイルの人間一名。 許可を貰って商売に精を出す商い人。 役所が信用するのはどっちか、既に目に見えていた。 「く、くうう・・・・・・はい、これ」 硬貨を差し出した。 大陸統一貨幣・エン硬貨。 文化圏・種族の相違は別にして、大抵の国で使用が出来るお金。 強く握り締められていたせいか、やや汗ばんでいる150エンが手の平の上にあった。 「……タイヤキ、一個なんだよね? この人が買ったのは」 成り行きをおろおろと見守るローブの人を、シフォンは指差す。 屋台の親父は揉み手でもしそうな勢いで頷いた。 「へい、そうでやんす。いやー、ありがとでやんす」 何がありがとうだ、何が。 シフォンは内心呻き声を上げるが、口出ししてしまった以上は仕方ない。 八つ当たり気味に強引に硬貨を握らせて、血反吐を吐く思いでシフォンはこう言った。 「タ……タイヤキ一個下さい」 「へへ、どうもどうも。今後ともご贔屓に」 (絶っ対、来てやらねえぇぇぇぇぇーー! ) 受け取ったタイヤキの袋はとても温かかったが、心と財布は凍え死にそうだった。 to be continues・・・・・・
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