第十三話 「流転」




 
護身とは自分の心身を攻撃から護る行為。

貧弱な体格から生み出される力の弱さゆえに、弱者は攻撃の的になりやすいという不安を抱えている。

強者への恐怖心を随時その身に抱えているとも言えるだろう。

幼い頃、剣の先生が語ってくれた。

強くなる事は心に深く根差した恐怖心を和らげ、自己保存の本能だけでない防衛手段を得るのだと。

こうも言っていた。

強くなる事は時として、非道なる加害者への復讐心を誘発するのだと。





「ふぅ・・・ハァ・・・」


 風雨に包まれた状況下において、戦闘が繰り広げられていた。

一対三。

地面には男が三人転がっている。

殴打されて、気絶した二人の男。

もう一人は流血した左足の太股を抱え、苦痛に喘いでいる。

廃墟と化した建物の入り口で睨み合う四人。

血に濡れた短剣を片手に立ち塞がる少年を前に、三人の男が対峙している。

異様なのは舞台に立つ者達の服装。

少年と男達は真っ赤なローブに身を包んでおり、互いを睨み合っていた。

闇夜の戦闘における観客は誰一人としていない。


(・・・ニーコはちゃんと逃げ出せただろうか・・・・・・)


 ニンファを逃がして、一人戦いに出向いたシフォン。

悠長に相手の出方を待つ程に、肉体的にも精神的にも余裕はない。

入り口付近でたむろしていた者達の中へ突っ込み、攻撃を仕掛けた。

出会い頭に手刀と蹴り。

瞬時に身体の向きを切り換えて、足に短剣を突き刺した。

敵味方の判断も必要ない。

ローブを着ている――ただそれだけで、敵と認識した。


「・・・・・・聖女様じゃない! 攫って行った餓鬼の方だぞ、こいつ」

「身代わりか、くそ」


 シフォンはマスクの奥で笑いを噛み殺す。

間違いない――敵はただの雑魚だ。

腕っぷしはおろか、頭の中身も知れている。

真夜中の風雨の中、ニンファと似たような体格と同じ変装。

ただそれだけで勘違いし、今頃になって正体に気付く。

慣れない戦闘と非日常の世界に怯えている自分だが、震えは若干和らいだ。

一人を残して、二人の男が前に出る。

「聖女様を何処にやりやがった!」


 聖女――ニンファを指し示す言葉。

心の中で吟味しながら、シフォンは意識して硬い声を出す。


「――この家の中で眠らせている」


 追っ手が目の前にいる者で全員だと思いたい。

廃墟を取り囲まれる前に気付き、脱出させたのだ。

裏手で待ち構えていない事を切に願う。

シフォンは廃墟の出入り口の前に立ち塞がり、短剣をかまえた。


「貴様・・・一体、何者だ? 王家の手の者なら・・・・・・」


 ――戦慄する。

胸の中で泣くニンファ。

家族を背にしてでも、友達を助けたいのだと彼女は言っていた。


「くくく・・・あの娘を狙っているのが、貴様らだけだと思ったか?」

「なっ――」


 攫われたニンファの友人の生死は分からない。

だがもし――万が一にでも生きていたならば、自分がニンファの味方だとばれるのはまずい。

ニンファが脅迫状に従わなかった、その認識を敵に与えたくはない。

シフォンは必死で頭を回転させる。

敵の勘違いと認識不足を利用する。 


「ニンファ=シェザーリッヒはこの国の第二皇女。金銀財宝を生み出す卵だ。
皇女は我が"組織"がいただく」


 冷や汗をかきながら、虚勢を張る。

嘘の上塗りだが、連中は頭が悪い上にこちらの正体を知らないようだ。

ニーファの為だと、上擦らないように早口で言いのける。


「儀式の夜に賊の乱入とは・・・・・・どうする?
やはり教祖様の御指示を仰がれた方が――」

「馬鹿を言え。聖女を攫った背信者が目の前にいるんだ。
即刻、神罰を下すべきだ!」


 シフォンのハッタリを、どうやら敵は真にうけたようだ。

戦況は全く変わっていないが、心理面で若干有利には立った。

黙り込んでしまえば、不安になってしまう。

シフォンは何とか情報を得るべく、続きを話す。


「お前達の行動は全て筒抜けだ。愚かな真似をしてくれたな。
――皇女の友人を殺すとは」

「殺したぁ!?
ま、まさか――命令ではまだ殺すなと言っておられたはず!?」


(よ、よかった・・・・・・)


 シフォンは安堵で腰が抜けそうになる。

まだ、ニンファの友人は殺されていない。

ならば、まだ助けられる可能性はある。

こんな単純な誘導尋問に引っかかる者達ばかりなら、この場も切り抜けられるかもしれない。

第三者の架空の敵の存在を匂わせておけば、連中もおいそれと立場をやばくする行動には出ないだろう。

融解したニンファの友人は、敵にとって切り札なのだから。



――その油断が、命取りになった。



『"世界に触れる力かみよ"』


 細く、細く――連なりし声。

雨音に遮断されながらも、それは確かにシフォンの耳に届いた。

詠唱――!?


雷の衣ルナ・ヴォルテット!」

「――っ――――っっ!?」


 一秒にも満たない間。

発動した雷の渦に全身を貫かれ、絶叫すら生温い悲鳴をあげて倒れる。

回避するゆとりも与えられず、シフォンの全身から煙が燻っている。


「敵を前に何を呑気に話し込んでいる」


 見苦しく喚いていた二人の背後から、ゆっくりともう一人が歩み寄る。

ずっと黙っていた三人目だ。


(・・・しまっ・・・・・・魔法使・・・だった・・・のか・・・・・・)


"世界に触れる力"、魔法。

世界を律する根幹を支える法素。

自然の法則に深い干渉を持ち、物理の概念を無視して、理念を超越し、影響を空間に与える奇跡。

魔力を有し、魔法回路を脳裏に描き、現象を構成出来る存在――それが魔法使。

身体に強烈な痺れが走り、大いなる虚脱感に意識まで侵食される。 


「聖女を連れ出し、儀式の邪魔をした罪は重い。この背信者には神に逆らった罰を与える」

「お、おう。皇女も連れ出すぞ」

「丁重に扱え。聖女様だ」

「分かってるよ!」


 ドカドカと無遠慮に近づいてくる足音。

もしも廃墟に踏み入れられ、誰もいないと分かったらすぐ追跡される。


――シフォン様――


泣きそうなニンファの表情が思い出される。


また足を引っ張るのか・・・・・・?


どこでも迷惑をかければ気が済むんだ、僕は。


「・・・・・・ま・・・・・・へ・・・・・・」


 転がった短剣を掴む――――が、取り落とす。

全身が完全に痙攣し、舌が麻痺している。

身体中を巡る神経の隅々に至るまで、活動を停止している。

でも――


「いか・・・・・・せ・・・・・・」


 気持ちだけは、挫けない。

あの娘が逃げ切る時間だけはせめて――


「うるせえ!」

「ガ――!」


 後頭部を無遠慮に踏みつけられる。

痛みを感じないのは幸運か、不幸か。

口の中に地面の泥が入り、咳き込んでしまう。


「偉大なる神に逆らいし愚か者が!
恥を知れ! 恥を知れ!! 恥を知れ!!!」


 後頭部に全体重をかけて踏みつけられる。

何度も、何度も、何度も――

目の奥で火花が散り、額が割れる。

固い地面に激突して、鼻と口からグチャリと砕ける音がした。

靴の硬い踵で最後に強く踏みつけられ、男の声がふりそそぐ。


「貴様如きチンピラが聖女様に触れたかと思うと、虫唾が走るわ!」


――――ッ。


「・・・・・・ふ・・・・・・ふふ・・・・・・はは・・・は・・・・・・」


 こみ上げてくる衝動。

怒りでもない、悲しみでもない。

歓喜でもない、憤怒でもない。

泥と血が混じった口内の中から、乾いた笑いが漏れる。


「何が可笑しい!」


 更なる怒りが噴出したのか、シフォンの側頭部に猛烈な蹴りが入れられる。

耳から血が噴出して、地面に仰向けに転がる。

グチャグチャになった顔が表を向いて――


「・・・ゴホ・・・お・・・・・・前たちだ・・・って・・・・・・同じだろ・・・・・・」

「何ぃっ・・・・・・?」


 感情的な男の声に触発される。

シフォンはボロボロの顔を、無理やり笑みに歪める。


「・・・神だか何だか・・・知らない・・・ッ・・・けど・・・・・・
・・・・・・誘拐・・・犯に・・・・・・説教なんて、されたくないね・・・・・・!」

「貴様ぁぁぁ!!」


 暴発した男の怒りが、力任せに振るった爪先よりシフォンの頬に突き刺さった。

声も出ないまま吹っ飛んで、バウンドして泥だらけの水溜りに転がる。


「背信者が世迷言を!
そんなに死にたいなら――殺してやる!」


 激情に駆られた男は地面に手を伸ばし、拾い上げる。

シフォンはぼんやりとした意識を抱え、その光景を見つめた。

憤怒の表情を浮かべた男が持っているのは――愛用の短剣。

男はそのまま振り上げて――





ザクッ、グサッ





――ニ・・・・・・コ・・・・・・・・・・・





 空っぽの耳に、腹を破る音が聞こえた。

 

























 




to be continues・・・・・・







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