最終話 「停戦」




 
 召還。

空虚な手に握られた確かな感触は刹那力を取り戻し、撃鉄を焦げた指で引き起こす。

撃鉄が作動して落ち、弾丸の底部にある雷管を叩いて火薬が発火し、弾丸が発射された。

発射、発射、発射、発射、発射、発射。

弾倉を空にし、装弾を撃ち尽くしたところで、今度こそ力尽きた。

シフォンの手はゆっくりと地面に落ち、拳銃はポトリと落ちる。


シャーンッ


世界は異端を許さない。

体内に混入した異物を取り除くかのように、役目を終えた銃は脆く割れて消えていく。

残るは静寂。

虚空を飛んでいた黒衣の天使は、悲鳴も上げずに壊れた廃墟の上に急落下した。

シフォンはそれを見届けて、か細い息を吐いた。


(・・・・・・やっ・・・・・・たか・・・・・・)


 確認する術はない。

手足はおろか、指先一本に至るまで、血と火傷でドス黒く染まっている。

戦えたのは奇跡に近かった。

死に物狂いという言葉が、こんなにもピッタリくる状況は珍しい。

あの男は――死んだのだろうか?


(・・・・・・)


 人でないモノであれ、心と身体を持っていた。

存在という概念を根こそぎ奪った。

生死は判断できないが、弾丸は確実に六発相手に的中した。

殺人。

治安の整ったこの国では牢屋入り確実の犯罪である。

正当防衛を主張するのは簡単だが、これはそういう問題ではない。

命を――奪ったのだ――この自分が。

殺されるから殺した。

奪われる前に、奪った。

言い訳が脳裏を満たし、空ろな思考の中に消えていく。

言い訳なんてしない。

正常な思考とは言い難いにしても、自分で決めて自分で実行した。

あの娘を、守る為。

――やめろ。

  己の罪で、あの可憐な姫を汚すな。

シフォンは叱咤する。

最善ではないが、より最善に近い行動を取った。

目の前の脅威だけは取り除けたのだ、罪の意識は後回しにしよう。

途端、血反吐の混じった咳を口から大量に吐き出した。

何より――もうこの身体は死んでいるのだから。


(上出来、だよな・・・・・・?)


 冷たい後悔と、暖かい誇りが同時に押し寄せる。

此処で自分は死ぬことになっても、あの世間知らずのお姫様だけは助かってほしかった。

最後の最後、望みはそれだけだ。


(・・・・・・はぁ)


 今何時だろう、ぼんやりと思う。

憧れていた都へ職を求めて、お姫様と出会い、夜の闇の中を戦い抜いた。

あんな綺麗な女の子に会える機会は二度とないだろう。

こんな死の匂いに満ちた世界になんて会いたくもなかった。

幸運だったのか、不運だったのか。

ニンファが逃げ切れるかどうかはもう祈るしかない。

祈りを捧げる神様は今日、この手で手放したが。


(――そういえば)


 億劫な意識を振り絞って、顔を横向ける。

もう其処に、死神を葬った武器はない。

無我夢中だったが、あの武器は結局なんだったのだろう?

不思議だった。

世界に怒りを感じ、絶望に歯軋りした。

涙ながらに世界に奇跡を期待した自分を罵倒し、己のみに祈りを捧げた。

内面。

自分だけの世界。


――果てしない大海原が広がっていた。


自分に出来たのは、その水滴をすくうだけ。

水滴は手の平に浸透し、情報を伝える。

瞬間濃密な感触が手に宿り、気付けば手の中にあった。

あんな武器はこの世界の何処にもない。

剣や弓とは違うー―魔法の道具ですらない、未知なる武器。

使用方法も、その存在理由も、武器が教えてくれた。

あれは一体・・・・・・


"自身で理解もせぬ内に使用するな、たわけが"

「だっ!? だげぁ・・・・・・・」


 火炎が生み出した熱気を豪快に吸引した為、喉は焼け付いていて声も出せない。

喉から発する激痛に、のた打ち回る。


"フン、いい気味じゃ"

(何だ、何だ!? 僕の――頭から声が!?)

"・・・今になって我の存在に疑念する汝が、不思議でたまらぬ"


 首だけ動かして周りを見るが、闇夜と豪雨で何も見えない。

だが少なくとも誰かが立っている様子はなく、何よりこの声は耳から聞こえない。

思考の奥――心の源より妙齢な女性の声が聞こえる。

言われてみれば、先程から何か聞こえていた気がする。


(あ、あんた――誰だ)

"人間如きに、何故我の名を名乗らねばならんのじゃ"

(じゃ、いいや)


 そのままシフォンは目を閉じて――


"き、貴様! 何じゃその態度は!?" 

(だって聞くなって言ってたから)

"普通は怪しいとか思うじゃろう!"

(でも僕、猛烈に眠くて・・・・・・)

"こ、こら!? そんな身体で意識を失えば、あっという間に冥府へ落ちるぞ!
気をしっかりもたんか、この未熟者!"

(・・・・・・ぅ・・・・・・)


 疲労は極みに達している。

身体は無事な個所のほうが少ない。

支えているのはか細い意思だけである。

そして今、その光も消えようとしている――


"しっかりせんか! 汝が死ねば、我も死ぬ!"

(・・・・・・え?)

"汝が我を取り込んだのじゃ。自分の取った愚かな所業も覚えておらんのか!
貴様が飲んだ封印の中に我がいたというのに"

(封印・・・・・・? 飲んだ・・・・・・?)


 薄っすらとした意識がか弱く拒否の意を示そうとした時に、不意に脳裏にひらめく。

飲んだ?

その言葉で、思い当たる節があるのはあの時しかない。


(まさかあの瓶!?)

"知らずに飲んだのか、この馬鹿もの!

我と汝の魂は既に溶け合っている。
二つで一つの魂。生と死を共有しておるのじゃ。
――知らずに記憶の海より召還を行えたのは、本能ゆえか。
それとも・・・・・・あ、こら!"


(・・・・・・)


"貴様――死ぬな!"


・・・・・・死ねって・・・・・・言ったくせに・・・・・・


死の淵で、シフォンは薄く笑う。


(・・・・・・)


 末端から感覚が消えていく。

視界が白く濁り、呼吸が小さくなっていくのを自覚する。

いよいよ、か・・・・・・


(・・・・・・ニーコ・・・・・・アイナ・・・・・・)


"シフォン!"


 シフォンはそのままそっと・・・・・・眠りについた。









 




 
 少年の戦いは終わり――少女の戦いが今、幕を開ける。


























 




to be continued・・・・・・







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