第一話 「捜索」




 
 世界は、広い。

物語はおろか、現実でも当たり前のように認知されている事実。

混沌とした数多の種族と生命、文化と分立を内包する巨大な空間。

世界。

言葉にして容易く、完全なる意味を理解し得る者はこの世にいない。

その世界の一端を、朝焼けの眩しさの中で彼女は目にした。


「・・・・・・」


 シェザール国皇都アクアス。

シェザール城が栄えある都の中央にそびえ、美しき建築設計の元大きな建物が並んでいる。

旧区画・新区画と二分されているこの都は、芸術と文化の都と近隣諸国に名高い。

人口数の多さは無論のこと、戦争の無い平和な現在において各国からの流通も活発だった。

正門からは綺麗に舗装された道は彼方まで続いており、朝から露店が並んでいる。

見事な大都市だった。


「・・・・・・此処に、兄さんがいらっしゃるのですね」


 旅行鞄を手に、シックな服装を着こなしている一人の少女。

健やかな朝日を浴びて、美しく彩られた赤い髪がそっと揺れている。

澄み切った表情は純真さを魅力的に演出しており、白い肌が透明な日光に反射して光っている。

沢山の人々が行き交うこの皇都に、決して見劣りしない綺麗な女の子だった。

彼女は空を見上げる。


「待っていて下さいね。すぐに、会いに行きますから」


  シフォン・ノーブルレストの愛妹アイナ・ノーブルレスト。

彼女の、初めての都の一日が始まる。









 




 
 事の起こりは兄の手紙から始まった。

実家に届いた一通の手紙を、父の目から逃れるように引き取って熱心に読んだ。

責任逃れの現実逃避な文に、即座に破棄。

差出人からの住所は無く、手掛かりは殆ど無い。

されど、実家にいれば父の愛人にされてしまう。

選択肢は無く――いや、むしろ自ら望んでこの選択を掴んだ。

兄を追う旅。

手紙が届いたその日から出発。

捕まえて、たった一人の妹を見捨てた兄を懲らしめる。

彼女には唯一の目的と――唯一の想いを胸にひめていた。

身の回りの品を処分し、彼女は皇都へとやって来た。


 
さて。

 
 無事到着したのはいいが、何しろ都は広い。

実家のある街も広かったが、この都に比べれば天と地の差がある。

目的も無く歩き回っているだけでは、何日かかっても見つからないだろう。

彼女は考える。

家出後の兄の行動の分析と、思考の行く先。

財も身分も持たぬ未成年が気軽に生きて行けるほど、世界は甘くない。


「兄さんのことです。
意気揚々と都に辿り着いて、探検の繰り返し。
気付けばお金が減っており、さあ困ったと――職を探すはず」


 
 ――そんな経緯で、此処職業安定所へとやって来た。


 
「これが兄です。御存知ありませんでしょうか?」

「はいはい、覚えているよ。
この子、今朝一番のあたしの相談相手だよ」


 受け付けで似顔絵を受け取った途端、パーマの受付員が気さくな笑みを浮かべて頷く。

アイナは目を見開いて、カウンターから身を乗り出す。


「兄が、今日此処へ!? 本当ですか!」

「そうだよ。この子、我侭ばっかり言ってさ・・・・・・なかなか手強い子だったよ。
何だいあんた、妹さん?」

「はい、シフォンの妹でアイナと申します。
兄がご迷惑をお掛けした様で、誠に申し訳ありませんでした」


 礼儀正しく一礼する少女。

整った容貌も手伝って、今朝から職業安定所の職員の目を惹いている。

中年の受付員も目を丸くする。


「いやいや、お嬢ちゃんが謝る事じゃないよ。
あたしだってこれが仕事だからね」

「そう言っていただけると救われます。昔から我侭で口ばっかりな兄でして――」


 少し、しんみりする。

思い出されるのは快活な笑顔を浮かべる兄の姿。

勉強中でもかまわずに遊びに連れ出され、振り回された。

迷惑に思ったことも沢山あった。


「でも、根は真面目な部分もあるんです。
御迷惑をおかけしておいて失礼かもしれませんが、兄の御仕事の御紹介・・・・・・宜しく御願い致します」


 真摯に願うアイナ。

丁寧な口調も、必死な様子で頼み込む姿勢からも兄への思い遣りが伺える。

その健気さは、周囲の涙腺すら緩めてしまった。

待合室に並ぶ無職相談者も皆、長々と話すアイナに何一つ非難の目を向けない。

むしろ無職で困り果てる兄を持つ妹に、同情と同じ無職の我が身に涙すら浮かべていた。



「お兄さん想いなんだね・・・・・・大丈夫だよ。 一度相談をされた以上、最後まで面倒を見るのが此処の慣わしってもんさ。
この仕事に従事して二十年、半端な真似はしないさね」


 気風の良い受付員のおばさんだった。

苦笑いする同僚の様子から見ても、信頼は置ける人物なのだろう。

アイナも宜しくお願いします、と改めて頭を下げた。


「あんたが妹さんなら丁度良かった。お兄さんの経歴を少し聞かせてほしいんだけど」

「経歴、ですか?」

「そう。――聞けば、訳ありだそうじゃないか。
こんな可愛い妹さんをほったらかしにしてるんだ、余程の事なんだろうけど感心はしないね」


 アイナは心の中で納得する。

家出をした以上、もう二度と家名を利用するつもりは無いのだろう。

名前は名前、ただそれだけ。

一人の男として生きる選択を、兄は選んだのだ。

住所や家庭環境は一切不明にし、あくまで我が身だけで今後も立てていく。

兄らしいが、それでは受付員が困るのも無理は無い。

学歴や職務経験が就職の上で目安となる。

両方無い身元不明者を雇う者など、おりはしない。

融通の利かない兄に溜息を吐くしかない。


(だから、しっかり勉強や鍛錬を積み重ねてくださいって言ったんです。
遊び歩いているから、今こうして困る羽目になるんじゃないですか! 
もう・・・・・・やっぱり私が傍にいて、しっかり監督しないと)


 使命感に燃える妹だった。

話を聞くだけでも、兄が現実に路頭に彷徨っている。

早く見つけ出さないと、世の中に悲観して暴走するかもしれない。

兄は感情の波が激しい。

やる気を出せば途方も無い集中力を発揮するが、落ち込むととことん落ち込む。

現実の厳しさに逃げて、呪われでもしたらたまらない。

お腹が空いて、万引きなどの非行に走っても大変だ。

考えれば考えるほど、アイナの危機感は積もっていった。


「私で良ければ、お答え致します。
ですから兄さんの就職の件、宜しくお願いします」

「任せて。今、書類用意するから」


 必死な顔でお願いする妹に、受付員は微笑ましく対応してくれた。

ついでにアイナの職先も案内してくれるとの事で、彼女も相談対象となる。

その際の事情説明からまず入る。

身元は変わらず不明にするしかないが、シェザ−ル国出身だと報告。

年下の未成年なので保証人にはなれないが、緊急時の引受人に申し出た。

落ち着いた姿勢で受け答えするアイナに、受付人はますます好感を抱いた。


「故郷から一人、お兄さんを探しに? 偉いわね」

「いえ、いたらぬ兄の世話が私の務めですから」

「お兄さん、都には何のあてもないって言っていたけど・・・・・・貴方も?」

「はい。私の家族は兄一人です。
兄妹、力を合わせて生きていくつもりです」


 未成年二人が身寄りもなく生きていくには、この都は甘くない。

就職相談の窓口を長年勤める四十代に差し掛かった受付員には、嫌と言うほど痛感させられている。

現実は厳しく、貧富は無くならない。

それでも、この目の前の少女に悲嘆はない。

たった一人の兄を大切に思い、されど甘えず生きていこうとする気概に満ちている。

静かな表情に乗せられた生命力、それがこの少女の魅力を惹き立てていた。

そっと微笑み、受付員は書類を広げた。

個人的な思い入れは立場上許されないが、便宜を図るくらいはいいだろう。

何とか力になってあげたかった。

まず就職口を共に世話をする意味で、受付員は個人面談を行う。



 

 
「年齢は?」
「15歳です」
「学歴は?」
「中等部卒業ですが、認定を受けています」
「まさか――特殊認定?」
「はい、高等部の教育課程も修了しています」
「資格は?」
「・・・・・・父の方針で、認定試験の許可を得られませんでした。
今年十五歳になりましたので、第三種を取得するつもりです」
「魔法は使えるってことかい?」
「攻撃魔法を中心に」
「召還は?」
「出来ません」
「武器の経験は?」
「棒術を少々たしなんでいます」
「身元はお兄さんと同じく申告は・・・・・・」
「はい、申し訳ありません」
「種族はヒューマンだね。精霊はいないのかい?」
「精霊の祝福は受けておりません」
「天使・悪魔・エルフ・ドワーフ・ホビット・巨人・竜族に知り合いは? 」
「おりません。私は兄さんがいればそれでいいです」

 

 
 しっかりと記載し、少女の履歴を登録する。

身元が不明の未成年は正直就職先はなかなか無いが、アルバイトなら何とかなる。

この少女の際立った外見と、落ち着いた内面なら務まるだろう。

書類をまとめて、受付員は顔を上げる。


「お兄さんを探しているなら、役所を訪ねてみるといいよ」

「役所、ですか? しかし私は・・・・・・」

「訳ありだって言うんだろ? 大丈夫さね。
こう見えて、アタシは結構顔が広いんだよ」

「・・・・・・?」


 今一つ事情の分からないアイナに、受付員は少し得意げな顔を見せた。


























 




to be continued・・・・・・







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