第二話 「役人」




 
 シェザール国の皇都アクアスは近年爆発的な発展を遂げている。

皇主ザムザ・シェザーリッヒの国政の一環における、諸国との積極的な国交を図った。

繁栄する都市に夢を抱いた若者が惹き寄せられる。

国の領域を超えた交流は、皇都アクアスは芸術と文化の都として更なる発展を招いた。

だが、人口の増加は必ずしも良い面ばかりを見せるとは限らない。

国家間の文化の違い、若者達の溢れるエネルギーは時に事件を生み出してしまう。

国の発展には避けられない問題だが、シェザール国には些少な壁でしかなかった。

旧体制の根強い階級差別は今だ残るものの、皇主ザムザ・シェザーリッヒが行った人材育成がその禍根を摘み取る。

続々と国を支える逸材が生まれ、治安を維持する組織が誕生する。

膨大な広さを誇るアクアスには、都市の平和と安全を守る"治安維持局"。

それぞれの区域に駐在所が設けられ、人員が常時置かれている。

兄の行方を追うアイナが紹介されたのはその駐在所――旧区画第一役所であった。









 




 
 正直に言えば、遠慮はしたかった。

捜索は自分一人の務めであり、薄情な兄を捕まえて人生と最愛の妹の大切さについてを話し合いたかった。

兄と自分は家を捨てた身の上。

新しい人生を二人で送っていく上で、役所の世話にはなりたくない。

未成年の家出を知れば、最悪故郷へ送り返されてしまうかもしれない。

それだけは絶対に避けなければいけない。

自分を見捨てた兄を罵倒するつもりだが、共に家へ帰る事は生涯ない。

兄の意思を尊重した上で、自らの庇護下に置くのが一番良いと思える。

国を頼るつもりはなかった。

遠回しに拒否の意思も見せたのだが――


『ほんと、慎ましい妹さんだね。お兄さんを大切にしてあげてね。
大丈夫、何時だって力になってあげるから』


 ――ありがた迷惑を拒否出来ず、紹介状と地図を持たされて此処まで来させられた。

大勢の人々が往来する歩道を歩き回り、慎ましい家々の前を渡って、この旧区画第一役所に辿り着いた。

新区画からやや離れたこの地域は、どちらかと言えば庶民的な建物が目立つ。

午前から午後へと移行する時間帯ゆえか、調理の煙が幾つか見え隠れしていた。

そんな中立っている役所はこじんまりとしていて、その名の通り役所であった。

二階建ではあるが、多くても十人以上は居ないだろう。

話が大袈裟にならずに済みそうだが、この都市の何処にいるかも判別出来ない行方不明者を取り合ってくれるのだろうか?

アイナはやや困った顔で立ち尽くす。



役人に頼りたくはない。
親切にしてくれた受付員さんの好意を踏みにじりたくもない。



相反する思いの激突は――目的を重視に昇華された。


「兄さんを見つける、それを一番に考えないと」


 今頃路頭に迷っている兄を思うと、胸が締め付けられる。

可愛い妹を薄情にも見捨てた兄への怒りと、見捨てられた悲しみが生む兄への思慕。

絡んだ糸は複雑な経路を辿って、未成熟な女の子の心をかき乱す。

ぎゅっと手を握り、決然とした顔で役所の出入り口を潜った。


「あの、もし――」
「いらっしゃいませー!!」


 バタバタ、ガシャン、ウワーン痛いー、ドンドンドン


 役所の一階は手狭だった。

老朽化されたカウンターを区切りに、幾つかの事務机と使い古された書類棚が並んでいる。

物音と悲鳴はその奥。

恐らく簡易の洗面所であろう扉から出て、痛そうに鼻を撫でる職員が出てきた。


「お、お待たせ致しましたぁー! ようこそ、第一役所へ!」


 にこにこ笑顔で応対の役人さん。

年頃は十代後半といったところだろうか?

薄紅色の髪をリボンで可愛くお団子に結んでいる。

元気印が明るい表情に魅力的に映えており、笑顔のよく似合う女の子だった。

堅苦しい役人の制服姿がアンバランスで、通常装備の携帯がむしろ重そうだった。


「管轄下における苦情・お悩み・御相談等ありましたら、二十四時間受け付けておりますよぉ!
あ、アタシの定時は六時なんですけどね、えへへ」

「……」


 確かに、お役所めいた雰囲気は苦手なのは認める。

だからといって、市民を守る役所がスマイリーなのもどうだろうか。

他人事ながら、アイナはこの都の治安について思い馳せてしまった。

早く用事を済ませて出よう。

アイナは紹介状を出して、



「職業安定所のミアリー様より紹介状を携えてまいりましたアイナと申します。
ミフレ・ウオンクリーナ様に御相談がありまして」

「ミフレはアタシですよ?」

「え……貴方が……?」


 確認というより、そうであって欲しくはないというささやかな抵抗。

現実は非情だった。

ハイ、と元気良く手を挙げる。


「ミアリーおばさんとは茶飲み友達なんですよぉ。
巡回の途中によく美味しいお茶とお菓子をご馳走してくれるんです。
あ、えとえと、このこと内緒にしててくださいね。また減給になっちゃうので」


 小さな人差し指を口元に当てて、シーッと小声で初対面の人に口止めする役人。

自らの判断を誤り、アイナは兄の捜索に一歩出遅れてしまった事への後悔に苦しめられた。 









 




 
 お悩み相談室と呼ばれる部屋に通される。

他に役所を訪ねている人間はおらず、現在役所内に居るのは三名。

もう一人の職員に受付を頼み、ミフレはお茶を汲んでアイナを暖かく応対する。

話に聞くとミフレともう一人の職員で、役所の留守を預かっているという。


「二人で大丈夫なのですか?」

「無理ですよ、そんなの。ひどい話だと思いませんかぁー!?
朝から緊急の収集とかで、うちの人員駆り出されたんですよぉ」


 ミフレの話によると、通常三勤交代制で役所にも最低数名駐在しているという。

事件を対応する上で最低限人員は必要だが、今日に限って二名のみ残されたとミフレは話す。


「緊急……? 何かあったんですか?」


 当たり前だが、治安が良くても事件が無くなるわけでもない。

この都市に人間が居る限り、人が人として生きていく限り、どうしても事件は起きる。

緊急時に対応すべく、役所に人が居なければ始まらない。

二名のみなど、異例中の異例だ。

つまり――それだけの異常事態が今起きている?


「うーん、市民の皆さんに話してはいけないんですよぉ……守秘義務がありまして。 それに下っ端のアタシも詳しくは…」

「当然ですね。失礼致しました」

「でも、こそっとだけなら教えちゃいますぅ」


 礼儀正しく垂れた頭を、がくっと揺らしてしまう。

あっさりと前言を覆す少女に、アイナは難渋混じりの苦笑を浮かべた。

大問題である筈なのに、明るい少女の雰囲気が空気を緩和させる。

ソプラノ声で、ミフレが顔を寄せて話す。


「あのあの、実をですね……

国家の重要人物が、行方不明になっちゃってるみたいなんです。

今必死で捜索しているみたいで……」

「行方……不明?」


 行方不明の兄、そしてもう一人。

ありえない繋がりと、重ねられた一つの単語。

アイナは胸の奥が重くなるのを感じた。


























 




to be continued・・・・・・







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