第三話 「行方」




 
 普通なら結びつく筈も無い二つの事件。

アイナの兄の失踪と国家重要人物の行方不明。

旧区画の小さな役所の人員でさえ駆り出されるほどの人物――恐らく、貴族か王族関係者だろう。

繁栄を遂げる国の皇都で何かが起きている。

兄が居るであろうこの都市で――


「・・・詳しくお聞きして宜しいでしょうか?
機密に触れる事でしたら、この質問は忘れて下さい」


 簡単にでも、民間人に漏らしてしまえば規則違反になる。

一介の役人にすぎないミフレなぞ、懲戒免職処分を受けるやもしれない。

追求するのは彼女に申し訳ないが、聞いておきたかった。

厳密に考えれば、兄と結ぶ接点は欠片も無い。

位の高さを話だけで比較しても、家を飛び出した未成年と関連性を見出すのは不可能だ。

常識的に連想出来る範囲ではない。

分かってはいるのに――何故? 

ミフレは気にした様子も無く、首を捻る。 


「アタシからお話したので、気にしないで下さい。で、でもでも、内緒でお願いします。
そうですね・・・・・・私も下っ端なので、上からの情報なんて届かないんですよー。
今の話だって、必死で噂を拾ってのことなので。

でも・・・・・・あ、これはちょっと信頼性のある話なんですけど――」


 ぐっと乗り出して、アイナに耳打ちする。


「――カリナ様が、この捜索に関わっているそうなんですぅ」

「カリナ・・・・・・あの"戦姫"が――」


 シェザール国第一皇女、カリナ・シェザーリッヒ。

この国に繁栄をもたらした皇の血を受け継いだ姫。

秀でた剣術と麗しき美貌に恵まれた才女。

若いながら国政に携わり、父の優れた右腕として卓越した能力を発揮している。

縁談が絶えないともっぱらの評判で、国民に愛されている皇女だ。

考え込むアイナに、ミフレはパタパタと手を振る。


「あはは、そんなに悩まないで下さい。大した事ありませんよ、きっと。
安心して下さい!
この国の未来は、アタシ達が守りますから!」


 にっこり笑って、何故かピースサインまで掲げるミフレ。

事の重大性を何一つ分かっていないのに、自信満々。

快活な明るい笑顔に、何処か兄の面影を感じさせる・・・・・・

アイナは思わず苦笑を浮かべる。

シェザール国の皇女と兄――二人がどのような形であれ交差するとは考え難い。

例え父が地方の領主であったとしても、兄が憎しみさえ抱く父親の名を利用するとは到底思えない。

それに父の代になって、領主としての威容も権威も失墜している。

領民には疎まれ、息子や娘にまで見限られた親だ。

そんな父親の権力でコネを作るより、無職で毎日お腹を空かせるのが兄だ。

就職斡旋所で困り果てた顔をしていた人、それが兄さん。

私の――兄さんだ・・・・・・

兄の行方の手掛かりが掴めないがゆえに、少し焦りが生じているのかもしれない。

国にとって重大な人探しなのかもしれないが、自分には関係は無い。

兄を見つける、それが最優先事項。

アイナは首を振って、不安を追い払った。

――何度も、何度も。忍び寄る不吉な影を追い払う。

関係ないのだと、兄には関係は無い。





関係・・・・・・ないですよね、兄さん?





「うーん、そこまでびっくりして下さると、アタシも話した甲斐がありましたよぉ」


 お団子頭を明るく揺らして、ミフレがアイナの反応を待つ。

とても重要機密を簡単に漏らしたのを、後悔する態度ではない。

本当にこの人に頼んで大丈夫だろうか・・・・・・?

改めて心配になるが、世の中には社交辞令というものがある。


「――ええ。本当に、驚かされましたわ。
まさかそのような事件がこの都に・・・・・・」

「ですよね! でもでも、まだ本当かどうかは分からないんですよー!
なのでなので、この事は内緒にしておいてくださいね」


 ――なら、話さなければ良いのでは?

心の中で反射的に出た疑問を、そっと胸の内に沈める。

そんな事を言いに、この役所に来たのではない。

国家存亡に関わるかもしれない事件だろうが、誰が消えようがどうでもいい。

今も職も無く広い都を彷徨っている兄を、見つけなければいけない。

一刻も早く見つけて――安心したい。

話の都合上ミフレの申し出に頷き、アイナは口を開く。


「貴重なお話を聞かせてくださって、ありがとうございます。
それで――私の用件なのですが」

「あ――そ、そそ、そうでしたね! ごめんなさい!
アタシばっかり夢中になっちゃって」


 大仰にぺこぺこ頭を下げるミフレに、アイナは軽く首を振って応える。

何か返答すると、まだ話が逸れそうなのを察しての対応。

見た目通りの元気なのは結構だが、出世は望めないタイプのようだ。

ミフレは恥ずかしそうな顔をして、相談室のテーブルに書類を広げた。

そのままペンを手に、ミフレは制服の襟を正す。


「御待たせしました、御悩みを聞かせて下さい。
痴漢や変態の類でしたら、尚の事アタシを頼って下さい!
アタシ女ですから、どんな相談でも驚いたりしません!!

でもでもほんとお綺麗ですね、はぅぅ・・・・・・お肌スベスベだぁー」

「・・・・・・この場合、セクハラで訴えるべきでしょうか・・・・・・?」


 手をニギニギしているミフレを前に、アイナは深い溜息を吐いた。









 




 
「おにーさんのおめめはどんな感じですか?」

「そうですね――優しい光を放っている、温かい瞳をしております」

「熱い目・・・・・・お鼻は?」

「ぴんと筋が通っていて、とても素敵です」

「筋のある鼻・・・・・・お口は?」

「少し子供っぽさはありますが、笑顔がとてもよく似合っているんです」

「笑う口、と」


 一枚の画用紙に真剣に取り込む役人と、幼い思い出に浸る民間人。

異色な気配を放っているが、当人達は大真面目である。

まず、身内の捜索願いを申し出。

シフォン=ノーブルレスト、アイナの妹であり大切な家族。

本来捜索願を申し出る時には、きちんとした事情説明が必要となる。

当たり前だが保護した後、身内に引き取りを願わなければいけない。

その際捜索者が未成年ならば、当然保護者に来てもらう必要がある。

アイナが役人に願い出るのを執拗に躊躇ったのも、この辺りに原因があった。

兄も妹も家は捨てた身。

万が一地方領主の身内であると判明すると、政治が絡んでくる。

好色ばかりが際立つ無能な領主だが、父親だ。

自ら断絶を誓った以上、もう干渉されるのは避けたかった。

そんなアイナに、ミフレは便宜を図ってくれた。

事細かな事情聴取を避けて、アイナに話し易い雰囲気を作る。

あの受付員の紹介とあって、ミフレは融通を利かせてくれた。

規則違反にならない程度に気を使ってくれているらしい。

特に不甲斐ない兄をどれほど心配しているかを話すと、


『・・・ぐしゅっ・・・・・・可哀想、可哀想でしゅね・・・・・・うぐ』


 上辺ではなく、本当に泣かれてアイナは目を丸くする。

都を守る役人としては大いに問題はあるが、正義感と心情は何より素直らしい。

アイナはほんの少し、ミフレに好感を抱いた。

流石に訳ありの捜索願いを本局に通せないので、ミフレが単独で調査してくれる事となった。

その際に必要として、今現在シフォンの似顔絵を描いているのだが――


「髪型は?」

「私がよくお手入れしていたんです。兄さん、いつも乱れても切らなくて・・・」

「荒れる髪・・・・・・耳は?」

「あ――思い出しました。
兄さんって耳元をくすぐると、いつも過敏に反応するんです。うふふ」

「甘噛みが弱点、と――」


 ――重ねて言うが、本人達は至極真面目である。

そのまま数十分間質疑応答が続き、めでたく描き上がる。

ミフレは鼻歌を歌いそうなご機嫌な笑顔で、画用紙を広げた。


「じゃーん、お探しのシフォンさんです!
そっくりでしょ、そうでしょ?」


 熱い目――両目が真っ赤に燃えている。

筋のある鼻――縦線が一本。

笑う口――耳元まで歪んでいる唇。

荒れる髪――怒髪天の名にふさわしい黒髪。

甘噛みが弱点――何故か犬が耳を噛んでいる。


総合すると――とりあえず、ギリギリで人類と言えるかもしれない。


「・・・・・・」

「えへ、図工は得意なんです」


 その言葉に、アイナはにっこり笑って、



ビリビリビリビリビリッ



「あぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

「真面目に描いて下さい!」


 悲鳴をあげるミフレに、アイナは初めて兄以外に怒りの感情を吐露した。









 




 
 結局、アイナが自分で描いた。









 




 
 事情聴取が長引いている内に、午後の時間帯へ突入していた。

アイナの繊細なタッチで描かれたシフォンの似顔絵を受け取り、ミフレは頭を下げる。


「今人手不足ですぐに捜索に乗り出せないんですぅ、ごめんなさい。
でもでも、絶対にお兄さんは探しますから!」

「大変な御仕事である事は理解しているつもりです。
・・・兄のこと、宜しくお願いいたします」

「任せちゃって下さい! アイナさんが心配してるぞ、って叫んじゃいますから!」

「そ、それはなるべく控え目で・・・」


 とは言うものの、アイナは自分一人で探すつもりではいた。

ミフレの熱意は本物だろうし、彼女なら真剣に探してくれるだろう。

だが、なるべく自分の兄は自分で見つけたい。

これからは兄と共に生きていく――

その決意を揺るがせたくは無かった。

兄を見つけるのが第一なのでこうして願い出はしたが、ただ待っていられる性分ではなかった。

丁寧にお礼を述べて、アイナはミフレの見送りのもと役所を出る。

見栄えが良いとはお世辞にも言えない小さな事務所の前で、ミフレは尋ねる。


「連絡先が決まれば、教えてくださいね。
えと、宿泊先は――」

「ホテルに長期滞在するお金もありませんし、安い宿場を探すつもりです」


 広い都では貧富の差が生まれ、同じ都でも階級の差がどうしても出てしまう。

豪華なホテルがあれば、個室も無い安宿も存在する。

役人として都の事情を知っているミフレは、顔を曇らせた。


「あんまりお勧め出来ませんよぉー? 安宿に女性一人はちょっと――
アイナさんって美人さんじゃないですか。
ああいう所ってガラの悪い人とかいますしー」


 貧富の差が必ずしも人間性すら決めてしまう訳でもないが、宿泊費が安いと色々な人間が集まる。

特に安宿は品位を売りにはしていない所が多く、チンピラ紛いの人間も泊まりに来るのだ。

何も知らずに宿泊し、迷惑を被ったと役所へ訴え出る観光客もいる。


「ですが――」


 ミフレの心配は理解出来るし、思い遣ってくれるのは嬉しい。

しかしそう言われても、アイナに手持ちは少ない。

都に頼る人もおらず、未成年でも一人で生きていかねばいけない。

悩みこむ二人だが――


「た、大変だー! 誰か、誰かー!!」


 ――役所に突然駆け込んで来た一人の男に遮られる。


「あれれ? はいはい、ちょっと待ってくださいね」


 まだ年若く、地味な服装に汚れたエプロンを着た男――

アイナに目で謝り、ミフレは男の傍へ駆け寄る。


「どうされましたかぁ? 落ち着いて話して下さい。
深呼吸です、はい。すーはーすーはー」

「って、あんたがしてどうすんだ!!
フゥ・・・・・・はぁ・・・・・・た、大変なんだ・・・・・・

露店道にま――魔物が!!」

「「魔物?」」


 ミフレとアイナが合わせて、驚きの声を上げた。

























 




to be continued・・・・・・







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