第四話 「魔物」




 
 ミフレ・ウオンクリーナは、旧区画第一役所に所属されて一年の新人だった。

この都で生まれ育ち、平和で明るいこの国に愛国心を持っている。

彼女にはその小さな胸に理想像が存在していた。

シェザール国第一皇女カリナ・シェザーリッヒ――

賢王の血と才を受け継いだ皇女。

自国を心から愛し、卓越した頭脳と凛々しき剣を掲げて国を守る。

年に一度の生誕祭で拝謁したお姿に心を奪われ、憧れを抱いた。

同じ女でありながら、この絶対なる差。

正から負――綺麗な憧れから醜い嫉妬へ変化しなかったのは、ミフレの持つ前向きな思考ゆえか。

軍役の無い平和な国で軍人となるより、平和な国を守る力となるべく役人になった。

まだまだ未熟で、中央から外れた役所に従事しているが、彼女なりに毎日を懸命でいる。

そんな彼女の担当区域に、あろうことか魔物が出現したと言うのだ。


「それは本当ですか!? 大変です!? 非常事態です!?」

「…落ち着いて下さい…」


 小柄な体格でありながら、男を失神しかねない握力で胸倉を掴むミフレを引き止める。

仕事熱心なのはいいのだが、情緒不安定ではいざという時頼りにならない。

渋々男の背中を擦ってやりながら、落ち着いた様子でアイナは尋ねる。


「こんな人の多い都の中で、本当に魔物が出現したのですか?」


 魔物が人間を襲う話そのものは珍しくも無い。

魔物は形態や環境で多種に渡るが、人間を糧とする魔物もいる。

血肉を好む種族、魔力を貪る種族、魂を吸収する種族。

中には有り余る精力を持ち、人間の女に無理やり生殖行為に出る種族も多い。

反面高等な知能を持ち、人間と共存する種族もまた存在する。

魔物を一言で定義するのは不可能だが、人を襲う種族が街中を襲う例は少ない。

理由はいたって簡単で、人間が警戒している為だ。

知性の少ない野蛮な魔物が人里を襲撃するケースもあるが、件数は決して多くは無い。

何より此処はこの国最大の皇都。

都を守る警備の数は周辺を含めて多く、パトロールも万全である。

外部からの侵入は容易ではなく、突発的に発生でもしない限り、人民に被害が出る前に即座に抹殺されている筈である。

アイナの疑問に、男は血相を変えた顔で怒鳴る。


「嘘なんかついてねえよ!
汚いフード被って誤魔化してたけど、こーんな角を生やしてやがんだ。
早く追っ払ってくれよ!」

「角を生やす魔物……」


 アイナは考えるが、特定はしきれなかった。

魔物についての知識は相応だと自負しているが、角を生やした魔物は多い。

ただ……気になる点が幾つかあった。


「どういった被害があったのですか? 見たところ、貴方は御無事のようですが」

「俺は見掛けて直ぐ此処に――アンタ、誰だ?
役人じゃないみたいだけど」

「……」


 男に指摘されて、途端に押し黙る。

見知らぬ男に素性を話す事への心理的なブレーキが働いたのもあるが、興味本位で追求する愚を避けた。

関わり合っている暇は無い。

一刻も早く兄を見つけ、保護しなければいけない。

たった一人の家族である自分が、彼の傍でしっかりと面倒を見る必要がある。

確かに気になる一件だが――


――そこで気付いた。


「ど、どちらへ行かれるのですか!?」


 ほんの少し注意を逸らしたその時に――遠く離れて消え行く小さな人影。

思わず大声で呼びかけると、輝きに満ちた目で振り返ってくる。


「何してるんですかぁー、アイナさーん! 魔物が出たんですよ、魔物が!
助けに行かないとぉ!!
先行っちゃいますから、直ぐ来てくださいねぇーーー!!」


 そして、本当にそのまま走って行ってしまった。

被害内容も、現場の場所も全く聞かずに。

何が起きてどうなったのか、事前対策を練る暇も無いまま向かって行ってしまった。

――取り残されたアイナと被害者の男。


「…大変だな、あんたも」

「…お気遣い、ありがとうございます」


 似たような者同士、似通った気持ちで互いに溜息を吐いた。





ミフレが泣いて戻ってきたのは、十分後の事である。













 都の総人口は大規模で全体の安全を確保するのは一役所では到底不可能であり、分担はされている。

旧区画第一役所の管轄はさほど広いとは言えないが、商店区がある為重要度は高い。

別名貧民街と揶揄される、貧困な人々が売買する露店の集まり。

清潔とはかけ離れた店舗だが、貧民達には生活の支えとなっている。

急行するミフレに、渋々付き添うアイナ。

男の案内の下、駆けつけた先は―――沢山の群集。



「アレって噂の――」
「ああ。あの寂れた教会に引き篭もってる――」
「怪しい宗教に手染めて――」
「気持ち悪……」
「やだー、怖いよー」
「ビョウキ移されたら――」
「絶対関わらない方がいいって――」
「何で、あんなのを放置しておくんだよ国は」
「出てけよなー私達までビョウキに――」



   遠目だが、取り囲んでいるのは一目瞭然だった。


(取り囲む…? 魔物を…?)


 人に危害を加える魔物を、ただの都民が包囲出来ている。

不思議な事実に首を傾げながら、ミフレの後方を歩む。

事態を静観するのが一番。

無難な判断したアイナは、この目の前の正義の役人に何もかも任せることにした。


「みなさーん、ご無事ですかぁ!!」


 ミフレが現場に到着すると、一斉に皆が振り向いて安堵した顔を見せる。

群集は口々に何かを口にするが、総合すると迷惑しているので追っ払って欲しいとの事だった。

ミフレは胸を張って、宣言する。


「任せて下さい! 皆さんの安全は、この旧区画第一役所所属ミフレ・ウオンクリーナが保障します。
皆さん、下がって下がって! 危ないですからね!!」


 行動力は大したもので、臆せずにテキパキと群集を下がらせる。

それでも群集は不安と好奇心を抱いて、その場から誰も逃げ出そうとはしなかった。

ミフレは先陣を切って、いよいよ中心地へ辿り着いた。


「さあ、愛と平和に満ちたこの都を、恐怖に陥れる魔物は早速討ば……」


 ――そのまま絶句するミフレ。


前方を見据えたまま、沈黙している。

後ろで見守っていたアイナは、あまりに不振な態度に不安を煽られる。


「ちょ――ちょっと、すいません」


 やや強引だが、人をより分けて、垣根を進んでいく。

立ち尽くしたままの状態で、ミフレは凍り付いている。

魔物と対峙してのこの挙動不審、さすがに世話になる身として見過ごせなかった。

群衆の前にようやく出て、ほっと一息つく。


途端――


「――ぐっ!?」

 ――アイナは膝をついた。

この息苦しさ、震える肌。

地面に手をついて、アイナはこみ上げる吐き気と戦っていた。


(な――な、に・・・この・・・禍々しさ――)


 突如烈風のように押し寄せた魔の波動。

人外の魔境へ放り出されたようなこの空気。

魔力を感知出来ない一般人でも、奇妙な不快感に襲われるだろう。

まして魔力感知に優れているアイナは、全身を隅々まで犯されるような嫌悪を感じた。

必死の形相で、前方を見据える。

其処には――


(・・・・・・あれは)


 ――少女がいた。

アイナに似た背格好だが、毀れるその髪は純白。

見える横顔に感情は映し出されておらず、どこか侵し難い神聖さを感じさせる。


見目麗しい美少女、と誰も判断はしないだろう。


身を包む奇妙な赤きローブ・・・・・に尖った角――


(・・・・・・む、骸病・・・・・・)


 ――肌を覆う紅の斑点がある限り。

























 




to be continued・・・・・・







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