第八話 「戦姫」 |
皇国全盛期に生を受けし、二人の姫君。 見目麗しく、王族の強き力を受け継ぎし長姫。 幼い頃から城の奥で、大切に育てられし姫君。 "聖剣の戦姫"に"深窓の美姫"。 近隣諸国や名門貴族、国民に深く愛されているシェザールの華。 可憐な花びらが今、混沌に渦巻く世界へ舞い降りる―― 陶器のような白い肌に、蒼い髪。 シェザール国第一皇女カリナ・シェザーリッヒ。 洗練された意匠の鎧を身に纏い、腰に長剣を携えて人々の前に今その姿を見せる。 「カ、カリナ様・・・」 「カリナ様だ・・・」 「う、嘘だろ・・・」 険悪だった雰囲気が一変。 汚濁した空気が洗浄されるように、人々の間に涼やかな空気が流れる。 注目を集める中、国の礎を支える女性が歩いていく。 世界の中心。 人々と睨み合っていたアイナの前に―― 「大丈夫ですか?」 アイナも流石に息を飲む。 突然の来訪に驚かされたのもあるが、何よりその凛々しき存在感に目を見張る。 ただ、目の前に立っている。 それだけの事実に、険悪な眼差しで囲まれた衆目以上に圧倒されてしまった。 あの病魔の少女とは真逆。 一片の穢れも見出せない気高さ。 生まれながらにして違う、王族の誇りがアイナを萎縮させていた。 その事実が、何よりアイナの琴線に触れる。 「御心配には及びませんわ」 アイナは毅然とした態度を崩さない。 カリナ・シェザーリッヒの名を知らない人間は、この国には居ない。 シェザール国の皇女。 この国の王族。 ――権威の象徴。 醜悪な――父と呼んでいたあの男が、女と同様に愛した権力の最高峰。 この国に憎しみは無い。 けれど・・・愛してもいない。 多くの国民に愛されていようと、アイナの認識に違いは無い。 兄を求めて皇都へとやって来ただけで、この国に忠誠を誓うつもりは無かった。 カリナに一目出会って、その気持ちが形となる。 苦手意識とでも言うのか。 いっそ、父のように権力を振りかざす女性であれば良かったかもしれない。 心から嫌いになれただろう。 噂はアテにならない。 "聖剣の戦姫"は噂以上の、麗人だった―― アイナはカリナの前で身構える。 彼女の存在感に負ける事を、彼女の本能が否定していた。 一種の挑発とも取れるアイナの言葉に、カリナは眉一つ崩さずに、 「それは良かった。 ――貴方も、大丈夫ですか?」 カリナの視点はアイナの背後へ。 背中に隠れていた小柄な気配が、急激に伸び上がる。 「は――ははははいっ! こ、光栄でありますっ!!」 「ちょ、ちょっと暴れないでください!?」 アイナの細い腰を掴んで隠れたままで、ミフレは明らかな動揺を見せる。 後ろを見なくても興奮しているのが分かり、揺り動かされるアイナは必死に離れようとするが・・・ 「じ、じじ、自分は、アクアス治安維持局第一役所所属のミフレ・ウオンクリーナでありますぅ! カリナ・シェザーリッヒ様にはご、御機嫌麗しゅ、しゅ、しゅ・・・」 「落ち着きなさい、見苦しい」 「だ、だってアイナさん! カリナ様ですよ、カリナ様!! アタシのような下級役人にとって、雲の上のそのまた上の人なんですぅっ!」 「ゆ、揺さぶらないで下さい!? スカートが脱げるではありませんか!」 上気した顔を向けるミフレに、アイナは深く嘆息する。 先程までの緊張感が台無しである。 この娘は見直せばいいのか、失望すればいいのか、判断に大いに困った。 そんな二人の様子を間近で見つめ、穏やかな表情のまま瞳を閉じる。 「――そう、畏まらずとも。 国を支える一人の民として、私と貴方は何も変わりません」 シェザール皇国の皇女として、少し軽はずみの言葉である。 ――が、この女性が口にするだけで洗練されてしまう。 自分の愛する国と民を、王族としての立場より重んずる気持ち。 思想を超えた理想が、カリナの言葉に見え隠れしている。 ミフレは感極まったように、瞳を潤ませる。 「そ、そんなっ!? きょ、恐縮です! ――イタッ!?」 「きゃっ!? ・・・私の背中に頭を下げないで下さいませんか!」 腰を掴んだまま敬礼するミフレ。 アイナにはいい迷惑だったが、同時に落ち着く事が出来た。 蹴落とされまいと張っていた心が、緩む。 ミフレとは別の意味で、カリナは気疲れのする女性だった。 カリナは二人の様子に少し表情を和らげ――凛々しき顔付きに戻って、集った国民を見やった。 「どうやら、只ならぬ御様子。 ミフレ・ウオンクリーナに代わり、この私カリナ・シェザーリッヒが御話をお聴きします」 アイナの前に立って、堂々とした口振りで願い出るカリナ。 その毅然とした態度に、群集は明らかに動揺と困惑の表情で互いを見合う。 無力な役人ではない。 一国の皇女を相手に、大勢とはいえ罵倒は易々と出来ない。 むしろ気持ちが冷え切ったかのように、群衆の顔に理性の光が戻っている。 口を噤む暴徒達に、カリナは一歩前に出て、 「――御事情は存じませんが、国の民が争うのは好みません。 責任は私が取りますゆえ、この場は改めて貰えませんか?」 命令ではなく、願い出。 役人一人を相手に大勢が取り囲むという状況下でも、それぞれの立場を尊重する。 ここまでされて強気に出られる人間は居ない。 少なくとも、この場では。 (・・・何か・・・面白くありませんわね・・・) 平和的に収まりそうな状況に、アイナは表情を険しくする。 カリナの態度には何の問題もない。 むしろ年若い皇女にしては、立派な勇姿とも言える。 堂々たる態度と、親愛と尊厳に満ちた言葉。 その完璧な態度が気に入らない。 今憧れの眼差しで皇女を見つめているこのミフレも、立派だった。 稚拙で感情的であれ、彼女の主張には確かに正義があった。 あの最悪の病魔に犯された少女の尊厳すら、救おうとしたのだ。 そのミフレの言葉が届かなかったのに、カリナの言葉だとこうも簡単に届くのはどうしてだろう。 無論、立場を利用しているからではないのは分かっている。 カリナは何も命令していない。 国民一人一人を尊重して、少ない言葉に最大限の敬意を払って誠意を見せている。 分かってはいるのだがー―割り切れない。 王族ではなかったのなら、こうも簡単にはいかないのではないかと勘ぐってしまう。 ミフレの努力では届かなかった世界を、覆した。 才能や血筋でしか、世の中は人間を尊重しない。 その現実が目の前にあるようで―― (――気に入りませんわ、あの女) 周囲に理解を求める優しい皇女に、アイナは顔を背けた。 to be continued・・・・・・ |
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