第十話 「痕跡」





「怪しいですわ、絶対に!」


 甲高い声と、金属が不規則に擦れる音――

蝋燭が二本灯されたテーブル席で、一人の女の子が整った顔立ちに不機嫌を映し出している。


蒼銀の瞳に燃える、怒りの炎――


蝋燭の炎が瞳に揺らいで、灼眼に輝いているように見える。

静かな憤怒に濃厚な少女の美しさに息を呑みつつも、対面席に座る女性は必死で声をかける。


「で、でもでも、他人の空似という事も――」

「真昼間から、サングラスにマスクをかけた人を見間違える愚か者はいません!
間違いなく、あの皇女は何か知っていますわ」


 アイナ=ノーブルレスト、今年十五歳となるこの少女は一人の兄を探していた。

暗い家庭から自分を見捨てて逃げた――されど、憎めない大切な義兄を。

世情に疎い少女だが、書物と人伝を頼りに広大な国の皇都まで辿り着いたのは今日。

千を超える人口の都で一人を探すのは、困難に思えた。

手掛かりは兄の手紙のみ、差出人の住所や連絡先は無し。

都には頼れる先は無く、孤独な妹の人探しは八方塞だった。

家を無断で飛び出した少女に、帰る場所は無い。

決然たる思いで、単身捜索に乗り出した少女に――


――突如、吉報が飛び込む。


不吉な影と、貴賓に満ちた痕跡と共に。


「目撃された方の御話ですと、兄さんが本日都の中央公園に居た事は間違いないようです。

――怪しい身なりの方と御一緒に。

何か事件に巻き込まれた可能性がありますわ」

「きょ、極端ですよー、それは……
もしかしたら、御友達かもしれないじゃないですか」

「兄さんはそんな不良ではありません!

……た、確かに素行には多少問題のある人ですが、人付き合いは大切にされる方です。

兄さんは人の良い面がありますので、甘言を弄されて無理やり――」

「何かアイナさんって、駄目な息子を心配する親馬鹿さんみたいですねー」

「……なかなか言いますわね、貴方も」


 そんなー、と照れ笑いする小さな役人に、アイナは嘆息する。


未成年ながらに町の平和を守る職に就いた女の子、ミフレ・ウオンクリーナ――


小さな体に大きな理想と正義を宿す、今年一年目の新人所員である。


――時刻は夜。


夜も更けて宿の当ても無いアイナに、旧区画第一役所の安眠室を快く提供してくれた。

人の良さと職務の熱心さにささやかな敬意を示すが、たまに襲う天然さに脱力してしまう。

アイナもアイナで兄想いが偏り過ぎているので、似たもの同士かもしれない。

互いに自覚を持たないまま、話は進む。


「とにかく、兄の行方を追うには紅いローブを羽織った人間の手掛かりが必要ですわ。
協力して下さい」

「協力したいのは、山々なんですけど……

それって、あの――アタシに、カリナ姫を取り調べるって事ですよね?」

「まあ、取り調べるなんて人聞きの悪い……
ちょっと、あの気位の高い御姫様に質問して頂ければ結構ですわ」

「笑顔で怖いこと言わないくださいよー!? 絶対、話してくれません!
機密に該当するって、仰ってたじゃないですかー!」

「貴方、国に所属する正規の役人でしょう?
権限を活用して迫って下さい」

「レベルが違い過ぎますよ!? 

それに、それに……カリナ様に嫌われちゃったら、アタシ生きていけません」

「……貴方、実はそれが本音ですわね……」


 嘆息するアイナ。

夜分遅くにこうして、旧区画第一役所の食堂で二人話しこむ羽目になった原因――カリナ姫。

町での騒ぎで尊顔を賜った美貌の姫君が、兄シフォンと共に居た人物特徴を聞いた途端取り乱した。

優しくも凛々しい顔を豹変させて、目撃者を問い詰める始末。

結局大した手掛かりを得られず、カリナ姫は深く嘆息して詫びていた。

あの時――


『何か御存知なのですか?』

『――いえ、別に』

『とてもそうは思えません。兄と共に居た人物に心当たりがあるのですね!
教えて下さい』

『申し訳ありませんが、御話出来ることはありません』

 
 ――アイナとて、黙っていられない。

すぐさま、問い詰めた。

何度も、何度も……

ようやく手掛かりを発見出来たのは、彼女として同じ。

尚且つ一国の姫君が豹変する程の重要人物だ、危機感を煽って当然だった。

理由をつけてその場を離れようとする姫を無礼を承知で話し込んだが、成果は得られず。

時間だけを費やして、その場解散する羽目になった。


「……仕方ありません、カリナ姫から情報を得られないなら他を当たりましょう」

「お兄さんの事に関して、他に当てがあるのですか?」


 期待に身を乗り出す素直な役人に、アイナは苦笑する。


「ええ。よく思い出してください。
今日兄と一緒に居たのはサングラスにマスクをつけた――紅いローブの人でしょう?

わたくし達は今日、同じ身なりをされた方と偶然出会いましたわ」

「紅いローブ……あっ!?」


 ようやく気づいたミフレに、アイナは厳しい顔で頷く。


――躯病の、少女……


世界に拒絶された、忌子。

町の人々から嫌悪の目で向けられ、罵倒された女の子。

酷い皮膚を隠すように、紅のローブを身に纏っていた。


「で、では、アイナさんはあの子がお兄さんと一緒だったと?」

「……断定は出来ません。
特徴的な格好とはいえ、目撃証言のみに頼った曖昧な推論ですので。

可能性はある、とだけ申しておきますわ」


 そしてその可能性が的中すれば、大変な事になる。


感染ルートが判明されていない死の病――


接触や空気感染で発症するのだと仮定すれば、共に行動した兄は危ない。

対象法が存在しない病気ゆえ、予防や感染語の治癒方法は無いに等しい。

鈍く重い頭を、アイナは沈痛に抱える。

兄には、安心に満ちた幸せな人生を送っていて欲しい。


私を見捨てたのだから、せめて――せめて……


その小さな手に――握られる、熱い感触。


はっと顔を上げるアイナに、熱い正義の眼差し。


「元気、出してください! 絶対の絶対に、お兄さんは見つかります!

アタシも明日、一緒に行きます!!」

「で、でも貴方……本来の業務は――」

「アタシの仕事は、この都に生きる人々を守る事です!
守る人の中に――アイナさんも、お兄さんも入ってます!!

――あの女の子も、一緒です。

皆、皆、幸せになって欲しいです」


 未成熟な心、未完成な正義。

世界の明るい一面だけを盲目する、小さな女の子。


だけどその手はとても熱く――言葉は、心を暖める。


「ありがとう……ございます、ミフレさん」


 アイナは静かに、頭を下げる。

自分勝手な兄探しに親身になってくれる、他人のお節介が初めて嬉しく思えた。

心を震わされた事に気づかれないように、顔を俯かせる。

ミフレはお礼を言われた事に目を見開きつつも、テレ笑い。


「えへへ……アイナさんも、もう疲れたでしょう。

今日はゆっくり休んで、明日また――」



 ――微震。



軋むテーブル、震える窓、揺れるローソク、靡く髪。

事務所に影響は少ない――けれど、人体にすら影響を及ぼす揺れ。

アイナもミフレも互いを見やり、急ぎ窓の外へ目を向ける。



「あれは――」

「――火事、のようですわね……」



 旧区画に位置する、旧区画第一役所。

窓から見える遠方の雑居区で、闇に紛れた噴煙が立ち昇っていた。


  突如襲った微震と、真夜中の火事。


連想は至極簡単だった。



(誰かが……魔法を、行使した……)


 どうやら――


――まだゆっくり、休めないようだ。
























 




to be continued・・・・・・







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