第一話 「白夢」




 酷い夢を見ていた。

人が死ぬ夢。人間が殺される夢。人々が死んでいく夢。生命の終わりを――ただ見つめる夢。

手出しもせず、介入する余地も無く傍観している。人の死を決して悲しまず、楽しむ事も無く。

人は、必ず死ぬ。その法則が適用されるのを観察している。当然の事だと認識して、何の関心も示さない。

それは、とても悲しい事。寂しさを感じない事が、ただ哀れで。


何より――人の死に慣れている事が、何よりも怖かった。















 ――夢だと気付いた時には、目が覚めていた。薄っすらと瞼を開けると、低い天井が見えてくる。

今にも崩れそうな、罅割れた天井。仮宿として立ち寄った建物を一瞬想像したが、造りが異なっている事に気づく。

身体を起こそうとした瞬間、痛みが走る。目覚めの悪さも吹き飛ぶ、痛烈な刺激だった。


「……っ、ここは……? 僕は確か――」


 傷を負った、少年。意識は痛みによって急速に覚醒していくが、記憶は不明瞭のままだった。

状況はハッキリせず、事の前後がまるで分からない。何がどうなったのか、よく覚えていない。

明確に覚えているのは、腸が飛び散る死体――そして赤いローブを着た、お姫様。


「……無事に逃げられたかな、ニーコ」


 シフォン=ノーブルレスト、彼は地獄から回帰しても安心出来ずにいた。自分の命だけが救われても、意味がない。

間一髪逃がす事の出来た、鳥籠の小鳥。束の間友達となった高嶺の花は、どうなってしまったのか。

敵を引き付け、時間は稼いだと言っても、安全の保証はどこにもない。


「僕は生き残っているのに……怪我の治療をしてくれたのは、誰だろう?
此処はどこなんだ。倒れたその後が、何も思い出せない」


 思い出すのも忌々しい、戦慄の夜。地獄の底から業火が溢れ出て、死体を焼き尽くして死を飲み込んでいった。

黒い翼を生やした死神が無慈悲に人を殺し、自分の命さえも奪おうとしたのだ。

非力な自分が、死神の鎌から逃れられたのは――


一発の、銃弾。


「……夢だと思いたいけど、記憶にしっかりと残っているんだよな……
あの夜が夢じゃないのなら、当然――」


"我の存在を認識出来ておるようじゃな。無駄な説明が省ける"


 年の為周囲を見渡してみるが、狭く古びた室内には誰一人存在しない。煤けた窓の外からも、声は聞こえない。

身体のあちこちを触ってみても、変貌の兆しはない。大怪我している事を除けば、身体には何の変化も無かった。

現実逃避したい衝動に駆られるが、夢見る年頃は当に過ぎている。

少年は何もかも諦めた様子で、疲弊した声を上げた。


「まさかとは思うけど――本当に、僕の身体の中に?」

"汝が軽率にも我を取り込んだせいで、魂が強制的に融合されたのじゃ。一時的なものではない。
完全に溶け合っている以上、分離はもはや不可能じゃ。馬鹿め"


 脳の芯にまで響き渡る、妙齢な女性の声。古風な口調に威厳を込めて、頭の中に直接伝わってくる。

軽率な行動だと指摘を受けては、シフォンも反論出来ない。実に、的を射ていた。

冷静になって振り返ってみると、あの時の行動は子供じみた嫌がらせだったと自覚していた。


「そもそも、アンタは何なんだ。本当に、あの小瓶の中に入っていたのか?」

"人間共が我をあの中に封じ込めたのじゃ。全くもって、忌々しい。
本来ならば人間如きに召喚される我ではないが、奴等め……禁呪を用いよったな"

「禁呪?」

"無知なる者に話す舌は持っておらぬ。生命を代償とする術、とだけ言っておけば十分であろう。
大掛かりな儀式に加えて、様々な付加条件も必要とされる。よく我を呼び出せたものじゃ、それだけは褒めてやってもよい"


 多大な労力と膨大な知識、強大な幸運を条件に、コンマ以下の可能性を掴んで手に入れられる奇跡。

シフォンの中に眠る存在はそう説明し、禁呪の恐ろしさと報われなさを語る。


「禁呪を使えば、術者の命が喪われるのか」

"愚か者。人には過ぎた術を、人のみで用いる事など出来ようがなかろう。その程度で済む筈がないわ。
我ほどの存在を人の世に召喚するとなれば――甚大な数の命を捧げたのであろうな"

「……他人の命まで……犠牲に!?」


 シェザール国の第二皇女ニンファ=シェザーリッヒを聖女と崇める、謎の信仰集団。

教祖を主として暗躍する、狂信者達。そんな彼らを追っていた、黒い翼の堕天使。そして、小瓶に眠る強大な存在。

出来過ぎなほどに揃ったピースは、繋ぎ合わせればとんでもない絵が出来上がりそうだった。

改めて自分が飲み干した存在に、シフォンは恐怖を抱いた。

大勢の人間の生き血を吸って、蘇った存在。血に濡れた絶対なるものを、神と崇められるものか。


「お前は一体――何者なんだ」

"ふん、悪魔と呼べば納得するのか? 神と名乗れば、地べたに這い蹲るのか?"

「答えろ!」

"声ばかり張り上げたところで、我が戦くとでも思うてか? 大声を出しても震えていては無意味じゃ。
心の中は、赤子のように怯えておるぞ"

「……っ」


 格好を付けているだけと嘲笑され、シフォンは歯を食いしばるしかない。抵抗する方法も分からない。

獅子身中の虫どころの話ではない。話半分でも、人外の存在である事は確かなのだ。

言葉が何故か通じているが、ただそれだけ。力どころか、存在の差から圧倒的だった。

内側から食い破られれば、なす術も無く死んでしまう。


"だから、汝が愚かだと言うのだ"

「? どういう意味だ」

"言ったであろう。汝が死ねば、我も死ぬ。我らは二にして、一なる存在となったのじゃ。
忌々しい限りじゃが、汝を殺す事は出来ぬ。それは我の滅びを意味する"

「あっ……そ、そうだったな。前にもそう言って――」

"ええい、察しの悪い奴じゃ。我が言いたいのは、その身を大事に扱えという事じゃ!
汝の愚かな行為で、我までこのような無体な扱いを余儀なくされておる。

この上汝の身勝手な行動で死なれれば、目も当てられん。しかと心得よ"

「わ、分かった……悪かったよ……」


 身体の中に眠る存在の立場からすれば、確かに気の毒な話かもしれない。

人間側の勝手な都合で召喚させられて、挙句人間に飲み込まれて無理やり融合させられたのだ。

瓶の中の存在が何者なのかまだ分からないが、事情だけ聞けば同情出来る面もあった。

シフォンはそう思って謝ったのだが、彼女は鼻を鳴らすだけだった。


「じゃあ、あんたが俺をここまで運んでくれたのか?」

"ふむ。その事なのじゃが、汝に注意せねばならぬ事がある。重傷を負った汝を運んだ者は――"



「気がつかれましたか?」



 声を聞きつけたのか、扉が開いて第三者が入室してくる。

突然の入室にシフォンは度肝を抜かれるが、ノックの有無も分からなかった程話に熱中していた事に気づいて赤面。

愛想笑いを浮かべて、顔を上げて――凍りついた。



その者もまた、赤いローブを身に着けていた。肌に、呪われし斑点を刻んで――
























 




to be continued・・・・・・







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