第六話 「掲示板」




 シフォン・ノーブルレスト、彼が故郷を離れはるばる皇都アクアスまでやって来たのは職を探す為だった。

自立するには金が必要で、金を手に入れるには仕事をしなければならない。

領主の息子ではなくなった今、彼は世間知らずなだけの子供。働かなければ、生きていけない。

皇都へ来て紆余曲折あったが、シフォンは再び原点へ立ち戻った。


「……と言っても、仕事なんて急には見つからないよな……」


 スミレ・プレリュードが手を尽くして作ってくれた美味しい食事をご馳走になり、お腹も落ち着いたところで職について考える。

怪我の手当をしてくれたスミレは反対しているが、シフォンは本気だった。

身体の回復は早く、怪我も少しずつ良くなっている。元気が出てくれば、次に持て余すには気持ちだった。


「明日職探しに行ってみるか……でも何の経験もないと、また受付で追い返される」

"無能を雇う人間などおるまい。金銭の値打ちは平等じゃが、生物の価値は異なる。
身体も満足に動かせぬ男の働きなど知れておるわ"

「タダ飯ぐらいよりはマシだろう!?」


 内なる声に黙っていられず、声を荒げる。正論なだけに、余計に腹が立ってしまったのだ。

もっとも少年の一人の怒号なぞ微塵も怯えず、少年の内なる存在は嘲笑するばかり。

相手にしても年季の差を見せつけられるだけと悟り、シフォンは不機嫌に黙りこんでしまう。


「お茶が入りました」

「あ、ありがとうございます」


 質素な食器にほんのり湯気を立てて、赤いローブを着た少女が食後のお茶を運んでくる。

信仰による礼服だと聞かされたこともあるが、それ以上に見慣れてしまい違和感は感じなくなった。

スミレもシフォンに遠慮する素振りは見せず、お茶を入れて親しげに接する。


「――その様子ですと、お仕事をされるのを諦めてはいないようですね」

「せ、せめて職探しくらいはしておこうと思って!」


 口調は穏やかだが、心なしか睨まれている気がして、シフォンは萎縮してしまう。

仕事をしたいと申し出た時、スミレは怪我を理由に反対した。そのスタンスは変わらない。

彼女に御世話になっている身としては強行に出れず、恐縮するばかりだった。


「何度も言いますが、まずは身体を治すことを第一に考えてください。
一時は神に召されようとしていたのですよ。無理はいけません」

「……やっぱり死にそうだったんだ、僕……」


 第三者から冷静に告げられて、改めてあの時の修羅場を思い出す。

傷の痛みが薄れるにつれて、記憶も曖昧になるが、起きてしまった出来事は覆らない。

よく生きて帰れたものだと感心し、同時に姫が無事でいるかどうか心配になる。

考えても仕方のないことだが、シフォンはなかなか割り切れないでいた。


「仕事なんて出来る体調ではありません。傷が開けば命に関わりますよ」

「うん、そうなればスミレさんにまた迷惑がかかってしまうからね。だからまず、どんな仕事があるのか探そうと思うんだ。
完全に回復したら、すぐに動けるようにしたいから」


 自分の我侭と他人の心配、そして恩人への配慮も入れた妥協案だった。

直接的な行動に出ず、都内に出て情報収集する。仕事と、姫君に関する確かな情報を。

歩き回るくらいは出来る事は、実際今日スミレと一緒に行動して分かっている。シフォンなりに考えた結論だった。


スミレはお茶を一口飲んで、諦めたように一息吐く。


「仕事を探すのは貴方の自由ですが、勤め先のあてはあるのですか?」

「都にある職業斡旋所へ行って――」

「――大変失礼ですが、シフォンは自己推薦出来る学歴や職歴があるのですか?」


 言葉につまる。何しろシフォンは肝心なその二つがなくて、職につけずに都をさ迷っていたのだ。

あの時よりは現実は見えているとは言っても、今は怪我までしている。窓口へ行っても、また追い出されるのがオチだろう。


図星をつかれて悩むシフォンに、スミレがいつの間にか名前で呼んだことに気付かない。


「現皇が政的手腕を発揮され、国益の増進に繋がり都も栄えています。
各国から人が来るようになり、職業の幅も広がった今労働者の質も問われています。

望まず探せば、まず職は見つかるでしょう。しかし、なりふり構わずではないのでしょう?」

「それは、その……自分の仕事だからね。なるべくなら選びたいな」

「職業斡旋所は窓口であって、誰でも職に結びつくのではありません。
適材適所が求められ選考も厳しく、優れた人材が優先されます。特に、身元の確かな者を第一に」

「うぐ……そ、それは厳しいな……」


 シフォンが職業斡旋所で拒否されたのは経歴などもそうだが、何より身元を明らかに出来なかった点にある。

国交の盛んな国だからこそ、個人の身元保証が求められる。素性の知れない人間を好んで雇わない。

斡旋所は労働者に雇い先を、雇い主に労働者を紹介する施設だ。雇用関係を確かなものにしたいのは、どちらの立場でも同じだ。

シフォン・ノーブルレストは領主の息子だが、血統書は見せられない。自分で破り捨てたのだから。


「そうなると、職業斡旋場で仕事を探すのも難しいかな。うーん、都内を隅から隅まで歩き回ってみるか」

「――父様に相談してみましょうか?」

「気持ちはありがたいけど、自分の仕事は自分で見つけるよ」


 人格者である、スミレ・プレリュードの父親。神の教えを広める彼は多くの人達より信頼を得ている。

相談すれば必ず親身になってくれるだろうが、シフォンは少し迷ったが断った。

自分の仕事は、自分で見つける――贅沢な考え方だが、少年らしい背伸びだった。


「……分かりました。明日、私と一緒に仕事を探しに行きましょう」

「そ、そんな、スミレさんにそこまでしてもらうのは……!?」

「怪我人の貴方を一人で行かせるわけにはいきません。
此処は貧民区、必ずしも誠実な方ばかりとは限りません」


 貧民区はシフォンのように職を持たず、生きる場所を失った者達が集う場所。

貧困は時に神の如き善なる心を持つ人間でさえ、悪鬼に変えてしまう。

大怪我をしている世間知らずの少年がフラフラしていれば、襲われて身ぐるみ剥がされかねない。

その点、スミレは良くも悪くも知られた顔。父親以外に彼女に近付く人間はいない――いなかった。


たった一人を、除いて。


「今日はもうお休みになってください。明日の朝、まいりましょう」

「分かった。ありがとう、スミレさん」


 少しずつではあるが、進展している気がした。状況も、スミレとの関係も。

どちらも深くは考えず、改善されていくことだけを望んでシフォンはお茶を飲む。



味は薄くとも――温かかった。















「これは……すごいね……」 「『掲示板』と呼ばれています。正式名ではなく、利用されている方々の通称です。
ビラを貼るのも、剥がすのも自由。ビラの内容も求人から人探しまで、千差万別です。

非合法に近い内容もありますが、身元保証の必要がない短期の仕事なども多くあります」


 貧民区と富民区を繋ぐ道、貧富の交差点に設置されている『掲示板』。

見栄えは粗末だが頑丈な作りで出来ており、強風が吹いてもびくともしない。

その板を埋め尽くすほどのビラが貼られており、一枚一枚に異なる内容が書かれている。


「これだけあると、誤情報も多いでしょう」

「偽りの情報もまた、情報の一つ。ビラを見た人の受け取り方次第です」


 皇都に存在する、無人の情報交換の場。流通する情報をどう取扱うかは、目にした人次第。

貼られているビラには求人募集もあるが、仕事の内容や求められている人材などは多岐に渡る。


シフォンは色々と見て回りながら、一枚のビラを取る。


「『H・K殿、御高名な貴殿に是非お願いしたく――』、名指しもあるの!?」

「都は広く、人は豊富。此処を仕事の申し込み先にされている方も多くいらっしゃいます」

「でもそうなると、掲示板を常に確認しておかないと折角依頼しても本人の目に届かない事だってあるよね。
緊急の依頼だったらどうするんだろう?」

「依頼をする側と、受ける側。その力関係によるでしょう。
毎日依頼の多い人間ならば、自分の望む仕事を選ぶ事が出来ます。本人の力量次第ですね」


 この掲示板もまた競争社会の一部、力のない人間は淘汰されて消えていくのみ。後には何も残らない。

一つ一つの情報をどのように生かしていくのか、掲示板を見る側と利用する側の扱い方が問われる。

スミレの丁寧な説明にシフォンは感心したように聞き入って、掲示板に貼られたビラを覗いていく。


「『生き別れになった弟を探しています。この絵の男の子を見かけた方は至急御連絡下さい。
少ない額ではありますが、謝礼をさせて頂きます。連絡先は――』

……こういう人探しって、実際に見つかったケースはあるのかな?」

「この掲示板は都へ訪れた旅の方も利用されています。通りすがりで見つかった事もあるそうですよ。

――何方か、探されているのですか?」

「えっ!? ど、どうして……?」

「随分と深刻な顔をして尋ねられましたので。私でよければ相談してください」

「う、ううん!? そんなに大した事じゃないんだ!
え、え〜と……家に残してきた妹の事を急に思い出してね、ちょっと懐かしくなったんだ」


 生き別れの弟探しのビラを指さして、シフォンは誤魔化すように笑った。内心、冷や汗をかきながら。

探したい人は他にいる。似顔絵どころか、名前だけ出してもこの国の人間なら誰でも分かる。

とはいえ、掲示板で捜索依頼を出す訳にはいかない。行方不明になった姫君の捜索なんて、誰が真剣に引き受けてくれるものか。

明るみに出れば、まず何より国が全勢力を上げて捜索活動に乗り出すだろう。実に、馬鹿げた発想だった。


「――妹」

「う、うん。僕に全然似ていない綺麗な女の子でね、頭も良くて――」

「違います。このビラを見て下さい、シフォン。


間違いなく偽物だと思いますが……第一皇女カリナ・シェザーリッヒ様の妹君、ニンファ様の御名前が書かれています」


 掲示板の隅に頼りなげに揺れている、一枚のビラ。

スミレが指差すビラをシフォンは目を剥いて取り、心臓の高鳴りを感じながらビラの中身を見る。


そこに書かれていた内容に――シフォンは、嘆きの声を漏らした。
























 




to be continued・・・・・・







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