第七話 「面倒」




『ノエルという名前の女の子を探しています。わたくしの大切なお友達です。
探して頂いた方には出来る限りの御礼をさせて頂きますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

                                            ニンファ・シェザーリッヒ』



「……連絡先が書かれていませんね」

「友達の特徴も全く記されていないし、これでは探しようがないですよ」


 皇都アクアスの貧民区と富民区の境に設置されている『掲示板』に、一枚のビラが貼られていた。

隅っこの小さなスペースの申し訳ない程度に貼られている、捜索願いの貼り紙。意識して探さないと、見落としかねない。

スミレの観察力に感心しながら、シフォンは貼り紙を手に内容を繰り返し読んで確認する。


(間違いない、ニーコ本人が出した仕事の依頼だ。
王族である自分の名前を軽々しく名乗ったり、連絡先を書かなかったり、要件だけを伝えたり――

騙るのならば、仕事の内容をもう少し詳しく書く。抜けたところがあるのが、あの子らしいよな……)


 口元が綻びそうになる。掲示板の前で右往左往していた皇女の姿が思い浮かぶようだった。

掲示板を見つけたのは、多分偶然だろう。貼られているビラを見て、人探しも頼めるのだと思って自分も書いたのだ。

他のビラに遠慮して隅に貼りつけたのは彼女らしいが……仕事の依頼に控えめな態度というのも、どうか。


(いずれにしても、この仕事の依頼人はニーコならせめて連絡先を書いてくれればよかったのに!
はたして僕と会う前か、それとも僕と別れた後か――もしも無事に逃げられた後なら、無事である証拠なんだけど……)


「随分と、ご熱心ですね」


「!? う、うん、この国の皇女様の名前が書かれていてビックリして――
本物か、偽物か分からないけど、随分と大胆だよね」

「同姓同名か、悪戯かと思っていましたが――食い入るように見ている貴方の態度が、気になります」


 取るに足りない内容のビラに、興味を引いたシフォンを不審に感じたようだ。スミレは横目でじっと見つめている。

察しのいいスミレの指摘に、シフォンは焦る。動揺を見せるべきではないが、感情を隠す術がない。

隠し事の下手な少年は上手な嘘をつけず、少しだけ真実を覗かせてしまう。


「……実は、この都に来た時に皇女様に似た人を見かけたんだ。この前、そういう話をしたよね?
それでもしかしてお忍びで、この仕事の依頼をされたのかと思って。

もしそうなら、この依頼を達成すれば皇女様ともお近付きになれるじゃないか!」

「夢見すぎです」

「そ、そんな、あっさりと……」


 不審は解消されたが、一刀両断されて落ち込むシフォン。親しくなる事で、遠慮もなくなってくるようだ。

いずれにしても、このビラ一枚ではどうしようもない。シフォンはひとまず、このビラを取っておく事にした。


「本当に引き受けるつもりですか? 皇女様本人とは限らないのですよ」

「い、一応予約ということで。立身出世のチャンスかも知れないから」

「――貴方はやっぱり、家で寝ていた方がいいです」

「引き篭もってろと仰る!?」


 言い分は彼女の方は正しいが、シフォンだけに知る事実もあるので何とも言えなかった。

全てを話せばスミレも理解してくれるかも知れないが、それは同時に彼女も巻き込んでしまうことになる。

御世話になっている恩人に、これ以上迷惑はかけられなかった。


(友達探しの依頼、僕が引き受けるよ。手掛かりはないけど、必ず探し出してみせる。
だから君も無事でいてくれよ、ニーコ!)


 ニンファ・シェザーリッヒ皇女の依頼が書かれたビラを手に、シフォンは改めて決意する。傷付いた身体に力が湧いてくるようだった。

謎の宗教組織に拐われた、ニーコの友人。今も生きている保証は何処にもないが、生存を願うしかない。


となれば、行動あるのみ。シフォンはビラをしまい、掲示板から情報収集を行う。


「仕事の内容も具体的なものから、必要な人材のみ書かれているものまで、色々と種類があるんだね。
高収入な仕事も意外と多いけど、それだけ国が栄えている証拠なのかな」

「――貴方が今手にしているビラの仕事は確かに高収入ですが、労働時間に見合ったものです。
命を削って働いて、ようやく稼げる金額なんです。怪我したその体では耐えられませんよ」

「ろ、過酷な労働時間分の仕事なんだ……そんなの、どこにも書かれてない」

「賃金の高さのみ強調して、労働内容が具体的に書かれていないのは注意です」

「スミレさんに言われなかったら応募していたかもしれないよ、僕!?」


 シフォン本人としては乗り気だったのか、スミレに注意されて少年は仰け反る。少女は、溜息を吐いた。

独り立ちするのは立派だが、一人で生きていくには知恵も経験もまるで足りない。

少年の純な部分を含めてそう評したスミレは、貼られたビラの数々から一枚を取る。


「――この仕事は、いかがですか?」

「何かいい仕事はありましたか……?

"飼い猫がいなくなったので探しています。見つけて下さった方には御礼を――"、今度は猫探し!?」

「他に何かできるのですか? 大怪我している貴方に」

「うう、都の女性は実に手きびしい……」


 斡旋所でも受付の女性に冷たく拒否された事を思い出して、シフォンはしょげる。

何も持っていない人間は、今の世の中で生きていくのはなかなか難しいらしい。どれほど綺麗な夢を見ても、叶うかどうかは別問題。

くよくよしているだけでは、何も変えられない。シフォンはスミレが推薦する仕事のビラを取る。


「依頼人は貧民区の住民ですね。ペット探しだと聞いててっきり富民区からの仕事とばかり思っていました」

「ペットとしてではなく、友人や家族として動物と一緒に過ごしているのだと思います。

動物達は、人間と違って裏切りませんから」

「だからいなくなれば、ビラまで用意して探すんですね……スミレさんは、動物を飼ったりはしないんですか?」


 言ってから、しまった、とシフォンは慌てて口をつぐむ。全ては遅し、明確に彼女に問いかけてしまっていた。

――飼えるはずがない。彼女を蝕む病魔は人間だけではなく、生物全てに感染する恐れがある。

汚れた身体で、動物は抱けない。彼女の冷たさは、死の冷たさを味わうのと同じなのだ。

失言に悔やむシフォンを、スミレは一瞥して、


  「動物なら、飼っています」

「えっ、本当に……?」


「最近拾いましたが、とても手のかかる動物で困っています。
怪我をしているのに動き回るので、面倒をみるのは本当に大変です」 


「ペット扱いされてる!? 僕の事でしょう、それ!」

「冗談です」


 赤いローブを羽織っているので顔は見えないが、どうやら真顔で言ったらしい。

労りの気持ちもあったのだろうが、本気でペット扱いされている気がして肩を落とした。

同年代らしき二人だが、力関係ではスミレに軍配が上がるらしい。


「しかし猫を探すといっても、何処から探せばいいか――」

「書かれている依頼日から察するに、猫がいなくなってそう日は経っていません。まだ、依頼人の家の近くにいるかもしれませんよ。
飼われていたとはいえ、猫は気まぐれな性質を持った動物です。

放し飼いにされていたのならば、近所を散歩をしているだけの可能性もあります」


 猫を飼った事のないスミレも、憶測と自分の知り得る知識から意見を述べているだけである。確かな事は、何もまだ知らない。

だが、自分の知り得る限りの事から状況を判断する知性は大したものだった。無策よりもよほどマシだ。

今日彼女が同行してくれただけでも、シフォンに大きな安心を与えた。


「そうだね、可能性は十分にある! こうなったら、貧民区内を全て捜し回ってでも見つけるよ!」

「仕事を受ける気になったのですね。でしたらまず、依頼人に話を聞きに行きましょう」

「うん! ……うん?」

「どうされましたか?」

「いや何か、スミレさんも一緒に行くという風に聞こえたから」

「一緒には行きませんよ」

「そ、そうですよね! すいません、変な風に勘違いしてしまって」


「私も一緒に依頼人と会えば、折角の仕事も断れてしまうでしょう。シフォンがまずお伺いを立てて、私に報告して下さい。
その後で一緒に捜しに行きましょう」


「ええっ!? そ、それって結局最後まで付き合うということでは!?」

「安心して下さい、報酬は全て貴方に差し上げます」

「そんな事を心配しているんじゃなくて!?」



「――友達の力になるのは当然です」



 遠慮とか、見栄とか、そんな未熟な少年の無用な気遣いは、少女の一言で払われてしまう。

スミレは背を向けて歩き出す。その背中に少女らしい照れは微塵もなく、声をかける雰囲気でもない。


つまり――本心をそのまま言ってくれた、彼女が今思っている気持ちを素直に。


少年は顔を真っ赤にして、モゴモゴと言葉無き声を漏らして一緒についていく。

恥ずかしさと嬉しさと、力強さを胸の中で感じて。



何かが出来そうな手応えに、心が震えていた。
























 




to be continued・・・・・・







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