第八話 「迷子」 |
『掲示板』に貼られていた迷子のペット探し、シフォンとスミレはビラを手に依頼人に会いに行く。 捜索対象である愛猫の特徴から行方不明になった経緯、行動範囲などを聞いて仕事を正式に引き受ける。 シフォンは飼い主の話を丹念にメモを取った上で、表に待たせていたスミレに改めて仕事の内容を説明する。 と言っても、仕事の内容はペット探し。細かな説明の必要はなく、スミレも概ね推測は出来ていたようだ。 「猫の名前はマリー、居なくなったのは三日目。スミレさんの言っていたように、つい最近だね。 雨の中泥だらけで震えていた子猫を拾って、五年以上一緒に住んでいたそうだよ」 「五年も一緒に生活を共にすれば、家族同然ですね。さぞお嘆きでしょう」 「僕が訪ねるなり、大泣きされましたよ。依頼料の話とかもしたかったけど、とてもそれどころじゃなかった」 依頼人は、貧民区に長年住んでいる壮年の男性。独り身で、愛猫であるマリーだけが家族だったらしい。 ビラを見てのスミレの推測はほぼ当たっており、家族同様のペットを探してほしいと嘆願されたのだ。 依頼人の必死な心境が幸いしてか、仕事を引き受ける人間が怪我を負った少年であっても依頼拒否はされなかった。 「三日で捜索依頼まで出すのは、正直少し大袈裟だとは思いますけどね。猫なんて気ままな動物なのに」 「例えば自分の大切な子供が突然三日も帰ってこなければ、シフォンはどう思いますか?」 「……多分、必死になって探します」 「同じ事です。特にこの貧民区では、悲しい事ですが隣人であっても心安く信頼は出来ません。 種類によって異なりますが、動物は餌を与えられた恩義は忘れぬ存在。人よりも可愛く思えるのです」 ペットであっても長年飼っていると、深い愛情が芽生えて家族の一員にさえなりうる場合がある。 愛する家族と理不尽に別れてしまえば深い悲しみが宿り、狂騒にさえ駆られてしまう。 泣き喚く依頼人の形相を思い出して、シフォンは猫探しに気後れを感じる。 今日一日探して見つからなかっただけで、思いっきり飼い主から責められそうだった。 「賃金交渉は結局出来ませんでしたが、飼い主のあの様子ですとある程度の報酬は見込めると思います」 「早ければ早いほど、値上げ交渉も可能です。初めてのお仕事です、成功させましょう」 自分の事でも何でもないのに、前向きに協力してくれるスミレの優しさにシフォンは頭が下がる思いだった。 直接礼を言っても、大した事はないと返答されるだけだろう。今は好意に甘え、いずれきちんとした形で恩を返そうと心に決める。 そう考えると初仕事であること以上に、やる気が漲ってくる。シフォンは強く拳を握りしめた。 「今日中に見つけ出してみせますよ、必ず!」 「それは難しいと思いますけど」 「出鼻を挫かれた!? が、頑張りましょうよ!」 「頑張るのは貴方です」 シフォンはガックリと肩を落とす。少しは仲良くなったかと思ったが、何か苛められている気がしないでもない。 それだけ彼女がしっかりしていて、自分が頼りないという事だ。怪我をしている事を差し引いても、人生経験が異なる。 内心で自分を奮い立たせるシフォンを尻目に、彼女は落ち着いた口調で尋ねる。 「それで、まずは何処を探しますか?」 極めて受動的な姿勢、スミレは仕事については全てシフォンの一存に従うらしい。 突然仕事の方針を尋ねられて、シフォンは一瞬戸惑うがすぐに思い直す。 スミレはあくまで仕事を手伝ってくれているだけなのだ。頼りきってはいけない。 「さっきのスミレさんの提案に従って、まずは飼い主の家の近所を探してみます。 手掛かりは飼い主から聞いた猫の名前や特徴しかありませんが、猫が立ち寄りそうな場所などを追ってみるつもりです」 「分かりました、行きましょう」 ゆっくりと歩き出すスミレ、メモを片手についていくシフォン。どちらが仕事人か、分かったものではない。 赤いローブがふわりと揺れて、彼女の横顔が見える。病に侵された肌が、ほんの少し覗けた。 痛々しく刻まれた病の痕、それでも堂々としている彼女はシフォンの目には立派に見えた。 いずれは、彼女に頼られるような人間になりたい――夢なき少年に束の間芽生えた、将来への希望。 シフォンは彼女の跡を追って、歩き出す。その後ろ姿は、まだまだ頼りなかった。 「おや? スミレ、それにシフォン君じゃないか」 「セレクトさん、こんにちは」 貧民区内で雑多に並んでいる、露店。その区域に連なる道の真ん中で、シフォンはスミレの父親と偶然出会う。 聖職者らしい礼服を着て、穏やかに微笑んでいる男性。この優しげな佇まいだけで、細心な人間であっても警戒を解いてしまいそうになる。 お世話になっている家の主という事もあり、シフォンは必要以上に頭を下げた。 「二人してお出かけかい? 今日は天気もいいし、シフォン君もたまには外へ出るのもいいかもしれないね」 「――私としては、家で安静にして頂きたいのですけど」 「やれやれ、スミレは厳しいね……私も毎日怒られてばかりなんだよ、シフォン君」 「ははは、お気持はよく分かり――す、すいません……」 思わず力強く同意してしまいそうになるが、スミレに一瞥されてシフォンは思わず謝ってしまう。 シフォンをペットとスミレはそう表現したが、この分ではあながち冗談では無くなりそうだった。 手綱を握られている心持ちになって、シフォンはスミレの実の父親に苦笑いを向けるしかない。 「随分汗をかいているね、シフォン君。散歩はいいが、無理は禁物だよ」 「大丈夫です。実はですね、今猫を探して――むぐっ!?」 (――父様に言えば、必ず手伝いを申し出ます。これは貴方の仕事でしょう、シフォン) シフォンの口を素早く塞ぎ、耳元にそっと唇を寄せるスミレ。反射的に抗議しようとして、息を飲む。 スミレの言い分には説得力があった。何しろその娘が今、仕事を手伝ってくれているのだから。 親娘で手伝ってもらえば確かに仕事は楽だが、おんぶに抱っこな状態になってしまう。 初めての初仕事は、助力は受けても自力で達成はしたい。少年の思いを、少女が汲んでくれたのだ。 「猫……? どうして猫を探しているんだい?」 「え、えーと……ぺ、ペットになりそうな動物を探しているんです! 僕もスミレさんも猫が好きなので、買うのも悪くないかなと思って――むぐぐっ!?」 (――何故私の名前まで出すのですか、貴方は。稚拙にも程があります) 極めて珍しい事だが、スミレは怒っているようだった。それほど、シフォンの言い訳があまりにも酷かった。 混乱しているとはいっても、その場を取り繕う弁明も出来ない。少年の素朴さに、少女は溜息を吐くしかない。 だが、父親の素直さは少年を遥かに上回っていた。 「何だい、スミレ。猫を飼いたかったのなら、私に相談してくれればよかったのに。 スミレにはいつも寂しい思いをさせて、私もすまないと思っていたんだ。 思えば、今は亡き母さんに――」 (――何かキッカケがあれば、母様の話が出てくるんです。この場を離れますよ、シフォン) (えっ、でも話を聞かなくてもいいんですか!?) (この話は既に何千回も聞いています。お望みでしたら、一字一句間違えずシフォンに言えます。ほら、行きましょう!) 涙ながらに長い物語を語りだす聖職者を置いて、二人は駆け出す。話に夢中になっているセレクトは、気付かない。 路地裏を通って露天通りを抜け、区域から少し離れた場所で足を止めて息を吐く。 怪我を押して走るシフォンはそれだけで体力を奪われたが、スミレは息も切らしていない。 「ゼイ、ゼイ……わ、わざわざ逃げなくてもよかったんじゃ……?」 「あのまま何時間も呑気に話を聞いていていいんですか? 猫はまだ見つかっていないのに」 「うっ――」 たかが猫一匹、されど猫一匹。手掛かり一つ見つからず、シフォンの初仕事は難航していた。 意気揚々と飼い主の家の近所を捜し回ったが、何も見つからず。通行人に話を聞いても、要領を得ず。 当てもなく探し回っている内に、先程スミレの父親に出くわしてしまったのである。 「……それにしても、困ったことになりました……父を誤解させてしまった」 「あ、後で僕がきちんと話をしておきますから!」 「どう言い訳をするのか、先に私に聞かせてくださいね。私が許可を出した後、父に説明して下さい」 「検査されてる!? き、きちんと話しますから!」 信頼に価する男になりたいのに、順調に信頼を失っている。 この都に来てからというもの空回りの連続で、シフォンはもう泣きたくなった。 そんな少年の悶々とした思いとは別に、少女もまた悩んでいた。 「今更弁解しても手遅れかも知れませんね、もう……」 「手遅れ? で、でも、ペットを飼いたいといっただけであって、それほど大層な事では――」 「シフォンは、私の父の行動力を知らないからそう言えるんです」 赤いローブの影に隠れて、スミレは深い溜息を吐いた。シフォンは首を傾げる。 傾げるしかなかった、この時までは―― 「スミレ、父さんからのプレゼントだ! ほら、可愛いだろう……?」 「ほら、言った通りでしょう?」 「すいません、本当にすいません……!」 その日の夜、ご機嫌で猫を連れて自宅へ帰ってきた父親。 シフォンはプライドも何もかも捨てて、スミレに土下座して謝った。 to be continued・・・・・・ |
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