第十話 「友達」




 黒猫は、不吉の象徴とする迷信が存在する。目の前を通り過ぎるだけで不吉、特定の日に黒猫を見ると不幸な目に遭うとまで言われる。

悪魔崇拝主義者、もしくは魔女たる証拠として扱われた事も過去に歴然としてあり、生まれながら邪悪とされている。

全身が真っ黒な毛に覆われ、暗闇の中で不気味に光る目が、多くの人々に恐怖の念を起こさせる。


その黒猫が人語を話すとあっては、シフォンが夜中に飛び上がっても無理は無い。


「ね、ねねね、猫が喋った!? 魔女か、魔女の祟りなのか!!」

『静かにして下さい! この家の住民に聞こえてしまいます!』


 耳に響くのではなく、頭の中に届く声。知性ある女性の静かな言葉に諭されて、シフォンは落ち着きを取り戻していく。

相手は小さな黒猫だから、早く正気を取り戻せたと言える。不吉とされる動物であっても、見た目は愛らしい。

驚愕混じりの冷や汗が背中に張り付いているが、シフォンは寝床に座り直して黒猫を見下ろす。


恐る恐るといった具合に、慎重に彼は話し掛けた。


「え、えーと……本当に、君が話しているんだよね?」

『はい。まさかとは思いましたが、"声"が届いて本当によかった。意思疎通出来る御方と御会い出来たのは、幸運でした。
お願いします、私の話を聞いて下さい。現状を認識したいのです』


 口を全く開かず、黒猫はシフォンに訴えかけてくる。相手の必死さが、シフォンに冷静さを取り戻させてくれた。

言いたい事、聞きたい事など頭の中を整理すればキリがない。相手も情報を求めているのなら、好都合と言える。

真夜中でありながら眠気も覚めて、ハッキリした意識を保ってシフォンは黒猫と向き合った。


「意思疎通って君、誰とでも話せる訳ではないの?」

『恥ずかしながらまだ未熟でして、あの方と由縁のある方にしか私の思念は届きません。
状況も分からぬ中迂闊に話しかける訳にもいかず、機を伺っておりました』

「それが僕――あ、あのさ、もしかして」


 徐々に、心臓の鼓動が高鳴る。何度も何度も期待しては落胆して、なかなか前に進めずやきもきしていた自分。

不安はいつも胸の中に巣食っていた。希望は捨てないように、必死でしがみついていた。だからこそ、もう裏切られたくない。

シフォンはなかなか言葉を出せずにいた。否定されるのが怖くて、肯定の意思を確認出来ずにいる。


けれど、厳しくとも現実と向き合うと誓ったのだから――


「あの方というのは――先程君が言っていた、"お姫様"の事?」

『……やはり、お心当たりがあるのですか!?』


 黒猫がピンッと、耳を尖らせる。素性をハッキリさせなかったのは、シフォンと同じく警戒しているからだろう。

お互い、踏み込みたくても踏み込めない状態。誰を指し示しているか半ば理解しながらも、確たる答えを語れずにいる。

それはすなわち、その者を心から大切に思っているから。本当に大事であれば、陰であっても迂闊に名乗れない。


両者共に相手の気持ちが痛いほど伝わり、想い人が同じである事を確信する。



「お姫様というのは、ニーコ――シェザール国第二皇女ニンファ・シェザーリッヒ様だろう?」

『はい! まさかお城の外で姫様と御縁のある御方に巡り逢えるとは思いませんでした……』



 感慨深げに呟く黒猫だが、シフォンの驚きはもっと大きかった。感動に等しいほどに、心が揺さぶられている。

小さな猫でなければ、大仰に抱き締めていたかもしれない。ようやく見つけた手掛かり、離すまいと必死にもなってしまう。

部屋の扉を開けて左右を確認、スミレや父親が寝静まっている事を確認して静かに締め切る。

誰にも聞かれたくないというのは、シフォンも同様だった。


「僕はシフォン、シフォン・ノーブルレスト。君は、彼女のペットなのか?」

『私は王族に代々仕えている種族の末裔、御側役を仰せ付かっております"ノエル"と申します。
幼少期より姫様と共に過ごし、あの方に大切にして頂いております』

「王族の直属――そんな種族が存在するのか……」


 代々使える種族ともなれば、その関連性含めて忠誠心は絶大なものだろう。己の生涯を、王族に捧げるのだ。

この世に生まれた命の全てを、王族の為に尽くす。自分の人生を、王族と共に歩む。その生き方を、生涯の誇りとする。

小さな猫であるというのに、その肩に背負った任は重い。そして猫でありながらも、まごうことなく背負えている。

堅苦しい話し方ですら、心なしか威厳が感じられるように思えた。


『失礼ながらお聞きしたいのですが、ノーブルレスト様は姫様とどのような御関係なのでしょうか?
幼少期よりあの方にお仕えしておりますが、貴方様との御関係は存じ上げておりません』

「どういう関係と言われても……説明するのが難しいな」


 嘘のような、本当の話。お伽話にも似た出逢い方をして、物語のように刺激的な時間を共に過ごした。

別れはとても切なく、気の利いた挨拶一つも言えずに離れてしまった。傍に置く頼もしさも、守り切る強さも持てずに。

己の不甲斐なさを嘆く事は、もうやめている。前へ進み始めたばかりだけど、足はもう動いているのだから。


シフォンは包み隠さず、話す事にした。


『――そんな……では、姫様は何処へ!?』

「ごめん、分からない……多分城へ戻った筈なんだけど、僕に確認する手段がない」

『……賢明な、判断です。
王や第一皇女様も姫様をお護りして下さった貴方様を責める真似はなさらぬでしょうが、過失は問われたでしょう。

それに万が一姫様はお戻りになられていないのなら、下手をするとノーブルレスト様が――』

「僕はいいんだ。それより君こそ、ニーコの居場所に心当たりはないか?」

『申し訳ありません。姫様は御城の外に出られた事がありませんので、皆目見当も……御役目失格です』


 責任感が強い分、相手の失敗より自分の失敗を戒めるタイプのようだ。猫でありながら、人の自分より立派だとシフォンは自嘲する。

真実には至らず手掛かりも結局手に入れられなかったが、着実に一歩ニンファに近付いた手応えは感じていた。

今だ行方も知れないお姫様を心配に思う気持ちは強くあるが、今は少しでも多くの情報を追い求める。

シフォンは腰を据えて、第二皇女の御側役と対話する。


「ニーコは、"友人"が誘拐されたのだと言っていた。城の中に彼女の友達と言える人は?」

『王様や第一皇女様とはよく話されておりますが、家族の間柄。私は姫様の御側役に過ぎず、御友人となりますと……』

「いなかった、と? でも確かに彼女は友達だと――名前は何て言ってたかな……」

『……このような事を申しますのは心苦しいですが、姫様は友達を強く求めておられました』


 聞いたような記憶があるのだが、残念な事に繋がらない。喉元まで出掛かっているのだが、まるで脳が拒否しているようだった。

情報と記憶を手探りに並べていきながら、手掛かりとなりそうなものを探す。


『貴重なお話、ありがとうございました。お陰様で、大よそではありますが現状は把握出来ました』

「そういえば君は今までどうしていたの?」

『……それが……覚えていないのです……』

「覚えていない?」

『左様でございます。お城で姫様が御食事に出られまして、私は部屋でお帰りになられるのを待っていたのですが……
気がつけば、何処ぞと知れぬ家の中。前後不覚で状況も見えず、迂闊に行動も出来ずでした。

そこへ男性の方が私を出して下さって、こうして家まで連れて来られたのです』


 何とも、話の見えぬ事である。人間ではなく、猫の視点から語られているだけに余計に見え難い。

状況を見れば、この猫が城から連れだされた――つまりは、誘拐されたとも取れる。

誘拐された黒猫を助け出す為に、深窓の姫君が単身追う。あの優しいお姫様ならば、十分にありえる。

しかしそうなると、もっとも恐れていた可能性に該当する。


あの優しい父親が、皇女誘拐に関わっている……?


一度は考えた、可能性。そして考えるのを止めた、可能性。再び浮き出た、可能性。

掴んだ手掛かりが正しいのか、間違えているのか――判断するには、情報が足りない。


今シフォンの手元にある情報だけでは、足りなかった。








































 




to be continued・・・・・・







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