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◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第四十三話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
高町なのは  クリステラのご両親がマフィアに狙われている娘に、本国へ戻ってくるように諭している。
まあ、当然の話だと思う。むしろ遅いくらいであり、それくらい娘であるフィアッセの意思を重んじてくれたのだろう。
フィアッセは日本には思い入れはあるが、しがみつく程の執着はないはずだ。本国でご両親の庇護下に置かれれば日本にいるよりも安全だろう。

フィアッセ・クリステラはそこまで話した上で、おずおずと俺を見上げてくる。

「リョウスケ。私、どうすればいいかな」
「そりゃ帰った方がいいだろう」

「ひどい……リョウスケのバカ!」
「何で!?」
「ないわー、クローンのアタシが見てもその返事はないわー」

 至極当然の回答をしてやったのにフィアッセは唇を尖らせ、シルバーレイは呆れた様子で感想を述べてくる。何なんだ、この女共。
フィアッセの態度からして俺と離れたくないらしいが、命に代えてもやらなければならないことでもない。もう二度と会えなくなる訳でもないしな。
そもそもの話、俺はフィアッセの事は身内としか思っていないし、美人であろうとも恋愛なんぞしたくなかった。

本人は嫌いじゃないけれど、ご両親の反対を押し切ってやるほどの思いはない。

「親が心配しているんだから帰ってやれよ」
「良介に言われても説得力ないよ。孤児院の人たちも心配しているよ」
「何でそれを知って――あっ」

「い、いや、ほら、高町の家にお世話になっていた以上、ある程度の事情は説明しないといけない訳で」

 孤児院の連中が海鳴に来ている以上秒読みではあったが、フィアッセは余裕で俺の事情を口にしている。
一瞬疑問に思ったが、警察関係者を睨むと、リスティは困った顔で弁解していた。くそっ、永遠に口封じするべきだったか。
過去を知られて困ることはなにもない。親に捨てられて孤児院入りなんて珍しい話でもないし、盛り上がるような不幸話でもない。

ただフィアッセへの説得材料が減るのは勘弁してほしかった。

「せっかくだし、セルフィと一緒に飛行機に乗って帰ればいいじゃないか」
「話は伝わっているかと思うけど、少なくとも今は私は帰るつもりはないよ」
「ぐっ、セルフィはどうして帰らないんだ」
「職場の人達には申し訳ないけれど、組織に狙われている以上巻き込む訳にはいかない。
今回リョウスケに協力してくれた人たちのお話だと、本国のレスキュー隊にも事情は説明してくれているようなんだ。

私からもいずれ連絡はするつもりだけど、少なくとも今は日本にいた方が安全だからね」

「うんうん、そうだよね! シェリーもこう言っているよ、リョウスケ!」
「あ、君も私のことはシェリーでいいからね。仲の良い人からはそう呼ばれているんだ。
手紙とかでそう言ったと思うけど改めてよろしくね」

 セルフィことシェリーを引き合いに出したら、やぶ蛇になった。ニコニコ顔で半ば無理やり握手してきやがる。
災害現場のどさくさで誘拐された以上、確かに職場復帰するのは問題かもしれない。下手をすれば、職場の人間を巻き込んでしまうことを心配する気持ちも分かる。
だが、日本にいた方が安全だというのはいかがなものか。ニューヨークでチャイニーズマフィアの誘拐事件が起きたと荒れば、それこそアメリカ当局が黙っていないはずだ。

その点を説明すると、不思議そうな顔をされた。

「でもここにいれば、君が守ってくれるんでしょう」
「お前、アメリカという大国と日本の一市民のどっちが頼れると思うんだ」
「うーん、私達を助けに来てくれたの、君だしね」
「そうだよ、私の大事な家族を助けてくれたのはリョウスケでしょう」

「俺も囮として一緒に救出されたんだけど!?」

 いかん。劇的に救出された後なだけに、俺への信頼度が無限大に上がっている。待て女供、思い違いをしているぞ。
まずそもそもの話、俺がアジトを潰したのではない。あくまで救出部隊であり、夜の一族が資金と人材を投入して救い出してくれたのだ。
しかも肝心な話、その救出された中に俺も含まれていた。俺はあくまで囮としてアジトに潜入していただけで、一緒に助け出されたのである。

確かにこいつらの安全確認をしたのは俺だけど、それもシルバーレイの手引きによるものだからな。

「ハァ……意外と面白い茶番劇だったので黙ってみてましたけど、そろそろ脱線してきているので口出しを。
そっちのHGS、フィアッセでしたっけ。

貴女が日本にいたいとワガママを言うのは勝手ですけど、ご両親が反対しているっていう話でしょう」
「あっ、そうだった!?」
「そうそう、あくまで帰ったほうがいいというのは俺個人の意見に過ぎないから」

 おいおい、極めて常識的な意見を言ってくれるじゃないか。アリサ以外にこういう冷静な指摘をしてくれるのは俺の周りでは案外少ないから、貴重だった。
俺がいいことを言ったとばかりに視線を向けると、シルバーレイは得意げな顔をして微笑んで見せてくれた。どうです、役に立つ女でしょうと言わんばかりに。
俺の右腕を自称するシュテルも頭がいい割にボケたりするので、こういう事を言ってくれる女は貴重だった。

意外な役割にちょっと驚きつつも、シルバーレイの意見に乗っかる。案の定、フィアッセは露骨に困った顔をした。

「リョウスケの言っていることは分かるし、ママやパパを困らせたいわけじゃないんだけど……
例えばリョウスケが一緒に来てくれるのは駄目かな。費用は全て負担するから」
「俺もマフィアに目をつけられているから、お前と渡航するとご両親の負担が増すんじゃないか」
「うーん、うーん、じゃあ……」

「あの――とにかくまずは、ご両親と話し合ってはどうですか」
『あっ』

 今まで黙って聞いていたフィリス、海鳴の常識人が建設的な意見を述べる。
話し込んでいただけに見えなかった結論であり、第三者なら当然の指摘。

こうしてフィアッセのご両親と対面することになりそうだった、なんでだ。





























<続く>


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2023/09/09(Sat) 16:48:37 [ No.1045 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第四十二話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
高町なのは  結局、翌朝になっても開放されなかった。
静養させられていた施設はやはり海鳴大学病院ではなく、夜の一族が建設した保護施設であるらしい。いつの間に建造したのか不明なのがちょっと怖い。
マフィア達がこの施設を辿り着くのは不可能との事で、俺達の安全を考慮して保護と静養目的でこの施設に入れられていると聞かされた。

俺にも所在不明なのが気になるが、フィリス達の安全も考慮されているのでありがたいと思うしかない。

「剣士さん、おはようございます」
「無事に合流できてよかったよ。妹さんたちも作戦に参加していたのか」
「一人でも逃せば禍根を残すとのことで、私が敵の補足を務めました。アジトにいた者達は全員捕縛しております。
ただ――」
「ただ?」
「アジトを調べていて判明したのですが、別の作戦を展開していたようでアジトを出ていた者達がおります。
その者達については引き続き追跡中です」

 妹さんこと月村すずかは申し訳無さそうな顔をするが、いもしない人間の”声”を探るのは流石に不可能だろう。
万物の"声"を聞ける妹さんの能力はほぼ万能だが、聞いたことのない"声"の主を追うのは無理だった。
そこまで特定できれば無敵だからな、夜の一族の王女といえどそこまでの祝福は与えられない。だからこそ、人間らしいと言える。

妹さんより聞いた話だとディアーチェ達は全員参加したが、怪我人も出なかったようだ。

「チームは今二手に分かれています。ディアーチェさん達はフィアッセさんを、ディードちゃん達はリスティさんを護送に出向きました。
私とオットーちゃんがこの病院の防衛に努めているところです。もっともオットーちゃんも休養がてらとなりますが」
「……なるほど、考えてみればオットーは昨日の朝から俺にずっと張り付いていてくれたからな。流石に疲れも出るか。
ゆっくり休ませてやってくれ、妹さんがいれば安心だからな」
「お任せください、剣士さん。残党達はアリサちゃんも夜の一族に協力して追っているので、剣士さんは何も考えずに休んでほしいとのことです。
アリサちゃんも昨日からずっと働いているので、なのはちゃんがカバーしてくれています」

 ……俺が何もしなくても各自、自分の役割を果たしてくれるので助かるのだが、俺がリーダーである必要があまりない気がしてきた。
マフィアの残党達の動きは気がかりではあるが、アリサをブレインとして夜の一族が総力を上げてくれているのであれば問題ないだろう。
ディアーチェ達も引き続きHGS患者であるフィアッセやリスティを守ってくれている。少なくとも彼女達がいれば、襲われても対処できるだろう。

フィリスやセルフィを救出できたので、フィアッセやリスティをこの施設へ連れてくるつもりなのだろう。

「俺はこのまま寝ておくのは駄目だろうか」
「剣士さんが救出されたと聞いて感激していた様子ですので、立て籠もりでもしない限り押しかけてくるのではないかと」
「ぐっ、お涙頂戴は苦手なのに……」

 皆無事で良かった、めでたしめでたしでいいはずなのに、何故か俺を再会ドラマに立ち会わせようとしている。
護衛として当然の任務だと言っても、聞き入れてくれないだろう。感謝感激雨あられという地獄が、今から待っている。
事情を説明しないといけないし、仕方がないとはいえ、気が重かった。感謝されるのは苦手である。

敵と戦って終わりというわけには行かないのが、人間関係の厄介な点だろう。斬り合いならば後腐れもないのに。



「フィリス、シェリー! 本当に無事で良かった!」
「心配したんだぞ、馬鹿! たく、怪我がなくて安心したよ……」
「ごめんなさい、心配かけて」
「もうそんなに泣かなくてもいいのに……大丈夫だよ、全部リョウスケが解決してくれたんだからさ」

「おい、お前がフォローしたおかげだと言ってくれ」
「いやですよ。良介さんならいざ知らず、あの人達に感謝されても嬉しくもなんともありません」

 ディアーチェ達に護られて施設に到着したフィアッセとリスティが、出迎えたフィリスやセルフィと再会の抱擁を交わしている。
さり気なく俺に手柄を押し付けるセルフィの言葉にうんざりして指摘したが、俺の隣で同じく嫌そうな顔をしているシルバーレイがそっぽ向いた。
シルバーレイも感謝感激なんて嫌だったらしく、彼女達に立ち会うのを最初拒否したが、どうせ押しかけられると説得して渋々連れてきたのである。

めちゃめちゃ喜んでいたフィアッセとリスティがひとしきり感動劇を終えて、駆け寄ってくる。

「リョウスケ、本当にありがとう。私の大切な家族を助けてくれて。
やっぱり私の騎士様は頼りになるよね、大好きだよ」
「あんまり嬉しくない」
「ええっ、ひどいよー! こんなに満たされた喜びを分かり合いたいのに」
「分かち合いたくないから言ってるんだよ、馬鹿」

「いつもならフォローでもしてやるところなんだが、今回ばかりはフィアッセと同じ気持ちだ。
リスティやシェリーを助けてくれて、本当に感謝してる。
聞いた話だと囮役を買って出てまで敵アジトを突き止めて、二人を救出してくれたそうじゃないか。

何てお礼を言ったらいいのかわからないけど、告ってくれたら付き合ってもいい心境だよ」
「世の中にはありがた迷惑という言葉があってだな」

 美女二人に告白されるのは悪い気はしないが、大事な人を救ってくれたという感謝から出ている気持ちなので微妙である。
こういう高揚はあくまで一時的なものなので、月日が経てば自然と気持ちは落ち着くものでだ。
フィアッセやリスティなら感謝を忘れないだろうが、別に恩義を着せるつもりでやったわけではないので気持ちだけ受け取っておこう。

そもそもそれで恋愛関係になんぞ発展したら、夜の一族の連中がうるさいからな。救出作戦はほぼあいつらがやってくれたんだから。

「それでそっちの子がフィリスのクローンーーいや、シルバーレイだったか」
「そうそう、それでお願いします。オリジナルとアタシは別人なので」

 クローンと呼ばれる事を嫌うのは、HGS患者とマフィアに関わった者達であれば共通認識だろう。
お互いその点を踏み込むような真似をせず、あくまで一個人として尊重することを選んだ。
脛に傷を持つからこそ成り立つ配慮であり、気遣いだった。俺の場合はクローンに関わった事が多いため、自然と身についてしまった。

なにしろディードやヴィヴィオ達、俺の遺伝子を継いだクローンが自分の子供になっているからな。もはや他人事ではない。

「リョウスケにつけてもらった名前なんだよね、いいな」
「別に茶化すつもりはないけど、名前の由来がどういったものか、余裕で検討つくな」
「その点についてはアタシ自身どうかと思うんですけど、まあいいです。今ではそれなりに気に入ってるので。
貴方達の事は名前で呼ぶので、アタシについてもシルバーレイでお願いします。

仲良くする気はあんまりないですけど、良介さんに迷惑をかけない程度には良くしてあげますから」

 どういう自己紹介なんだと思ったが、リスティ達は気を悪くした様子はない。個性だと好意的に受け止められているようだ。
特にフィリスは自分のクローンなだけあって、シルバーレイを妹のように見ているらしい。色々気遣っている素振りを見せている。
フィリスのそうした優しさを煩わしそうにしているが、文句を言うほどでもなく不満げにしながらも一応受け止めてはいる。

いずれにしても今後なんとかやれそうではあった。

「ここは安全と聞いている。フィリスやシェリーはもちろんだが、フィアッセもできればここで隠れておいてほしい」
「う、うーん……どうしようか、リョウスケ」
「安全第一なのは当然じゃないか。なんでそんなに悩むんだ、別にあのマンションでなくてもいいだろう」
「そうなんだけど、ママやパパが」
「お前の両親?」

「うん、今回の件もあって心配だから本国へ戻ってきてほしいようなの」

 ーー娘が滞在先でマフィアに狙われており、家族同然の友人達も誘拐に巻き込まれた。
親なら当然の判断で、反論する余地は一切ない。むしろ今までの対応が甘かったというべきか。

しかしそうなるとーーこの護衛ゴッコも必要なくなる。素人である俺はお役目御免となってしまうだろう。





























<続く>


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2023/09/02(Sat) 20:18:45 [ No.1044 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第四十一話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
高町なのは  救出部隊としか聞いていなかったのでどんな連中かと思いきや、公的機関の服装を着た者達だった。分かりやすく言うと、警戒心を与えない佇まいの連中である。
室内に入るなり、俺達を確認した者達は即座に駆け寄って保護。暴れていたマフィアの男は捕縛され、オットーは姿を消したまま退散していた。
可笑しな話だったのが、連中が真っ先に俺の存在を確認して安堵の様子を見せた事である。夜の一族の干渉が明らかに感じられて、内心ちょっと笑ってしまった。

フィリスとセルフィも当然のように保護、残るは応急処置をされたシルバーレイの存在。部隊の偉い人が、何故か俺に聞いてくる。

「情報によればこの者、マフィアの手の者との事ですが」
「まあ、そうかな」
「ちょっと良介さん、コウモリだってもうちょっと手のひら返しに悩みますよ!?」

 頭を怪我している分際で元気に文句を言ってくるクローン女、うるさい奴である。結局フィリスが苦笑いを浮かべて、取りなしてくれた。
現場の状態を確認したかったのだが、その点はさすがプロと言うべきか、生産な場面は一切見せずに俺達はアジトの外までガッチリ連れられて、救急車に載せられる。
全員無事だったのだが、寝かされて身体を調べられた。潜入作戦を始めてから一体どれほど経過したのか、考えてみれば飲まず食わずで緊張を強いられたのだ。

事情聴取とかその辺は後回しで、俺達は病院で休まされた。

(リスティ達が心配ではあるんだが……やはり自由に行動させてもらえないか)

 救出部隊には、リスティやさざなみ寮が襲われる危険性は伝えておいた。だが、それ以上の干渉は認められなかった。
考えてみれば無理もない。夜の一族というスポンサーがいても、俺自身は一般人なのだ。戦力として見なしてくれないのは当然だった。
むしろ夜の一族の連中こそ、俺に危険な真似をしてほしくないと思っている。プロを雇う資金も権力もあるのに、わざわざ危険な真似をさせる意味合いは全然なかった。

俺も気になるが、剣を持って戦いに行きたいかどうかと言われれば悩む。あくまでリスティがやばそうなので、力になりたいという気持ち程度でしかないからだ。

「とりあえず、寝るか」

 果報は寝て待て、とよく言ったものだ。何も出来ないのであれば、何もする必要はない。
昔は剣を持って病院を脱走なんぞとやらかしたものだが、その行動の結果は悲惨なものだった。目も当てられない事態になって、余計なトラブルを招いてしまった。
何の情報もなく行動するのは危険すぎる。幸いにもディアーチェ達がいるので、あいつらが掴んでくれているだろう。

それまでは体を休めておくことにしよう――潜入作戦が開始してからほぼ一日、俺はようやく体を休めた。








 思っていた以上に精神的に疲れていたのか、仮眠まで取ってしまった。
静かに休ませようという配慮なのか誰も訪ねてこず、病院のベットでガッツリ眠ってしまっていた。不覚である。
そもそも病院と言っているが、どの病院なのか分からない。窓から外を見れればいいのだが、この病室には何故か窓がない。

海鳴大学病院に運ばれているとは思えない、マフィアがフィリスを攫った場所だ。安全を確保するには、彼らの目から逃さなければならない。

「今晩は、良介さん。今起きていたりしますか」
「ドアくらいノックして入ってこ――お、お前、どうしたんだその髪!?」

 俺の病室に無断で入ってきたのはシルバーレイ――なのだが、フィリス譲りの長い髪がカットされてしまっていた。
見事なまでのショートカットになっており、シルバーブロンドにフィリスの面影が消えてしまった。顔立ちもくっきり浮かび上がっている。
シルバーレイという名前の少女はもう、完全にフィリスとは一画する存在となった。二人が並んでも、よくて姉妹と言ったところだろう。

変だと言うつもりはない。フィリスとはタイプの異なる美人になったというだけだ。

「怪我の治療がてら、スッパリ切ってもらったんですよ。元々鬱陶しかったですし、ちょうどいいかなって。
どうです、似合いますか」
「個性が出ていいんじゃないか」
「せめて素敵だねとか言ってもらいたかったですが、まあ良介さんに望むのは酷ですね」

 最近出会ったばかりの女の髪型が変わったことに、大げさな感想を求められても困る。本人もそれは分かっているのか、ノホホンと笑っていた。
一応マフィアの手先だった女なのだが、監視の一人も付けられずに一人でここへ来たらしい。それはそれでどうなんだろうか。
俺が裏切りの手引きをしたからと言って、全面的に信頼されている訳ではないはずだ。案外、俺の傍なら害はないとでも判断されたのだろうか。

シルバーレイはベットの傍の椅子に腰掛けた。

「色々うるさく取調べされましたけど、とりあえず良介さんの味方をした功績が認められて制限付きで行動が認められました。
良介さんの言う通り、クローン研究はこちらの方が進んでいて、アタシのメンテナンスもやってくれるそうです。

一時はどうなることかと思いましたが、少しは未来が見えてきましたかね」
「契約はこれで果たしたな」
「ええ、まあ一応約束を守ってくれたことには礼を言いますよ。超能力の使用は盛大に制限されちゃいましたけどね」

 さすがカレン達、情には一切流されずに容赦なくシルバーレイの能力に制限を加えたらしい。
まあ救急車を遊び半分で暴走させるような女だ、首輪の一つでもかけられていた方がいいに決まっている。
シルバーレイ本人も不服そうではあるが、制限をかけられた事に対して抵抗はしなかったようだ。立場をわきまえる理性はあるのだろう。

オリジナルがフィリスなだけに、お人好しな部分も少しは受け継いでいるのかもしれない。


「お前はこれから先、どうするんだ」
「良介さんを手伝いますよ」
「は?」

「日本のアジトを一つ潰しましたけど、組織はまだ健在。裏切ったことまで伝わったかどうかはわかりませんが、敵側に捕獲されたのは明白。
下手すると処分されちゃいますし、だからといってコソコソ隠れているのも割にありません。

良介さんがマフィアを潰してくれるんなら将来安泰ですしね」
「待て待て、俺はマフィアを潰すのが目的じゃないぞ!?」

「分かってます、LCシリーズ――他のHGS患者を守るのが目的なんでしょう。
アタシはオリジナルとは違って戦える力がありますし、一人や二人余裕で守れます。

今回の件だって良介さんの目の届かないところで起きていますよね。これから先も同時に狙われると厄介なのでは?」

「うぐぐ……」

 ニヤニヤ笑いながら痛いところをついてくるシルバーレイに、俺は黙り込む。
実際日本でフィリスが狙われて、セルフィが海外で誘拐された。同時に狙われてしまうと、厄介なことになる。
夜の一族や俺の仲間たちの協力を得れば同時展開は可能だが、間違いなく大事になってしまう。少数精鋭が望ましいのは事実だった。

それにシルバーレイは元組織の人間。奴らのやり口には精通している。

「メンテナンスの件もあるので、本当は嫌ですけどしばらくオリジナルの所でお世話になることになりました。
もう一人のセルフィ、でしたっけ。あの子も安全が確認されるまで、日本に滞在するようですよ」
「えっ、本国へ帰らないのか」
「ここの守りの方が固いらしいので、事件が解決するまで休暇を取らせるようです。
良介さんに守ってもらうみたいなんで、頑張ってくださいね」

「ちゃっかり押し付けられてる!?」

 ようやく救出できたかと思ったら、単に護衛対象が増えてしまっただけという現実。
味方は増えたけど、シルバーレイは明らかに面白がっていて、こいつも制御不能な存在。

一つの局面が終わりを迎えたが、事件の解決まではまだ程遠い。

























<続く>


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2023/08/25(Fri) 20:44:26 [ No.1043 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第四十話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
高町なのは  負傷したシルバーレイを連れて乱入してきたのは、ツリ目の男だった。
目尻が少しつり上がっており、鼻が低い。欧米人種の知人達に比べて彫りが浅く、丸い顔立ちをした印象がある。
口角が少し広く、下唇がぽってり、上唇が薄めというアジア人独特の特徴。

チャイニーズマフィアの一員だからと決めつけるつもりはないが――大陸系の人種であることに違いはない。

「こいつを誑かせたのはてめえの仕業だな」
「むしろ俺が騙されたと言いたい。俺が人質になるから、こいつらを解放しろ」

 血が滲んだナイフをぶら下げてぶっきらぼうに述べる男に対して、俺は強気に要求する。
立場的に見れば圧倒的に不利だが、俺が騙されているという事実を知らない態度でいくのならこういう姿勢が望ましいだろう。
シルバーレイが血を流していながら致命傷ではないところを見る限り、まだ疑われているくらいで疑惑が確信にまで変わっていない。

疑っているというだけで女をナイフで殴打するなんてどうかと思うが、マフィアにそんな道徳を期待するのは酷だろう。

「へえ、つまりこいつがどうなってもいいと言うんだな。あくまで知らねえと」
「仲間割れなら他所でやってくれ」

 結構際どい返答である。シルバーレイの裏切りに自分達は関与していないのだと、すっとぼける。
マフィアが自分の非を認めて謝罪する展開なんて、映画の中でも起こらないだろう。子供のおとぎ話ではないのだ。
疑わしきは罰せずという、安易なやり方も望めない。シルバーレイが害する危険性があることを承知の上で、俺は素知らぬ顔をする。

俺が認めてシルバーレイの解放を訴えても、こいつは聞く耳を持たないだろう。

”良介さん、聞こえます? テレパシーで貴方の精神に干渉して話しかけています"

 もしかしたらと思っていたが、シルバーレイが超能力を駆使して俺に話しかけてきた。
一般人の俺なら大いに驚く展開なのだが、あいにくと今の俺は驚きよりも困惑があった。
俺は念話という魔法による対話を何度かしたことがあるのだが、超能力は似て非なるものである為伝わり方が異なっていて困惑してしまう。

世の中、本当に色んな対話のやり方があるらしい。

”良介さんが心で思念を発してくれたら、アタシが拾い上げるんで伝わります。
それでまず第一に聞きたいんですけど――

この後の展開をちゃんと考えてくれているんですよね?”
”ごくろうだったな、お前は立派に役立った”
”速攻で切り捨てるの、どうかと思うんですけど!?”

 慌てる素振りも見せず、傷を負ったシルバーレイが呆れた眼差しを向けてくる。
裏切り者だと糾弾せずに、不謹慎だぞと不満を訴えるのみ。つまり、シルバーレイは事ここに至っても俺が裏切るとは微塵も思っていない。
フィリスとセルフィの無事を確認し、救出部隊に突入してきたので、後は助けが来るのを待てばいい。今危機的状況ではあるが、この場にはオットーも姿を消して待機してくれている。

シルバーレイを切り捨てるには絶好の機会ではあるのだ。だが、肝心の本人は裏切られるとは思っていないようだ。

”ここまで献身的に尽くした女を切り捨てるなんて極悪非道ですね。
オリジナルの記憶だと婚約者とか愛人とか子供とかいるって話ですけど、こんな調子で女をだまくらかしているんじゃないですか!”
”結構痛そうな怪我の割に元気だな、お前”
”これでも頭がくらくらしているんです。
まさかこいつが残っていたなんて油断しました……超能力でぶっ飛ばしてやりたいけど、頭が猛烈に痛くて集中できないんですよ”

 ああ、なるほどな。だからこいつは大人しく捕まっていて、この男もそれが狙いでシルバーレイの頭をどつきやがったのか。
どうやら超能力を発動するには、強い集中力が必要となるらしい。HGSに関する研究は道半ばであり、超能力に関する研究はまだまだ未知の領域。
シルバーレイは自由自在に使いこなしているように見えるが、フィリスというオリジナルがなければ成立しないし、その力も集中しなければ使用できない。

実践で使いこなすには、まだまだ研究と練習が必要なのだろう。

「そうかい、だったら――死ねよ!」
「キャッ!?」

 男はニヤリと笑ってシルバーレイを突き飛ばす――俺に向かって。
咄嗟に蹴飛ばそうとするが、次の瞬間気づいて反射的な行動を抑制する。それがよくなかった。
庇うか、見捨てるか。どちらかにするべきだったのに、どっちも取らずの行動。結局俺達はぶつかってしまい、お互いに倒れ込んでしまった。

マフィアでなくても、その隙を見逃す事はないだろう。男は真上からナイフを振り上げる――

「――」
「ぐっ、なんだ!?」

 振り上げた手が途中で止まり、男がその場で一回転して倒れる。
予期もしない行動に肝心の男が混乱しまくった声を上げるが、それもまた隙であった。
何が起きているのか察した俺は倒れたまま男を蹴り飛ばし、その勢いを利用して一緒に倒れ込んだシルバーレイを丁重にどかした。

本人も足で纏いだと自覚しているのか、慌てて起き上がって後方へ移動する。

「貴女、えーと……シルバーレイ、傷を見せてください」
「……言い慣れていない感じが微妙にムカつきますが、今は目眩が酷いので文句言うのはやめておきます」

 フィリスに保護されたシルバーレイは、改めてオリジナルであるフィリスにどう接すればいいのか分からず困惑している。
家族みたいな関係性に見える光景だが、今はそんな微笑ましい場面は後回しにする。
俺に蹴られた男はその痛みで覚醒したのか、即座に立ち上がる。無駄に反撃したのは良くなかったかもしれない、余計な刺激を与えてしまった。

俺もまた立ち上がるが、手の拘束が解けていないので辛い。

「何だ、誰かいやがるのか!? それともこれも超能力ってやつか!」

 敵が混乱しているこの状況、決断を迫られる――押すか、引くか。

通常なら問答無用で斬るのだが、夜の一族の連中から絶対手を出すなと言及されている。
自分なりに強くなれたとは思うが、マフィアと戦えるようになったかどうかは未知数。というか、少なくとも一般人なら手を出さない。

この境界線をどう捉えるのか。今までは一人だったので道場破りでも何でもやれた。でも今は――


「良介さん、下がって」
「馬鹿なことをしちゃ駄目だよ、逃げるんだ」

 プロのドクターと、プロのレスキューが止めに入る。命の大切さをよく知る、二人が。
ハッと我に返った俺はフィリス達を連れて下がらせる。シルバーレイは応急処置がされていて、本人もようやく気を取り直したようだ。
男もこっちの動きに気がついたのか、目を血走らせて突進するが――仰け反って、倒れた。

頭に応急処理をされたシルバーレイが、俺の傍に駆け寄る。

「姿は消えていますが、あそこに絶対誰かいますよね。何なんですアレ、透明になれるスーツとかあるんですか」
「妙に勘付くよな、お前」
「ちょっと誤魔化さないでくださいよ。まさかずっとあの透明人間が良介さんの傍に付いていたんですか。
だから平然としていたんですね、何でアタシに教えてくれなかったんですかー」

 怪我している割に元気な女である。自己主張の激しいクローン人間を、フィリス達は微笑ましく見ている。
危機一髪だったが、どうにかなった。今更ネタバラシも何もなく、ステルスジャケットを着たオットーが助けてくれたのだ。

助かりそうだから、改めて思う――先程の心境について。

オットーがいてくれたから引いたのではない。あの時前に出るか一瞬悩んだ俺を、フィリスとセルフィが止めてくれた。
前に出るか悩んだこと、他人に注意されて後ろに下った事。どちらも正しいが、同時に剣士としてはどうなのだろうか。
判断としては正しいと思う。だが他人に一瞬でも気を取られてしまう心境は、剣が鈍っていることを意味している。

例えば神速を使う、手が拘束されていても足による剣技を使うなど、やり方はあった。


もしも同じ状況に立たされたら、今度は迷わずに戦えるだろうか……この気の迷いが、実戦に影響しないことを願うしかない。























<続く>


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2023/08/19(Sat) 14:08:38 [ No.1042 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第三十九話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
高町なのは アジト内に衝撃が響いた。
爆破音ではなかったので、多分アジトに多くの人数がなだれ込んだ人の勢いが衝撃となったのだろう。
俺が潜入したことでアジトの位置を把握した夜の一族が、救援部隊を送り込んでくれたのだ。その中には俺の仲間も加わっているのだろう。

カレン達から迂闊に動くなと言及されているが、この状況からすると助けが来るまで待つべきだろうか。

「ちょっと良介さん、貴方のためにここまで尽くした健気な女に今の状況を説明してもらいたいんですけど」
「おっ、ちょうどよかった。今何が起きているのか、確認しに行ってくれないか」
「えっ、何で良介さんが知らないんです!?」

 作戦の当事者がなぜ作戦の概要を知らないのか、驚愕しているシルバーレイ。だって教えてくれないんだもん、アイツラ。
作戦の細部に至るまで全て説明すると、余計なアドリブを入れて台無しにする可能性があると、カレン達が作戦立案から俺を排除した。何でやねん。
酷すぎる仕打ちだが、夜の一族の世界会議をある意味で混乱させた張本人なのだと、抗議が許されなかった。おかげで俺は今何が起きているのか、分からない。

大いに怪しんでいたが、俺の表情を目の当たりにして事実だと理解した瞬間、シルバーレイは口をあんぐり開けた。

「全然信用されていないんじゃないですか。本当に大丈夫なんでしょうね」
「安心しろ、俺の身の安全は一応保証されている」
「アタシが心配しているのは、アタシの今後についてなんですけど」
「お前、自分さえよければいいという考えはやめろよ」
「良介さんがそれを言いますか!? オリジナルの記憶を見ると、入院中の病院から脱走とかしているんですけど!」

 くそっ、こいつフィリスの記憶を通じて俺の過去を知っているからやりづらい。平然と俺の黒歴史を罵倒してきやがる。
そう考えてみると、こいつは意外と俺に似た面を持っている。他人は二の次で自分が大事という、ある種人間らしいクローンである。
まあクローンとはいっても人間と同じ体なのだから、別に差別化する必要性はない。

ただ変に人間らしいと、それはそれで戸惑ってしまう。フィリスなんて自分のクローンなだけに、シルバーレイの感情に驚きを見せていた。

「今確認してきますから、逃げたりしないでくださいね。話がややこしくなるんで」
「頼んだ」

 渋々という感情を全身から漂わせながら、シルバーレイはマフィアの連中に状況確認へ行った。
今がチャンスだ。あいつの事を疑っているわけではないが、あいつがもし監視とかされていたら話が伝わる危険もあるからな。

時間がある今のうちに、話をつけておこう。フィリスとセルフィを手招きして、耳打ちする。

(今アジトを襲撃しているのは、俺の知り合いが編成した救出部隊だ。法的配慮もされていて、何が起きても問題ないように国際的に対応できている)
(ちょ、ちょっとどういう事なの。本当に君、何者なの!?)
(お前が所属するニューヨーク市消防局にも話が通っていて、組織側の混乱も抑えられている。そういう政治的な話ができる奴とコネがあるんだ)
(シェリー、混乱する気持ちは分かりますが、良介さんの言っていることは本当なんです。彼は本当にサムライなんですよ)
(何でフィリスが嬉しそうに言うのか分からないけど……でもニューヨークにまで話をつけてくれているんだ、ありがとう。
皆に心配させて本当に申し訳なく思っていたんだ)

(ちなみに今姿を消しているが、その辺に一人俺達を守ってくれる子がいる)

(えっ、嘘!? 私の超能力にも引っかからない!?)
(全然気づきませんでした……えっ、本当にいるんですか)

 フィリスとセルフィは大いに驚いていたが、過去に修羅場を経験しているだけあって俺の簡単な説明で経緯を理解してくれた。
下手に騒がれると面倒だったが、その点は俺を信頼して状況に身を任せてくれるらしい。大いに助かった。
一般人よろしく取り乱されたり、騒がれたりすると、救出部隊の足を引っ張る羽目になりかねないからな。味方がいることには驚いていたけど。

次の瞬間、銃声が響いた。どうやら戦闘が始まったらしい。気にはなるが、動くなとは言われている。

(脱出することになるので、今のうちに準備しておいてくれ。それとフィリス、何か武器になるようなものはないか)
(! 駄目ですよ、良介さん。絶対行かせませんから)
(違う、違う。何かあった時のための護身用だ)

 剣が欲しいと言っていないのに、フィリスにめっちゃ睨まれた。俺が単身で戦いに参戦するとでも思ったのだろう、その点の信頼はあまりない。
俺の説明を見いてもあまり納得してくれなかったが、フィリスは研究室内を見渡して取りに行ってくれた。俺の信用のなさを見て、セルフィは笑っている。
俺の新しい剣は呼び寄せることもできなくはないのだが、あの剣を呼ぶと俺に付き纏うオリヴィエが危険を察知する可能性がある。

あいつはアリシアに任せているので、元怨霊に干渉されたくなかった。

「これならどうですか、良介さん」
「これはメスーーじゃないよな」
「正確に言いますと、”安全メスホルダー”です。
先端の替刃をスライドさせて、ホルダーに着脱する構造となっているんです。だから刃物だと認識されなかったんですね。

本来は医療関係者が安全に使う為の構造ですが、おかげで取り上げられませんでした。どうぞ」
「助かる」

 調べてみると軽くて、メスが適合替刃として収納されている。ステンレス製なので、意外と武器として扱える構造をしていた。
俺一人ならどうとでもなるが、フィリス達がいる以上全てを任せきりにするのは危険だ。この二人はHGS患者で、夜の一族が警戒している存在なのだから。
フィアッセに至っては排除するべきという意見まで上がっている。この救出もマフィアの殲滅が主であり、フィリスやセルフィの救出は二の次なのは間違いない。

一方、外から聞こえてくる声も優先順位を迫られているようだった。


『嫌だと言っているでしょう、戦いたいならご自分でどうぞ』
『ふざけるな、アジトが襲われてるんだぞ。組織の兵器であるお前が出て行って戦え!』
『今アジトを襲っている連中、明らかにプロの部隊ですよね。つまり、国家権力が関わっている。
なんで無謀な戦いにアタシが行かないといけないんですか、全滅させたってその後追われる身になるだけです』
『何を言っている、貴様は組織を裏切るつもりか!』
『どっちなんですか』
『何だと……?』

『どっちだって聞いているんです。アイツラを倒すのか、第一目標だったサムライやHGS患者達を逃がすのか。
どっちもなんて無理なんで、どっちか決めてくださいよ。

ちなみにアタシが外の部隊と戦って負けちゃったら、日本に唯一あったアジトは破壊されるわ、サムライ達は保護されるわ、目も当たられない結果になりますね』
『ぐっ……』

 ……あいつ、裏切ると決めたら言いたい放題いってやがるな。
多分判断を迫られているのは、このアジトの責任者だろう。おおかたシルバーレイに玉砕してこいと命令して、反論されまくっているのだろう。
冷静になって考えればシルバーレイを特攻させて、その隙に俺達を連れ出せばいいのだが、混乱した最中で判断を無理強いされて困りまくっているようだ。

味方としては頼もしいんだけど、だんだん気の毒になってきた。

『こうしましょう。サムライ達をここからアタシが連れ出すので、本国へ連絡して至急護送する手配をしてください』
『なんだと、連中を放り出しておめおめと逃げ出せというのか!』
『あいつらの目的は組織の殲滅と、人質の救助でしょう。前半は達成できても、後半は妨害できます。
成果を持ち帰れば、この失態も挽回できるでしょう。襲撃を阻止できなかったのは、アタシらの責任ばかりでもない。

ここ半年余りを思い出してください、組織は今世界中から目をつけられているんです。現場の人間に全て押し付けたらたまったものじゃない』
『ぐぐ……』
『アタシの超能力ならアジトの外へ逃がせますよ。さあ、どうします?』
『ぐぐぐ……』

 不自由な選択肢という言葉がある。
一見片方が正確に見えるが、状況が圧倒的に不利であるとそう思い込んでいるだけに見えてしまう。
どちらも正しいという保証なんてないのに、片方があまりにも不利だと、もう一つが正解に思えてしまう悪魔の問いかけだった。

判断を迫っているとーー

『小娘相手に何脅されてるんだよ』
『えっーーきゃあっ!』
 
 研究室の外から、騒音と悲鳴。声の主は、シルバーレイ。
俺は咄嗟にフィリスやセルフィを引っ張って、俺の背後へ下がらせる。

研究室の扉が開いてーー


「この場でサムライを殺して、トンズラすればいいだけの話だ。ついでに、役立たずの兵器も処分してな」
「うっ……この……」

 入ってきたのは、一人の男。
手にするナイフの柄尻には血が滲んでおり、シルバーレイの額から血が流れている。


この状況ーー体の自由そのものはきくが、手が拘束されている。






















<続く>


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2023/08/12(Sat) 19:54:56 [ No.1041 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第三十八話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
高町なのは  案の定フィリスがパニックになったので、シルバーレイが面倒臭そうな顔で説明してくれた。
日本に建てた急拵えのアジトの割には、フィリスのいる医務室は海鳴大学病院の研究棟のように立派な資材が揃っていた。
HGSやクローン研究と聞いて怪しげな研究施設を想像していたが、どちらかといえば医務室のような内装だった。

クローンを研究する上で、人体の診断や分析は必要不可欠であるらしい。研究員のフィリスが狙われる理由も分かる気がした。

「つまり良介さんは、私やシェリーを救出する為に人質交換を申し出たと言うんですか!?」
「わざわざ自分から一人、単独でマフィアに交渉を申し出たんです。良かったですねー、オリジナル」

「……っ」
「良かった筈なのにすげえ睨んでいるんですけど、この人」

 何で私なんかのためにそんな無茶をしたのか、と安堵よりも悲しみを込めた目で俺を見つめるフィリス。
立派な研究員の割に、子供のように素直な感情をフィリスは見せてくれる。それほど純真で優しい女性なのだ。
別に恩に着せるつもりはないし、感謝されたくてこんな事をした訳ではないのだが、だったら何でこんな事をしたのか動機を問われると悩む。

恩返ししたくてやったと言っても、納得しないだろうからなこいつ。

「どのみち俺も狙われていたんだ、安全圏ではいられなかったよ」
「だからといってわざわざ危険な真似をして乗り込んでくるなんて!」
「お前だってどうせ、こいつの事が心配で降伏したんだろう」

「うっ、それは……」

 痴話喧嘩してやがるぜ、と高みの見物決め込んでいたシルバーレイを指差すと、フィリスは露骨に黙り込む。
事情は既に察しているので今更でしかなかったのだが、やはりこいつ無条件降伏しやがったらしい。何考えてんだ。
助かる見込みもないのに人助けしようとするなんて、自殺行為だ。それでも、組織の言いなりになっていた自分のクローンを見捨てられなかったのだろう。

お互いに言い分があるだけに気まずい空気になっていたが、

「まあ、いいじゃないか。フィリスだってリョウスケが来てくれてすごく嬉しかったでしょう」
「それはそうですし、感謝だってしていますけど、リョウスケさんだから不安でもあるんです」
「それはすごく分かる。助けに来てくれたと思ったら、捕まっているし」
「ハリウッド映画みたいな真似ができるか!」

 セルフィが若干揶揄するような感じで言うと、フィリスも涙を滲ませて笑って頷いた。こいつ、そういうところは素直なんだよな。
救助される見込みも立たずにマフィアの言いなりになるのは、フィリス本人だってとても不安だったはずだ。
セルフィのように捕まった訳では無いにしろ、望んで誘拐された筈がない。どうすればいいのか悩み苦しんで、シルバーレイを助けることに集中していた。

俺が無茶したことには怒りつつも、助けに来てくれたのは嬉しいのだと二人は安堵した様子で微笑み合っている。

「外の状況はどうなっているんですか。シェリーが捕まったのなら、フィアッセやリスティも――」
「今のところ、そっちは無事だ。フィアッセは俺達が護衛しているし、リスティはお前の件で最大限の警戒をしている。
警察も動いているし、さざなみ寮も防衛しているから心配するな」

 ――マフィア達が襲撃を仕掛けようとしている件は黙っておいた。
ここで話していても埒が明かないし、どうしようもない。余計な心配をかけるだけなので、平気な顔をしておく。
シルバーレイが余計なことを言い出さないか心配だったが、本人はリスティ達のことはどうでもいいのかケロッとした顔をしている。

ものすごい他人事だけど、逆の立場なら同じ顔をしていると思うので文句は言わないでおいた。

「それと後でごちゃごちゃ言われるのは嫌なので今のうちに言っておきますけど、アタシはもうシルバーレイとして生きるんで」
「シルバーレイ――その名前はもしかして」
「貴女がフィリスと呼ばれているのと同じです。この人がお節介焼いたんで観念しました」

 組織の目があるかもしれないので、シルバーレイは自分の名前を名乗るに留める。それだけでフィリスには伝わったようだ。
フィリスにとって最大の懸念だった、自分のクローン体の出生。マフィアの言いなりになっている人間兵士を説得するべく、彼女は乗り込んだ。
その前提があるからこそ成り立っている、会話。シルバーレイという個人で生きていると暗に告げて、

チャイニーズマフィアを裏切って俺の味方になっているのだと、シルバーレイは自分の名前一つで理解させた。

「それを聞いて心から安心しました。さすが良介さんですね!」
「そうかな、結構チョロいやつだったけど」
「本人を目の前にして言わないでくれます!?  せめて健気な女と言ってください!」

 心の底から安堵した顔で、頬を朱に染めて俺を称賛するフィリス。俺は何でもないことのように言うと、シルバーレイは露骨に怒った。
シルバーレイに梯子を外されると相当やばいのだが、裏切る様子は微塵もないのでこういう軽口も叩ける。
信頼していると言うより、ここまで来たら信じるしかないと言ったほうがいいか。

裏切られたら終わりなのだ、せめてシルバーレイには本音で話した方がいい。


"お父さん、ごめん。遅くなった"
"待っていたぞ、状況はどうだ"


 今話題となっているクローン、俺の遺伝子で作られた子供であるオットーが連絡を取ってきた。
固有武装のジャケットで姿を隠している我が子は、父親の俺でも気配も何も全く感じない。これならマフィア側にもバレないだろう。
それにしても異世界の技術というのはすごいものだ。透明人間になれる服があるなんて、まさに未来的とでも言うべきか。

待ち望んでいた一報に、俺は悟られないように唇だけで話しかける。


"準備は全て出来てる。逃走経路は確保、殲滅部隊も準備完了。根回しも万全だから、ここで何が起きても治外法権だよ"
"待て、ツッコミどころが結構あるぞ。『殲滅』部隊ってどういうことだ"
"お父さんを危険な目にあわせたんだから当然だよね"
"何がだ!? 後根回しってどこまでやったんだ!"
"大人の世界って汚いんだね、僕驚いたよ"
"我が子になんてものを見せるんだ、アイツラ!"

 マフィアに同情なんぞしないし、滅んでほしいとは思っているが、ここは日本である。万引きでも警察が呼ばれる平和な国である。
そんな国で殲滅なんぞやったら大変なことになるはずなのだが、こちらは平然とした顔で部隊まで揃えている。
助かったという安堵よりも、これから始まるカーニバルでむしろ戦慄している

俺まで激しく巻き込まれそうな気がするんだが、大丈夫だろうか。

"唯一の懸念は人質だったけど、さすがお父さんだね。全員救い出せるなんてなかなか出来ることじゃないよ"
"シルバーレイのおかげなんだけど、なんだかあまり苦労した気がしない"
"では全員揃ってるし、作戦を開始するね"

「作戦を開始する!? えっ、今から!?」
「えっ、作戦ってどうことですか良介さん!?」

 あ、しまった。うっかり声に出してしまった。
だが流石に俺を責められないだろう。俺の味方であるはずのカレン達は、俺に何の告知もなく殲滅作戦を結構するつもりなのだから。

シルバーレイが目を見開いて俺を問い質してくるが、

"3,2、1"
"おい、カウントはもっと秒を刻んで――"

 俺が文句をいうよりも早く。

アジトに、凄まじい轟音が響き渡った。






















<続く>


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2023/08/05(Sat) 16:07:30 [ No.1040 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第三十七話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武 誘拐された事を知った時は心配したけど、本人は元気そうだった。
セルフィ・アルバレット、ニューヨーク市消防局で災害救助に従事する女。自ら進んで危険な任務につき、人助けに勤しむ変わった人間である。
彼女が災害現場ドキュメンタリー番組に出演していた事がきっかけで、当時入院していた俺がフィリスに何故か勧められてファンレターを書かされて繋がりが出来た。

テレビに出演する海外の有名人が日本人の俺を相手にするはずがないと高を括っていたが、蓋を開けてみればフィリスの身内だったというオチだった。

「じゃあ意味も分からず、問答無用で攫われたのか」
「現場で活動していたら爆発が起きて、そのまま……次に目が覚めたら、怪我の治療を簡単にされた上で拘束されていたんだよ。
目隠しに猿轡までされて、私は攫われたんだと気付いたんだけど、状況も分からないからどうしようもなくて」
「力は使わないように、脅されたと」
「抵抗すれば自分だけではなく大切な人達の保証は出来ないとか言われたら、何にも出来なかった――って、え!?
その顔に容姿、もしかして君……」

「貴女と同じLCシリーズですが、アタシにはシルバーレイという立派な名前があるのでお間違えないように」

 今更気づいたかのようにフィリスのクローン体に驚くセルフィに、何故か胸を張ってシルバーレイが自分の名前を名乗っている。お前、それほんの数時間前に俺がつけただろうが。
俺達が閉じ込められている部屋は薄暗くて妙に広い部屋、湾岸区にあるアジトと聞いているので恐らく倉庫の類だろう。
見張りはない(正確に言えばシルバーレイが見張っている体裁)が、監視カメラはつけられているらしい。ちなみにそっちはシルバーレイの超能力で、カメラの向こう側に声は聞き取りづらくしてくれている。

問答無用で連れ去られたセルフィは事情が飲み込めていない様子だったが、シルバーレイの存在で顔を険しくする。

「そうではないかと思ってたけど、やはり組織が私を連れ去ったんだね。まさかフィリスやリスティ達も!?」
「そうですねー、少なくともLC-23は組織が確保していますよ」
「フィリスをそんな風に呼ぶのはやめて!」
「はいはーい、これでもきちんと区別はしてあげているんですよ」

 話の流れから察するに、セルフィ・アルバレットもフィリスやリスティと似た境遇らしい。HGS患者なのは知っていたし、想像くらいは余裕でできるけれど。
組織の存在が明るみになった瞬間、セルフィは苦々しく美貌を歪めてシルバーレイを睨む。シルバーレイ本人はどこ吹く風で肩をすくめていた。
こいつ、フィリスというオリジナルの仮面を脱いだら、個性豊かな小悪魔女になりやがったな。

元来の性格なのか、シルバーレイという名前を与えられて明確な自我が生まれたのか定かではないが。

「私達は絶対貴方達の言うことになんか従わない。すぐに解放して!」
「そんな封に脅されてハイそうですか、と組織が解放するとでも思うんですか」
「君だって利用されているだけなんだ! 君も一緒に逃げて、人間らしい生活を始めようよ。
私達の味方になってくれたら、君の今後の生活は保証できるし、高機能性遺伝子障害だって研究が進んで日常を過ごせるようになっているんだ!」
「残念ですけど、アタシはもうお誘い頂いているんでノーサンキューですね」
「組織に重用されたって、君に未来なんてない! あいつらは私達を兵器としてしか見ていないよ!」
「そんなの分かっていますよ、アタシのことを馬鹿だと思っていんですか」
「じゃあなんで組織に協力なんか……!」

「何かさっきから熱くなってますけどアタシ、この人と契約してるんで」
「へっ……?」

 組織の事情を知ってヒートアップしていたセルフィだが、ようやく思い当たったようにこちらを向いた。今更かよ。

「そういえばリョウスケ、君も捕まったと言ってたけど何で?」
「フッ、何を隠そう世間を賑わせている"サムライ"は俺だ」

「えっ、あれリョウスケなの!?」
「なんでお前まで知っているんだ!?」

 冗談でサムライの名前を言ってみたら、思いっきり食いついてきた。何で災害救助隊員が、テロ組織を斬りまくっている存在を知っているんだよ。
しかも俺がやったことではないのに、夜の一族共のせいで無用に祭り上げられている。
おかげで世界にはびこる悪の組織を成敗するサムライとして、まことしやかに噂されている始末だ。俺がやりたくてやった訳じゃないのに。

セルフィに話を聞いたら、ニューヨークで特殊救助任務についていてその名が取り沙汰されたらしい。ドイツで国際的なテロ事件が起きて主要各国にも波及しているようだ。迷惑な話である。

「じゃあもしかして、組織の恨みをかって連れ攫われたのかな」
「いえ、貴女やオリジナルが攫われたことを知った彼が人質交換を申し出たんですよ。どうしても貴方達を助けたいと、テロ組織に無茶な交渉までして」
「えっ――」

 セルフィが絶句する。おい、何故わざわざ美談にしようとするのか。作戦の一環だとお前には説明しただろうが!
やばい、フォローを入れないと俺に感謝するよりも、まずテロ組織に無謀な交渉をした俺に腹を立てるだろう。
こういう連中は他人には犠牲を強いることを望まない分際で、自己犠牲には長けた奴らだ。

自分達のために命をかけたことを喜ぶよりも、自分のために命をかけたことを怒ってくれる優しい女達なのだ。

「見張られた状況で大っぴらに話せないけど、無謀な賭けに出たわけじゃない。それは信じてくれ」
「つまり考えこそあれど、私達を助けるためにこんな事をしたんだね」
「何かそう言われると、否定したくなる」

「何で!? もう、本当に……やっぱり、リョウスケはフィリスの言う通り優しい人なんだね」
「あいつにかかれば、この世に悪人なんかいなくなるだろう」
「あはは、言えてる」

 セルフィは馬鹿話に笑いながらも、俺に向けるその眼差しに涙を滲ませる。その目には安心と、確かな信頼があった。
うーん、別に立派な動機があってこんな真似をした訳じゃないんだけど、理由を口にするのは難しかった。
助けたいという気持ちは確かに立派だとは思うが、俺がそう思ったのは先に優しさを向けられたからだ。

フィリスやセルフィが優しい女性だから助けようと思ったのであって、自分から率先して優しく出来たのではない。助けるだけの価値があるのだ、この二人には。

「シルバーレイもリョウスケのおかげで、組織から足を洗う気になったんだね」
「ふふふ、良介さんは女を誑かせる悪い人ですから」

「お前がちょろすぎるだけだろ」
「チョロいとか言わないでくれます!?」

 とりあえず口にこそ出せないが、セルフィは状況を飲み込んでくれた様子だった。無駄に抵抗せずに、大人しく助けを待っていてくれるらしい。
変に馴れ合っていると不審がるので、シルバーレイは見張りという体裁は保ってくれていた。時折部屋を出て、組織の連中に状況を伝えている。
拘束は解かれていないので不自由ではあるが、不便というほどでもない。とっ捕まったまましばらく大人しくしていると――

シルバーレイがやや焦った様子で、飛び込んできた。

「雲行きが怪しくなってきました」
「どうしたんだ」

「第一目標だった良介さんを捕まえたことで、組織が浮足立っています。
大胆な作戦行動が提案されているようで、もしかすると今晩にでもあの町で作戦行動が行われるかもしれません」

「なんだと!?」


 そうか、しまった。そういう考え方もできるのか。
連中にとって最大の難所だった俺の存在を確保し、HGS患者も捕まえることが出来た。
十分な成果が出たと判断した組織は慎重に行動する必要もなくなり、思い切った作戦行動にも出れる。

成果が出ればめっけもん、駄目だったとしても俺達を捕まえられただけでも良しとする――そういう心理だ。


ぐっ……救援が間に合うのか。
2023/07/22(Sat) 15:13:05 [ No.1039 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第三十六話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武  俺の潜入作戦で皆が最も危惧していたのは、俺に危害が加えられることだった。
チャイニーズマフィアは言うまでもなく俺を憎んでおり、この世の誰を差し置いても俺を八つ裂きにしたい筈だった。
そのほぼ全てが逆恨みなのだが、連中に道理や道徳を叫んでも無意味である。かつて裏社会に君臨していた組織を壊滅の危機に追いやった主原因に報復することが全てである。

だからこそ捕まえればどんな危害を加えられるのか分かったものではなかったのだが――結果として、杞憂に終わった。

「単独行動に出たと聞いたが、確かなのか。この男がわざわざ無防備に人質交換を申し出るとは到底思えんが」
「LC-23とLC-27がそれほど大切なんでしょう。こっちだって馬鹿じゃないです、ちゃーんと警戒しましたけど本当に一人でのこのこ接触してきましたよ」
「ふん、サムライを名乗る割に平和ボケした男だな。典型的な日本人だ」

 チャイニーズマフィアの連中だから中国語でも話すのかと思いきや、思いっきり日本語でシルバーレイと何やら語っている。フィリスのクローンは外国語が苦手なのだろうか。
俺は今ボックスカーで運ばれているが、シルバーレイがガッチリ俺を囲んで連中の干渉を封じてくれている。手柄の証と言わんばかりに、手出し不要としてくれていた。
会話を聞く限り、俺の未来はこのままだとお先真っ暗な様子で、情けをかけてくれる様子はまったくなかった。その点は別に期待していないが、拷問とかされないだけマシだった。

車の中には他にも何人かいるようだが、そいつらは英語で何か話している。俺も外国の女共に半ば強制的に学習させられて、英語の会話や読み書きくらいは何とか出来るようになっている。アイツラ、鬼だった。

『――第一目標はこの男と聞いているが、"LC-20"はどうするつもりだ』
『この男の話を聞いて思いついた。人質交換といこうじゃないか』
『なるほど、釣り針がデカければ食いついてくれるという事か。合理的だな』
『おいおい、つまんねえな。せっかく今晩、日本人のお好みの花火をど派手に打ち上げてやろうとしたのに』
『いや、その作戦は実行する。餌場を燃やせば、飛び出してくるだろう』

 ――なんだ? 何をするつもりなんだ、こいつら。
LC-23はフィリス、LC-27はシェリー。

製造番号的にあいつらより前に製造されたクローンといえば――


"LC-20はリスティ・槙原の事ですよ、良介さん"
(なにいいいいいいいいい、あいつを襲うつもりか!)


 頭の中に響いてきたシルバーレイの声、HSGのテレパシー能力か。耳打ちよりもダイレクトに聞こえてきた忠告に、度肝を抜かれる。
HGS患者を狙われて以上、あいつも標的なのは明らかだったが、やはりこのまま見逃すつもりはないようだ。
花火がどうとか言っているが、テロ組織らしく爆破でもするつもりなのか。思いっきり気になるが、今のところどうしようもない。

あいつはさざなみ寮を守るべく、捜査と警備を兼任している。何か対策を練っていると信じたい。


『着いたよ、父さん。湾岸沿いの倉庫街、住宅街から離れているから人目につきづらいね。
座標も確認できたから、ディード達に送信する。救援部隊が派遣されるからもう少し耐えてね、父さん』

 ステルスジャケットを装備したオットーが知らせてくれた。湾岸沿いということは、海鳴りの地形を生かしてアジトに潜伏しているのか。大胆な真似をするな。
下手をすると夜の一族の警戒網に引っかかってしまうが、海鳴と隣接しているからこそフィリス達を速やかに誘拐できたのだと言える。
多分目標をダッシュできれば、すぐに撤退する腹づもりなのだろう。短期戦を仕掛けてきたと言うより、テロリズムらしく火種をばらまいて逃げるつもりなのだ。

俺は車から降ろされて、乱暴に運ばれる。ここでも身体中弄られて、発信機や武装類をチェックされた。何か見つかれば流石に殺されていただろう、その点はカレン達に注意されていたから俺は寸鉄一つ帯びていない。


「私は本国に報告し、指示を仰ぐ。その男は絶対に逃がすな、逆さ釣りにでもしておけ」
「死んじゃうじゃないですか。LC-27も護送してきたんでしょう、面倒だから一緒に放り込んでおきますね」

「おい、待て――何故わざわざ会わせようとする」

 剣呑とした雰囲気を帯びる。一種即発に等しい空気に、拘束された状態の俺の肌もヒリついた。
俺としてはコイツラが仲間割れしてくれる分には大歓迎だが、まがりなりにも俺の味方をしてくれているシルバーレイに危害を加えられるのは少し心が痛む。
こいつは約束通り、俺とフィリス達をあわせようとしてくれている。現状見る限り、俺を裏切る気配はまったくなかった。

この状況。俺を裏切るのか、庇うのか――

「アタシはこれからメンテナンスなので、連れて行くだけです。他になにか理由でも?」
「連れて行く必要はないと言っている」
「ははーん、さてはアタシからこの男を奪い取るつもりなんですね。ちゃっかり自分の手柄にしようと」
「なっ――」

「この男はアタシが捕まえてきたんです、絶対渡しませんよ。何でしたら実力行使にでも出ますか。
このアジト、消耗品が腐るほどあるんですけど、アタシの能力で暴走されちゃいましょうかね」

「クローンの分際で逆らうつもりか、欠陥品として処分してやるぞ!」

「ばーか、この男を捕まえた時点でアタシの有能さは証明されているんです。
組織を壊滅に追いやった張本人を生きたまま捕まえたんですよ。他に出来た人が、誰かいるんですか。

この男を無傷で取られる能力を持ったアタシを欠陥品として処分すれば、本国はどういう顔をするでしょうね」

「ぐっ……」

 こいつ、性格悪いぞ。フィリスのクローン体、初対面はもう少し優しげな雰囲気があったのに、今ではすっかり意地悪な少女になってしまっている。
そういえばローゼの奴も初対面は愛想のない奴だったのに、名前を与えてうどん食わせたらアホなわんこになったな。
クローンなんだからオリジナルと同一という訳ではない。コイツラの場合それは能力面の違いと見ているようだが、ひょっとすると人間性そのものも違うのではないだろうか。

遺伝子を与えられたと言うだけで、別人として見るべきなのだろう。とはいえ――

「どういう心境の変化だ。今朝までは組織に言いなりだったというのに」
「出世すれば変わる。人間と同じですよ」
「ふん、クローンのくせに人間面をするな。さっさとそいつを連れて行け!」


 何とか事なきを得て、俺はシルバーレイに連れられていった。組織の連中は本国と連絡を取って、俺の処分を仰ぐつもりらしい。
そうなると時間の戦いになる。どう転んでもチャイニーズマフィアの連中が俺を厚遇するはずはない、生かすのだとしても生き地獄が待っているだろう。
マフィアが俺を処分するのが先か、救援部隊が来るのか先か。何れにしても俺の出来ることは全て済ませた、あとは天命を待つばかりだ。

そのまま何処かへ連れられると、シルバーレイは手以外の拘束を解いてくれた。

「良介さんには悪いですけど、見つかると言い訳できないので手の拘束だけはそのままにさせてください」
「いや、十分だ。ありがとう、助けられたな」
「礼は別にいいので、約束は守ってくださいよ。ここまでやったからには引き返せないので」
「分かってる。段取りはもうつけてるから、後は大人しくしておくよ」
「通信機器もないのにどうやって連絡取ったのか、後で教えて下さいね――さあ、この部屋です」

 薄暗い建物の中を連れ回せた先に、一つの部屋があった。
シルバーレイに促されて、俺は警戒しつつ中に入る。

すると――


「このっ……一体私をどうするつもり――えっ」
「シェリー!? お前、無事か!」
「リョウ、スケ……嘘、えっ……」
「というかお前、作業服着たまま攫われたの――うわっ!?」

「リョウスケ、助けに来てくれたんだね!」

 LC-27、セルフィ・アルバレット。
現場で災害救助活動していたのだろうか、なんか色々汚れた作業着を着た女が俺の顔を見るなり抱きついてきた。
手を拘束されている俺は抵抗する術がなく、容赦なく抱きつかれる。ロマンもなにもあったものじゃない。

とりあえず必死で引き剥がして、俺はきちんと訂正してやった。


「残念だったな、俺も容赦なく捕まった」
「えー!? 台無しすぎるよ!」



























<続く>


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2023/07/15(Sat) 13:24:26 [ No.1038 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第三十五話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武 『王子様、一応念押ししておきますけど』
『なんだ?』

『想定通り組織に捕まったら、強硬論には出ないでくださいね。王子様からの手出しは厳禁です。
不測の事態が起ころうとも我々が対応いたしますので、王子様から動くのはやめてください』
『危険な目に遭ったらどうするんだ、やばいぞ』
『そう思って頂けているのであれば、潜入作戦を提唱しないでいただきたいものですわ』
『うっ……』

『何が起きてもこちらで対応いたしますので、王子様は波風を立てないようにお願い致します。
作戦通りに貴方を組織に引き渡せるのは、何が起ころうとも王子様の身を守る自信がある為です。ですが――』
『ですが?』

『王子様御本人が思い付きや感情論で予想外の行動に出られると、非常に困るのです。お願いいたしますね』
『信用あるのかないのか、全く分からん』
『王子様は私がこの世で唯一お慕い申し上げている異性ですけれど、同時にあの世界会議を波乱に至らしめた張本人も王子様だと思っております』
『……お前、ローゼが俺のせいで裏切ったことを根に持っているな』

 夜の一族からこれ以上ないほど言及されていたので、俺は無抵抗のまま組織に降伏した。
潜入作戦で一番不安要素だったフィリスのクローン、つまりシルバーレイがこちらの味方になってくれたことは非常に大きい。
厳密に言えば味方ではなく、あくまで敵ではなくなったというのが正しいが、いずれにしてもこいつが一番何するか分からなかったので交渉できただけでも儲け物だった。

まず当然武装は解除されて、身体検査させられる。何故かニヤニヤしながら、手をワキワキさせて俺の身体を探る女。

「あれ、本当に何にも持っていませんね。剣士と伺っていたので、短刀の一つでもあるのかと」
「平和な日本でそんな物持ち歩けるか」
「アタシの記憶では木の棒や竹刀を振り回す良介さんの姿があるんですけど」

 くそっ、フィリスの記憶や経験を持っているから厄介だなこいつ。その代わり、味方になってくれたけど。
武装解除された後は、念入りに拘束される。正直拘束されることは覚悟していたが、何故かこいつは全身を拘束してきやがった。
目元は隠されて、口まで封じられ、手には錠をかけられる。手錠はシルバーレイと繋がっており、こいつから逃げられない形だ。

足は物理的な拘束はないのだが、妙な力場が足首に感じられる。多分超能力で封じているのだろう。


「不自由かけますけど、我慢くださいね。これくらい徹底しないと、組織は良介さんを問答無用で八つ裂きにしかねないので」

 下手に元気な顔を見せると組織が逆上しかねないと、シルバーレイは懸念している。
龍と呼ばれるチャイニーズマフィアは古き時代より裏社会では恐れられた組織だが、この一年でありえないほどに衰退してしまっている。
組織を追い詰めたのは夜の一族だが、夜の一族を動かしたのは俺。そしてカレン達が祭り上げた"サムライ"の存在が肥大化してしまった。

HGSによる超能力者の製造で再起を図っているが、彼らの一番の目的は俺の抹殺なのかも知れない。


『お父さん、ディード達に連絡した。警戒網に引っ掛からないように行動しているから安心して。
あの女、シルバーレイは近くに停めていったボックスに移動している』


 戦闘機人オットーが連絡してくる。俺の作戦が次の段階へと移行して、ディード達も動き出したようだ。
固有武装ステルスジャケットによる尾行、自分の子供に守られているのはちょっと情けないが、頼もしいのは事実だ。
手足どころか視覚まで封じられているので、状況が理解できない今オットーの存在が頼りだった。

近くにボックスカーを停めているということは、シルバーレイの言っていた通り集団で動いているのだろう。

「ほーい、捕まえてきましたよ」
「なっ――」

『車内には白衣を着た男と部下二名、白衣の男は老けた人相だけど年齢は多分まだ若い。老けていると言うか、不衛生だね』

 シルバーレイが軽い口調で話しかけると、聞き慣れない声が上がる。状況が理解できないでいると、オットーが補足してくれた。
ボックスカーに、白衣の男が率いる集団。あくまで外見の印象でしかないが、多分シルバーレイが言っていた研究者集団なのだろう。
HGSによる超能力をモリタニングするのが目的で、彼女と行動を共にしていると言ったところか。

同じ組織の仲間であるはずなんだけど、シルバーレイは立場上敵対関係にある俺よりも素っ気ない態度だった。

「そいつ、例のサムライじゃないか! どうやって捕まえてきた、こちらからモニタリングできなかったんだぞ!」
「アタシの超能力を観測できなかったことをアタシのせいにしないでもらえますか。
こっちは貴方達の望むとおりに動き、こうしてサムライを捕まえてきたんです。

称賛されることはあれど、追求されるいわれはないです。何でしたら本国にでも訴えますか」

 ふふんと、シルバーレイは鼻で笑っている。こいつ、好感度のない相手だと口も態度も悪いな。
というかフィリスの記憶や経験があるとはいえ、初対面の俺に親しげに話しかける方が変かもしれない。

彼女本人が言っていた通り、組織なんてどうでもいいのだろう。メンテナンスが必要だから従っているに過ぎない。


「くっ、相変わらずふざけた態度をとりおって……お前など所詮消耗品、成功例の一つに過ぎん。
クローン技術が確立すれば、お前程度の兵士なんぞ幾らでも作れる。

デカい顔ができるのも今のうちだけだ、試作品め」
「……」

 やったぜ。そういう研究者的な非人道な発言、最高に好き。もっと俺の作戦の成功率をあげてくれ、頼むよ。
こういうふざけた態度をシルバーレイに取れば取るほど、彼女は愛想を尽かしてくれるだろう。
有能な人間であれば重宝するべきだと一般人の俺でも普通に思うのだが、どうやらクローン人間は消耗品としか見ていないようだ。

内心でガッツポーズを取っていると、オットーが神妙な声色で呟いた。

『……僕やディードの親が、お父さんでよかった」
『何だ、急に』

『お父さんは僕達の事、自分の子供として大切にしてくれている。
彼女のことだってフィリスさんのクローンだとわかっているのに、シルバーレイとまで名前をつけて個人として接していた。

そういうお父さんが、僕やディードは大好きなんだ。これからもお父さんでいてほしい』

 こいつは大事な作戦の途中で、何を大真面目に馬鹿なことを言っているのか。
一応言っておくが、俺はクローンや戦闘機人を自分と同じだとまで思っていない。ちゃんと人間とは違うのだと区別している。
消耗品扱いしないのは、俺よりも優れた者達だからだ。きちんと立派に自分の考えを持って生きているのだから、尊重して然るべきなのだ。

壊れたら新しいのを作るなんて、金持ちの発想だ。庶民の俺には思いもつかない贅沢でしかない。

「このアタシに対してそんな態度を取っていいんですか。組織が血眼になって探していた重要人物を捕まえたんですよ」
「くっ、そもそもどうやって生きて捕まえた。捕縛命令が出なかったのは、こいつを捕らえるのは困難だったからだ」
「アタシを刺客に送っておいてよくいいますね。こいつ、LC-23とLC-27との人質交換を望んでいます」
「何だと……?」

「無条件で降伏するかわりに、LC-23とLC-27を開放しろと言っているんですよ」
「何を馬鹿な、罠に決まっているじゃないか」

 なんだと!? よりにもよって俺の完璧な作戦をあろうことか敵の組織まで見破られてしまったというのか!
どいつもこいつも何故俺の作戦をすぐ罠だと見破れるんだ。仲間のために自分の命を差し出す、お涙頂戴な話じゃないか。
海外のマフィアなんぞには、日本の義理人情がわからないのか。日本の伝統が伝わっていなくて悲しい話である。

ちなみにお父さん大好きとまで言ったオットーは、敵の発言について何らコメントしてくれない。

「アタシもそう考えて超能力を使って、こいつを無力化して捕まえたんです。要求を飲む飲まないは組織の判断に任せます」
「ふん、こいつが交渉できる立場か」
「何言っているんです、本国のボスにすぐ判断を仰げと言っているんですけど」
「何だと!? 貴様如きがボスに対して判断を要求するなど……!」

「何度も言いますが、こいつを捕まえたのはアタシです。アタシの手柄であって、あなたじゃない。
ボスに判断を仰ぐ権利があるのもアタシです。何だったらこの大手柄を直接本国に伝えてもいいんですよ、あなたを飛び越えて」

「ま、まて、そんな真似をされたら私の立場が無くなる!?」

「だったらすぐに報告して、判断を仰いでください。こいつはアタシが逃さないように徹底的に目を光らせますから。
とりあえず追っ手が来る前にアジトへさっさと連れて行きましょう。LC-27も今日移送されてくるんでしょう」

「きさま……この件が済んだから再教育してやるからな!」
「いやーん、こわーい」

 なるほど、第一級の首だからこそ簡単に奪えないということか。
組織のボスが怒りと憎しみで自らの手で俺を殺したいといえば、部下であるコイツラが俺を殺してしまうと逆に怒りを買う羽目になってしまう。
敵だから殺すなんてチンピラの発想だ。敵だからこそ大事に扱う、その首の価値が高ければ高いほど慎重に対応しなければならない。

その点を自らの手柄や功績を武器に、迫ったのか。なかなかやるじゃないか。

(このままジッとしていてくださいね。LC-23とLC-27に会わせてあげますから)

 LC-23とLC-27――フィリスやシェリーの元へ案内される。
敵のアジトではあるが、行方不明となった二人に会えるのであれば勿論反対なんぞない。

フィアッセやリスティのためにも、あいつらは必ず助け出す。
























<続く>


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2023/07/08(Sat) 11:56:22 [ No.1037 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第三十四話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武  カレン達は俺が提唱した作戦はほぼ間違いなく頓挫すると決めつけて、色々補佐すると言ってくれていた。
その推測は悔しいほど正しかったわけだが、まさか一番最初の段階で頓挫する羽目になるとは思わなかった。
別に自分が天才だと自負していたわけではないのだが、結構自信があっただけに悔しい。しかしながら、言い訳くらいさせてほしい。

そもそもの話、何故こいつが俺の魅力的な提案を否定するのか分からない。

「罠があることを警戒するのは分かるけど、俺のような一個人がマフィア相手に何が出来ると言うんだ」
「良介さんが表社会の有力者達より多くの支援を受けていることは、組織である龍も把握しています。
アメリカの司法局が事件発生後恐るべき早さで捜査に出たのも、そうした支援者によるものではありませんか。

それを背景に考えると、良介さんのこの提案も言わば潜入作戦ではないかと勘ぐれるんですよ」
「くっ……俺が投降すると言っているんだから、素直に連れていけばお前の手柄になるだろう」
「うーん、興味無いですねそういうのは」

 ちょっと待て、こいつ本当に何しに来たんだ。
チャイニーズマフィアの手先なら俺に危害を加えるなり何なりすればいいのに、イタズラ同然の真似しかしてこない。
単独行動に出てみればホイホイ顔を出して、平然と俺を相手にのんきに会話している。

何がしたいんだ、こいつは。

「じゃあ何しに来たんだ、お前」
「だから良介さんに会いに来たと言ったじゃないですか」
「暇なのか、お前。というか組織が怒るんじゃないか、お前の行動」
「まあ確かに、アタシは良介さんを狙う刺客として派遣されました。戦闘行動も許可されていて、モニタリングもされています。
ああ、安心してくださいね。最初盗聴器とかカメラとかつけられていたんですけど、鬱陶しいので妨害しています。

テレパシー能力の応用でジャミングをかけているんです。超能力による弊害とか、余裕で言い訳できるんで安心してくださいね」

 こいつ全然やる気がなくて、笑った。裏切りでこそないが、全く刺客になっていなくてどうかしている。
俺としてはありがたいのだが、それはそれで疑問が残る。そもそもこいつと出会ったのは昨日が初めてなのだ。
どうして初対面からこれほど俺に慕ってくるのか、分からない。何度も言うが、初対面同然なのだ。

フィリスから何か聞いたのかも知れないが、こいつはオリジナルのフィリスのことはあまり良く思っていなさそうだしな。


「何で組織の命令に従わないんだ」
「別に歯向かってはいませんよ。良介さんと敵対する気がないだけで」
「だからそれはどうしてだ」
「うーん、LC-23の血統因子による影響ですかね……
製造された当初は貴方に関する組織からの怨念を感じて、報復に加担する気だったんですよ。
ただ製造過程でLC-23の血統因子を注入されて、良介さんのことを知識や経験で知りまして――何だかそんな気がなくなりました。

むしろ良介さんのことが知りたくなって、こうして会いに来たんです」

 実に嬉しそうに、シルバーレイが俺に向かって告白してくる。その純真な笑顔に少しだけ納得させられた。
フィリスの血統因子によって人柄が丸くなったというのであれば、大いに納得できる。
あいつから見える世界はとても優しくて、隣人は善良に見えるのだろう。超能力を得る過程でフィリスの因子を注入したのは、明らかに失敗である。

マフィアという要素と、フィリスという因子は、絶望的に噛み合わない。何で混ぜようと思ったんだ、武装テロ組織よ。

「敵対する気がないのなら、フィリスたちを救出するのを手伝ってくれよ」
「いやそれ、アタシが裏切り者になるじゃないですか」
「そもそも加担する理由がねえだろう。組織に親心とかあるのか」
「そんなもの欠片もないですけど、アタシはクローン体なのでまだ未完成なんですよ。
HGSによる力を安定化させるためにも、組織の研究施設で定期的にメンテナンスを受ける必要があります。

LC-23を殺さない理由でも話した通り、あの人と組織の施設で診て貰わないといけないんです」

 なるほど、自分の命を握られているのであれば協力せざるを得ないのか。
同時にシルバーレイの命がかかっているので、フィリスも大人しく従っていると考えていいだろう。
裏の事情が把握できてくると、同時に安心感も出てくる。こういう事情であれば少なくともフィリスやシェリーに危害を加えられることはない。

そしてシルバーレイさえ説得できれば、アイツラを救出することは出来る。

「お前の身柄を保護できる前提ならどうだ」
「保護……?」
「ここだけの話だが、クローンの製造や運用はこちらで既に確立されている。
お前が協力してくれるのであればお前本人に罪は問わないし、お前のメンテナンスも引き受けよう」
「そんな話、信じられると思いますか。何の保証もないのに」

「そこで折衷案だ。お前は俺の提案を受けて、組織に俺の身柄を引き渡せばいい。
俺に全面的に協力しろと言っているんじゃない、フィリスとシェリーの人質交換を組織に持ちかけてくれればいいんだ。
お前は裏切ったことにはならないし、その後お前が指摘した結果になって組織が壊滅したら、俺に協力したのだと訴えて保護を求めればいい。

どちらにしても、お前の損にはならない」

「……」

 シルバーレイは真剣な顔で考え込む。俺がこの時点で自分の勝利を確信した。
考える余地がある時点で、こいつは組織への忠誠心なんて微塵もない。組織に従っているのも我が身可愛さの体裁なだけだ。
フィリスの因子によって性格が丸くなり、善良でこそないにしろ人の心を正常に宿すようになってしまった。

人間の心があれば、非道な真似をするチャイニーズマフィアに良い感情なんぞ持つはずがない。


「条件があります」
「何だ」
「良介さんの身の安全を保証する術があるのかどうか、誤魔化さずに教えてください。
詳細は聞きません、無抵抗ではないことだけ教えてください」

「分かった、シルバーレイの心に誓って答える。
今のお前が宿す温かい記憶の中にいる俺に、裏切りはない」

 他人のために犠牲となるような男ではないと、シルバーレイはフィリスの記憶を頼りに語った。
それは他人の記憶かもしれないが、他社の記憶から感じた気持ち――

俺に対する印象は、シルバーレイという少女が感じた心なのだと、俺は彼女に誓った。


「……もう一つだけ」
「何だ」
「LC-23だけではなく、アタシにも優しくしてください」

「俺はあいつに優しくした覚えは一切ない」
「あはは、その答えで十分です」


 俺が嫌な顔をすると、何故かシルバーレイは嬉しそうに笑った。
その評定はフィリスによくにているが、やはり彼女とは違った。

いずれきっとフィリスと合わせる必要はないと知るだろう――こうして俺は、チャイニーズマフィアに身柄を引き渡された。




















<続く>


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2023/07/01(Sat) 19:41:04 [ No.1036 ]

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