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小説投稿掲示板




◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十四話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武



 ――次の日。


夜遅くまで夜の一族の連中と話し込んでしまったが、久しぶりの日本の朝は残冬で濁った空で覆われていた。

正月も明けて月日が経過し、冬は終わりを迎えつつある。今年の冬は結局ほぼ異世界や異星で過ごしていたので、日本の季節感は懐かしく感じられた。

惑星エルトリアは荒野の広がる未開拓な世界だったので、季節だの何だのという以前の話だった。あちこち世界を飛び回って、俺もよく体調を崩さなかったものだ。


マンションの一室。昨日アリサが用意してくれた部屋で、日本の残りの冬をしばらく過ごす事になる。


「異世界ミッドチルダに、惑星エルトリア。国境も時差もまるで違う世界で過ごしてきたのに、生活習慣というのは変わらないものだな」


 朝早くに目が覚めた。時間の概念こそ異なるものの、目の覚める時間帯は案外どこの世界でも変わらない。

毎日忙しい学生や社会人が目覚める前の時刻。今から尋ねても、フィアッセやなのははまだ眠っているだろう。

昨晩夜の一族より聞いた話を元に今後の事を話し合いたいところではあるが、同世代の女の家へ朝早くから押しかけるのは流石に迷惑だろう。


――当然のようにそう考えて、ふと笑いがこみ上げてくる。


「たしかちょうど一年前の今ぐらいに、人の迷惑を考えずに道場破りとかしてたんだよな……」


 剣術道場の門を蹴破って、道場破りを仕掛けていた一年前の自分を振り返る。山の木の枝を拾って振り回していたんだ、よく警察に通報されなかったものだ。

しかしながら当時のことを顧みると、あの道場の師範が当時騒がせていた通り魔だったのだ。警察を呼ばれるとまずいのは、彼も同じだったはずだ。

通り魔に巻き込まれたことを考えると不幸中の幸いという表現は少し違うかもしれないが、お互いの事情が偶然一致した上での勝負だったということか。


結局道場破りでは完敗、その後の路上勝負では鎖骨こそ折られたが何とか制することは出来た。


「当時はニュースになったが、その後あの爺さんはどうなったんだろうな」


 生きてはいるだろうが重犯罪者、刑務所送りになったのには違いない。一年が経過して、あの爺さんは更生しているのだろうか。

年齢を考えれば再起は難しいだろうが、俺のような人でなしでもこうして人生をやり直せているのだ。高齢であろうとも、生き直すことくらいは出来るはずだ。

平和な時代になって剣が廃れていくことを、あの爺さんは嘆いていた。そんな爺さんと関わった俺はこの一年、あらゆる敵と対立して剣を振り続けた。


ほんの少し自分の価値観から飛び出せば、剣で生きるやり方を見いだせたかもしれない。最も俺が飛び出した一歩は、海外とか異世界とかだったけど。


「おはよう、ディアーチェ。朝ご飯を作ってくれているのか」

「うむ。キッチンは我が昨晩の内に完璧に掌握しておいたぞ、父よ」


 一年前の事を振り返りつつ部屋を出ると、エプロン姿のディアーチェがキッチンで奮闘していた。

我が家では意外に思われるかもしれないが、ロード・ディアーチェが家事全般を担当している。王を称する少女は女性らしい一面を持っている、というのは偏見かもしれないが。

実に女の子らしいユーリが家事が苦手で、料理とかも頑張ってくれているがディアーチェに怒られて目を回している。我が家ではそういった微笑ましいエピソードを朝から展開してくれる。


ちなみに言うまでもないが、レヴィとナハトバールは食う専門である。シュテルは頭脳担当とかぬかして、完全に人任せだった。


「アリサ殿が立派に部屋を用意してくれたが、やはり住まいというのは整えておかなければならない。
夜の時間帯になったが買い物へ出て、食器類や食材を揃えておいたのだ。日本の食卓はシュテルより学んで、日本人らしい佇まいを心がけている」

「すごい。何がすごいって、俺でもそこまで気にしたことのない日本の食卓を無駄に再現している!?」


  今の日本人の食卓ってむしろ洋風だと思うのだが、マンションの一室でディアーチェが仕立てた食卓は日本を如実に感じさせた。

別にちゃぶ台とか囲炉裏とか用意している訳ではないが、異世界暮らしが長かった俺にとっては非常に懐かしく思える。

マンションにあるフォーマルなキッチンに、温かみを感じさせる気遣いがあった。家庭を意識したディアーチェの心遣いなのだろう。


だからこそ大袈裟に驚いてやると、ディアーチェは嬉しそうに笑った。こういうところは父を持つ子供だと思う。


「目覚めた父のために朝食を用意したいところではあるのだが、ディードとオットーが出ているのだ。申し訳ない」

「あの二人ももう起き出したのか」

「ディードは剣を持って朝稽古、オットーはマンション周辺を見回るべく探索目的の散歩に出ている」

「うちの子達は勤勉だな……」


 血の繋がっていないディアーチェもそうだが、遺伝子的な繋がりがあるディード達も俺に似ず努力家だった。

日本へ到着した翌日だというのに休まず、早速自ら行動に出ている。日本という新しい国へ来て、気後れした様子もなさそうだった。

育児という面では苦労がなくて助かるのだが、いい子達ばかりだと将来的に別の意味で悩みそうな気がする。結婚とかして子供が出来たら、ギャップで苦しんでいそうだな。


ともあれ、朝早くからみんな行動に出ているようだ。


「分かった、朝食時に皆で少し話そう。昨晩の話し合いで今回の事件の背景が見えてきた」

「さすが父だ、昨日の今日でもう進展があったのか。素晴らしい」

「昨日の今日どころか、半年前からお膳立てがあったよ……ともあれ、ディアーチェが用意してくれている間に一仕事してくる」

「今朝は父上が好む和食を用意するつもりだ、楽しみにしておいてくれ」


 ……味噌汁とか料理しているんですけどこの子、俺よりも日本人していないか。

鼻歌交じりでキッチンに入る王様に呆れ混じりに感心しつつ、俺はアリサに声をかける。

アリサは元幽霊で、法術により結晶化されて実体化した女の子。厳密には睡眠は必要ないのだが、精神を休ませるべく休眠を取る。


故に起きていようと思えば起きられるようで、アリサは朝から作業に入っていた。


「異世界へ通信を行いたいなら、昨日準備した通信機器をそのまま使ってくれていいわよ。はいこれ、取扱説明書」

「……この説明書、絵本チックに書いているのは何故だ」

「専門用語一つでもあったら頭抱えるでしょ、あんた。
あたしが手間をかけて用意してやったわよ。チャンネル切り替えれば繋がるからよろしく」

「せめて小学校ドリルレベルにしろよ!?」


 すごいぞ、この説明書。漢字を一文字も使っておらず、ひらがな混じりの絵で全部説明している。

多分高町なのはのようなガキンチョどころか、日本語を知らない外人でも余裕で理解できそうだった。俺、日本人なんですけど。

いやまあ使用方法に困らないのであればそれに越したことはないのだが、なんだか納得がいかない。


顔を引きつらせて説明書を読んでいると、ご英訳の妹さんが興味ありげに覗き込んできた。


「おはようございます、剣士さん。朝から熱心ですね」

「おはよう、妹さん。今から用事で通信するから、しばらく自由にしててくれ」

「はい、待機しております。何かあればお声がけください」

「うーむ、何か固いな……漫画とか読んでいてもいいぞ。しばらく日本から離れていたんだから、買ってきなさい」

「! ありがとうございます」


 お小遣いを渡すと目を丸くしたが、珍しく素直に頷いて受け取ってくれた。本が好きだからな、妹さん。

基本的にお役目放棄はしない子だが、俺が家から出ないことは承知済みだろう。海鳴というホームであることも安心を高めている。

皆に声をかけて、俺は通信の準備に入った。異世界へのチャンネルがスムーズに行えるというのは便利なのか、それとも奇怪であるのか。


国際電話より遥かに遠いはずなのだが、この気軽さはどうにかしたいところではある。


『ウーノです。陛下、いかがされましたか』

「緊急で確認したいことがある。スカリエッティ博士を呼んでくれ」

『お断りします』

「平然と断った!? なんでだよ、急ぎだと言っているだろう!」


『フローリアン夫婦を治療することよりも急ぐ用があるとでも?』

「ぐはっ、そうだった!?」


 自分で無茶振りをしておきながら、緊急で呼び出そうとしていた俺にウーノが冷徹に嫌だと言いのけた。当然である。

一応弁明しておくと、俺が悪いのではない。俺の周囲で治療不可能な患者が多すぎるだけだ。


フィアッセとフローリアン夫婦、どちらの治療を優先するべきか――天秤になんてかけられなかった。






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2023/04/02(Sun) 16:51:41 [ No.1016 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十三話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武  とりあえず事の全貌は概ね見えてきたのだが、どうしたらいいんだコレ。

カレン達の話を聞く限りだと、フィアッセ本人が狙われているのは事実だ。変異性遺伝子障害Pケース"種別XXX"である事、そしてクリステラの娘である事が理由。

フィリスやリスティの話を聞いて幾つかの可能性を考慮していたのだが、まさか全ての可能性から狙われているとは思わなかった。


頭が痛くなってしまうが、現実逃避なんぞしている場合ではない。


『チャリティーコンサートを中止しろ。さもなくば、フィアッセ・クリステラの命を奪う』


 この脅迫状の文面は、全ての可能性を前提としたフィアッセへの脅しだったというわけだ。

チャリティーコンサートを中止させたい組織としての思惑と、フィアッセ・クリステラを奪いたい組織としての私怨。

龍というチャイニーズマフィアは夜の一族での事件を発端に、俺という日本のサムライを骨の髄まで憎んでいる。


だからこそフィアッセを餌に、俺を舞台へ誘き出そうとしている。本当は俺に偽装した御神美紗都師匠によるものなのだが、言い訳なんて通じないだろう。


『こうして追い詰めたネズミを下手に潜られても面倒だったからな。"夜の一族"という看板を見せ付けて誘き出してやったのだ』

「うん? 釣り餌はフィアッセなんだろう」

『フィアッセ・クリステラは貴方様の仰る通り餌そのものであって、夜の一族という得体の知れない勢力を背景に脅かせることで、"HGS"へいう逃げ道へ追い詰めた』


 高機能性遺伝子障害。変異性遺伝子障害とも呼ばれるHGSは、脳内器官の異常発達が原因とされている。

高機能性遺伝子障害の患者は、細胞に含まれる珪素等の要素から特別な能力を持つようになる。これが超能力を生み出す原理だ。

こうして説明するのは簡単だが、そもそもの話超能力なんぞというオカルト的な力を、かつて裏社会に幅を利かせていたチャイニーズマフィアが手を出すなんてどうかしている。


超能力者になってしまう病気なんて、ファンタジーかオカルトだ。そんな簡単に生み出せるのであれば苦労はしない。


『魚を餌で釣るには、釣り糸と竿が必要でしょう。それが我々と貴方様という事です』

「ああ、なるほどな……よくここまでの構図を思い描けるもんだ」


 今まで裏社会で巨大勢力を誇っていた頃であれば、真面目に取り合わなかっただろう。しかし、世界の裏では夜の一族という勢力が爆誕した。

吸血鬼という真の意味で闇を体現する一族は月村すずかという夜の王女と、カレン達欧州の姫君によって、表社会を脅かすほどにまで勢力が拡大した。

彼女達の容赦ない粛清によって追い詰められたチャイニーズマフィアは、吸血鬼に対抗する新しき力として超能力を頼ったのである。


彼らにとっては当然の気血なのだろうが、その全ては夜の一族のお膳立てというのだから笑えない。


『状況としては以上です。チャイニーズマフィアが悪足掻きし始めたこの段階で、王子様が帰ってこられた』

「脅迫を受けていると聞いたから帰ってきたんだが……とりあえず分かった。しかしそうなると、既に先手を打っていそうではあるな」

『貴方様が留守にされている間、クリスチーナの協力もあってロシアンマフィアの組織はほぼ掌握。
日本への販路も確立できましたので、人材と資金を投入して日本にあった研究所や機関は潰しております。

貴方様の留守を土足で汚す輩は粛清しなければいけませんからね、日本の平和はきちんと守りましたよ』

「お、おう……あ、ありがとう……」


 澄んだ翡翠色の瞳をしたシルバーブロンドの美女に微笑まれて、俺は頬を引き攣らせて礼を言った。ロシアンマフィアの長女の壮絶な愛情に、背筋が凍りつきそうになった。

やはりフィリスが懸念していたHGSの研究所は、こいつらが潰していたのか。日本は確かに平和かもしれないが、やることが野蛮すぎる。

ロシアから日本へどのようなルートを通じて戦力を送り込めたのか、聞いてみたいが法の枠とか国境線とか余裕で超えていそうなので怖い。


しかしここまでやってくれているなら、俺の出番はなさそうだな。


「チャイニーズマフィアさえ叩き潰せば、フィアッセは無事なんだろう。心配することはないんじゃないか」

『何を言っているのだ、下僕。フィアッセ・クリステラが高機能性遺伝子障害が患っている限り、常に危険がつきまとう』

『周囲は確かに我々が固めておりますが、肝心の内情が不透明なのです。クリステラ家がどう出るかによって、こちらの行動も変わる。
金や権力でなびくのであれば誘導も出来るのですが、厄介なことにクリステラのご両親は名の知れた著名人であり、今時珍しい清廉潔白な人物。
もし脅迫に屈さずチャリティーコンサートを開催するのであれば、彼らもクリステラの迫害と王子様の抹殺を狙って行動に出るでしょう。

我々はこれまで非合法とまでは言わないにしろ、さまざまな陰謀と暗躍を行ってまいりましたので、直接彼らに干渉するのは難しいのです』


 なるほど、加害者側には容赦ない制裁を幾らでも行えるが、肝心の被害者にまで手出しするのは出来ないのか。一般人ならまだしも、著名人であれば尚更に。

脅迫に屈してチャリティーコンサートを中止すればフィアッセを守ることのみ専念できるが、クリステラの両親のご立派な信念を顧みると脅迫やテロに屈するとは思えない。

それにクリステラが脅迫に応じたとしても、チャイニーズマフィアがそれで大人しくなるかどうかは別問題だ。犯罪者の言う事を信じられるはずはない。


そう考えると状況的には有利ではあるが、クリステラ一家の出方次第で先行きが不透明になり得るかもしれない。カレンやカーミラの見解は厳しいものだった。


『それに追い詰めすぎたのもあって、チャイニーズマフィアである龍は現在本国で活動を行っています。
欧洲であれば如何様にでも手を回せるのですが、アジア関連となると……数千年を優に超える歴史を掌握するにはまだ時間がかかります』

『世界会議が終了してからはまず欧洲の掌握と一族の足場固め、そして何より王子様の故郷である日本に地盤を築く必要性がありましたので』

『アジア関連の国々は古き良き文化などという愚にもつかない堅物者が多いからな…… ちっ、いずれこの我が長となった暁にはアジア大陸も必ず制覇してくれる!』


 そういや中国などのアジア関連には夜の一族はいなかったな。正確に言えば日本もアジアなんだけど、こちらはカレン達は保護してくれている。

欧洲の覇者たちがどれほど優秀であろうと、たった半年余りではアジア関連にまで乗り出すのは難しかったようだ。

まあそれが出来ていれば、とうの昔に世界制覇出来ていただろうからな。俺が世界会議に参加するまで、こいつらは一族の中で仲違いしてやがったからな。


チャイニーズマフィアが本国で籠城されてしまうと、夜の一族といえど容易く手出しできないということか。


『それに日本支部は叩き潰しましたが、彼らは海外にもまだHGS関連の研究所類は存在します。
超能力者を大量生産するのは実質的には難しいはずですが、決してゼロではありませんわね。

今回の一件でHGSの超能力者を派遣してくる可能性は大いにあります』

『日本の研究所を叩き潰した際にデータを抹消されてしまったので、HGSについてはまだ不透明な部分があるのは事実です』

『夜の一族である我々には及ばんだろうが……それでも超能力となれば油断はできん。
未知であるがゆえに、規格外が生み出されてしまうと厄介なのは否定できんな』

「げっ、洗脳教育によって兵士化された可能性もあるのかよ……」


 カレン達の懸念にゲンナリしてしまう。過去のいざこざで俺は超能力者のリスティと戦ったのだが、極めて厄介な力を持っていて苦戦させられた。

当時別行動していたシュテル達の助言で何とか事なきを得たが、あんなのが増産されてしまうとかなりまずい。

俺も異世界で魔導師だのモンスターだのと戦ってきたが、超能力者はまた別次元の存在だ。


リスティは暴走していたのである意味付け入る隙があったが、訓練された兵士だと勝てるかどうかは分からない。


『そして一番の懸念材料は貴様だ、下僕』

「えっ、俺!?」

『このわたくしが胸を痛めてまで心配しているというのに、王子様はあくまでフィアッセ・クリステラを守るおつもりなのでしょう。
こちらも敢えて危害を加えるつもりはありませんが、さりとて暴走されても困るのです』

『貴方様はこの事件においてはすべての勢力と因縁や関係を持たれているので、貴方様の行動次第で選択肢が変わってきます。
私達と連携して頂けるのであれば助かりますが、クリステラについては意見や見解が異なるのは事実。

今の話を受けてどう行動されるのか、ご意見を伺いたいです』


 ……俺に余計な行動をするな、と暗に言ってやがるな。


まあ実際俺が留守している間に、チャイニーズマフィアは順調に追い込めているのだ。この件に殊更俺が関わる必要はない。

政治だの陰謀だのといった闘争や論争はいい加減ウンザリしているし、勢力争いになんて加担したくもなかった。


俺はあくまで剣士であって政治家ではない。この一年でずいぶんと変わってきているが、基本的には一般人なのだから。


「とりあえずお前らの邪魔をするつもりはないし、出来れば協力していきたいとは思っている。
ただ今回の脅迫の件については今の話を元にして、まずフィアッセやご両親の意見は聞いておきたい。

被害者側の出方が分からない限り、どうしようもないからな」

『分かりました、少なくとも今の話を聞いても仲違いする気はないのであれば何よりです。
敢えてヴァイオラさん達には黙っていてもらいましたが、現実的に状況を見据えてくださってよかったですわ』

「何だと……!?」


 イギリスの貴公子であるカミーユと、イギリスの妖精であるヴァイオラ。俺に目を向けられて、二人は自重しているかのように小さく頷いた。

俺の友人や婚約者であるこいつらに口出しさせれば、俺に無条件で味方になると高を括ったのだろう。敢えて何も言わせなかったのだ。

フィアッセに厳しい状況を告げられて狼狽えるようでは、事件には関わらせられない。カレン達は、俺に一人で考えさせたかったのだろう。


チャイニーズマフィアを屈服させられる巧みな心理戦に、俺は頭痛がする思いだった。ほんと、こいつらが可愛げないほど恐ろしい。


「チャリティーコンサートといえば、ヴァイオラは参加するのか」

『はい、異世界で御活躍されている貴方に負けないように、クリステラソングスクールで努力を重ねました。
末席ではありますが、参加は認められています』

『本当に頑張ったんだよ、彼女。一生懸命練習して、勉強も欠かさず続けて――能力の制御にも勤しんだんだから』


 ようやく話すことを許された二人は、それぞれに近況を語ってくれた。俺が居ない間この二人は勢力争いには積極的に拘わらず、自分磨きに励んでいたようだ。

忘れがちになるが、カレン達はまだ十代。むしろカミーユやヴァイオラが健全なのであって、マフィアを相手に戦えるカレン達がどう考えたって異常だ。


ただ、そうなると――


「チャリティーコンサートが万が一開催されると、お前も危険に巻き込まれるぞ」

『校長の決断にもよるけれど、少なくとも開催されるのであれば参加するわ。
テロに屈するということは、貴方がドイツの地で戦ったことが無駄になるもの。妻として断じて認められないわ』


 じゃあ、駄目じゃん!? フィアッセを遠ざけられたとしても、俺は関わるしかなくなる。

カレン達め……ヴァイオラの崇高な意思を利用して、チャリティーコンサート側にも関われるように手を回していやがったな。

クリステラソングスクールの関係者であることを利用して、ヴァイオラの意思を尊重するという立場を取りつつクリステラと関係をもたせたのだ。


あくまでヴァイオラの意思だという点が、何より恐ろしい。同じ一族の人間を平気で利用するこの女共は地獄に落ちればいいと思う。


『ということでこれからも仲良くやっていきましょうね、王子様』

「やかましいわ」


 最後にカレンからにこやかに微笑まれて、俺は容赦なく通信を切ってやった。

くそっ、情報はたんまり仕入れられたが、どれもこれも厄介の極みだった。


明日から忙しくなりそうだった。







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2023/04/02(Sun) 16:51:05 [ No.1015 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十二話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武  変異性遺伝子障害Pケース――"種別XXX"

  Pケースとされる障害を発現した者はHGSの中でも強い力を持ち、健常者を対等の人間とは思えない選民思想を持つ危険性を秘めている。

。 フィアッセ・クリステラこそが、変異性遺伝子障害PケースのHGSであるのだと告げられる。フィリスやリスティの言っていた事とも、整合性は取れている。


半ば愕然とさせられてしまったが、HGSの事自体は事前に聞かされていたので何とか気を取り直せた。


「高機能性遺伝子障害を治療する方法はないのか」

『遺伝子の障害ですわよ、存在そのものを改善でもしない限り根治など夢のまた夢ですわ。
HGSは脳内器官が異常発達する要因でもありますので、まずは脳を弄くるところから始めないといけませんわね。

つまり変異性遺伝子障害Pケースを治療できたとしても、フィアッセ・クリステラたらしめる全てが失われますわ』


 カレンは冷酷に告げる。もとよりこの女は金と権力のことしか頭にないが、その厳しさはむしろ俺への優しさに聞こえた。

夢物語を見るのは本人の勝手だが、現実逃避したところで物事が解決したりはしない。現実は常に残酷であり、奇跡が入り込む余地はない。

一瞬法術のことを考えたが発動条件を含めて不明であり、しかも奇跡を起こしたところでフィアッセ本人の在り方が失われてしまってはどうしようもなかった。


ディアーナはロシアンマフィアのボスでありながら、俺に全てのベクトルを向けている分女としての配慮は行ってくれた。


『遺伝子治療となれば、むしろ貴方様の分野でありましょう。月村すずか様やローゼさんの事もありますし、彼女達の技術者を頼れませんか』

「クローン研究や自動人形技術か、一応当たってみるけど厳しそうだな……」


 ディアーナの言う技術者とはジェイル・スカリエッティの事だ。あいつは確かに生命に関する研究者でもある。

彼女達の前では打ち明けなかったが、戦闘機人達は生命研究の成果だ。遺伝子操作にいたっては、あのクソ野郎は俺の遺伝子を作ってヴィヴィオやディード達を誕生させている。

HGSの事を相談するにはフィアッセ達の事を打ち明けないといけないのだが、あまりあいつに身内のことまで知らせたくない。


世間様に迷惑をかける悪用はしないだろうが、悪用しなければ何してもいいとかいう事後承諾的な悪ノリしやがるからな。


『あの女の子とは諦めろと言いたいが、貴様は腹立たしくも妙な優しさを見せる時があるからな……どうせ何を言っても庇い立てするのであろう。
言い争いしても埒が明かないので、ひとまず話を戻そう。

チャイニーズマフィアである龍は追い詰められて、我々夜の一族に対抗する戦力を求めている。それがHGSであり、フィアッセ・クリステラが関係している点までは話したな』

「あいつに脅迫状が届いたのは、"種別XXX"であるあいつを狙っているのか」

『ただ単純に狙っているのであれば、脅迫状は無意味だろう。本人を狙っているのであれば、いちいち脅迫なぞせずともさっさと攫えばいい。
相当追い詰められているとはいえ、連中はマフィアだ。歌姫一人攫うくらい、造作もないからな』

「フィアッセ本人に脅迫状が渡されたのは妙だと、俺も思ってはいた。脅迫自体にも意味があるということか」


 夜の一族の新しき長であるカーミラは、個人の私情を交えずに事を押し進める。同情論が湧き上がらないだけでも、俺としては救われた思いだった。

助けるか、見捨てるか。この点については徹底的に論じたところで、平行線に終わるからだ。彼女達は世界に名を馳せる人物だけあって、その点は熟知している。

俺も他人ならさっさと切り捨てるだろうが、フィアッセ・クリステラとなればそうはいかない。恋愛感情なんぞみじんもないが、気心知れた相手を見捨てるのは心苦しい。


優しさがどうとかではなく、見捨てて死なせれば恭也達にも恨まれてしまうからだ。人間関係とは、それくらい面倒くさい。


『フィアッセ・クリステラの両親はチャリティーを心掛けているのはご存知ですね。
彼らは収益金と寄付金を元に、開発途上国の子供達が等しく教育を受けることができるよう支援活動を行っています。

特に父親のクリステラ議員は英国の有力議員で各国にも各国にも強いつながりを持っており、パソコン教室や音楽や芸術等の情操教育にも取り組んでおられるのです』

「音楽や芸術――クリステラ・ソングスクールの活動とも連携しているのか」

『母親のフィオレは開発途上国の貧民生まれで、本人が子供の頃から歌などによる芸術的分野で生活していたのです。
自分自身の辛い子供時代の経験あっての活動なのでしょう。一人一人の子どもたちの可能性を引き出すための取り組みを、積極的に行っております。

将来を担う子どもたちが能力を生かして活躍できるよう、チャリティーを通じて質の高い教育の普及活動を支援しているという事です』


 チャリティーコンサートにそれほどの理念があったとは思わなかった。金持ちの道楽や、富豪の偽善ではなく、本人の経験談から始めた奉仕活動だったのか。

正直いって感心はするが、共感は到底できなかった。俺も子供の頃は孤児院育ちで、貧しい生活を送っていた。フィアッセの母親ほどではないにしろ、恵まれた人生を送っていない。

今でこそアリサ達によって不自由しない生活を過ごせているが、だからといって他のガキ共にまで奉仕する精神はない。自分が豊かになったからといって、他人を豊かにしようとは思わなかった。


もう一度いうが、フィアッセの母親は立派だとは思う。ただ自分には絶対できないというだけだ。


『今の話を聞いていてピンとくるものはありませんか、貴方様』

「頭の悪い俺に察しを求められても……チャリティーで教育、芸術に音楽――あ、HGSの!?」


『ご明察です。開発途上国には教育や研究機関と称して、子供達を教育及び洗脳を施す施設が幾つもございます。
その中にはHGSそのものではないにしろ、脳内器官や遺伝子の発達を目指して子供達を処置する機関もありますね』

『ふん、貴様はロシアンマフィアの女だ。下僕に悪印象を与えたくなくて言葉を濁しているようだが、見くびるな。
我の唯一たる下僕はこの程度の現実で狼狽えるような男ではない』

『……失礼いたしました。感謝します、長様。

貴方様。マフィアは組織として幼少期より子供達を教育する機関を抱えており、構成員として取り込むか、優秀な人材を他国へ派遣したりしているのです。
いわゆる人材ビジネス、昔で言う奴隷商人ですね。いつの時代も、裏社会において人は資材として扱われています。

特にチャイニーズマフィアである龍は歴史の長い組織、そうした教育機関は多く抱えていたでしょう』

「……チャリティーコンサートはそうした人材ビジネスの障害になると?」

『単なる個人のチャリティー活動であれば、いちいち目くじらは立てません。ただし"クリステラ"の冠を抱けば訳が違ってくる。
クリステラソングスクール校長と英国の有力議員による活動であれば、開発途上国の教育機関そのものに鋭いメスが入れられる。

途上国を取り込んでいたマフィアの研究機関にも表立った活動はできなくなり、政治的な追求がされる危険性すらあり得るのです』


 チャリティーによる慈善の精神などによって、社会全体の利益のために行われる活動そのものであれば、武装テロ組織も脅迫などしたりはしない。

慈善とはそもそも情けや哀れみをかけ、貧困など恵まれない人々や災害や紛争などの被害にあった人々に経済的な援助をすることを指している。

それだけならともかく、クリステラの慈善活動は時間や労力、金銭、物品などを寄付される事でボランティア活動が広がり、社会貢献や福祉活動などへの関心が高まってしまう。


開発途上を発展させる国作りを促進するといった大きな意義があれば、国際的活動として取り上げられてしまう。


『高機能性遺伝子障害の患者は脳内器官の異常発達、細胞に含まれる珪素等の要素から特別な能力を持つようになります。
つまり超能力者になってしまう病気なのですが、HGSは迫害や差別される危険性を孕んでいるため、世間には公表されていません。

マフィア達はその事実を悪用して、今後HSGによる超能力者を新しき戦力として育成するべく働きかけている。

クリステラのチャリティー活動は、窮地に追い込まれている彼らの打開策を知らずとも台無しにしてしまう危険性があるということです』

『だからクリステラの娘であるフィアッセに脅迫状を送ったのか』


『クリステラへの脅迫と、フィアッセへの警告ですわね――自分達はHSGをよく知っていると』


 思っていたより根の深い問題だった……だから俺が考えていたすべての可能性が思い当たっていると、カレン達は言っていたのか。

クリステラ両親への脅迫、フィアッセ本人を狙う警告、HGS関連の組織的犯行――


チャイニーズマフィアは全て分かっていて、クリステラそのものを破滅させようとしている。


『後はやっぱりうさぎへの宣戦布告かな』

「えっ、俺……!?」

『クリステラと関わりがあるのは当然、バレているよ。そうでなくても、夜の一族との関係は絶対わかってる。
脅迫状をフィアッセ・クリステラに送ったら、"サムライ"が出てくると高を括っているんでしょう。

うさぎもバッチリ狙われてるよ、アハハ』


 なんだと、ついでも俺も殺すつもりなのかあいつら!?

言われてみれば当然の帰結ではあったが、どこか他人事だったのに巻き込まれてしまっている。


うぐぐ、どう転んだって簡単に解決しないだろうコレ。





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2023/04/02(Sun) 16:49:45 [ No.1014 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十一話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武  たった半年あまりで、日本のサムライが世界有数の武装テロ組織を粛清しまくっていた。

アメリカ富豪の資金力とロシアンマフィアの組織力、夜の一族と表社会の国家治安維持組織が手を組んで、世界の大掃除を行ったのだ。

表と裏が手を組まれてしまえば、テロなんぞ入り込む余地がない。情報も簡単に漏れまくっていて、テロ組織による報復活動は全て血の海に沈んだらしい。


肝心の本人が異世界や異星で頑張っている間、人様の名前を借りて何やってんだコイツラ。いや別に、俺もサムライを名乗っていたわけじゃないけどさ。


『ドイツの地で王子様によって企みの全てを叩き潰されてよほど頭にきたのでしょうね。
今まで流れを追うのに手を焼いていたチャイニーズマフィアの資金繰りが手に取るように読めて、とてもやりやすかったですわ。

あらゆる方面から手を回して蓄財を分捕ってやりましたもの。これでようやくテロ事件でこのわたくしに恥をかかせた溜飲が下がりました』

「あっ、やっぱり気にしていたんだな。人質に取られそうになったのは」

『ふふふ、まあ他でもない王子様に救出して頂いたので、わたくしとしてはそこまで悪い思い出でもないのですけれど』


 夜の一族の世界会議の場にテロ組織の連中が大量に乗り込んできて、あわや要人達が誘拐されそうになった。会議の場を銃で包囲されて殺されそうになったのだ。

ノエルとファリンその他の武力で脅しながら死物狂いで俺が交渉し、そして最新型自動人形のローゼの裏切りによってパワーバランスが崩壊して、何とか窮地を乗り越えた。

カレンも危機的状況に陥っていたので、その時ついでに救出したのである。当時は敵勢力だったのだが、彼女は俺をスカウトしようとしたりと気にしてくれていたので、一応助けた。


巡り巡って今ではこうして愛人面されるようになったのだが、本人の気質は全然変わっておらずこうしてテロ組織を札束でボコっている。


『チャイニーズマフィアで構成される龍は当時夜の一族を持ってしても御せないほどの暴力と資金力、そして中華を背景にした権力で構成されていました。
私もロシアンマフィアの父に反旗を翻すべく、貿易路を独自に開拓して流通ルートを構築し、表社会の治安維持組織等にも接触。
ロシアンマフィアとチャイニーズマフィアが正式に手を組んで、夜の一族を掌握されてしまうと、下手をすれば表裏が逆転するほどの驚異となっていたでしょう。

それほど壮大な計画だっただけに、貴方様お一人で潰されたことに我慢ならなかったのです。百年、いや下手をすれば千年に一度とも言える好機でしたので』


 ……俺はただ利き腕の治療をしに海外へ行っただけなのに、いつの間にかそこまで大層なことになっていたのか。ロシア美女のディアーナは恐ろしい笑みを浮かべている。

諸悪の根源であるローゼは世界会議後平然とした顔で俺に着いてきやがったし、悪びれも一切せず今ではエルトリアという惑星で開拓事業を支援してやがるしな。

テロ組織やカレン達には悪いが、あのアホは責任感なんぞ一切なく躊躇せず裏切りやがったからな。


俺としては命拾いしたので別に責める気はないんだが、あいつはあいつでちょっとくらい申し訳ない顔をした方がいいと思う。


『ということで今回の話に繋がるのだが、我々の徹底した粛清によりついに奴らが我慢の限界を迎えた』

「そりゃそこまでしこたまボコったら、苛められっ子だってキレるだろう」

『勘違いをするな、下僕よ。痺れを切らしたのは奴らのスポンサーだ』

「テロを支援しているとかいう連中か。そもそもそいつら、なんでテロ組織なんぞ支援しているんだ」

『所詮お前以外の人間など、愚物の集まりよ。表で平然と生きる豚どもだって、厚顔無恥に平和を謳歌している。
金や力をくれてやることで、暴力や権力を振りかざして暴れてくれるのだ。自分達にとって目障りな連中を殺すくらいなんでもない。

直接犯罪行為に出なくても、"龍"というブランドがバックにあれば出来ることも多い。金や物、女くらいくれてやる見返りはあったのだろうな』


 政治や経済が清廉潔白という気はないが、さりとて子供達が思うほど大袈裟に汚れてはいない。

俺も政治家などは斜め上から見下ろしていたが、政争など繰り広げていると彼らの苦労なども分かるようにはなってきた。

ただ綺麗事を成すにも力が必要で、世界を動かすには金もいる。汚れた仕事を行うのであれば、その道のプロだって必要となる。


チャイニーズマフィアは何もテロばかりやっているのではない。歴史あるマフィアが君臨できているのは、あらゆる裏稼業をこなしてきたからだ。


『そんな連中が日本のサムライ一人に粛清され続けているのだ、信頼どころか信用だって失う。
そこで表社会と繋がっている我らがちょいと声をかけてやれば、やつらはホイホイ尻尾を触って掌返ししてくる。

この我に恐れおののいて頭を下げる姿は滑稽であったわ』

「……金や力だけではなく、スポンサー連中まで奪い取ったのか」


 夜の一族はどちらかといえばチャイニーズマフィアより闇に潜む連中なのだが、カレン達が表社会で降臨している分話が通じやすかったのだろう。

つまりカレン達は裏社会で徹底的に粛清するのと同時に、表社会で支援していた著名人達に声をかけて支援を断ち切りまくったのだ。

表と裏でよくそんなえげつない真似が出来るものだ。こいつら、下手をしたら異世界で戦ってきた俺よりよっぽど働きまくっている。


一言でいえば、その時地球にいなくてよかったの一言である。もし留まっていたら、神経が持たなかっただろう。


『表社会ではスポンサー達、裏社会では実力者達を次々と叩き潰されて、彼らは進退窮まった。
追い詰められた奴らが次に手を出したのが、我ら夜の一族への対抗策だ』

「お前らへの対抗って、吸血鬼の天敵である教会とか魔女狩りか」

『あら、さすが王子様。悪くない線ですわね』

『ご冗談のおつもりだったのでしょうけれど、時折本質をつくので頼もしくも恐ろしいですね』


『ふふん、まあ我の下僕であるからな。一応褒めておいてやろう。
下僕、奴らが本格的に乗り出したのは『変異性遺伝子障害』という研究材料だ。

貴様も聞いたことがあるだろう』

「! まさか、"HGS"か!?」


 フィリスやリスティが患者となっている原因、副産物としていのうと呼ばれる超能力を発言させる遺伝子の病気。

GS患者は能力と個性により、持ち主によって形状の異なるフィンと呼ばれる光の翼が発言する。

通常の能力者はこのフィンで光や風からエネルギーを吸収したり、自身の余剰エネルギーで超能力を使用することができるそうだ。


確かに以前フィリスが話してくれた時、日本の研究所は誰かに潰されたと言っていた。


『この病気は数十年前、世界中で多発的に発病した新病です。
先天的に遺伝子に特殊な情報が刻まれており、それによって死ぬことはないものの多くの障害を引き起こす難病とされています。

変異性遺伝子障害の中でも特殊な発現がされた場合は「高機能性遺伝子障害」さえ引き起こすのですわ、王子様』


『これが貴方様の仰るHGSと呼ばれるもので、貴方様の関係者であるフィリス・矢沢やリスティ・槇原、そして――

変異性遺伝子障害Pケース――"種別XXX"
Pケースとされる障害を発現した者はHGSの中でも強い力を持ち、健常者を対等の人間とは思えないと独自の思考を持つ危険性を秘めておる。

それが今貴様が愚かにも守ろうとしておる女、フィアッセ・クリステラだ』


 なっ――あのフィアッセが……種別、XXX!?


『正直申しあげて、王子様の関係者ではなければ当の昔に排除しております』

『いえ、貴方様の関係者であるからこそ腹立たしくもあります』

『うさぎ、クリスが言うのも何だけど――そいつ、人の皮を被った怪物だよ。
今はさも女であるかのように振る舞っているけれど、病気が発言すれば人の心なんて簡単に消えちゃう。

うさぎを好きな気持ちとか、家族の思い出とかぜーんぶ消えて、そいつは人間じゃなくなる』


 何を馬鹿な、といいたかった。けれど、リスティも数ヶ月前に暴走して俺を殺そうとした。

もし種別XXXのフィアッセが、暴走したらどうなってしまうのか――


"帰ってきてくれて嬉しい。リョウスケがいれば安心だね"


 HGSが発現したら……あいつの無邪気な心は、消えるのか。






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2023/04/02(Sun) 16:49:01 [ No.1013 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武 『まずドイツで行われた世界会議。夜の一族の長を決める会議の場で起きたテロ事件、実行犯はロシアンマフィア。
忍さんの縁者であった安二郎の情報漏洩により、一族の覇権と自動人形の技術を狙った武装テロでしたが――

御存知の通り王子様によりローゼが離反し、事件は解決。会議も無事終了し、我々は新体制の元で報復を決行いたしました』


 アメリカの夜の一族、カレンが事態の説明に乗り出す。時系列としては世界会議が終了した後、去年の夏以降の話となる。

敵側から離反させたと聞くといかにも格好良く聞こえるが、初対面でローゼにうどんを食わせてやったら勝手に懐いたというだけの話である。

今にして思うと最新型とはいえ自動人形がうどんなんぞよく食えたものだと思うが、スカリエッティ博士の最新作はその点においても優れていたようだ。


ローゼの研究資金を出していたカレンにとっても耳に痛い話だったのか、あまりいい顔はしていない。


『父を断罪した私が組織を乗っ取り、クリスチーナの大粛清もあって組織改革を図りました。
時間と資金を費やしましたが、当時の実行犯や協力者達を残らず全て洗い出した上で、見直しを図ったのです』

「……ちなみにその洗い出した連中はどうなったんだ」

『クリスのかわいいうさぎに手を出したんだよ。きちんと全員、自分の命があることを後悔させてあげたよ』


 血の制裁を行ったのだと平然とのたまう、ロシアンマフィアの姉妹。

クリスチーナは俺を第一ターゲットにする事を自分の名にかけて誓ってしまったせいで、他の人間を殺すことが出来ない。

だが殺人姫と呼ばれるほど殺人技術に特化した少女は、どうすれば人は死なないかも心得ている。


生命があっただけマシと、人生を謳歌させるほど甘くはないという事だ。俺もよく生き残ったものである。


『その結果実行犯はロシアンマフィアですが、黒幕は"龍"と呼ばれる組織である事が判明いたしました』

「俺も以前その話は聞いたことがあったな。確かチャイニーズマフィアだったか」

『フン、我々夜の一族も日陰には出れない人外集団。表と裏、二つの社会に根付いているハグレ者だ。
当時夜の一族の会議に向けてロシアンマフィアが動いていたこともあり、連中も我々の主戦場であるドイツの地に直接出向く事はできなかった。

よって資金提供と人材、プランを提供して干渉してきたということだ』


 次世代の長となったカーミラがカレンの説明に補足する。チャイニーズマフィアは夜の一族の事を知っていたということか。

夜の一族は西欧発祥の種族で、いわゆる吸血鬼と称される存在だ。別名では遺伝子障害の定着種との事で、外見は人間に近しい。

体内での栄養価の生成バランスがうまく出来ないため、人間からの血の摂取が不可欠。その分能力面で優れており、人間の上位互換の様な特徴を持っている。


人に近しいからこそ表社会で生きることが出来、人ではないからこそ裏社会でも活動している。マフィアも警戒はしていたようだ。


「どうしてチャイニーズマフィアが、ロシアンマフィアに援助なんぞしたのだ」

『夜の一族の覇権を狙う私の父がチャイニーズマフィアと手を組み、世界会議を機に裏社会の勢力図を書き換えようとしたのです。
夜の一族の主だった者達が集う世界会議は正に狙い目だったのでしょう。
私も娘として身の危険を感じ、状況を覆す手段を伺っていたのですが……チャイニーズマフィアの援助もあり、武装テロ計画は念入りに練られていました。

事実計画は半ば成功していたのですが、あなた様のご活躍により全てがご破綻となりました』

『クリスも面白そうだったならパパのお手伝いするつもりだったけど、うさぎと仲良くなってどうでもよくなっちゃった、アハハ』


 ディアーナとクリスチーナより微笑み混じりの歓談をつげられて、カレン達も和やかに笑っている。いや、当事者だった俺は死にそうだったんですけどね!

俺は怪我して動かなくなった利き腕を治すべく、夜の一族の血を頼ってドイツの地へ赴いた。だというのに怪我の治療どころか、テロに巻き込まれて散々な目にあった。

状況が覆ったのも、俺の周囲の連中による様々な要因がうまく適合しただけだ。


夜の一族の純血種である月村すずか、妹さんの意向も大きい。


『作戦は失敗し、ロシアンマフィアはディアーナさん達により粛清。チャイニーズマフィアである龍は計画失敗で相当な痛手を負いました。
手負いの獣ほど怖いものはないといいますが、連中は計画失敗を受けて報復を誓いました。

当時テロ解決の立役者として騒がれた王子様を抹殺するべく、動きだしたのです』

『当時の動きはお前もよく知っているだろうが、我の可愛い下僕であるお前を狙うなど笑止千万。
世界会議を通じてお前との縁も結ばれたのもあり、我々はお前の支援を行うべく意見が一致した。

後は知っての通りお前が居を構えている日本の街を国際化し、資金援助や人材派遣を行って、新しき支配地を作り上げた』


 ……海鳴を支配地だと平然とのたまうカーミラを、他の誰も否定していない。恐ろしい話であった。

ロシアンマフィアを掌握したディアーナ達は日本への貿易路を開拓し、日本の政財界にアメリカの富豪であるカレンが積極的に働きかける。

フランスの貴公子であるカミーユが日本文化支援を打ち出し、ドイツの支配者となったカーミラが支配に乗り出したという仕組みだ。


ここまでの話は俺も聞かされていたが、そこからの話がまた盛大に驚かされた。


『我々は龍を壊滅させるべく、手を打ちました。王子様ご本人の事は情報封鎖を行い、あらゆる方面からシャットアウト。
身の安全を確保した上で撹乱させるべく、私達は偶像を誕生させたのです』

「偶像……?」

『御神美紗都、貴方が師事する剣士。当時ディアーナの護衛を務めていた彼女の目的は、世界会議を狙う龍の殲滅。
チャイニーズマフィアを狙う彼女の理由は敢えて詳細は伺いませんでしたが、動機は復讐であることまでは分かっています。

そんな彼女に申し出たのです。貴方の弟子を護り、貴方の復讐を叶える手段があると』

「ま、まさか――」


『王子様がこの世界を留守にされていたのは大変都合が良かった。何しろ異世界という完璧な神隠しにより、姿を消されていたのです。
チャイニーズマフィアである彼らであっても、異世界にまでは追えない。痕跡が消えた彼らの前に――

御神美紗都というサムライの偶像をお見せいたしました』


『お前には聞かされていたと思うが、奴はディアーナのツテを頼って香港国際警防隊の所属となった。
香港国際警防隊は小規模ではあるが、実力者集団で、やつらも龍の殲滅を狙っていたからな。

今度はこちらが国際組織と手を組んで、"サムライ"を大暴れさせてやったのだ』

『サムライの容姿や素性を誤魔化す手段などいくらでもありますからね。連中も見事に釣られてくれました』


 ……俺と師匠は男と女という性別の差ほどもある別人なんだけど、よくマフィア達を騙せたものだ。サムライだったら何でもいいのか、アイツラ。

ただカレン達の話だと、そもそも俺という十代の小僧がマフィアの計画を潰したという事実が受け入れられなかったらしい。

無理もない話だ。当時孤児院を飛び出した浮浪者、山で拾った気を振り回すだけのガキがマフィア達を相手にできるなんて絶対に思えない。


むしろ偶像である御神美紗都こそ真のサムライだと信じ込んでしまうのは、仕方がない話かもしれない。


「じゃ、じゃあ俺が異世界とか異星に行っている間を利用して、奴らをとことん追い詰めたのか」

『ふふふ、半年ほどかかりましたが、おかげさまで連中の勢力は相当削れましたわ。資金や縄張り、連中の協力者関係もかなり奪ってやりましたしね』

『それで追い詰められた彼らが起死回生を狙って、今大胆な手に打って出たということだ。こちらの思い通りとも知らずに』

「なるほど、そこからフィアッセの話につながってくるのか。でもさ――」

『いかがされましたか、あなた』


「俺がサムライなのは当時メディアでも騒がれていたんだから――師匠が俺のフリしてやったことが、俺のやったことになるんじゃないのか?」

『……』


「おい、俺は日常に帰れるのか!?」


 静かな口調で尋ねるヴァイオラに根本的な質問をすると――夜の一族全員が黙り込んだ。

偶像という言葉で飾っているが、要するに俺に変装してテロ組織を壊滅させまくったということになる。


このまま平穏無事に日本で生きていけるのか、不安になってきた。







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2023/04/02(Sun) 16:48:23 [ No.1012 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第九話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武
夕食と家族会議を終えて、子供達はそれぞれの時間を過ごす。自立心の高い子供達は親に甘えず、自分の時間を過不足なく過ごしている。

ナハトヴァールなどは夜でもたまに遊んでやったりするが、皆それぞれ自分の時間を持っている。だらけるのではなく、勉強や鍛錬などを行ったりと、自分には熱心だった。

俺なんてガキンチョの頃は遊ぶことしか頭になかったが、ディアーチェ達はよく出来た子供達だった。とはいえ良い子ではあるが、個性的ではあるので、色んな意味で手が掛かる奴らだったりする。


まあエルトリアから帰ってきたばかりなので今晩はあの子達も疲れているだろう、邪魔をするつもりはない。俺も休みたかったが、大人は夜でも残業という辛い仕事がある。


「セッティングできたわよ。全員漏れなく時間が取れたから、しっかり話してきなさい」

「……世界的な著名人の上に時差とか国境線とかある筈だが、何故そんな簡単に一同集えるんだ」

「あんたが帰ってきたことが即座にモロバレしているわね、確実に」


 欧州の覇者、夜の一族の姫君達。先進国で名を馳せる女性達と通信越しに会話するには、特殊な手続きを幾つも行わなければならない。

一見さんなど以ての外であり、各国の有力者が接見を求めても断られる始末。挨拶する時間一つでも、ダイヤモンドより高価な代償を支払わなければならない。

パソコンやインターネットには詳しくないが、彼女たちと話す為のホットラインは限られており、徹底したセキュリティが完備されている。首脳会談レベルの警戒ぶりと言える。


アリサが準備してくれたのは、マンションの一室。高貴なお姫様達と話す準備がこうして簡単に整えられている現実に、今から気疲れしそうだった。


『じゃーん』

「うわっ、何だお前!?」

『ふっふっふ、忍ちゃんのプライベートルームへようこそ。このライブチャットは十分五千円となります』

「高えっ!? アダルトライブチャットでもそこまで取らんわ!」

『しかしながら侍君はなんと、無料で何時間でもおしゃべりできます。しかもお客様のご要望により、下着姿になる事も可能!
これはチャンスですよ。ささ、どんなエロトークをいたしますか!』

「とりあえずお前を回線の乗っ取りと風俗法で訴える」


 通信画面に登場したのは一応世間様一般の基準では美女にあたる人間、夜の一族の女である月村忍だった。

下着姿なんぞぬかしていやがるが、一応今の段階は部屋着でニコニコ手を振っている。すげえゴキゲンなのが、なんとなく癪に障った。

エルトリア出発前に会ったのが最後なので、数ヶ月経過しているが、特に変わった様子はない。エルトリアにも来たがっていたが、学生身分なのでお断りした。


何でこいつが出てくるんだ、おい。


『ひどいよ、侍君。帰ってきたのなら連絡してくれればいいのに』

「お前の勉強の邪魔をしたくなかったんだ」


『本音は?』

「めんどい」

『だよね』


 本心を真っ向から言ってやったのに、それ見たことかとニヤニヤしている。くそっ、嫌味の通じない女だ。

アリサが用意したホットラインのセキュリティを、CW社の主任研究者であるこの女と言えど破れるとは思えない。多分、アリサに忍がコンタクトを取って承諾したのだろう。

つまりこの女にも俺の帰還が伝わっていたことになる。今日帰ってきたばかりなのに、俺の動向が簡単に伝わるこの街は異常だと思う。


馬鹿なことを言い合っていても埒が明かないので、さっさと切り上げることにした。


「それでお前の近況はどうなんだ」

『めでたく今年3月に卒業と相成りました、えっへん』

「一応お前の進路を聞いておこうか」

『永久就職』

「俺はツッコまないからな」

『ちっ、お世話になりまーす』


 おのれ、学生では王道の進路である大学という道を余裕で蹴っ飛ばしたようだ。うちの企業であるCW社に就職する気満々だった。

異世界にある企業、しかも去年起業したばかりに会社に就職なんてどうかしていると思う。後見人の綺堂さくらをよく説得できたものだ。

不採用にしたいけど、残念ながらこの女はジェイル・スカリエッティ博士と馬があって、すでにCW社で幾つかの開発案件に関わっている。


その中には時空管理局の案件もあるので、こいつを外す訳にはいかない。自動人形であるローゼのメンテナンスとかもあるので、こいつの技術は必要不可欠だった。


「分かった。とりあえずその件は後で相談に乗ってやるから、いい加減代われ」

『よしよし、言質取れたので満足。なんかまた厄介なことに巻き込まれているみたいだから、私は後から聞くね』

「面倒事になると逃げやがるな」

『侍君も同じでしょう。そんじゃあまたね』


 反論の余地もなく、通信は切り替えられた。確かに俺があいつの立場なら、高みの見物を決め込むだろうな。

なんか無駄な時間を過ごした気がするが、少なくとも忍のまわりではトラブルは起きていないらしい。同居しているはやて達ともきっと平穏だろう。

シグナムとシャマルはエルトリアで開拓中なので、その点もはやて達に話さないといけないが――忍があの様子なら平和に過ごせているにちがいない。


程なくして、真紅の瞳を宿した少女が画面いっぱいに表示された。


『遅いぞ、下僕。帰ってきたのならまず主である我に挨拶するべきであろう!』

「だからこうして繋いでたんだろう」

『見え透いたことを言うな。大方、用件と合わせて済ませようとしたのではないか』


 カーミラ・マインシュタイン。青髪に真紅の瞳、流麗に結ばれた唇、背に生えた漆黒の羽。暴力的な美の少女。

純血種月村すずかの次に血の濃い、異端種と呼ばれる異形の子。ドイツの夜の一族で、世界会議では最初に接触した女である。

世界会議を征して次世代の長として任命され、人と人外の共存を掲げて、カリスマ性を発揮して夜の一族を繁栄へ導いている。


出会った当初は退廃的な雰囲気があったが、今では生き生きと自分の人生を謳歌していた。


『いい加減いつになったら、ドイツへ来るのだ。お前のために城まで建ててやろうと計画しているのに』

「予算の無駄遣いをするな。権威主義者でもないだろう」

『愛する下僕と過ごすのに妥協など許されない。永遠なる地を用意して共に過ごそうではないか』


 異形ゆえに両親に疎まれ、人の世に出れず暗闇に閉じ込められ、世界のあらゆる存在を憎悪していた少女。今となってはこの有様である。

背に生えた漆黒の羽が何よりの異端の証だが、今の当人は隠そうとする素振りもない。とはいえ世間の目に晒すのも不愉快だと、本人は出しゃばったりしないが。

後にさくらから聞いた話だが、容姿にまで異端の証が生じるのは珍しいらしい。人の世の中で生きるには人の血を取り入れる必要があり、どうしたって人に近しい存在となる。


まあ夜の一族の中には変身能力を持った者もいるらしいので、一族の間では殊更騒がれる訳でもないようだ。


『無理強いするのはいかがかと思いますよ、長様。本人の意志を尊重しないといけません』

『そうそう、うさぎはロシアに来るんだから、ドイツなんて堅苦しいのは絶対嫌だよ』


 ディアーナ・ボルドィレフと、クリスチーナ・ボルドィレフ。ロシアンマフィアの姉妹が、二人揃って画面に映し出される。

妹のクリスチーナは細く華奢な肢体だが、姉のディアーナは胸に豊かな果実を実らせている。体格面だけではなく、本人の資質も姉妹で大きく異なる。

姉のディアーナは暴力社会の組織で生き残るべく、交易路を新規開拓して財を築き上げ、妹のクリスチーナは稀有な殺人の才能を持ち、弾丸を目で見て躱せる怪物であった。


世界会議で起きた武装テロは彼女達の親が大きく関わっており、事件を経て自らの親を排除してマフィアの地位を簒奪した。


『お元気そうで何よりです、貴方様。アリサさんから報告書でご活躍を伺っていますよ』

『宇宙へ行ったというのは本当なの!? やはりうさぎだけあって、月とか好きなのかな』

「SFチックな報告書を信じるのか、お前ら……」


 ――世界会議事件後、俺の動向を見守る立場となった彼女たちに隠し立てするのは難しいので、異世界や異星の件を打ち明けるしかなかった。

いきなり海鳴から姿を消せばこいつらは必死で探し回るから、行方不明になると結局バレてしまうのだ。理由を聞かれたら適当な事では誤魔化せない。

アリサほどの知恵者でも隠し立てするのは難しく、どうせならとほぼ全て打ち明けたのである。報告書についても多分偽証せずにエルトリアでの活動を記載したのだろう。


夜の一族だけあってオカルト的な話でも受け入れられる土壌を持っているので、こうして笑い話で済ませられる。


『興味深く読ませてもらったよ。惑星の開拓とか政府への主権争いと書かれていて、映画の台本でも見せられた感覚だったけどね……』

『利益優先ではなく、あくまで困っていた人達のために力を尽くしたのでしょう。貴方らしいわ』


 カミーユ・オードランと、ヴァイオラ・ルーズヴェルト。貴公子とまで呼ばれているフランスの夜の一族と、イギリスの妖精と称えられる容姿端麗な女性。 

この二人については、世界会議以後は雰囲気が変わっている。それぞれに問題を抱えていた連中だっただけに、事件を通じて解決した後は雰囲気も柔らかくなった。

世界会議では政治的争いに巻き込まれていただけに、次の長が決まって開放された本人達は自分達の夢に向かって邁進している。


俺に関する報告書も、まるで冒険談を読んでいるかのように賑わっていた。


『はいはい、王子様を褒め称える歓談は後にしましょう。
わたくしも後程異世界や異星について商談をまとめているのですから、時間は後で用意いたします。

王子様はようやく帰ってきたばかりなのですから、負担をかけてはいけません』


 カレン・ウィリアムズ。アメリカでも有数の大富豪のご令嬢。気位が高く不遜だが、プライドと美貌に見合った確かな才能を持っている。

俺を引き立てているように聞こえるが、商談といったのを聞き逃していない。こいつ、早速利権に食い込もうと画策していやがるな。

幼少時より大人顔負けの行動力と手腕を発揮して、僅か十代で父を超える地位と実力を手に入れた女。こいつには、ご両親でさえ頭が上がらない。


ジェイル・スカリエッティの接触もあって、以前は異世界ミッドチルダの技術を流用していた。技術革新による世界制覇こそ断念したが、大いなる野心は今でも燃え上がっている。


『フィアッセ・クリステラへの脅迫と、クリステラソングスクールのチャリティーコンサートへの関与。
王子様が我々にコンタクトを取ったのは、心当たりが無いか確認されたいのでしょう』

「早速嗅ぎつけていやがったか。何か知っているのだな」

『勿論です。王子様はおそらく今日一日で既に幾つかの見解を立てていると察しています。
その上で結論を申し上げますと――

今回の件、王子様の留守中に我々がほぼ全てお膳立てしております』

「えっ、お前らが主犯なのか!?」


 まるで当然だと言わんばかりに、堂々と事件の関与を思いっきり認めやがった。

彼女たちから今晩聞かされる内容は非常に衝撃的で、何よりも――


自分自身がまるで把握できていなかった、自分の影響力について思い知らされる結果となった。





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2023/04/02(Sun) 16:47:46 [ No.1011 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第八話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武 脅迫状事件の捜査一日目。名探偵を気取るつもりはないが、たった一日でかなりの情報が集められた。

愉快犯からテロ組織の可能性と、非常に幅広い犯人像。つまりは何も分かっていないのと変わらないが、とりあえず言えるのは厄介であるという一点のみだった。

人材はこの一年で多く集っているが、主戦力の大半を異世界や異星に残している現状。手持ちの札だけでやるしかないのだが、事件の規模がまだ見えてこないので何とも不明。


ともあれ、待ち合わせ時間となったので病院帰りに出向いていった。


「待たせたな、父よ。務めは概ね果たしてきたので、我も今から正式に父の麾下に加わろうではないか」

「ここがお父様の出発点となった地ですか。娘として帰参できて嬉しいです」

「ボク達の要件は済ませたよ、父さん」


 ここ地球へ帰って来たのは俺とアリサ、すずかとディアーチェ、ディードとオットーの五人である。

事前に厳命していたので、ディアーチェ達は洋服に着替えている。こいつら、頭はいいが日本の常識とか知らないからな……事前に教えておいた。

海鳴は最近外国人も多く受け入れているので、ディアーチェ達の容姿も奇異な目では見られない。まあディアーチェやディード、オットーは日本人よりの容姿なので元より悪目立ちはしていない。


むしろ抜群に可愛い容姿ではあるので、注目を浴びるとすればむしろそっちだろう。


「アリサがマンションの一室を手配した。今日からしばらくそこを拠点にして活動する」

「キッチンはあるか、父よ」

「何でまずキッチンに注目……?」


「今宵はぜひ私達にお任せください、お父様」

「実は前々から料理を勉強していたんだ。父さんに手作りをご馳走するよ」


 ……ディアーチェはともかく、ディードやオットーは俺の遺伝子を無断使用して誕生した少女達。つまりあくまで遺伝子上だが、俺の血縁となる。

自分で言うのも何だが風来坊な俺にどうしてこんな親思いな子供が出来るのか、遺伝子の謎を思い知る。

ジェイル・スカリエッティの悪ふざけで誕生した戦闘機人の神秘に、あの性悪博士はさぞ良い気分だろう。生命の神秘に身震いしているに違いない。くそったれである。


ちなみにディアーチェは我が家でもっとも家事の出来る王様である。料理を振る舞うのも好きで、包丁裁きは達人だった。


『ということで、買い物に寄ってから帰る。マンションの手続きは本当に大丈夫だったのか』

『高級マンションは手続きが早くて助かるわ。フィアッセさんの部屋の両隣、確保しておいたわよ』

『何故二室も取った!?』

『セキュリティの高いマンションでも、隣を確保されたら侵入される危険もあるでしょう。住居用と、警護用に確保しておいたから』


 俺達が住む部屋と、警護チームが住む部屋を用意したらしい。スラッと言ったが警護チームも用意したのか、こいつ。

多分夜の一族が派遣してくれているチームを呼び寄せたのだろう。忍者まで混じっているベテラン部隊で、俺の帰還と合わせて呼び戻された。

つまり、夜の一族に思いっきり俺の帰還がバレているということになる。話は早いのだが、今晩連絡しないと小うるさく言ってくるのは間違いない。


こちらも話があるので別にいいのだが……今日は真夜中まで忙しくなりそうだな。














 茹でもやしの肉巻きにタコじゃが、トマトガーリック炒め。美味しくて栄養バランスも良い、見事な和食の献立だった。

隣室のフィアッセやなのはは食事を済ませていたので、一応声だけかけて家族団らんで食事を摂ることになった。

考えてみれば久しぶりの和食である。エルトリアにいた事の食事も日々手作りで美味かったが、和食を食べると日本に帰っていた実感が生まれる。


食事を取りながら、俺達は報告を行った。


「聖地は概ね平和だ。イリス事件の余波や混乱は収束しており、時空管理局と聖王教会の関係も修復できている。
些か不満ではあるが、我の代理であるヴィヴィオは聖女カリムや関係者各位の協力を得つつ、神輿としての役目を果たせている。

事件で壊滅させられた聖王教会騎士団も復帰しているし、治安の問題もなかろう」

「白旗や特務機動課はどうなっている」

「オルティア隊長代理が取り仕切っている。
傭兵達を取り纏めるあの才媛はイリス事件の立役者となって、出世こそ辞退したが影響力は確実に強くなっている。

時空管理局と聖王教会の関係修復も彼女が仲介になった事が大きいな」

「そのまま組織に戻ってもいいんだがな」

「挨拶はしておいたが、父の安否を確認されたぞ。留守は預かるので、父の成すべき事を果たしてもらいたいそうだ」


 オルティア・イーグレット副隊長は、傭兵師団『マリアージュ』を指揮する元団長。今は特務機動課の副隊長として働いている。

立身出世の道を自ら断ち切って、俺の副官として励んでくれている女性で、レジアス・ゲイズ中将やカリーナお嬢様といった有力者達との関係を取り持ってくれている。

立場を与えられた俺が自由に動けるのも、彼女の働きが大きい。ディアーチェに様子を確認したが、仕事人間の彼女は特に苦もなく毎日精力的に働いているそうだ。


優美な容姿と美しく整えられたプロポーションに恵まれた、青い髪の麗人。宗教権力者達からの評価も高く、猟兵団とは違う高度な人脈と権力を着々と確保している。恐るべき女である。


「フローリアン夫妻は現在も治療中です。お父様より人材と資金、施設の提供を受けて本格的な治療に入りました」

「容態は非常に悪く、通常の治療では延命にしかならないので、スカリエッティ博士とウーノが生命研究による技術を使用しています」

「生命研究……?」


「ここだけの話ですが、例のゆりかごで秘奥されていた技術です」


 聖王のゆりかごとは、古代ベルカの遺産のロストロギア。当時のベルカを支配していた聖王家の居城として使われ、聖王は生まれてから死ぬまでこの艦を中心に生活していた。

聖王家に関する神秘も眠っており、ゆりかごの機能を乱用すると登場車に悪影響を及ぼすが、艦そのものは主を生かす機能が用いられている。

古代ベルカの王を生かす知識や研究も眠っており、ジェイル・スカリエッティという天才が掘り当てている。その中には、現代治療が困難な病気や病状を救う手立てもあるらしい。


確かに俺が許すからあらゆる手段を用いて治療するように言ったのは事実だが――あいつ、本当にやりたい放題やっていやがるな。


「ポットで集中治療を受けている状態も確認いたしましたが、搬送された当初よりは持ち直しています」

「少なくともキリエさんの母君については治療の目処が立ったと言えるでしょう」

「そうか、それは朗報だな!」


 父親は多機能不全で全身ボロボロの状態だが、母親も長く病を患ったまま無茶をしており、身体も悪くしていた。

無理もない話だ。父親は倒れており、娘達は歴戦の戦士とはいえ思春期の女子達。大人として心配かけずに振る舞うしかなかった。

だからこそアミティエやキリエも幼くして自立するしかなく、これまで無理をして気を張って戦い続けてきたのだ。俺には真似のできない苦労だった。


俺だって別に代わりに背負っているわけではない。たまたま人に恵まれて、多くの人達の支援を受けてこうしてやってこれている。


「状況は分かった。それで今後についてだが、やはりしばらく滞在することになりそうだ。
事情を説明したいところではあるが、今晩話し合わなければならない連中がいる。今後については見解を整理してから、明日話そうと思う。

とりあえず今言えることは、隣の部屋にいる女が何者かに脅迫を受けている」

「お父様が今晩大切な話をされるというのであれば、私とオットーが見張りに立ちましょう」

「エルトリアにいるユーリ達への連絡も必要であろう、それらの面倒な手続きは我に任せてくれ」

「頼む、場合によってはお前達の力が必要となりそうな事態だ」


 自分なりに少しは強くなったつもりではあるが、その家臣が一年前の通り魔事件での負傷に繋がっている。

単純に怪我をしただけではなく、立ち回りの悪さによって事態が悪化する状況となってしまった。

結果としてなのはも襲われそうな状況にまで発展しているし、油断は禁物だ。


娘達が作ってくれた手料理で英気を養って、まずは厄介な女達である夜の一族と対面することにしよう。




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2023/04/02(Sun) 16:46:29 [ No.1010 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第七話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武 リスティと情報交換をして食事を終えた俺はその足で海鳴大学病院へと向かった。

初日の調査で思いがけない情報を手に入れられたが、同時に事件の規模の大きさを思い知って今から疲れてきている。下手すると、また大事件に発展しそうな案件である。

今までは過剰戦力投入でどうにでもなったが、生憎と今回は主戦力の大半をエルトリア開拓に注力してしまっている。限られた戦力でカバーする必要があり、頭が痛かった。


ユーリ達に連絡すれば大急ぎで駆けつけてくれそうだが、心配かけるだけなのでやめておいた。エルトリア案件もまだまだ途中だしな。


「おかえりなさい、良介さん。元気そうで良かったです。では、ベットに横になってください」

「再会の余韻が一切ない!?」

「良介さんが元気ですとそれはそれで不安なので、診断させてもらいます」

「全然信用してないじゃないか!?」


 フィリス・矢沢先生の専門は、カウンセリングおよび遺伝子学。整体の名手であり、医師資格も持っている。再会した瞬間からにこやかに微笑まれて、ベットに誘われてしまった。

リスティによると、今回の脅迫事件はフィアッセの出自が原因の可能性もあるという事。コンサート関連のテロ方面は警察民間協力者のリスティが調べる事になったので、俺はこっち方面を当たる事になった。

海鳴大学病院に赴任しているフィリスは、フィアッセの担当医である。現在は怪我の治療のため恭也や美由希の整体も担当しているので、俺も含めて高町家全員の主治医となっているようだ。


整体を通じて身体を調べられると、フィリスは首を傾げた。


「良介さん、この数ヶ月大きな戦いは行っていないようですね」

「身体は訛っているかな」

「いえ、むしろ余計な緊張が抜けて良い仕上がり具合になっています。負担の連続でしたので、良い骨休めになったのではありませんか」


 剣士としてどうかと思うが、日々の鍛錬を除けばここ数ヶ月大きな戦いは行っていない。衛星兵器とは戦ったが、大怪我するほどではなかったからな。

むしろそれ以前が異常だったと言い切れる。海外に行けば武装テロに襲われ、異世界へ行けば戦乱に遭うし、散々な目にあった。

実践から離れると剣が鈍るかもしれないが、ユーリ達の生命強化によって生まれ変わった俺の身体はエネルギーに満ちている。それも良い方向に働いているのだろう。


特に俺の身を案じているフィリスにとっては朗報だったようだ。とても機嫌が良く、俺の身体をメンテナンスしてくれた。


「帰郷してすぐに私を訪ねて下さったのは、非常に良いことです。これからもこれくらい素直な姿勢でいてくださいね」

「うーむ、何か子供相手にされているような感覚があるぞ」

「良介さんの場合、大人げないというべきです」


 駄目ですよ、とフィリスは唇を尖らせる。これまでの態度が悪かったので、少し成長してもこうして窘められる。

それでも大好物のココアを入れて俺に温かく差し出してくれたのは、機嫌の良い証拠だろう。変に反抗したりセず、護衛の妹さんと一緒に受け取って飲んだ。

海鳴を留守にしていた近況を聞かれて、とりあえずフィリスには簡単に事情を説明しておいた。異星の開拓をしていたなんて突拍子もない話を、ご近所の噂のように素直に聞いてくれるこいつは大物だと思う。


その延長で、帰郷した経緯についても話すことが出来た。


「フィアッセが脅迫されている!? 初めて聞きましたよ!」

「俺が帰ってきたら事件解決と、高を括ってたぞあいつ」

「だから私には話さなかったんですね、全くもう……リスティには説明しました?」

「あいつには先程会って話しておいた。愉快犯だとしても警察案件だからな」

「ふむふむ、良介さん本人がいきなり乗り出した訳ではないのですね。安心しました」


「俺はそこまで暇じゃないぞ」

「警察に相談せず通り魔事件で鎖骨を折られたのは一年前の話ですよ」

「グハッ!?」


 そういや高町家や月村忍を除けば、こいつが俺にとって古参なんだよな……もう一年ぐらいの関係になるのか。

鎖骨なんて折られてよく復帰できたもんだな、俺。剣士としては致命的だと思うのだが、我ながら自分の体には驚かされる。

通り魔事件なんて起きたんだよな、一年前は。今年の春になって脅迫事件が起きているし、色々物騒な世の中になったものだ。


とにかく俺はフィアッセに送られた脅迫状の文面と、リスティの見解について説明する。


「なるほど、それで私のところへ来たのですね。ご明察です」

「心あたりがあるんだな」

「良介さんが海鳴を離れられる前に、私達の出自に関する説明をしたことがあったでしょう。あの件です」


 フィリス・矢沢、専門はカウンセリングおよび――遺伝子学。

海鳴大学附属病院に所属している医師であり、G号棟の研究員。実は彼女は、リスティの遺伝子を元に作成されたクローン体である。

今となりで美味しそうにココアを飲んでいる月村すずかと同じく遺伝子の産物であり、リスティとは遺伝学上では姉妹でなく親子となるようだ。


名称は「トライウィングスr」、HGSと呼ばれる人体兵器である。


「リスティに備わっている超能力を売りにした兵器だったな」

「HGSとしてのコードナンバーはLC-23、能力を発揮する際はトライウィングスと呼ばれる光の羽を顕現いたします。
良介さんにはあの時説明していませんでしたが、私は当時指揮官として作成された為か、HGSとしての能力に秀でたものはなかったのです」

「へえ、だからフィリスが一番頭が良いんだな」

「分野が違うというだけで、リスティだって十分に優秀ですよ」


 指揮官といえば自動人形のローゼがアホ真っ盛りなのであまり良い印象はないのだが、フィリスが指揮官というのは納得しつつも意外なイメージが有る。本人が優しすぎて兵器というのが致命的な違和感と言えるが。

フィリスの出自についてはひょんな事から明らかとなってしまい、本人から打ち明けられた。自分が人体兵器だと打ち明けた際フィリスは俺の反応を怯えた様子で伺っていたが、平然と受け答えしたので本人も安心した様子だった。

そもそも俺の周りは自動人形とか戦闘機人とか、人間離れした連中が多すぎるので、その手の忌避反応は麻痺してしまっている。今更すぎるので、変に怯えたりする必要はない。


なので今もこうして、フィリスは信頼して打ち明けてくれているのだ。


「私の場合ですと自分以外のものを転送するトランスポートと、物体を引き寄せる「アポート」は可能なですが、共にごく微細なものしか扱えません」

「それぞれの特性に特化しているということか」

「話の流れでご理解頂いているかと思いますが、フィアッセもHGS――コードナンバーはAS-30の人体兵器です」


 ――なるほど、フィアッセ・クリステラ本人が狙われる理由というのもこれか。

本人はこれまでそんな素振りを欠片も見せたことはなかったが、リスティ達が姉妹同然の関係性を持っているというのは頷かされる。

容姿端麗で各方面に特化した能力を持つ女性達、凡人から見れば際立っている在り方は遺伝子より成り立っているという事である。


俺はかつてフィリスたちより聞いた話を総合する。


「リスティの遺伝子を元に作成されたクローンを人体兵器として量産する組織というのがあったな」

「はい、日本の北の地にかつて研究所がありました。
あくまで私の記憶ですが当時14体作製されて、胚細胞時代から育成器にかけられてリスティと同い年に設定されて出生したのです。

訓練と称して姉妹間で戦わされて……最後まで生き残った兵器を送り出すという仕組みです」

「……辛い記憶を追求するようで申し訳ないが、聞かせてくれ。その組織は今も存在しているのか」

「近年大々的に摘発されており、組織そのものは壊滅に追いやられているはずです。私達もこうして辛い過去はありますが、日常を平和に過ごせています。
だから杞憂だとは思いますが……こうして脅迫状が送られているとなれば、その線も考えられなくはありません。

フィアッセもまたHGSである事は事実なのですから」


 なるほど、超能力を持った人体兵器という事であれば狙われるのも仕方がない。少なくとも脅迫犯は、フィアッセの居所は掴んでいたからな。

今のところ過去の話から浮上した問題の一つであって、この事件への関連性はない。ただ今は脅迫状一つでしかないので、何ともいえないか。


ちょっと整理してみよう。



フィアッセ⇒愉快犯の可能性を指摘
リスティ⇒裏社会の干渉を指摘
フィリス⇒組織の暗躍を指摘



……たった一日調べただけでこれほどやばい線が繋がるあいつは地雷女なのではないだろうか。

全部の可能性を爆発させたら大変なことになるぞ、これ。たった一通の脅迫状から、ここまでの線が浮上するとは夢にも思わなかった。

もしも俺が海鳴に着いたばかりの浮浪者であったならば、白旗を上げていただろう。いや、あいつを見捨てて逃げていたかもしれない。


だがあいにくと今の俺であれば、出来ることは多くある。ただ当時と同じく、他人事に突っ込むことへの徒労感は尋常ではなかった。


「良介さん、フィアッセの事をお願いしてもよろしいでしょうか。私にとっても大切な家族なんです」

「……分かったよ、やってみればいいんだろう」

「ふふ、やはり良介さんは優しいですね。出会った頃と変わりません」


「俺が変わっていないと言ってくれるのは、お前くらいだな……」


 とりあえずこれで今日一日の調査は終わったと言える。

後は夕方にディアーチェ達を拾って、作戦会議するとしよう。どこから探ればいいものか分からんが、これは人手が必要になる。


そして夜は――カレン達夜の一族に、話を聞くしかないな。あんまり会いたくなかったけれど。





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2023/04/02(Sun) 16:45:53 [ No.1009 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第六話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武 リスティに誘われて、ご近所のラーメン屋さんに移動する。奢ってくれるらしいので、全くもって文句は言わなかった。

以前行ったことのあるお店だったが、別段何も変わっていない。海鳴りへ来て一年程度なので当然かもしれないが、俺にとってこの一年は百年に等しい濃度であった。

醤油ラーメンとチャーハンセットを頼んで気付いたが、ラーメンなんて食うのは久しぶりだった。海鳴、海外、ミッドチルダ、エルトリアと巡って食生活が変わりすぎて、自分の舌が麻痺しそうだった。


久しぶりに食べたラーメンは変わらず美味しくて、冬の寒さに心地良い熱さを感じさせた。心身共に落ち着いてきたところで、リスティと話す。


「またしばらく姿を見せなかったが、どこぞへ行っていたのか。フィリスや那美が心配していたぞ」

「聞いて驚け。宇宙の外へ転移して、未開拓惑星を冒険していたんだ」

「真剣なのか、アホなのか、判断に迷う話だな。とりあえず健康診断、行ったほうがいいぞ」

「確かに俺の身体、環境変化に追いつかなくて状態異常とか起こしていそうだな」


 餃子を齧りながらリスティに皮肉を言われて反論したが、ふと思う。異世界巡りをしていて、誰も体調不良とか起こしていないな。女子供が多いのに、みんな元気なものだ。

俺の場合は海鳴から異世界へ出向く際は、必ず診断を受ける。世界線を超えることになるので、身体を調べないといけないのだ。国境を超えるよりも厳しい措置である。

まあうちの子はどいつもこいつも一般人ではないので、今更ではある。俺も旅生活が長いので、ある程度の環境適応能力があるのかもしれないな。若さゆえだろうけど。


どうせフィリスには一度顔を見せるつもりなので、彼女に診てもらうとしよう。


「お前の冒険談はいずれ聞くとして、フィアッセに頼まれてこの町へ帰ってきてくれたんだな」

「脅迫を受けているのだと聞けば、流石に無視はできないだろう」

「以前は、自分には関係ないとか無視を決め込んでいたじゃないか」

「無視を決め込んだ結果、余計に事態が悪化したんだよ」

「あはは、なるほど。過去からの教訓か、お前も変わったんだろうけど経験ってのも大きいな」


 優しくなったとはよく言われているが、だからといって顕著に変われるものではない。劇的な変化を望んでいても、安々と自分という存在は変えられない。

俺の場合は自分自身よりも、自分の周りの環境が激変しているのが大きい。仲間とか家族とか婚約者とか、今までいなかったあらゆる存在が集っている。

他人の事情に振り回されていくうちに、自分自身も変わらなければいけなかった。必然に応じた変化は、成長と呼べるかどうか難しいところである。


リスティにとっては好ましいのか、冷たい水を飲んで笑っていた。こいつも少し柔らかくなったように思える。


「そんじゃあ、僕らの我儘なお嬢様のために励むとしましょうか。
まず脅迫状の件なんだが、この文面を見てお前は違和感を感じなかったか」

「違和感というか、脅迫の内容が意味分からんかったな。チャリティーコンサートを中止させる意味合いとか」


「それもあるが、そもそも脅迫自体がズレている。

考えてみろ――チャリティーコンサートの中止を、フィアッセに要求してどうするんだ」


「でもあいつの母親が主催するコンサートなんだろう、自分の娘の命が脅かされるんだから脅迫になるんじゃないのか」

「だったら、フィアッセの両親に直接要求するべきだろう。娘に言ってどうするんだ」


 ――言われてみれば確かに、何で犯人はフィアッセにわざわざ脅迫状を送ったんだろう。

娘を脅して母親に懇願させるつもりだったのかもしれないが、やや迂遠に思える。主催者を脅したほうが話はシンプルである。

フィアッセが怯えて親に泣いて頼めば中止させられると思ったんだろうが、それはどちらかと言えば次善策に思える。


まず直接主催者を脅迫して効果がなければ、フィアッセを脅すべきだろう。


「フィアッセを脅すこと自体に意味があると考えているのか」

「まだお前から聞いたばかりだから結論は出せないが、大いに可能性はある。
先程も言ったとおり、フィアッセ本人を狙う理由はあるからな」

「理由……? あいつ、何か他人に恨まれるようなことでもやっているのか」

「フィアッセ本人は絵に描いたような善人だ、それはないよ。ただフィアッセの出生はちと曰く付きではある」


 意味ありげな話ではあるが、ラーメンを啜りながら語られてもあまり説得力はなかった。

フィアッセにしてもそうだが、リスティも事情を聞いてもさほど動じていない。仮にも自分の大切な友人知人が脅かされているのに、落ち着いた様子だった。

薄情だとは特に思っていない。軽薄な男装美人に見えるが、意外と情に厚いことは知っている。感情を表に出すことに慣れていないのだろう。


俺も激情するタイプではないので、この点はあまり他人のことはとやかく言えない。


「その点は後に話すとして、犯人はフィアッセ本人を目的とした可能性もある。
ただし、チャリティーコンサートの件そのものは単なるブラフではないだろうな」

「毎年行われていると聞いたが、お前はコンサートの内容を知っているか」

「ああ、なるほど。毎年行われているのに、どうして今年になって中止を求めるのか疑問に思ったんだな。
だとしたら、お前の認識は若干違う。確かにクリステラソングスクールのチャリティーコンサートそのものは、毎年行われている。

ただし今年は規模が全く違う。主要各国を渡った世界的規模のコンサートだ、国際ニュースになるほど注目が集まっている」


 何でリスティがチャリティーコンサートのことに詳しいのか一瞬疑問に思ったが、すぐ答えが出た。国際ニュースになっているのか。

ボランティア活動が国際ニュースになるなんてことは滅多にない。それこそ事件にでもならなければ、注目は集まらないだろう。

チャリティーコンサートをそんなに派手にしてもいいのか疑問だが、成功でもすればそれこそ膨大な利益に膨らむだろう。


でも慈善事業だから別にフィアッセの御両親の懐には入らない筈だが――などという俺の疑問は、警察の民間協力者であるリスティが見解を述べた。


「チャリティーコンサートは一般の方が音楽を楽しむとともに、非営利活動団体への理解を深めていただく機会を提供することでもある。
社会的課題に取り組む国際団体が一般人に活動を知らせる機会が少なく、一般の方からの支援が得られにくいという課題があるのさ。

チャリティ先に社会的な課題を解決するため積極的に取り組む団体を選び、来場者の方に活動を紹介する機会を提供しているという事だ」

「良いこと尽くめに聞こえるんだが」

「貧困ビジネスをする連中からすれば面白くはないだろうな」


 ピシャリと言ったリスティの指摘に言葉を失う。

貧困ビジネスは貧困層をターゲットにしている裏商売であり、貧困からの脱却に資する事なく貧困を固定化してしまうビジネスだ。

こうしたビジネスモデルが問題なのは違法行為であるからだけではなく、そのシステム自体が非人間的な在り方を貧困層である当事者たちに強いるせいだ。


日本でも経済的に困窮した社会的弱者を顧客として利益を上げる事業行為が問題になっていると、リスティが言う。


「非営利活動団体の活動が活発化してしまうと、逆に貧困ビジネスに幅を利かせていた連中が肩身を狭くさせられる」

「大袈裟じゃないか、たかがチャリティーコンサートで」

「クリステラソングスクールの知名度を知らないから、お前はそう言えるんだ。
あそこは近年世界でも有名な歌姫たちを送り出していて、世界中を熱狂と感動の渦に引き込んでいる。

今回のチャリティーコンサートはクリステラソングスクールの実力ある卒業生達が参加するんだ、さぞ盛り上がるだろうね」


 アイドルのファン心理というやつか、俺には全く縁がなかったのでピンと来ない世界である。

けれど日本でも有名なアイドルコンサートのチケットが予約殺到で、チケットの転売などによって目ん玉飛び出る高額になると聞いたことがある。

ファンは世界中にいても、コンサートの席が有限である限り、どうしたって選ばれてしまう。だからこそチケットの価値がうなぎのぼりになってしまう。


世界的規模で行われるとなると、世界中のファンが熱狂する事態となるだろう。それこそ万単位の動員が起こるイベントだ、ある種のテロと言えるかもしれない。


「ましてフィアッセの御両親、特に父親は英国でも有力な政治家だよ。本人はチャリティーを謳っていようと、政治的権力は間違いなく大きくなる」

「娘を脅迫してまで中止させる動機になるということか。だったらこの脅迫者は――」

「お前の大好きな裏社会の組織が動いている可能性は充分あるね。
映画だけの世界ではないことくらい、ドイツの地でド派手に巻き込まれたお前なら分かっているだろう」


 嘘だろう……その話が本当なら、また武装テロ組織が事件を起こす可能性があるのか。もう関わりたくねえ。

ドイツでテロを起こした連中は、夜の一族の連中が粛清に動いて勢力を大いに削られているはずだ。

ロシアンマフィアを統率しているディアーナとクリスチーナが組織改革の為、凄まじい追い込みをかけて壊滅寸前に追い詰めたとも聞いている。


そういや最近連絡を取ってなかったな……あの女共とはあまり関わりたくないけど、一応状況を聞いてみるか。


「この脅迫状に、フィアッセの御両親が応じると思うか」

「フィアッセから事情はまだ聞けていないが、僕は脅迫に屈する可能性は低いと見ている。
それこそ今年になってどうして、という話なんだ。今年に入って世界的規模にまで広げたコンサートに、並々ならぬ決意が感じられる」

「実の娘が脅迫されているんだぞ、親ならまず我が子が大事だろう」

「その我が子であるフィアッセがまず受け入れないだろうよ、あの子が自分可愛さで親に泣きつくと思うか」

「でもこのまま脅迫を無視すれば、エスカレートしていく事も考えられるじゃないか」


「だからこそ、お前だろう」

「は……?」

「フィアッセが僕に相談もせずのほほんとしているのは、コンサートでお前が守ってくれると確信しているんだ。がんばれよ」

「コンサートについていけと行っているのか、それ!?」


 世界中で行えると今言っていただろうが!

いい加減、のんびり田舎でスローライフしたいよ……俺。






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2023/04/02(Sun) 16:45:18 [ No.1008 ]

◆ 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第五話 投稿者:リョウ@管理人  引用する 
武 りあえず状況はわかったので、行動を開始することにする。

エルトリアからの帰還組であるディアーチェ達は今聖地で所用中であり、今日の夕刻時に海鳴へと訪れる。晩御飯までには合流できるだろう。

人員はそれで確保できるが、正直なところ先行きは不透明だ。被害者であるフィアッセの命が狙われているが、今のところはまだ脅迫段階。命は一切脅かされていない。


被害者が精神でも病んでいれば話は別なのだが、本人はのほほんとしている。俺としては護衛対象が思い悩んでいないのは助かるのだが、楽観的になられても困る。


「良介、リスティさんとは連絡が取れたの?」

「ああ、本人は暇していたので今から会える――フィアッセ、お前が何も話していなから怒っていたぞ」

「遠慮していた訳でも、隠していた訳でもないんだよ。リョウスケがいるから大丈夫かなって」

「普通事件が起きたら、まず警察に通報だぞ」


 リスティとは以前和解をした際に、連絡先を交換している。フィリス、フィアッセ、シェリーという共通の友人がいるので、プライベートな連絡先が必要となったのだ。

こんな俺でも何を隠そう、携帯電話を持っている。正確にいうと、持たされていると言うべきか――俺のあらゆる各方面の関係者禪院よりクレームがあって、持たされているのだ。

連絡先と一言で言っているが、凄いんだぞ。海鳴、海外、ミッドチルダ、聖地、エルトリアというあらゆる方面からの連絡口があるのだ。


日本や海外なんぞというレベルではない広さに、いい加減目が回りそうになる。どの方面にも知り合いがいて、何かと頼られるので距離感がバグりそうだった。


「分かった、じゃああたしは手続きを進めておくわね」

「手続き?」


「このマンションの部屋を一室買い取るわ」

「ええええええええええええっ!?」


 すごい、マンションという高級物件を余裕で買い取るとかほざきやがったぞ、このメイド。

意図なんて簡単に分かる。フィアッセがこのマンションで籠城しているのだから、同じマンションに居た方が護衛者にとって安心に決まっている。

このマンションのセキュリティ性は極めて高いが、それでも絶対ではない。何かあった時に急行できるという点は非常に大きい。


そんな金が何処にあるのだと、追求するのもアホくさい。むしろ今自分の資産がどれくらいあるのか、俺本人も知らない。


「軽く言いやがるな!? 高級マンションだぞ!」

「同じフロアの一室があるといいんだけどね、しばらくそこを拠点としましょう」

「拠点にするって、俺達もその部屋で生活するのか」


「忍さんの家に帰ってもいいけど、あそこ海鳴から離れているでしょう。
それに忍さん本人も春を迎えて、今年は卒業の時期でしょう。今が瀬戸際だから、邪魔しない方がいいわ。

あんたが帰ると間違いなくはしゃいで、気を緩めるわよ」

「ものすごく納得した」


 高町の家を出た俺は紆余曲折を経て、月村の家に居候していた。八神家も何かと事件が起きて、はやて達も忍の家でお世話になっている大所帯である。

俺が海鳴へ帰ってきた事自体は話さないといけないが、あの家で寝泊まりするのは確かにフィアッセの護衛面では不自由だ。

フィアッセをマンションから連れ出して連れていく手もあるが、生憎とフィアッセと忍の接点は殆どない。


あいつは気を許した相手には甘い女だが、赤の他人に等しい人間にまで母屋を提供するのは不満もあるだろう。明確に嫌がったりしないだろうが、それでも抵抗はあるに違いない。


「リョウスケとなら同じ部屋でもいいけど、ルームメイトがいるから仕方がないね。
同じマンションでも十分嬉しい、仲良くしようね」


「……家族としていっているのか、同棲相手と思われているのか、判断に悩むな」

「……フィアッセお姉ちゃんとは家族同然なので、確かに悩みますね」


 おこちゃまのなのはにまで、フィアッセの能天気さに苦笑いさせられている。年頃の男を自分の部屋に誘うなというのは、高町家で一緒に住んでいた俺達からすれば今更である。

フィアッセは英国人だが、日本人の俺から見ても見栄えする美人さんである。スタイル抜群の美女は、テレビジョンの向こう側でもさぞ異性を魅了する歌姫となるだろう。

そういう意味ではまだ世界的デビューをしていないという点で、救われている。護衛目的とはいえ、同じマンションで仲良くする男女というのはマスメディアの格好の的となる。


マンション購入の手続きは時間がかかるはずだが――金持ちパワーを今更指摘するまでもない。


「リスティに今から会いに行くがお前はどうする、フィアッセ」

「リスティに今会うと怒られそうだから、時間を置いてまた弁解するよ。
今日は外に出る用事もないから平気、ルームメイトも夕方には帰ってくるから」

「分かった。なのは、今日暇ならフィアッセと一緒に居てあげてくれ」


「えっ――」


 二つ返事で引き受けてくるかと思いきや、高町なのははなぜかあまりいい顔をしなかった。

明確に拒否している訳でも、不満そうにしている訳でもない。本当にただ、いい顔をしていないというだけ。


どういう感情なのか測りかねて、俺は補足する。


「フィアッセに勉強を見てもらうとか、お前と一緒にゲームでもして遊ぶとか、とにかく一緒にいてあげてくれ」

「あ、ああ、なるほど、そういう事ですか――はい、分かりました!」

「? どういう事だと思ったんだ、お前」


 俺が細くしてやると、何故かなのはは表情を明るくして頷いた。おい、どうして最初にそういう反応をしないんだ。

コロコロ態度を変える少女に、俺は不信を抱いた。なのはは基本的に良い子なのだが、たまに大人顔負けの判断をすることがある。

なにか変な悩みでも抱えているのかと思いきや、なのははそっと耳打ちしてくる。


(すいません、てっきり魔導師としてフィアッセお姉ちゃんを守ってくれと言われたのかと)

(魔導師……? あっ、そうか。お前、魔法少女だったな)


 ――もう完全に忘れていたけど、高町なのははフェイト・テスタロッサに並ぶ一流の魔導師である。

その友達のフェイトは今頃遠く離れた異星でモンスター相手に戦っているが、高町なのはは海鳴という平穏な町で健やかに生きている。

だからすっかり忘れていたのだが、一応なのはも戦力として数えられる。前線には立っていないが、レイジングハートも首からぶら下げていた。


フェイトは戦力として最前線に立たせているのに、なのははガキンチョとして扱っている事に、自分でも今まで違和感を感じなかった。


(……えへへ)

(何笑ってんだ、気持ち悪い。とにかく、お前は別に戦力とはみなしていないぞ)

(はい、それでいいです。フィアッセお姉ちゃんと一緒に遊んでいますね!)

(勉強しろや)


 戦力と思っていないのだとハッキリ言ってやったら、何かなのはは嬉しそうにしていた。何なんだ、こいつ。

俺は自分が剣士だというこだわりを今でも完全には捨てられていないのに、高町なのはは魔導師としての自覚は少しもないらしい。

魔法少女として扱われないことにも何の不満もなく、まるで――


年頃の小学生だと思われているのに、本当に嬉しそうだった。


「……あんたってそういうところがあるわよね」

「どういう意味だ」

「別に敢えて指摘する気はないわ。こっちは任せていいから、いってらっしゃい」


 アリサは溜息一つ吐いて、俺をマンションから送り出した。何なんだ、一体。

まあともあれ、フィアッセの事はなのはたちに任せて、俺は妹さんを連れてリスティとの待ち合わせへ向かった。














 リスティとの待ち合わせに向かう際、マンションの周辺を一度調べてみたのだが異常はなかった。

俺の感覚はあてにならないので妹さんに探ってもらったが、不信な気配はないらしい。ふーむ、フィアッセの動向を探っているのかと思ったのだが。

脅迫状の犯人は、フィアッセの事を知る人物である。付け狙っているのであれば、フィアッセの所在を探るのが第一の筈だが、気配の一つもない。


月村すずかの警戒網を突破できる人間がいるとは思えない。神経を尖らせ過ぎだろうか。


「久しぶり、帰ってきたんなら連絡くらい入れろよ」

「こうして連絡をちゃんと入れただろうが」

「そうじゃなくて、フィリスにもちゃんと一言言えっての。直接言いづらいなら、それこそ僕に言えばいいんだから」

「フィアッセの件があったからな、まず安全を確認しに行ったんだよ」

「ふむ……ちゃんと考えて行動しているのか。お前も一年経ってだいぶ落ち着いたな」


「何目線で語っているんだ、コラ」

「一年前は道場破りなんてしてたくせに」


 待ち合わせは、時計台のある公園。海鳴に滞在していれば待ち合わせの場所として知られる、言わば同郷に知られた地である。

季節は春を迎え、俺が海鳴へ流れ着いて一年が経過している。その頃から俺を知るリスティ・矢沢は、一年前に起きた通り魔事件で知り合っている。

通り魔と戦って入院した俺は、彼女に事情聴取されたのである。警察の民間協力者である彼女は警察官でこそないが、公務員としての資格は持っていた。


こいつはあの頃から変わらず、禁煙パイポ片手に飄々としている。


「フィアッセはやっぱり一緒じゃないんだな、護衛対象を放置していいのか」

「人は置いているから平気だ。マンションからも出ていない」

「ああ、一時的に引っ越したのか。良い判断だ、アイリーンの家にでも避難したか」

「何だ、お前モフィアッセのルームメイトを知っているのか」

「その様子だとお前は知らないんだな。はは、フィアッセの奴、なかなかいい感じにラブってるな」

「だから何目線で語っているんだ、こいつ」


 半年くらい前はこいつとの人間関係が拗れに拗れて大変な目にあったが、嵐が過ぎ去った後はこうしてちょっと年上の気のいいお姉さんが残された。

あんまり年齢の差はないはずなのだが、人間関係が解消された後は何故かお姉さん目線で接してくる。どういう心境の変化なんだ、こいつ。

フィリスやフィアッセ、シェリーとの関係を熱心に勧めてくる余計なおせっかいまで発揮する世話焼き姉さんとなっており、難儀させられている。


軽く笑って、リスティは黒い手袋をつけた手を差し出してくる。


「何にしても無事帰ってきてよかった、那美にも会ってやれよ。ほれ」

「おう、これが電話で話した脅迫状だ」

「この脅迫状はとりあえず調べるとして、実をいうと心当たりがある」

「おっ、さすが警察関係者。何か調べでもついているのか」


「正確に言うと――心当たりがありすぎる」

「ええっ、何だそれ」

「お前、よく気軽に引き受けたな。意外と厄介だぞ、こいつ」


 俺から受け取った脅迫状をひらひらさせながら、リスティが意地悪く笑っている。

くそっ、単純なイタズラ路線が消えてしまったのか。それとも、単なるイタズラだからこその愉快犯なのか。


過去に自分の悩みが解消された女は、現在の俺の悩みをからかっていた。







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2023/04/02(Sun) 16:44:17 [ No.1007 ]

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